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社会思想

【優生学とは】倫理的な問題から各国の政策までわかりやすく解説

優生学とは

優生学(Eugenics)、あるいは、その政治的実現としての優生政策とは、人類が遺伝的に獲得する形質を科学的にコントロールし、より良い社会の実現を目指した学問・思想体系のことです。

その歴史や帰趨について批判的な検証が進んだ結果、現在では一般に、優生学は学問体系というよりはむしろ、科学の装いをまとったイデオロギーとして認識されています。

また、優生学と聞くと、ホロコーストなどナチスの諸政策を連想する人が多いと思いますが、議論をナチスに限定すると、その全体像をとらえ損ねてしまいます。

実のところ優生学は、ナチスに限らず世界各国で受け入れられ、その有用性は20世紀後半にいたるまで積極的に評価されていました。

そこで、この記事では、

  • 優生学の理論史とその倫理的問題
  • 各国の優生政策
  • 新しい優生学

などに光を当てることで、優生学を多角的な視点から解説しています。

興味のある方はぜひご覧ください。

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1章:優生学の理論史とその倫理的問題

ここでは優生学という学問が誕生・発展した歴史、そして、この学問をめぐる倫理的な問題について解説します。

生殖のコントロールをとおして人種を改良しようとする考え自体は、プラントの『国家』に代表されるように、西洋思想においてたびたび語られてきました。

しかし、この記事では19世紀後半に近代科学として成立した優生学について見ていきたいと思います。

このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。

1-1:優生学の理論史

それでは、優生学という学問が誕生・発展した歴史を見ていきましょう。

具体的には、優生学の成立に大きく寄与したフランシス・ゴルトンなどの考えを検討していきますが、そのためにもまずは、彼らの思想を育んだ時代背景について確認しておこうと思います。

1-1-1:科学主義——優生学の時代背景——

優生学の誕生へといたる時代背景についてはさまざまな角度から検討できますが、そのなかでもとりわけ注目すべきは、19世紀後半のヨーロッパを席巻していた科学主義(科学万能主義、科学至上主義)と呼ばれる思想潮流です。

科学主義とは

  • 科学主義とは、実証的な(つまり、実験・観察により得られた客観的データにもとづいた)近代自然科学が進歩すれば、将来的には、世界中のいかなる現象も科学的に解明されるはずであるという考え方を指す
  • 19世紀後半のヨーロッパでは、この思想潮流を背景にして、思考や感情のはたらきなど高度に複雑な対象もふくめて、あらゆる現象を実証的に解明しようとする動きが活発化した

こうしたなか、客観的な分析がきわめて困難であった人間の集団的なふるまいも科学の対象とされ、自然科学の手法を応用すれば、さまざまな社会的問題にも合理的な解決法を提示できるのではないかと考えられました。

そして、人間社会の科学的な改良に生殖活動や遺伝現象という生物学的な観点からアプローチしたのが優生学でした。

以下では、優生学の発展に寄与した科学者たちに着目し、いかにしてその基礎が築かれたのかを確認していきたいと思います。



1-1-2:フランシス・ゴルトン——優生学の始祖——

優生学が成立した歴史をひもとく場合、まず注目しなければならないのは、19世紀後半のイギリスで人類学者、統計学者、探検家などとして活躍し、『種の起源』を著したダーウィンを従兄弟に持つフランシス・ゴルトンです。

ゴルトンは何より「平均への回帰」「相関関係」など現代でも使用されている数理統計学の基礎概念を提唱したことで有名ですが、注目すべきはこれらの統計学的概念が導入された理由が、まさに遺伝学・優生学の研究を発展させるためであったということです。

ゴルトンの優生学研究を振り返る場合、まず言及する必要があるのは、1869年に刊行された『遺伝的天才』という著作です。

本書でゴルトンは、次のような内容を提示しています。

  • 芸術家や科学者など才能あふれる人物は多くの場合、互いに血縁関係にあることを統計的に突き止める
  • そして、身体的な特徴に加えて、社会的に有益な知能や性格なども遺伝的に継承されているとの結論を下す

