競争戦略論(Competitive strategy)とは、マイケル・ポーターが提唱した企業戦略を考える際の枠組みです。
基本的には、経済学の産業組織論を経営学の企業戦略論として解釈し直した議論であり、産業組織論より実践的な内容となっています。
この記事では、
- 競争戦略論の考え方と批判
- ファイブフォースと3つの基本戦略
をそれぞれ解説します。
好きな箇所から読み進めてください。
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1章:競争戦略論とは
1章では競争戦略論を概説します。詳細な議論は2章以降で解説しますので、用途に合わせて読み進めてください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1: 競争戦略論の考え方
競争戦略論は、1980年、現在ハーバードビジネススクール(HBS、ハーバード大学経営大学院の通称)のマイケル・ポーター教授が著した『競争の戦略』で一躍脚光を浴びた企業戦略論です。
マイケル・ポーター(Michael E. Porter、1947年~ )の大まかな経歴は以下のとおりです。
- マイケル・ポーターは経営学界の一種の「スター」で、HBSの学生たちにも大人気な「憧れの的」である
- 学界のみならず実務界でも人気があり、アメリカでも日本でも、彼の講演などはいつも大盛況である
- ポーターは、HBSで修士号、博士号を取得し、1982年、HBS史上最年少の正教授となった
- 現在は、ハーバード大学の教授の職位の一つであるウィリアム・ローレンス司教大学教授として活動するとともに、実際に多くの企業のコンサルティングや経営に携わっている
著書(共著・編著を含む)も数多く、上記の『競争の戦略』のほか、『競争優位の戦略――いかに高業績を持続させるか――』『国の競争優位』『競争戦略論Ⅰ、Ⅱ』『日本の競争戦略』『国の競争力』『医療戦略の本質――価値を向上させる競争――』『グローバル企業の競争戦略』などがあります。
上記したように、ポーターの競争戦略論は、基本的に彼がHBSの学生時代に学んだ産業組織論を企業戦略論として解釈し直した議論であり、経済学の産業組織論を知っている研究者にとってはいささか陳腐に思えたそうです。
※産業組織論に関してはこちらの記事→【産業組織論とは】背景・現実の産業からわかりやすく解説
後述するファイブフォース分析を形成する業界内の競合、新規参入の脅威、代替品の脅威、売り手の交渉力、買い手の交渉力は、経済学・経営学で議論されてきた内容です(※2章で解説)。
また、3つの基本戦略においても、コストリーダーシップ戦略は価格競争、差別化戦略は非価格競争もしくは商品差別化、集中戦略は市場細分化として、経済学・経営学(マーケティング)で議論されてきた内容のさらに経営実践的な色付けという次第です(※3章で解説)。
1-2: 競争戦略論への批判
競争戦略論に対しては、肝心の経営学界や実務界からの批判も少なくありません。たとえば、以下のような批判があります。
- ポーターの理論では競争優位など自社の位置付けが分かる業界構造が特定できること、また一定期間その構造が続くことが前提となっている
→これは現実にはあり得ず、たとえば、日本の自動車産業一つ取っても業界構造はそう単純で静態的ではない - 現代の事業環境は企業間提携、共同開発、ライセンス契約などが複雑に絡んでおり、競合相手、供給業者、顧客を簡単には特定できない
→「昨日の敵は今日の友」、競合相手がある事業領域では自社に対する技術やパテントの供給元となったり、顧客が自社の得意分野に一部参入していたりするのは珍しいことではなくなっている - 自社の周囲勢力を敵対関係、あるいは優位性を行使する対象と見なし、対峙してゆく考え方には大きな問題がある
→顧客との価値共創・経験共有、企業間の連携や協調的ネットワークという共に価値を創り上げる姿勢が重要な戦略手法となっている現代では、むしろマイナスに働きかねない
