文学

【フランツ・カフカとは】作品・評価・影響からわかりやすく解説

フランツ・カフカとは

フランツ・カフカ(Franz Kafka, 1883年-1924年)とはオーストリア=ハンガリー帝国、現在のチェコ・プラハ生まれのユダヤ人で、ドイツ語で創作を行った作家です。代表作に『変身』『審判』『城』などがあります。

ジェイムズ・ジョイス(代表作『ユリシーズ』)やマルセル・プルースト(代表作『失われた時を求めて』)らと並んで、20世紀を代表する作家として世界的に評価が高い作家です。

この記事では、

  • カフカの伝記的情報
  • カフカの代表的な作品
  • カフカの評価と影響

をそれぞれ解説していきます。

あなたの関心に沿って読み進めてください。

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1章:フランツ・カフカとは

まず、1章ではカフカの「伝記的情報」「代表的な作品」を紹介します。

2章ではカフカの生前と死後の評価、3章ではカフカの与えた影響を解説しますので、好きな箇所から読み進めてください。

1-1: フランツ・カフカの伝記的情報

フランツ・カフカとはフランツ・カフカ(Franz Kafka, 1883年-1924年)

フランツ・カフカはユダヤ人の両親のもと、1883年にオーストリア=ハンガリー帝国(現在のチェコ・プラハ)で生まれました。当時のプラハにいたユダヤ人のほとんどは中産階級で、国籍はオーストリア、文化的にはドイツに属した人物です。41年の生涯を通して、カフカはほとんどの期間をプラハで過ごしました。

1-1-1: 家庭環境

カフカの家庭環境は作品に大きな影響を与えていたとされ、作品を読み解くための重要な要素となっています。

  • 父ヘルマンと母ユーリエは、小間物や傘などを売る小さな店を営んでいた
  • 内気なカフカは厳格な父親に対して、生涯にわたってある種のコンプレックスを抱いていたと言われている
  • カフカと父親の関係がカフカのいくつかの作品に反映されているとの指摘がある
  • 父親とカフカのこの微妙な関係は、カフカ自身が著した『父への手紙』で窺い知ることができる(『決定版カフカ全集』3(新潮社)に収録)。

カフカはドイツ語で小説の執筆をおこなっていますが、このことは彼の受けた教育が影響しています。10歳になると、カフカは国立ドイツ語ギムナジウムに入学、その後もドイツ語学校で学びました。

この頃からいくつかの小説を書き始めていましたが、その頃の作品はカフカ自身の手で破棄されて残っていません。

1-1-2: 仕事と執筆の両立

18歳でプラハ大学に入学すると、カフカは父親の意思に従うような形で嫌々ながら法律を学びました。

プラハ大学でマックス・ブロートと知り合い、以後はカフカと親しく付き合うようになっていきます。この頃書いた作品では、『ある闘いの手記』などが現在でも残っています。

そして最低の単位で大学を卒業して以降は、

  • 一年の実習を経て、トリエステに本社を置く保険会社のプラハ支店に就職
  • また一年後、半官半民の労働者災害保健局に移り、労働災害の申し立ての処理や、工場に出向いての事故防止の指導、設備や安全対策の検査などを行なった
  • こうした勤務の合間を縫って、彼はいくつかの物語を執筆した

という人生を歩んでいきます。

勤務の合間を縫って執筆された作品はしばしば雑誌に掲載され、1912年には『観察』が出版されています。



1-1-3: 女性関係

ちょうどその頃、カフカはある女性に出会っています。

生涯でカフカは、

  • 3回の婚約と3回の婚約解消をしている
  • そのうちの2回の婚約とその解消をした女性はフェリーツェ・バウアー
  • バウアーと出会ったのは勤務の合間を縫って執筆していたときのこと

です。

しかし、彼らの交際はもっぱら手紙を通じたものであり、実際にあったのは17回だけだったといいます。この頃の生活やバウアーとの関係は、以下で紹介する『審判』に反映されています。

結局、1917年にカフカが喀血したことをきっかけとして二人の関係は破綻していきました。その後、カフカは肺結核と診断され、田舎での療養を余儀なくされます。1922年に労働者災害保健局を退職するまで、職場とサナトリウムを往復する生活が続くようになりました。