さらに、こうした望ましい形質を持つ人間の数を増やし(積極的優生学)、同時に、望ましくない形質を持つ人間の数を減らす(消極的優生学)ことが、イギリスのさらなる発展には必要不可欠であると考えたゴルトンは、以下のように、いくつも施策を提案します。

  • 遺伝的才能の優劣を競う国家試験の実施
  • 優等者の表彰
  • 優等者同士の結婚の奨励
  • 劣等者の隔離

その後もゴルトンは、自説の理論的な洗練のみならず、「優生学」(eugenics)という学問名の設定や学会組織の整備など、優生学を普及させるためあらゆる活動に取り組みました。

この意味ではゴルトンとはまさしく、後世に多大な影響を与えた優生学の始祖であったと言うことができます。

以上がゴルトンによる優生学研究の内容になります。優生学はその後、多くの科学者によって研究が進められることになりますが、その基礎はすでに、ゴルトンによって提出されていたと考えることができます。



1-1-3:ゴルトン以降の優生学

ゴルトンによって基礎が確立された優生学は、その後、多くの科学者の手によってさらなる発展を見ることになります。

たとえば、次のような人々がそれぞれの立場から優生学の発展に寄与していたと言うことができます。

  • ピアソンやフィッシャーといった統計学者たちは厳密な数理モデルを提供した
  • 生物学たちは忘れ去られていたメンデルによる遺伝法則をめぐる研究を再発見した

そして、こういった理論的発展と並行して注目すべきは、20世紀がはじまる頃には、科学以外の分野で活躍していた著名人のあいだでも、優生学が徐々に支持を獲得し始めていたことです。

以下の人々は、熱心な優生学の支持者として知られています。

  • アレクサンダー・グラハム・ベル
  • H・G・ウェルズ
  • バーナード・ショウ
  • セオドア・ルーズヴェルト

彼らは最新の科学である優生学がさまざまな社会問題を解決してくれることを強く信じ、その発展を好意的に受け止めていました。

しかしながら、歴史的な検討が進んだ現代においては、優生学は一般に、倫理的に許されない危険な学問、あるいは、科学の装いをまとったイデオロギーとして捉えられています。

以下では、優生学が内在させる倫理的な問題について検討してみたいと思います。

1-2:優生学の倫理的問題

優生学の倫理的についてはこれまでさまざまな議論が交わされてきましたが、こうした議論は結局のところ、優生学が守ろうとする「良い」とは何なのかという問題に収斂します。

ゴルトンの思想から考えてみてください。

  • ゴルトンにおいては、「良い」形質とは明らかに、当時のイギリスの市民階級の生活習慣や考え方を基準にして考えられていた
  • すなわち、ある特定の視点から語られた「良い」人間の数を社会的に増やし、また同時に「良くない」人間を減らそうとする優生学であった
  • その結果、「良くない」形質を持つ人間、あるいはマイノリティの社会的な価値を低下させ、彼らの生活を脅かす危険性をつねにはらんでいる

そして、その極限に位置したのが、ナチスによってなされた「良くない」人間に対する国家的な暴力でした。

ここで重要なのは、戦後ナチスの行為ははげしく批判されたものの、優生学自体は批判の対象になり得なかったことです。

すなわち、優生学は戦後においてもなお、社会問題を解決する手段として世界各国で採用され続けました。

1章のまとめ
  • 優生学とは、人類が遺伝的に獲得する形質を科学的にコントロールし、より良い社会の実現を目指した学問・思想体系のことである
  • 優生学は人間社会の科学的な改良に生殖活動や遺伝現象という生物学的な観点からアプローチから始まった
  • 優生学が守ろうとする「良い」とは何なのかが問題となる
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2章:各国の優生政策

それでは、世界各国の優生政策について確認していきましょう。

ここで注意する必要があるのは、優生政策を推進したのは必ずしもナチスのような独裁政権やファシストではなかったということです。

さまざまな社会問題の解決に資するとされた優生学を積極的に評価していたのはむしろ、合理性を重視し(これは優生学の誕生を支えた科学至上主義と類似した考え方です)、社会的弱者の救済を訴えるリベラルな知識人でした。