要するに、ポーターの競争戦略論は、現実の企業経営環境を知らない「素人受け」し易い「机上の理論」「学者の理論」であるという批判です。
なぜポーターの理論が一般受けし易いのかには複合的な要因がありますが、理論全般に渡って分析手法がマニュアル的に記述されており、かつその際の分析の枠組みが視覚的な意味で分かり易く述べられている点などが挙げられると思います。
この点は、以下で解説するファイブフォース分析、3つの基本戦略を見れば明らかです。
- 競争戦略論とは、アメリカの経営学者マイケル・ポーターが提唱した最も有名な経営戦略理論である
- 競争戦略論には現実の企業経営環境を知らない「素人受け」し易い「机上の理論」「学者の理論」であるという批判がある
2章:競争戦略論とファイブフォース分析
ファイブフォース分析とは、文字通り「5つの力」を分析するものです。具体的には、次の5つの力から業界の収益性を分析するための枠組みです。
- 業界内の競合
- 新規参入の脅威
- 代替品の脅威
- 売り手の交渉力
- 買い手の交渉力
それぞれ解説していきます。
ポーターのファイブフォース分析のイメージ
2-1: ファイブフォース分析とは
【業界内の競合】
業界内での企業間の競合度合いは、収益性の決定的な要因となります。寡占化が進んでいる業界では競争は穏やかになり、また同じ規模の企業が多く参入している業界では競争は激しくなります。
業界内の競合が激しい場合は、差別化戦略や価格競争戦略など、競合他社に負けないための戦略で対応できますが、万が一の場合、事業の撤退も選択肢の一つとなり得ます。
【新規参入の脅威】
業界に新たな企業が参入すると、競争が激化して当然収益性が低下します。新規参入が容易な参入障壁が低い業界では、一時的に業界の収益性が高まることがあってもすぐに新規の参入が相次ぎ、競争が激化して収益性が低下します。
新規参入の脅威を低くするためには、自社の強みを一層強化することにより業界への参入障壁を高める戦略が有効です。
【代替品の脅威】
既存の商品(製品・サービス)が、顧客にとって同様のニーズを満たす他の商品で置き換えられてしまう脅威です。コストパフォーマンスがより高い商品が登場すると、それにより市場を奪われ、収益性が低下することとなります。
たとえば、コンパクトカー市場が、性能・機能・品質が向上した軽乗用車に蚕食されるなどが好例です。代替品の脅威を下げるためには、顧客が既存の商品から他に乗り換える際のコスト、すなわちスイッチングコストを高める、デザインなどの付加価値を高める、価格競争をするなどの戦略が有効です。
【売り手の交渉力】
売り手の交渉力とは、原材料、部品などの供給業者からの要求の強さのことです。寡占業界や独占技術を持つ業界などでは売り手の交渉力が強くなり易く、その場合には買い手は高い価格を受け入れざるを得なくなって、負担するコストが高くなります。
売り手の交渉力は、原材料、部品などの代替を可能とするなどの戦略により低下させることができます。この点、アメリカの水平的供給構造と日本の系列などの垂直的供給構造とは、多少異なるように思われます。
【買い手の交渉力】
買い手の交渉力とは、価格の引き下げや品質の向上などを要求する顧客からの要求の強さのことです。買い手の交渉力が強いと値引きなどを要求され、収益を上げ難くなります。
買い手の交渉力を低下させるためには、商品の付加価値を向上させ代替販売先へのスイッチングコストを高くするなどの戦略により、買い手に対する優位性を高める必要もあります。
2-2: ファイブフォース分析の目的
さて、以上のような過程で行われるファイブフォース分析には、次のような目的があります。
【目的①:収益性の向上】
ファイブフォース分析を行なうことにより、自社の競争優位性を明確化して、収益性を向上させるための戦略を立案することができます。特に、新規参入や代替品など、将来に対する脅威を明確化できるため、実際に脅威が現れた際の対応がスムーズにできます。
【目的②:新規参入・事業撤退の判断】
