カフカの『変身』(英; The Metamorphosis, 独; Die Verwandlung)とは、20世紀を代表する作家といわれるカフカの代表作です。戦後、フランスの実存主義者たちを中心に注目を集め、アルベール・カミュの『異邦人』などとならんで「不条理の文学」と呼ばれています。
カフカの『変身』は2002年には映画化されており、21世紀に入ってもなお、重要な作品として認識されています。
この記事では、
- カフカの伝記的情報
- カフカの『変身』のあらすじ
- カフカの学術的な考察
をそれぞれ解説しています。
好きな箇所から読み進めてください。
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1章:カフカの『変身』のあらすじ
1章ではカフカの『変身』を「作者」と「あらすじ」から概観します。2章ではカフカの『変身』に関する文学的な考察を解説しますので、あなたの関心に沿って読み進めてください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1: 『変身』の作者紹介
まず、あらすじを紹介する前に、簡単に作者の紹介をしましょう。端的にいえば、フランツ・カフカ(1883年 -1924年)とは以下のような人物です。
- 当時はオーストリア=ハンガリー帝国、現在でいえばチェコ共和国のプラハ出身である
- ユダヤ人の家庭に生まれる
- プラハの生まれであるため、周りの多くの人々はチェコ語を話していたが、カフカはドイツ語で教育を受け、創作もドイツ語で行なった
- 40歳という若さで亡くなった
文学的な評価でいえば、
- 戦前はナチスの文化政策の影響によってカフカの作品が読まれることがあまりなかった
- しかし戦後、カミュやサルトルなど、フランスの実存主義者が「不条理」という概念を用いて論じ、それ以来、世界的にカフカの文学が流行するようになった
という変化があります。
そのため、アルベール・カミュの『異邦人』などとならんで、カフカの『変身』や『審判』は「不条理の文学」と呼ばれたりします。
現在でも村上春樹など、多くの作家に影響を与え、ジェイムズ・ジョイス(代表作『ユリシーズ』)やマルセル・プルースト(代表作『失われた時を求めて』)らと並んで、20世紀を代表する作家として世界的に評価が高いです。
※カフカに関してより詳しくはこちらの記事を参照ください。→【フランツ・カフカとは】作品・評価・影響からわかりやすく解説
1-2: カフカ『変身』のあらすじ
前置きはここまでにして、カフカの『変身』のあらすじを紹介しましょう。以下のあらすじは山下肇(訳)の『変身』を参照しています。
物語の冒頭
- ある朝目覚めると、グレゴール・ザムザは一匹の毒虫になっていた。甲羅のついた背、褐色のお腹、たくさん生えている小さな無数の足、そして、気持ちの悪い斑点まで身体についている。
- グレゴールはセールスマンで、五年前に事業に失敗した父に代わって働く、一家の大黒柱であった。そのため、働きにいかなければならないが、身体が思うように動かない。最初出ていた声も、だんだんと人間の声から化け物の声に変わり、いつしか声も出なくなってしまった。
妹とサムザー家の生活
- 虫けらに変身したグレゴールに対し、父と母は冷たい反応を示す。ただ、妹のグレーテだけは違っていた。彼女はグレゴールの食事の世話をしたり、部屋の掃除もやってくれたのである。
- だが、働き手がいなくなったザムザ一家は生活が苦しくなってしまっていた。そうして、妹のグレーテも働きに出なければならなくなり、また、一家は家の空いた部屋に3人の下宿人を入れ、生活の糧にしていた。
物語の展開
- しばらくした時、ひょんなことから、下宿人が毒虫の姿をしたグレゴールを発見してしまう。おぞましい虫けらとともに暮らしていたと知った下宿人たちはザムザ一家のもとを離れてしまう。
- 彼らが出ていけば、ザムザ一家は生活していくことが難しくなるだろう。「これのおかげで、あんた方二人とも殺されちゃうわ」「あれがいなくなんなくちゃ」、ついに妹のグレーテも家族に向かってこう叫んだ。
物語の終盤
- こうして、家族全てから見放されたある日、グレゴールはひっそりと息を引き取る。「これでわしらも神様にお礼がいえるよ」。父がこう言って十字をきったあと、母と妹も同じようにした。
- グレゴールはいなくなった。ザムザ一家は新たな生活へと出発する。そうして、グレゴールが見つけてくれた家よりももっと良い場所へと、その胸を希望に溢れさせ、彼らは旅立っていくのであった。
どうでしょう?大まかに物語の展開をつかむことはできたでしょうか?
