ドイツ文学

【5分で読める】『ヴェニスに死す』とは?あらすじ・学術的な議論を解説

『ヴェニスに死す』とは

『ヴェニスに死す』(独; Der Tod in Venedig, 英; Death in Venice)とは、初老のドイツ人作家アッシェンバッハを主人公に据えて、芸術家の生態や美の本質という高度に形而上学的な問題を執拗に追及した中編小説です。20世紀ドイツ文学を代表する小説家、トーマス・マンにより執筆され、1913年に刊行されました。

アッシェンバッハが妖艶さと俗悪さが渦巻く都市ヴェネツィアに滞在したさいの様子を、マン独特の格調高い文体で描く『ヴェニスに死す』は、芸術家の生態と美の本質に迫るという魅力的なテーマについてもさる事ながら、20世紀初頭のヨーロッパの世相や時代背景と密接に関連している点でも議論の尽きない、とても奥行きのある作品世界を構成しています。

この記事では、

  • 『ヴェニスに死す』のあらすじ
  • 『ヴェニスに死す』をめぐる諸議論

について解説します。

本作を読み解くうえで必要な思想史的、社会史的的背景にも可能なかぎり言及するので、興味のある方はぜひご覧ください。

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1章:『ヴェニスに死す』のあらすじ

まず『ヴェニスに死す』のあらすじを確認します。

『ヴェニスに死す』は非常に均整のとれた五つの章から構成されている(古典演劇を踏襲したとされるこうした作品構成は、本作の重要な特徴のひとつです)ため、以下でもそれに倣い、それぞれの章の内容を順次紹介していきます。

ちなみに、この記事では岩波文庫版(実吉捷郎訳)の『ヴェニスに死す』に依拠しています。

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1-1:第1章

第1章では、初老を迎えた著名作家グスタフ・フォン・アッシェンバッハが、日々の仕事を離れ、ヴェネツィア旅行を決心するまでの様子が語られます。

物語は、アッシェンバッハが、創作が要求する「最大の慎重と周到と、意志の透徹と細密」1トーマス・マン『ヴェニスに死す』(実吉捷郎訳)岩波書店、7頁(以下、本作からの引用はページ数のみを記載)で疲弊した精神を和らげるため、ミュンヘンの中心部に位置するイギリス式庭園を遊歩する場面から始まります。

  • その道中、異国的な装いの男を見かけたアッシェンバッハは、その男の放つ「旅人めいたもの」2同上、11頁に触発される
  • そして、自己の内部に、情熱的な「そわそわとした不安」3同上、11頁が湧き上がっていることに気が付く

こうした感情を「旅行欲」412頁と解釈したアッシェンバッハは、プロテスタント的な仕事への使命感から旅行という娯楽的行為を軽視してきたにも関わらず、遊惰を求めて、南方へ旅立つことを決意します。

1-2:第2章

第2章では、南方への旅行を決心したアッシェンバッハの生い立ちや為人が解説されます。

アッシェンバッハとは

  • 司法高官、将校、裁判官、行政官など国家に奉仕する職務を実直に勤め上げた祖先から厳格な規律性を、前世代にこの一族に嫁いだボヘミア出身の母親から燃えたぎる官能性を引き受けた小説家であること
  • 若い頃から強靭な自制心と精神のたえざる緊張をもって創作活動に奉仕し、世の名声をほしいままにした男であったこと

また、プロイセン国王フリードリヒ1世の英雄的生涯を記した一大叙事詩などが高く評価され、五十回目の誕生日を迎えたさいに、アッシェンバッハには貴族の身分が授けられたことが言及されています。

そして、その頃と前後して、彼の作品からは「奔放性」や「斬新な陰影」あるいは「野卑な語」528頁が消え去り、代わりにそこには、型にはまった「役所風で教育的な趣き」628頁が現れたことについても言及されます。



1-3:第3章

第3章では、旅行の目的地と定めたヴェネツィアへ到着したアッシェンバッハと、その地に偶然滞在していたポーランドの美少年タッジオとの出会いが描かれます。

汽船とゴンドラを乗り継ぎリド島のホテルに到着したアッシェンバッハは、その日の夕食時に、ポーランド語で会話を楽しむスラヴ系の少年少女から構成される、ある一団に目を留めます。

その一団のなかに、蜜色の巻き毛を持つ「完全に美しい」752頁ひとりの少年がいることに気付いたアッシェンバッハは、仲間から「タッジオ」と呼ばれているその少年のやさしく上品な表情を、美の極地であるギリシアの彫像と重ね合わせます。

しかし、次の理由からヴェネツィアを離れようとします。

  • アッシェンバッハは、タッジオとの観念的な戯れを楽しみつつも、蒸し暑く淀んだ天気や資本主義に染まった商人の俗悪な気質などに耐え切れなくなった
  • タッジオに未練を残しつつも、ヴェネツィアを離れ、トリエステ付近の小さな海水浴場に旅立つことを決心する

