現在のネイティブ・アメリカンは、居留地や都市部の辺境に追いやられ、社会経済的にはアメリカ社会の最底辺にいます。1950年代以降、人口は伸び続けていますが、植民地主義の影響は根強く、言語復興には依然として課題が山積みです。
「ネイティブ・アメリカンは今でも原始的な生活をしてるはず!」とロマン主義的に考える方もいるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。
「ネイティブ・アメリカン=原始的な生活」という「真正な」先住民像を想定することで、21世紀における先住民のあり方が見えにくくなってしまうことは悲しいことです。
そこで、この記事では、
- ネイティブ・アメリカンの社会経済的な情報
- 21世紀において先住民になることの意味
をそれぞれ解説していきます。
あなたの関心のある箇所から読み進めてください。
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1章:ネイティブ・アメリカンの現在とは
まず、1章では現在のネイティブ・アメリカンを示す統計的な情報から紹介します。そして、2章では文化遺産の返還から、21世紀に先住民になることの意味を解説したいと思います。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1: 人口
さて、冒頭でも紹介したように、ネイティブ・アメリカンの社会経済的な状況はアメリカ社会の最底辺に位置します。ここでは「人口」「言語」「貧困率」「健康状態」といった統計的な情報を紹介します。
まず、こちらの記事でも紹介したように、ネイティブ・アメリカンの人口は1950年代から増加しています(→【ネイティブ・アメリカンとは】部族・歴史・居留地をわかりやすく解説)。
(鎌田遵『ネイティブ・アメリカン』9頁から引用)
ネイティブ・アメリカン人口増加の主な理由は、
- アメリカ社会で1950/1960年代に起こった公民権運動と先住民の権利拡大を主張するレッド・パワー運動が起こったことが大きく影響している
- この運動の結果、先住民というアイデンティティを隠すのではなく、誇りをもって主張できるものに変化させたから
といわれています。
文化的アイデンティティを得るために先住民になろうとする人が多いですが、カジノ経営で成功を収めた部族はその部族員に利益を配分しているため、そのお金を得ようと部族員承認をおこなう人が増えています。
また、ネイティブ・アメリカン人口の半分は都市に暮らしています。それは1950年代の連邦政府政策によって都市に移動し仕事を求めたネイティブ・アメリカンが多くいるためです。
「インディアン=居留地」というイメージが先行しがちですが、必ずしもそうでないことがわかると思います。居留地の現在に関しては以下の記事を参照ください。
1-2: 言語
言語に関していえば、次のような状況にあるといわれています2鎌田遵『ネイティブ・アメリカン』(岩波新書, 24頁)を参照。
- 72.1%のネイティブ・アメリカンは家庭で英語のみを使用
- 英語を話せるが、家庭では使用しないネイティブ・アメリカンは18%
- 英語も話せず、家庭でも使用しないネイティブ・アメリカンは9.9%
日本のアイヌ民族と同様ですが、ネイティブ・アメリカンは同化政策の対象となってきました。寄宿学校に送り込まれ、言語から文化までネイティブ・アメリカンの価値観が否定されてきたのです。
そういった意味で、現在のネイティブ・アメリカンは言語とアイデンティティを結びつけることは不可能に近いです。
言い換えると、21世紀において「ネイティブ・アメリカンであること」というアイデンティティの形成は、言語をよりどころにして捉えるべきではないということです。
1-3:貧困率
さて、居留地であろうと都市部であろうと、ネイティブ・アメリカンの貧困率は極めて深刻です。 「KAISER FAMILY FOUNDATION」は以下のように、人種・エスニシティ別の貧困率を示しています3KAISER FAMILY FOUNDATION: https://www.kff.org/other/state-indicator/poverty-rate-by-raceethnicity/?currentTimeframe=0&sortModel=%7B%22colId%22:%22Location%22,%22sort%22:%22asc%22%7D(最終閲覧日2019年12月1日)。
アメリカ全体 | 白人 | 黒人 | ネイティブ・アメリカン | ヒスパニック | アジア系/ネイティブ・ハワイアン | |
2017 | 11% | 8% | 20% | 22% | 16% | 9% |
2016 | 12% | 8% | 21% | 23% | 17% | 10% |
このようにみると、アメリカに一番長く住むネイティブ・アメリカンが一番貧困であることがわかります。
細かくみれば、ネイティブ・アメリカンは白人の約4倍、アメリカ全体の約2倍の貧困率です。
そして、移民としてやってきたヒスパニック・アジア系より、奴隷として強制連行された黒人よりネイティブ・アメリカンは貧困率が高いことがわかります。