- カフカの『変身』とは、20世紀を代表する作家といわれるカフカの代表作である
- カミュやサルトルなど、フランスの実存主義者が「不条理」という概念を用いて論じ、それ以来、世界的にカフカの文学が流行するようになった
2章:カフカ『変身』の考察
さて、2章ではこれまでに世界中で議論されてきた『変身』の学術的な見解・解釈について紹介していきます。
ただこれまでに『変身』に言及した論者は数多く、日本語で書かれたものだけでも膨大な量の論文や研究書があるため、もちろんその全てを紹介することはできません。そのため、ごく一部を紹介し、『変身』をより深く読むための第一歩として参考にしてください。
2-1: カフカ『変身』の作家論的観点からの考察
そもそも、『変身』は1912年の11月から12月にかけて執筆されましたが、出版社との交渉が進まず、さらには第一次世界大戦の影響などを受けたことにより発表が遅れました。
結局、1915年10月、ライプツィヒ発行の雑誌『白紙』に発表されたのをはじめとして、同年12月に同じくライプツィヒで単行本『変身』として出版されました。
そして冒頭でも説明したように、カフカの作品のなかでも特に有名で、カフカ文学の入門書であると言われたりします。
しかし出版当時、『変身』は全く知られていなかったというわけではないですが、あまり目を向けられなかったのはたしかです。カフカの死後、『審判』や『城』といった長編作品などが出版されるなかで有名になっていったというのが実情です。
ここで結論となりますが、『変身』は執筆された背景から、カフカ自身の状況が反映されていると言われています。具体的には、彼自身の仕事や家族との問題、特に父親との関係です。
たとえば、有村隆広の『カフカとその文学』(郁文堂, 1985年)は以下のような考察をしてます。
- 『変身』執筆当時、カフカは労働者災害保険局というところで働いていた。勤務は午前だけで、午後からは帰宅してよく、そのため、ほかの職場と違って創作のために時間を費やすことができた。
- ただ、それほど簡単に事は運ばなかった。『変身』も出張など、役所の仕事の合間を縫って、執筆されたようだ。さらに『変身』執筆の一年ほど前から、カフカの父ヘルマンはプラハ郊外にアスベスト工場の経営を始めていた。
- カフカは、その経営の手伝いをするためによくかり出されたという。文学に多くの時間を費やしたいが、時間がない。さらに、工場の仕事をしなければ、父親や母親、妹などから非難される。
- カフカは文学と仕事の両立に悩んでいた。このような状況が『変身』のグレゴールの置かれた状況や、その他家族のグレゴールに対する態度に現れているといわれている。
こうした家族との問題はカフカの伝記的な資料からうかがい知れますが、特に父親との関係は『変身』に反映されています。
それは『変身』と同時期に執筆された作品が二つから理解できます。具体的には『判決』『火夫』(共に1912年に執筆され、1913年に発表)という短篇です。
端的にいえば、
- 『判決』は息子が父親に死を命じられるお話
- 『火夫』はお手伝いさんがその息子に迫り、性的な関係を持たされてしまったため、その息子は家族によってアメリカに送られる
というストーリーです(どちらも池内紀編訳『カフカ短篇集』岩波文庫、1987年に収録)。
カフカは当初、『判決』、『火夫』、『変身』を一まとめにし、『息子たち』という一冊の本として出版しようとしていました。
事実、カフカ自身、これらの作品には「外面上また内面的にも同じもの」で「三つの作品の間には明白な、かつもっともらしい秘密の結び付きがある」と述べています21913年4月11日付、出版社クルト・ヴォルフ宛の手紙より。
『変身』においても、息子のグレゴールと父親の微妙な関係が描かれていることを考えると、これら作品に共通する主題、<父と息子>が浮かび上がり、カフカ自身も父親の関係があまり良くなかったことから、『変身』にはカフカと父親との複雑な関係性が反映されているという見解があることも理解できます。