そのような状況においても、カフカの女性関係は以下のように複雑化していきます。

  • 職場とサナトリウムを往復する生活を送る間、1919年にユーリエ・ヴォリツェクと婚約する
  • しかし、1920年ごろにカフカの作品をチェコ語に翻訳するために接触してきたミレナ・イェセンスカと出会ったことで、婚約関係は短期間で解消する
  • このころ描かれた作品として『城』が挙げられる。しかしこちらも、ミレナがウィーンに住んでいたために二人はあまり会うこともないまま、1921年にその関係は終わった

ちなみに、当時、ミレナへ送ったカフカの手紙は『ミレナへの手紙』として出版されています(池内紀訳『ミレナへの手紙』白水社、2013年)

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その2年後、カフカはプラハを離れることとなり、ユダヤ教徒で家出娘であるドーラ・ディアマンという女性と一緒にベルリンで暮らすこととなりました。

はじめて両親の家から独立した生活を営むことができるようになりましたが、一方で経済的には第一次世界大戦後ということもあり、苦しい生活であったといいます。そのため、この生活も長く続くことはありませんでした。

翌年にはカフカの体調が急速に悪化すると、ウィーン近郊の病院やサナトリウムを転々とした後、1924年4月に体調が回復することがないままカフカは他界します。

カフカ没後は、残された原稿や日記などの整理を行ったマックス・ブロートの手によってカフカの作品が随時発表されていきます。(その後の経緯については2章で後述)



1-2: フランツ・カフカの作品

さて、波瀾万丈の人生を送ったカフカはどのような作品を世に残したのでしょうか?ここでは、特に有名な『変身』『審判』『城』を紹介していきます。

1-2-1: 『変身』

簡潔にいえば、カフカの『変身』(英; The Metamorphosis, 独; Die Verwandlung)とは、

  • ある朝起きると、グレゴール・ザムザは一匹の毒虫になっており、毒虫に変身したザムザは家族や周囲の人々に疎まれ、孤独な最後を遂げるという物語
  • 20世紀を代表する作家といわれるカフカの代表作

です。

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『変身』はカフカ自身の仕事や家族との問題、特に父親との関係が反映された作品とされています。その他にも宗教的な解釈がされる場合もあり、最終的な解釈は開かれたままです。

より詳しくは次の記事を参照ください→【カフカの『変身』とは】

1-2-2: 『審判』

そして、カフカの『審判』(英; The Trial, 独; Der Process)とは、

  • 30歳の誕生日の朝、ヨーゼフ・Kは突然逮捕され、何の罪で逮捕されたのかもわからないまま、被告として生活する日々が始まるもの
  • 当初はこの事態を軽く見ていたKだったが、次第に自らの裁判が有利になるよう奔走する
  • だが、31歳の誕生日前日の夜、Kは処刑されるという物語

です。

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カフカ死後に、カフカの友人マックス・ブロートの編集を経て発表された未完の小説です。

こちらも次の記事で詳しく解説しましたので、ぜひ読んでみてください→【カフカの『審判』とは】

1-2-3: 『城』

最後に、カフカの『城』(英; The Castle, 独;Das Schloss)とは、

  • 測量士Kはある城に管轄された村にやってきた。だがKは村にきてはじめて、測量士としての自分の仕事が必要ないことを知る
  • 自分の立場を守るために城に近づこうとするが、そのたびに村人や役人との衝突をおこし、Kは城にいつまでたっても近づくことができないといった物語

です。

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カフカの最晩年に書かれた作品で、こちらもカフカ死後にカフカの友人マックス・ブロートの編集を経て発表された未完の小説です。

詳しいあらすじ、解釈、学問的評価は次の記事に詳しいです→【カフカの『城』とは】

1章のまとめ
  • フランツ・カフカとはオーストリア=ハンガリー帝国、現在のチェコ・プラハ生まれのユダヤ人で、ドイツ語で創作を行った作家である
  • 代表作に『変身』『審判』『城』などがある
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2章:フランツ・カフカの評価

さて、これまで紹介してきたカフカの作品がいかに評価されてきたのでしょうか?2章では「生前」「死後」の評価を解説していきます。

2-1:フランツ・カフカが評価される背景

カフカの「生前」と「死後」の評価を紹介する前に、カフカが世にでる背景に少し触れます。

そもそも、「生前」と「死後」の評価と区別を設けているのは、

  • カフカの生前に発表された作品は数少なく、小説に限っていえば、『変身』などいくつかの本だけであった
  • そのため、カフカ文学は現在のように世界的に知られていたとまでは言えず、今日のような高い評価まではなされていなかったため