しかしながら、ホテルの手違いで荷物がまったく別の方向へ送られたことを知ったアッシェンバッハは、トリエステ行きを急遽取りやめ、思いを立ち切れていなかったタッジオと再会するためにも、別れを告げたばかりのヴェネツィアへと引き返します。

1-4:第4章

第4章では、ヴェネツィアに引き返した後、アッシェンバッハがタッジオにのめり込んでいく様子が語られます。

  • アッシェンバッハは、仕事への義務感から普段は享楽を好まないにもかかわらず、ヴェネツィアに再び上陸して以降、少年タッジオの立ち居振る舞いをじっくりと観察する
  • また、彼の美しさに起因するある種の「陶酔」890頁に浸りつつ、享楽的な日々を過ごす

アッシェンバッハはまた、ギリシア神話の世界や少年愛をめぐるソクラテスとファイドロスの対話を交錯させながら、タッジオの美しさに思いを馳せます。

そうしたなか、ホテル前のアーク灯のもとで、タッジオがアッシェンバッハに向かって微笑みかけるという「事件」9104頁が生じ、これによって心の平衡を乱したアッシェンバッハは、狼狽しながらも、「わたしはおまえを愛している」10105頁という愛の決まり文句を小さく呟きます。

1-5:第5章

第5章では、ヴェネツィアを襲ったコレラにより、アッシェンバッハが死を迎えるまでの様子が描写されます。

タッジオへの深い愛に絡めとられたアッシェンバッハは、周囲の目を気にも留めず彼の足取りを無我夢中でつけ回し、同時に、彼に気に入れられたい一心で、服装に晴れやかな細目を付け加え、また老いた顔に化粧を施すようになります。

また、こうしたことと前後して、アッシェンバッハは、ヴェネツィア当局が市内に過剰な消毒を散布し、加えて、住民が口にする飲食物についても広く注意喚起していることに気が付きます。

  • アッシェンバッハは、サン・マルコ広場にあるイギリスの旅行会社の店員から、インドで発生したコレラがヴェネツィアでも蔓延していること、ならびに、消毒の散布はコレラへの対応策であることを聞きつける
  • しかし、タッジオへの愛を捨て切れず、命の危険があることを承知しながらもヴェネツィアに留まろうとする

その後、タッジオの跡を夢中で付け回し、疲労と衰弱から極度の渇きを覚えたアッシェンバッハは、近くの商店で完熟した苺を見つけ、危険を顧みずすぐさまその苺を口にします。

この苺を介してコレラに感染したアッシェンバッハは、海浜で仲間と遊ぶタッジオの姿に見惚れながら甘美な死を迎えます。

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2章:『ヴェニスに死す』をめぐる諸議論

さて、2章では『ヴェニスに死す』をめぐり研究者や文芸評論家のあいだでどのような議論が交わされているかを見ていきましょう。

もちろん『ヴェニスに死す』のような重厚な作品には多様な読み方があり、そのすべてをここで紹介することはできませんが、以下では、そのなかでもとりわけ重要な議論や見解について紹介します。

2-1:『ヴェニスに死す』の文学史的位置づけ

『ブッデンブローク家の人々』や『魔の山』などトーマス・マンの小説は一般的に、19世紀リアリズム小説11安定した社会秩序のなかで日々の生活を実直に営む平均的な一市民の姿を描く、19世紀に典型的な小説のあり方へのアンチテーゼとして評価されることが多いです。こうした評価はまた、マン中期の代表作である『ヴェニスに死す』についても妥当します。

19世紀リアリズム小説へのアンチテーゼとしては、カフカの『審判』や『城』、リルケの『マルテの手記』、ムージルの『特性のない男』などがあります。

カフカの作品や人物に関してはこちら記事が詳しいです→『審判』『』『変身』「フランツ・カフカとは

たとえば、『ヴェニスに死す』のアッシェンバッハには、以下の点を読み取ることができます。

  • 祖先から受け継いだ厳格な規律性をもって創作活動に実直に取り組み、市民社会の一員として秩序ある日々を送っていたにもかかわらず、美少年タッジオとの出会いを契機に、それまで築き上げた世間体をはばかることなく享楽的な美の世界に陶酔していく
  • このことからは『ヴェニスに死す』が、19世紀リアリズム小説を超えて、心の奥底に眠る非合理的な領域を表現しようとした非常に挑戦的な作品であったことが見て取れる

以上のように、一般には19世紀リアリズム小説の解体を目論んだ画期的作品として理解される『ヴェニスに死す』ですが、こうした理解と並行して、次のような評価もあります。