言い換えるなら、優生学は長いあいだ社会福祉政策の一環として議論されてきたということです。

こうした観点から、アメリカ、ドイツ、そして日本の優生政策について振り返ってみたいと思います。

2-1:アメリカの優生政策

ゴルトンやピアソンがイギリスで活躍した統計学者であったことから分かるように、優生学はイギリス生まれの学問です。しかし、第一次世界大戦を前後して、優生学研究の中心となり、また実際に数々の優生政策を積極的に実施していたのはアメリカでした。

アメリカの優生政策を確認する場合、まず注目しなれければならないのは、1907年にインディアナ州で断種法が制定されたことです。

  • 断種とは、優生学的に問題があるとされた犯罪者や障害者などが子孫を残さないように、彼らの精管や卵管を手術により切除することである
  • 断種法とは、こうした行為を認めた法律のこと
  • 20世紀後半にいたるまで断種法は世界各国に存在したが、インディアナ州の断種法は、世界で初めて断種を法的に認めたという点で特別な意味を持っている

アメリカではその後、各州で類似の法律がつくられ、優生学的に劣等とされた多くの人が強制手術の対象となりました。

また、断種法とならんで注目しなければならないのは、1924年に制定された移民法(ジョンソン=リード法)です。

東欧系、南欧系、アジア系移民を厳しく制限したこの法律も、能力的に「劣った」移民との混合によって「優秀な」アングロ・サクソンが遺伝的に劣化することを予防するという優生学的な観点から制定されたものでした。

アメリカの移民政策に関しては数々の書物がありますが、文化史的にみるならば以下の本がおすすめです。

これらの法律を他国に先駆けて制定したアメリカは、まさに世界の優生政策を牽引していたと言うことができます。



2-2:ドイツの優生政策

ドイツの優生政策というとナチスの諸政策が注目されがちですが、議論をナチスに限定すると、かえってその全体像が見えなくなってしまいます。

なぜなら、ドイツにはナチスが政権を担う前からすでに優生学(ドイツでは「民族衛生学」や「人種衛生学」と呼ばれていました)研究の蓄積があり、ナチスはそれを極端なかたちで実行したに過ぎないと言えるからです。

具体的には、以下のようなことが指摘できます。

  • 身体的、精神的な障害者、遺伝性の病気を患った者、そして、重度のアルコール中毒者を対象にしたドイツ初の断種法は1933年にヒトラー政権下で成立しているが、これを単純にナチスの蛮行と割り切ることはできない
  • 断種法の必要性自体は、シャルマイヤーやプレッツなどといったナチスとは直接関係のない優生学者、あるいは、充実した福祉政策を訴えるドイツ社会民主党などによってたびたび議論され、じっさいにその採択の際には、社会民主党の議員の相当数が賛成していた

さらに戦後、ナチスが「劣った」人間を安楽死させたことなどについてはドイツ国内ではげしい議論が交わされましたが、その優生政策自体についてはとくに批判の対象とならなかったこともあります。

これからも、ドイツの優生政策を理解するためには、ナチスという枠組みにとらわれない柔軟な議論が必要であることを物語っていると言えます。



2-3:日本の優生政策

最後に日本の優生政策を見ていきましょう。日本においてもアメリカやヨーロッパ諸国と同様に優生学が研究され、それに基づく法律が存在していました。

日本における優生学

  • 日本で初めて優生学的観点から制定された法律は、1940年に公布され、断種を法的に認めた国民優生法である
  • しかしこの法律はじっさいには、戦中の「産めよ殖やせよ」というスローガンや、戦前の天皇を中心とした家族国家主義と相反するところがあったためうまく機能しなかった

そのため、日本における本格的な優生政策は、1948年に超党派の議員によって提出・制定された優生保護法にもとづき実施されることになります。

ここで注目すべきは、実質的な断種法であるこの法律の制定に熱心に取り組んでいたのが、合理性を重視する革新政党であり、さらには福祉の充実を訴えていた日本社会党であったことです。