2-2: マックス・ブロートの宗教的解釈
カフカの作品は生前に発表されたものが数少なく、『変身』を含め、『流刑地にて』などの中編・短編小説のみでした。
一人の作家がある程度の量の作品を発表した後、もしくは作者が亡くなった後などに「全集」が刊行されます。この「全集」は、ある作家の書いた作品やエッセイなどの文書類をほとんど全て網羅したもので、発表した作品が多い作家だとある一人の作家の全集が何十冊にもなることがあります。
日本語訳のカフカ全集の場合、
- 全部で12巻あるが、そのうち、カフカが生きているときに公刊された作品を集めたのは第1巻目のみであり、そのページ数も他の巻に比べて一番薄いと言っても良いもの3マックス・ブロート他編『決定版カフカ全集』新潮社、1980〜81年
- つまり、それだけ生前にカフカが発表した作品は少なく、現在でも『審判』や『城』などが有名だが、それらの作品は死後に発表され、有名になっていった
といえます。
では、どのようにして死後、カフカの作品が発表されていったのでしょうか?ここで、重要になる人物はマックス・ブロートという人物です。
マックス・ブロートに関して
- マックス・ブロートはカフカの大学時代の友人であり、独文学者である
- ブロートは、ある有名なカフカの遺言に背き、カフカの遺稿を整理し、カフカの作品を次々と発表していった
- カフカは遺言でこれまで自分が生前に発表した作品を除き手元にある原稿は破棄するように言っていた
- しかし、カフカ文学の価値にいち早く気付いていたブロートは、カフカの遺言に半ば反するような形で作品を世に出した
端的にいえば、ブロートがいなければカフカの作品は世に出ていなかったといっても過言ではないでしょう。
加えて、ブロートはカフカについての伝記や論文なども書いています(たとえば、『フランツ・カフカ』みすず書房、1972年)。
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そういった意味で、ブロートがカフカ文学についての本格的な最初の研究者であるとも言ってよく、彼の研究を押さえておくことがカフカを語るうえでは欠かせないです。
実際、ブロートの解釈の批判をまず行なうことが現在までのカフカ研究の流れとなっています。そのため、カフカ文学を勉強する際、マックス・ブロートの著作を読むことがマストです。カフカのどんな作品であれ、カフカ文学の研究の流れを押さえるためには、マックス・ブロートがどのように解釈しているのかを最初に押さえなければならないのです。
ブロートの見解をまとめると、
- マックス・ブロートの見解は単純なもので理解しやすい
- ブロートはシオニストであったため、ブロートのカフカ理解には宗教的な方向から解釈しようとする彼の主観が反映している
と言えます。
具体的には、以下ような解釈をしています。
- カフカの宗教心、特にユダヤ教のそれが現れている
- 故郷のない、ユダヤ民族の苦悩を描いている
ブロート的な立場にたてば、『変身』においても、ヨーロッパにおけるユダヤ人問題が反映されているという解釈が出てきます。たとえば、毒虫に変身したグレゴールをユダヤ人とし、それを排斥する周りの人々(ヨーロッパ人、ナチス)というような構図を容易に思い浮かべることができるでしょう。
2-3: テクスト論的解釈
しかし多くの場合、カフカの著作を遺言に背いて発表したことなどといったブロートの功績は認められながらも、ユダヤ性を強調するブロートのカフカ文学に対する見解には批判的な見方が提出されています。
そこで現在までの研究において、伝記的な事実よりもよりテクストに注目した見解が存在しています。ここではそういった見解をテクスト論的な解釈と呼んで、一例として、ウラジミール・ナボコフの解釈を紹介しましょう4『ナボコフの文学講義』下、河出文庫、2013年。