です。

つまり、現在知られているカフカの作品はその多くがカフカの死後に発表されたものです。

カフカ没後、カフカの部屋を整理していた友人のマックス・ブロートは自分あてのメモを発見し、次のような依頼をされます。

  • 今までに発表した『判決』、『火夫』、『変身』、『流刑地にて』、『田舎医者』の五冊と物語『断食芸人』の出版は認める(といっても、これらの作品を引き続き増刷して欲しいわけではなく、自分の作品を将来に伝えて欲しくはない)
  • 上記で自分が認めたもの以外、手に入る限り全部のもの(原稿や手紙など)は早急に焼却してほしい

(マックス・ブロート「最初の版のあとがき」(『決定版カフカ全集』5、新潮社、1981年)参照)

しかし、カフカ文学の素晴らしさにいち早く気づいたブロートはカフカの遺言に半ば背くような形で遺稿を整理し、随時カフカの作品を発表していきました。

仮にマックス・ブロートがカフカの遺言通りにしていたとしたら、カフカ文学はあまり知られることもなく、今日まで忘れ去られた存在となっていたかもしれないのです。カフカの死後に発表された作品で有名なものとしては、上述した『審判』や『城』といった長編作品があります。

戦前はナチスの文化政策の影響でカフカの作品も弾圧の対象となりましたが、戦後はサルトルやカミュといったフランスの実存主義者たちがカフカ文学に注目し、彼の文学を実存主義文学の先駆として位置づけていきました。こうしてそれ以後も世界的にカフカへの関心が高まり、現在では二十世期を代表する作家と注目されています。



2-2:フランツ・カフカの生前の評価

上述したように、生前に発表した作品こそ少なかったですが、カフカの作品が同時代的に全く知られていなかったわけではないです。

カフカに最初に注目したのは先ほどから登場している友人マックス・ブロートです。

  • カフカが執筆を開始した当初から、ブロートはカフカの作品を『ゴーレム』(1915年)などを著したグスタフ・マイリンクなどの作品に比肩しうるものがあると高く評価した
  • カフカが『観察』(1912年)を出版する際にも、カフカと一緒にその収録作品を検討するといった作業を行っている
  • 『観察』(1912年)の出版以降、ブロート以外の文学者にも徐々に知られるようになっていく
  • そうして、チェコ、ドイツ、オーストリアなど限られた範囲ではあったが、カフカの文学に対して、新聞などを通じて批評文が掲載された

こういった批評に対し、カフカは大きな関心を寄せ、積極的に目を通していきました。カフカは友人・知人に対し、彼らが目を通していない新聞や雑誌にのった批評文を送ってほしいと頼んでいたといいます。

それらの批評文では、リルケ、ディケンズ、キルケゴールなどといった名だたる作家とカフカを比較し、作品から垣間見えるカフカの特異な才能が指摘されていました。

しかしまとめると、現在、奇抜な作風と文学史における「問題児」として認知されているのとは違い、生前はその他大勢の作家と同列のドイツ語作家の一人であるという域を出るものではなかったです。

ただ、これらの批評は『審判』や『城』などが出版されておらず、有名な長編作品が全く知られていなかった時代に書かれていることを念頭におくべきでしょう。そのため、カフカ文学の全貌が知られていない当時と全貌を見渡すことができる現在とでは、その評価が違ってくるのは多少仕方のないことではあります。

当時の批評文はクラウス・ヴァーゲンバッハ/マルコム・パウリー他『カフカ=シンポジウム』(吉夏社、2005年)に収録されたユルゲン・ボルン「フランツ・カフカと批評家たち」でその一部を読むことができます。

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2-3:フランツ・カフカの死後の評価

そして、カフカ死後、マックス・ブロートの手によってカフカの作品が相次いで発表されていきます。

そのうち、死後に発表された『審判』『城』『失踪者(アメリカ)』(1927年)の長編作品は、扱っている主題の類似性からブロートによって「孤独の三部作」と呼ばれました。これらの作品の出版に伴って、これまで短編作品しか知られていなかったカフカの印象も徐々に変わっていくこととなります。

ここでは、簡潔にいつくかの論者の評価を紹介していきます。

2-3-1: マックス・ブロートの評価

ブロートはカフカ文学の紹介者としてだけでなく、カフカ文学の解釈者としても重要な位置を占めています。それはカフカ死後からしばらくの間、ブロートの解釈が最も有名なカフカ文学解釈として世界的に知られていたからです。

カフカに関する伝記など、ブロートがカフカについて論じたものは多く、カフカ文学を勉強する人にとって、ブロートの著作は必読文献となっています。(たとえば、マックス・ブロート『フランツ・カフカ』(みすず書房、1972年))