つまり、日本においても他国と同様に、障害や遺伝性の疾患をもって生まれた子どもの苦労、あるいは、そうした子どもを育てる親の苦労を軽減できるという観点から、国家的な優生政策はファシズムというよりもむしろリベラルな知識人によって強力が推進されたのです。

しかしながら、1960年代以降の優生学に対する批判の高まりとともに、優生保護法にもとづく断種は徐々に実施されなくなります。

1996年にはこの法律から優生学的な条項が全面的に削除され、さらには名称も、母体の健康保護を全面に打ち出した「母体保護法」へと変更されています。

謝罪や賠償に向けた動き

  • 保護法のもと断種を強制された人々にたいしては、近年ようやく彼らへの謝罪や賠償に向けた動きが進展した
  • 2018年に日本社会党の後続政党である社会民主党党首によって被害者への謝罪がおこなわれた
  • 2019年には、優生保護法の対象となった人々に対するおわび金の支給に関わる法律が全会一致で採択されている

そしてこれに応じて、当時の安倍首相が被害者にたいしておわびの談話を発表しています。

2章のまとめ
  • 優生学研究の中心となり、また実際に数々の優生政策を積極的に実施していたのはアメリカであった
  • ドイツの優生政策を理解するためには、ナチスという枠組みにとらわれない柔軟な議論が必要である
  • 日本においても他国と同様に、国家的な優生政策はファシズムというよりもむしろリベラルな知識人によって強力が推進された
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3章:新しい優生学

ここまで各国の優生政策を確認してきました。すでに述べたように優生学にたいする批判的検証が進んだ現代においては、これらの政策はどれも廃止されています。

しかし現代においては、生命技術の進歩にともなって、これまでとは構造的に異なる優生学ないしは優生思想が出現していると言えます。これがいわゆる「新しい優生学」という問題です。

新しい優生学とは

  • 新しい優生学とは、近年の技術的発展によって可能になった出生前診断や遺伝子治療などによって、生まれてくる子どもの形質を操作しようする考えのことである
  • 新しい優生学は、あくまで個人の選択や個人の幸福追求に重きを置いている点で、社会全体を改良するために国家によって大規模におこなわれた旧来の優生政策とは異なっている

こうした操作の倫理的な是非、あるいは、その社会的影響ついては、今後広く問われなければならないと言えます。

この点に関してはマイケル・サンデルの『完全な人間を目指さなくてもよい理由-遺伝子操作とエンハンスメントの倫理』がとてもおすすめです。

4章:優生学を知るためのおすすめ本

優生学についての理解は深まりましたか?

この記事で紹介した内容はあくまでもほんの一部にすぎませんので、ここからはあなた自身の学びを深めるための書物を紹介します。ぜひ読んでみてください。

おすすめ書籍

ダニエル・J・ケヴルズ『優生学の名のもとに——「人種改良」の悪魔の百年——』(朝日新聞社)

イギリスとアメリカの事例を中心に、優生学の歴史をくわしく記述した著作です。さらに「新しい優生学」の章では、現代に残る優生学的な考えがテーマ化され、優生学を多角的な視点から学ぶことができます。

米本昌平(編)『優生学と人間社会——生命科学の世紀はどこへ向かうのか——』(講談社)

イギリス、アメリカ、ドイツ、北欧、フランス、そして日本の優生政策が詳しく解説されています。とりわけ優生学と福祉国家の関係について重点的に記述されており、非常に興味深い内容になっています。

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まとめ

最後にこの記事の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • 優生学とは、人類が遺伝的に獲得する形質を科学的にコントロールし、より良い社会の実現を目指した学問・思想体系のことである
  • 優生学は長いあいだ社会福祉政策の一環として議論されてきた
  • 新しい優生学とは、近年の技術的発展によって可能になった出生前診断や遺伝子治療などによって、生まれてくる子どもの形質を操作しようする考えのことである

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