  • アッシェンバッハのヴェネツィア滞在を五つの均整的な章に分割し、さらに時間軸に沿って出来事を直線的に叙述している点で基本的にはリアリズム小説の形式を踏襲している
  • そのため、20世紀の新しい小説のあり方をよりラディカルに模索したカフカの『城』やムージルの『特性のない男』などと比較すると、本質的には19世紀リアリズム小説の枠内にとどまっている

また、アッシェンバッハが作品後半で見せる死へのシンパシーや、市民階級の道徳や倫理を完全に断ち切った美への没我的な傾注に注目して、『ヴェニスに死す』を、芸術至上主義的なボードレール、ポー、ワイルドらの作品と並んで、耽美主義あるいはデカダンス派の文学と位置付ける論者も存在します。



2-2:芸術家について

上記の文学史的観点に加えて、作家であるアッシェンバッハの言動に託して表現された芸術家の本質や生態については、多くの文学研究や文芸評論においてとりわけ重点的に議論されています。

  • 『ヴェニスに死す』において芸術家は、理性、倫理、道徳、良心を特徴とする市民の世界に定住しながらも、感性、放蕩、陶酔、悪徳が支配する美の世界とも接点をもつ不安的な存在として描かれている
  • すなわち、この両極端を行きつ戻りつする振り子のような存在として捉えられている

こうしたマン独自の芸術家観については、多くの研究や文芸評論が繰り返し分析を加えています。

また、こうした二項対立的な芸術家観は、『ヴェニスに死す』だけではなく、『ブッデンブローク家の人々』や『トニオ・クレーガー』などでもテーマ化されています。

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そのため、この問題を考えるにあたっては、マン文学の全体像、あるいはマンの手記やエッセイ等も考慮に入れることがきわめて重要となります。

もっとも、『ヴェニスに死す』のアッシェンバッハは、上述した両極のうち、退廃的な美の世界に入り浸り、最終的には死をもって市民の健康で理性的な世界と完全に決別しています。

その一方で、『トニオ・クレーガー』で描かれる芸術家トニオ・クレーガーは、市民階級の世俗性を嫌悪しながらも、結局はそうした世界に寄りすがった芸術家として生きていくことを選択しています。

つまり、その行き着くところは作品ごとに異なり、こうした微妙な差異についても日々研究が進められています。

2-3:ギリシア神話のモチーフ

芸術家をめぐる問題と並んで、アッシェンバッハがタッジオに思いを馳せているときに立ち現れる古代ギリシア神話のイメージについても、『ヴェニスに死す』研究では集中的に分析されています。

たとえば、荷物のトラブルに見舞われ、さらなるヴェネツィア滞留を決めたのち、アッシェンバッハがタッジオに見惚れながら日々を享楽的に過ごす場面を描いた第4章の冒頭は、彼の弛緩した心情を反映して、以下で示すように、ギリシア神話に登場する死後の楽園、エリュシオンの描写から始まります12同上、83頁

今では毎日毎日、あの熱い頬をした神が、はだかで、火を噴く例の四頭立て馬車を駆けって、ひろい天空を走っていた。そして彼の黄いろの巻毛は、それと同時におさまりかけた東風の中で、ひらひらとなびいていた。ほの白い絹のような光沢が、ゆるくうねる海の沖合にかかっている[…]。

以上のように第4章の冒頭では、タッジオならびに彼の戯れの舞台となっている海浜の美しさが、ヨーロッパ文化の根底に鳴り響くギリシア神話の神々しい世界と交錯しながら表現されています。

世界が神話的に立ち現れる瞬間を捉えるこうした表現は、固定的な時間軸や常識的な空間認知にしたがって世界を表面的に捉える19世紀リアリズム小説との対比において、とりわけ注目に値します。

また、神話に加えて、同じくギリシアの古典から、ソクラテスとファイドロスの少年愛をめぐる対話などを適宜引用することによっても、『ヴェニスに死す』は、リアリズム小説にはない重層的で螺旋状に深みのある小説世界の構築に成功していると言われています。



2-4:同時代思想との関係

『ヴェニスに死す』は、19世紀後半から20世紀前半に流行した思想や哲学と深く関係しており、その複雑な影響関係については現在においてもなお数多くの研究が提出されています。

20世紀前半に文学の新たな可能性を切り開いたカフカ、ムージル、カネッティらの作品は、その革新性の源泉として、理知的なヨーロッパ文化の欺瞞を告発し生の深淵を説いたニーチェの哲学や、理性の先に無限大に広がる非理性的な領域を発見したフロイトの思想に依拠していました。