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具体的に、シオニストであったブロートの評価は、カフカ文学を主に宗教的・ユダヤ教的な視角から解釈したものが多いです。

たとえば、カフカの文学には神と個人との関係が描かれており、さらには異郷に散在するユダヤ人の悲劇を象徴するものがあるという評価がされてきました。

2-3-2: ヴァルター・ベンヤミンとハンナ・アーレントの評価

しかしその後、それまでのブロートによって提唱された宗教的な解釈に対して批判的な見解が徐々に登場するようになります。そういった見解の一例として、ヴァルター・ベンヤミンとハンナ・アーレントがいます。

ヴァルター・ベンヤミン(1892年〜1940年)は、

カフカの文学を人間の社会生活と労働についての問いを含んでおり、社会の底辺、現代社会のいびつな姿を描いている

と指摘しました。

たとえば、「フランツ・カフカ」『エッセイの思想(ベンヤミン・コレクション2)』(ちくま学芸文庫、1996年収録)にそのような評価を見出すことができます。

加えて、ハンナ・アーレント(1906年〜1975年)は、

カフカの文学は第一次世界大戦前のオーストリアの官僚政治を批判したものであり、カフカは人間としての自由と権利について描いている

といった評価を下しました。

そのような評価は「フランツ・カフカ」(『パーリアとしてのユダヤ人』未来社、1989年収録)からみることができます。

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2-3-4: アルベール・カミュの評価

また第二次世界大戦前後になると、フランスの知識人を中心にカフカ文学への関心が高まっていきます。具体的に、サルトルやカミュといったいわゆる実存主義者たちがカフカの文学を高く評価し、実存主義の先駆者と位置付けたのです。

たとえば、カミュは「不条理」といったキーワードなどを用い、カフカ文学を次のように論じています。

自然らしいものと異常なもの、個人と普遍的なもの、不条理と論理など、これらの間を揺れ動く、普段の動揺がカフカの全作品に見られ、それが彼の作品にある種の響きと意味を与える

(「フランツ・カフカの作品に於ける希望と不条理」(『シーシュポスの神話』新潮社、2006年収録))

こうして実存主義者に注目されたことも手伝って、戦後カフカの文学は世界中に知れ渡っていきました。現在でも伝記的解釈、精神分析学的解釈、マルクス主義的解釈、受容美学、構造分析など多様な視角からカフカの文学が研究されています。

このように多様な解釈を必要とするのはそれだけカフカ文学が多様なテーマを内包しているからでしょう。ギュンター・アンデルスはカフカ文学の解釈が多様で定まらない理由として、解釈者が愚鈍だからなのではなく、カフカ文学そのものが多様な解釈を許すほど様々なテーマを内包しているからであると述べています。

2章のまとめ
  • カフカの生前に発表された作品は数少なく、小説に限っていえば、『変身』などいくつかの本だけであった
  • 生前はその他大勢の作家と同列のドイツ語作家の一人であるという域を出るものではなかった
  • 20世紀を代表する作家として世界的に評価が高い作家である
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3章:フランツ・カフカの影響

カフカの創作はのちの世代の作家に影響を与えただけでなく、カフカ以前の作家の評価を変えるほどとなりました。

世界中の多くの作家がカフカについて言及しており、それら全てを取り上げることができなですが、ここでは「ボルヘス」「安部公房」「村上春樹」がカフカについてどのように語っているのかを簡単に紹介します。

3-1: ホルヘ・ルイス・ボルヘスへの影響

ホルヘ・ルイス・ボルヘスはアルゼンチン出身の作家で、代表作『伝記集』などがあります。ラテンアメリカ文学の代表的作家と思ってください。

ボルヘスは、以下のようにカフカの影響力を述べています。(「カフカとその先駆者たち」『続審問』岩波文庫, 192頁を参照)

  • 「カフカの作品は未来を修正すると同じく、われわれの過去の観念をも修正する」と述べる
  • 韓愈、キルケゴール、レオン・ブロワなど、古今東西の作家に言及し、カフカの文学はカフカ以前の作家によって生み出されたテクストの読みをも修正すると主張

ボルヘスによると、つまり、カフカは「自らの先駆者」を創り出したのです。

より詳しく知りたい方は、上述した「カフカとその先駆者たち」(『続審問』岩波文庫、2009年収録)にあたってみてください。

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3-2: 安部公房への影響

安部公房(1924年〜1993年)は『壁』『砂の女』『他人の顔』など作品があり、ノーベル文学賞候補にもなった昭和を代表する日本人作家です。

安部の作品にはカフカの作品と類似している部分があるとも言われるほど、影響を与えたとされています。

具体的にいえば、阿部は以下のようにカフカの影響力を述べています。(「内なる辺境」『内なる辺境/都市への回路』中公文庫, 83頁を参照)