ファイブフォース分析によって明確化される業界内の競合の度合いや業界の構造は、新規参入、逆に事業撤退についての経営判断の基礎ともなります。
【目的③:経営資源の最適配分】
経営資源をどのように配分するのが最適なのかの検討は、経営戦略を立案する上で不可欠です。ファイブフォース分析によって明確化される自社の機会と脅威は、経営資源の配分を決定する上での基礎となります。
※ファイブフォース分析に関してより詳しくはこちらの記事→【ファイブフォース分析とは】ポーターの議論を事例からわかりやすく解説
3章:競争戦略論における3つの基本戦略
マイケル・ポーターは、競争戦略の類型として「コストリーダーシップ戦略」「差別化戦略」「集中戦略」を挙げてきました。3章ではそれぞれを解説していきます。
※3つの戦略に関しても以下の記事で詳しく解説しています→【ポーターの競争戦略とは】3つの競争戦略を図からわかりやすく解説
3-1:コストリーダーシップ戦略
コストリーダーシップ戦略は、
- それまでの経済学(産業組織論)・経営学では価格競争として扱われてきた競争形態
- 事業の経済的コストを他の競合企業を下回る水準に引き下げることで競争優位を確保する戦略
です。
それでは、なぜポーターがコスト戦略ではなく、コスト「リーダーシップ」戦略という表現をしているのでしょうか?これは各企業がコストを削りに削り価格競争が極限まで進展すると、業界全体が疲弊し切ってしまい、そうした状態に陥らないためにはそこにある種のリーダーシップが必要だと考えるからです。
このような発想は、それまでの経済学(産業組織論)・経営学でいわれてきたプライスリーダー(価格先導制)に似ています。
- 恐らく、そういったリーダーシップを発揮するのは、業界トップシェアの企業(たとえば、トヨタ自動車)である
- 日本の自動車業界で同じようなグレードの乗用車が各メーカーで同じような価格帯なのは、極端なコスト削減による価格競争の疲弊を避けているため
- つまり、誤解を恐れずにいえば、マイケル・ポーターの競争戦略論の結論は、「無益な競争をするな」ということである
- そこにこそ、まさに競争戦略論の要諦があるといえるかもしれない
ところで、競合他社に対してコスト優位を築くにはさまざまな要因があります。第一に、規模の経済による優位性です。これには、次のような学習曲線による経済性などがあります。
- 生産規模拡大による工場や設備の固定費の効率化
- 生産規模拡大に伴う従業員の専門化による作業効率化
- 財務・会計などの間接コストの削減
- 累積生産量の増加によって製品1単位当たりの製造コストが低下する
第二に、規模と無関係の技術上の優位性です。まずは、物理的な技術(ハード技術)があります。幾つかの業界では、企業間に生産規模の差がなくても、物理的な技術の相違でコスト差が生まれます。
たとえば、製鉄業界では技術の発展によって製造コストを低減できる可能性があり得ます。さらには、物理的な技術(ハード技術)だけではなく、ソフト技術もコスト優位に関係します。生産現場での改善活動やコスト削減を優先する企業文化などがそれに当たります。
※企業文化に関してはこちらの記事を参照ください→【組織文化とは】歴史・事例からわかりやすく解説
具体例として、トヨタ自動車はハード技術は勿論、長年蓄積されてきたソフト技術(トヨタ生産方式)によるコスト低減を得意としています。
3-2:差別化戦略
差別化戦略は、
- それまでの経済学(産業組織論)・経営学では非価格競争、商品差別化として扱われてきた競争形態
- 顧客が認知する他社の商品(製品・サービス)価値に比して自社の商品の認知上の価値を増加させること
です。
商品差別化により企業が競争優位を獲得しようとする事業戦略を差別化戦略といいます。たとえば、自動車メーカーは、自社のクルマのカーコンセプト、カーデザイン、性能・品質に付加価値を生み出し、何とか他社のクルマのそれらと差別化しようと図ります。
ここで、大きなポイントは、2つあります。
- あくまで商品差別化が顧客の認知上の価値向上であること