→ニーチェの哲学についてはこちら

→フロイトの無意識についてはこちら

たとえば、主人公であるアッシェンバッハには、以下の点を見出すことができます。

  • 祖先から受け継いだ秩序的、理性的、道徳的なものを志向するプロテスタント的な衝動にしたがい、「けだかい純潔と簡素と均整」(27ページ)を特徴とする叙事詩の執筆に邁進していた
  • にもかかわらず、美少年タッジオとの出会いを通して、無秩序に暴走する陶酔的な衝動の重要性を再認識する人物として造形されている
  • こうした人物造形は、ニーチェのヨーロッパ文明論、あるいは彼の芸術論と密接にリンクしている

すなわち、ニーチェは当時、処女作『悲劇の誕生』などで、秩序や規律を志向する造形的な衝動(「アポロン的なもの」)と、無秩序や破壊を欲する陶酔的な衝動(「ディオニュソス的なもの」)の混合こそが芸術あるいは人間の生の本質であることを主張していました。

そして、後者の得体の知れなさを忌み嫌い、社会の表面から追放してきた近代ヨーロッパ文明のなかにおいて、ディオニュソス的な生の奥行きを復活させなければならないことを声高に訴えていました。

ヨーロッパ文明の申し子とも言える主人公アッシェンバッハが、最終的に無秩序的な陶酔を肯定するにまでいたる『ヴェニスに死す』は、ニーチェのこうした思想の文学的再解釈であると評されています。

また、第5章では、アッシェンバッハがみた「おそろしい夢」13同上、135頁の内容が語られていますが、この場面については、ニーチェと同じくヨーロッパの理知的な文明を批判的に捉え、非理性的な夢や無意識の重要性を指摘したフロイトの思想の影響が指摘されています。



2-5:自伝的要素

また、『ヴェニスに死す』の内容がトーマス・マン自身の自伝的要素と多くの点で対応していることも先行研究ではたびたび指摘されています。

たとえば、『ヴェニスに死す』の多くの要素が1911年にマン自身が家族とともにヴェネツィアに滞在したときの体験をベースにしていることはすでに多くの自伝的研究が明らかにしています。

また、アッシェンバッハが美少年タッジオに抱く愛情についても、マン自身の体験と対応関係にあることが指摘されています。

加えて、第2章で詳述されるアッシェンバッハの経歴や為人についても、マンのそれと多くの点で一致しており、このことからもアッシェンバッハは、マン自身をモデルにした登場人物であると考えられています。

2-6:その他の論点

ここまで、『ヴェニスに死す』に対して提出されたさまざまな解釈や見解を紹介してきましたが、言うまでもなく、上述した解釈や見解だけで、本作をめぐるすべての論点が語り尽くされたわけではありません。

たとえば、作品内に散りばめられた「死」のモチーフや、都市ヴェネツィアの文学的表象など、『ヴェニスに死す』には依然として多くの論点が存在し、これらの論点については、現在でも依然として、多くの論者が活発に議論を交わしています。

2章のまとめ
  • マンの小説は一般的に、19世紀リアリズム小説へのアンチテーゼとして評価されることが多い
  • 固定的な時間軸や常識的な空間認知にしたがって世界を表面的に捉える19世紀リアリズム小説との対比で、注目に値する
  • 最終的に無秩序的な陶酔を肯定するにまでいたる『ヴェニスに死す』は、ニーチェの思想の文学的再解釈である
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3章:『ヴェニスに死す』をより深く知るために

『ヴェニスに死す』に関して理解を深めることはできましたか?

以下では、『ヴェニスに死す』をより深く知ろうとする際に参考となる文献をいくつか紹介します。

おすすめ本

『ヴェニスに死す』の各翻訳

刊行から100年を超える『ヴェニスに死す』には、本解説が依拠した岩波文庫版(実吉捷郎訳)に加え、新潮文庫版(高橋義孝訳)や光文社古典新約文庫版(岸美光訳)など数種類の日本語訳が存在します。各翻訳が喚起する作品世界は微妙に異なるため、そのそれぞれを読み比べることで、『ヴェニスに死す』をより複層的、重層的に味わうことができます。

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本書はトーマス・マンの自伝的研究です。マンが『ヴェニスに死す』を執筆したときの状況に加え、本作内の自伝的要素についても詳細に語られているため、『ヴェニスに死す』を作家論的に考察したい方にはおすすめの文献です。

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まとめ

最後にこの記事の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • 『ヴェニスに死す』とは、初老のドイツ人作家アッシェンバッハを主人公に据えて、芸術家の生態や美の本質という高度に形而上学的な問題を執拗に追及した中編小説である
  • マンの小説は一般的に、19世紀リアリズム小説へのアンチテーゼとして評価されることが多い
  • 最終的に無秩序的な陶酔を肯定するにまでいたる『ヴェニスに死す』は、ニーチェの思想の文学的再解釈である

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