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ちなみに、ナボコフは「ロリコン」の言葉の元になった『ロリータ』を著した作家としても有名です。
結論からいえば、ナボコフは毒虫に変身したグレゴール=<天才>であり、天才を取り囲むザムザ一家を凡庸であるという見方をしています。つまり、芸術家のような<天才>は、孤立していて、何らかの不思議さがあり、それが虫に変身した姿と重なるということです。
しかしそれ以外、ナボコフはある事象を何らかの比喩や象徴として考え、何らかの意味に限定する読み方を徹底的に拒否しています。そこでナボコフは物語をこまかく分解しならがら、『変身』の構造を美的な観点から評価しています。
具体的に、ナボコフは『変身』の主題として以下の3つのポイントを提示して、以下のような結論を見出しています。
- 三という数が重要(作品が三部に分かれ、グレゴールのドアは三つ、またグレゴールをのぞく家族も三人など、三という数が至る所で見られる。しかし、これを精神分析学的に象徴として理解したら、面白く無くなってしまう。三はあくまで作品を成り立たせている技術であって、美的論理的に整ったものであるがゆえに、『変身』という物語がうまくいっている)
- ドアがしきりに開いたり閉じたりすること
- 家族が希望的な境遇とグレゴールの悲劇的境遇という対照さ
→結論:物語全体が上記の三つのポイントを軸にしてうまくまとまっている
このようにテクスト論的な読み方では、ナボコフのように作品を分解し、一つひとつポイントを確認しながら、細かく読んでいきます。そうすることで、作品に内在する構造やそこに一貫するポイントなどを見つけることができるためです。
しかし、実際は『変身』の読み方には定まったものがなく、あらゆる解釈に開かれたままになっています。そのため、もちろん読者は自由に読んで良いのです。言い換えれば啞、それだけ様々な読み方を可能にさせるのが『変身』の魅力であるでしょう。
- 『変身』は執筆された背景から、カフカ自身の状況が反映されている
- ブロートはシオニストであったため、ブロートのカフカ理解には宗教的な方向から解釈しようとする彼の主観が反映している
- ナボコフは毒虫に変身したグレゴール=<天才>であり、天才を取り囲むザムザ一家を凡庸であるという見方
3章:カフカ『変身』の学び方
どうでしょう?カフカの『変身』に関して理解を深めることはできましたか?
ぜひ、この記事をきっかけに原著に挑戦してみてください。
フランツ・カフカ『カフカ: ポケットマスターピース 01』(集英社文庫)
最新版の新訳で、多くの主要作品を含み、カフカのラブレターも収録。解説も充実しています。これ一冊を読めば、ある程度、カフカ文学の全体像を掴むことができます。翻訳も読みやすく、手に取りやすい一冊。
城山良彦『カフカ』(同学社)
カフカ研究の流れがわかる「カフカ論の系譜」が収録されており、カフカがどのように議論されてきたのかを一望することができます。卒論などでカフカを扱おうとする人にもおすすめ。
一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- カフカの『変身』とは、20世紀を代表する作家といわれるカフカの代表作である
- 『変身』は執筆された背景から、カフカ自身の状況が反映されている
- ブロート・・・カフカ理解には宗教的な方向から解釈しようとする彼の主観が反映している
- ナボコフ・・・毒虫に変身したグレゴール=<天才>であり、天才を取り囲むザムザ一家を凡庸であるという見方をする
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