→自社商品が幾ら他社商品と違うと主張しても、顧客がそれを認知できなければ意味がありません - 商品差別化とは顧客にとって実際に価値が増加すること
→つまり、先に述べた付加価値の向上です。これには、原材料・部品の調達から商品を顧客が消費するまでのバリューチェーン(価値連鎖)も重要になります
差別化戦略といったときに、付加価値を実現せずに単に他社商品と違うという認識は誤りです。あくまで商品の付加価値を向上させ、なおかつ他社より認知上の価値が高いことを実現する戦略が差別化戦略です。
繰り返しますが、差別化戦略では、差別化により「顧客が認知する価値が上がっている」ことが戦略成立の絶対条件です。一般に、私たちはこれをブランドといいます。単に顧客に他社商品と異なると認知されることと、顧客に他社商品より価値があると認知されるのは別の話です。
たとえば、トヨタ自動車のレクサス車は製造コストも掛かり、付加価値の高い高級なクルマです。しかし、レクサス車にブランド(認知上の価値)があるかどうかはトヨタ自身が決めることではなく、顧客がブランドを認知するかどうかに掛かっています。
3-3:集中戦略
集中戦略は、
- それまでの経済学・経営学(マーケティング)では市場細分化(マーケット・セグメンテーション)として扱われてきた競争形態
- 企業が自らの市場を地域、性別、年齢、所得などの領域(セグメント)に特化し、持てる資源を集中すること
です。
集中戦略は、コストリーダーシップ戦略と差別化戦略に相応して「コスト集中」と「差別化集中」に分類されます。
- コスト集中・・・選ばれた特定の市場セグメントでコスト優位を確立すること。低価格品に特化して販売することなどが挙げられる
- 差別化集中・・・特異な市場セグメントに資源を集中し、差別化を実現することで他社に対して競争優位を確立すること。対象を絞った狭い範囲の中では、競争上、優位に立つことができる
集中戦略はポーターが提唱した3つの基本戦略の一つですが、戦略理論としての価値は薄くなっています。最大の理由は、「戦略とは集中である」「戦略とは捨てることである」といわれるように、どの戦略理論にも集中は必要だからです。
戦略を決める上で集中することは大前提なので、基本戦略の選択肢として改まって定義する必要性が余りありません。実際、マイケル・ポーターも、後年の論文では基本戦略としての集中戦略に触れていません。
以上、見てきたように、マイケル・ポーターの競争戦略論は基本的に経済学(産業組織論)を企業戦略論として解釈し直した議論といえます。
4章:競争戦略論を学ぶための本
競争戦略論について理解を深めることはできたでしょうか?
この記事で紹介した内容はあくまでもきっかけでしかありません。そのため、以下の書物を参考にして、あなたの学びをより深めていってください。
オススメ度★★★ 中野明 『図解ポーターの競争戦略がよくわかる本』(秀和システム)
ポーターの競争戦略がわかりやすく図解されており、はじめてポーターに触れる方におすすめの一冊です。
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オススメ度★★★ M.E.ポーター『競争の戦略』(ダイヤモンド社)
ポーターの原論の日本語訳です。30年以上前の書籍であるため古い例が多く読むのは大変ですが、ポーターの競争戦略がしっかりと理解できます。中・上級者向けの一冊です。
一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- 競争戦略論とは、アメリカの経営学者マイケル・ポーターが提唱した最も有名な経営戦略理論である
- 競争戦略論には「業界内の競合」「新規参入の脅威」「代替品の脅威」「売り手の交渉力」「買い手の交渉力」といったファイブフォースによる分析がある
- 競争戦略論には「コストリーダーシップ戦略」「差別化戦略」「集中戦略」という3つの戦略がある
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