  • カフカの作品をユダヤ的な特質からだけ読んでいくことはこじつけに過ぎないと思われるが、かといってユダヤ的という特質を無視することもできない
  • ユダヤ人の書いた文学、特にカフカの文学はその特異性にもかかわらず、何らかの普遍的なものを人々に訴えかける力があり、現代に多大な影響を与えた
  • 「フランツ・カフカが存在しなかったとしたら、現代文学(とくに文学評価の規準)はかなり違ったものになっていたはずだ」と主張

さらに詳しい議論は「内なる辺境」(『内なる辺境/都市への回路』中公文庫、2019年収録)に譲りますが、阿部がいかに評価しているかわかるはずです。

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3-2: 村上春樹への影響

村上春樹は『ノルウェイの森』『海辺のカフカ』などの作品を執筆し、世界的にも評価の高い日本を代表する作家です。

村上春樹もカフカから影響を受けた人物の一人で、以下のような言葉を残しています。

  • 2006年10月30日、チェコ・プラハで行われた「フランツ・カフカ国際文学賞」受賞式における受賞挨拶のために書いた草稿のなかで、カフカの作品や言葉に言及
  • カフカの作品が自身の創作に影響を与えていると語る。村上は15歳の時にカフカの『城』を初めて読み、そこに非日常的なまた時として落ち着かない「分裂感」を感じ、そこで感じた感覚が自身の「文学的原背景となったかもしれない」と述べる
  • 『海辺のカフカ』にはその時に感じた感覚、カフカ的な世界が息づいているという。

また、村上は1904年にカフカが実際に友人に宛てた手紙を引用し、次のように述べている。

思うのだが、僕らを噛んだり刺したりする本だけを、僕らは読むべきなんだ。本というのは、僕らの内なる凍った海に対する斧でなくてはならない。それこそがまさに、僕が一貫して書きたいと考えてきた本の定義になっているのです。

(「凍った海と斧」(『村上春樹雑文集』、2015年収録、399ページを参照))

世界中、これまでに多くの作家が、一般の読者と同じようにカフカの作品に親しみ、その言葉に感銘を受け、自らも創作を重ねていったことがわかると思います。

こうしてカフカ文学はこれからも、世界中で生まれる作品のなかに、その言葉が、その世界が息づいていくのです。

3章のまとめ
  • ボルヘス・・・カフカは「自らの先駆者」を創り出した
  • 安部公房・・・「フランツ・カフカが存在しなかったとしたら、現代文学(とくに文学評価の規準)はかなり違ったものになっていたはずだ」
  • 村上春樹・・・非日常的なまた時として落ち着かない「分裂感」を感じ、そこで感じた感覚が自身の「文学的原背景となったかもしれない」と述べる

4章:フランツ・カフカの学び方

フランツ・カフカに関して理解を深めることはできましたか?

以下は深く学ぶためのオススメ本です。ぜひ読んでみてください。

おすすめ本

オススメ度★★ 池内紀訳/西岡兄妹構成・作画『カフカ:classics in comics』(ヴィレッジブックス)

最初に小説が難しく思う方は漫画でイメージをつかんでから作品を読み進めてみることもおすすめです。

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オススメ度★★★ 多和田葉子(編)『カフカ』(集英社文庫)

最新版の新訳で、多くの主要作品を含み、カフカのラブレターも収録。解説も充実している。これ一冊を読めば、ある程度カフカ文学の全体像を掴むことができます。翻訳も読みやすく、手に取りやすい一冊。

オススメ度★★ 有村隆広『カフカとその文学』(郁文堂)

カフカの生い立ちやこれまでにカフカが世界中でどのように論じられてきたのか、分かりやすくまとめられています。少し古い本ですが、読書案内などもついており、本格的に勉強したい方は手に取りたい一冊。

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まとめ

最後にこの記事の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • フランツ・カフカとはオーストリア=ハンガリー帝国、現在のチェコ・プラハ生まれのユダヤ人で、ドイツ語で創作を行った作家である
  • カフカの生前に発表された作品は数少なく、死後に評価が高まった
  • 世代の作家に影響を与えただけでなく、カフカ以前の作家の評価を変えるほど影響力をもった

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