近年、カジノ経営の成功による「お金持ちのインディアン」といったイメージが普及していますが、そのような部族はごく一部だということが理解できると思います。
「インディアンカジノ」に関しては、次の記事を読んでみてください。
1-4: 健康状態
さらに悲劇的なのは、ネイティブ・アメリカンが「最も不健康な民族」であることです。居留地における貧困状況は、健康状態を改善させるものではありません。
ここでは、阿部珠理が次の著作で提示した疾病や犯罪に関するさまざまなデータを紹介します。
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ネイティブ・アメリカンと全米の比較
- 肝臓疾患…全米4倍の発症率
- 殺人死…全米の2倍の確率
- 事故死…全米の3倍の確率
- 糖尿病…全米の2倍の確率
- 自殺…全米の2倍の確率
- HIV…全米の2倍の確率
- 結核…全米の7.5倍の確率
当然ですが、健康状態が悪い理由の一つに食生活があります。
もともと、平原部で生活していたネイティブ・アメリカンはバファローやトウモロコシなどを主食としており、健康的な食生活を送っていました。
しかし、ネイティブ・アメリカンの食生活は、白人入植者によって「アメリカ化」していきました。たとえば、バファローは19世紀の討伐作戦の対象となり、白人入植者による乱獲がおこなわれました。その結果、ネイティブ・アメリカンの食生活は打撃を受けることになります。
飢えに苦しんだネイティブ・アメリカンが考案したのが、連邦政府から配給された小麦粉で作り出した「揚げパン」です。今日、ネイティブ・アメリカンの伝統料理といわれる「揚げパン」は先祖から受け継がれてきた料理ではないのです。
悲しいことに、糖尿病の原因の一つには揚げパンという高カロリーな「伝統料理」があるといわれています。
上述してきた内容もそうですが、ネイティブ・アメリカンの疾病率を考察する際にも、植民地主義の影響を抜きに語ることはできないのです。
- ネイティブ・アメリカンの人口は1950年代から増加している
- アメリカに一番長く住むネイティブ・アメリカンが一番貧困である
- ネイティブ・アメリカンは「最も不健康な民族」である
2章:ネイティブ・アメリカンの現在と未来
さて、2章では文化遺産の返還から、21世紀における先住民のあり方を紹介してきます。
「突然、なぜ文化遺産の返還なんだ?」と驚く方がいると思います。
端的にいえば、近年、先住民への文化遺産の返還が大きな問題となっているからです。たとえば、2018年フランスのマクロン大統領は、旧植民地のベナンに文化遺産を返還することを発表をしました(植民地時代に盗まれた文化遺産)。
そして、アメリカは文化遺産や盗骨の返還に関して、先駆的な役割を演じてきました。たとえば、アメリカでは次のような法律が制定されています。
- 1989年:「国立アメリカインデイアン博物館法」 (the National Museum of the American Indian Act)
- 1990年:「アメリカン先住民墓地保存・返還法」(Native American Grave Protection and Repatriation Act)
このような法律をとおして、遺骨や文化遺産を喪失した部族への返還がおこなわれてきたのです。一見遠回りに見えますが、返還運動は先住民の現在を考える上で極めて重要な局面となっています。
ここでは歴史家のジェームズ・クリフォードが『文化の窮状』提示した議論から、21世紀におけるネイティブ・アメリカンのあり方を紹介してきます。
2-1: ネイティブ・アメリカンと芸術
クリフォードは『文化の窮状』の第10章「芸術と文化の収集について」で、芸術の収集に関する政治性を指摘してます。
この章での関心は「西洋の博物館・美術館(museums)や交換システム、専門的学問の書庫、言説の伝統に移動させられた後の、部族的な器物や文化実践の運命」4クリフォード『文化の窮状』 273頁です。
乱暴な言い方をすれば、この章では「西洋に収集された、非西洋(先住民)の品々の運命」が問題とされています。
2-1-1: 集めること
出発点は「そもそも、集めることとは何か?」という問題です。
クリフォードによると、「集めること」とは、
- 物質世界の集積することと、他者ならぬ主体の領分を区分すること
- それ自体は人類に普遍的なことである
といいます。
しかし同時に、収集が財産の蓄積をともなうとする観念、アイデンティティが一種の富(モノ、知識、記憶、体験)だとする考えは疑いもなく普遍的ではない、といいます。
そういった意味で、西洋において収集は「占有的な自己と文化と真正性を展開するための戦略であり続け」5クリフォード『文化の窮状』 277頁てきたのです。
クリフォードは、子どものコレクションに啓示的な要素をみます。
- たとえば、少年がするミニチュアカーの収集は執着心の水路づけであり、世界全体を自分のものにし、好みにしたがって、自分のまわりに適切なモノを集める練習である
- どんなコレクションであれ、そこに含めることは(合理的分類法といった)文化的価値を反映している
- しかしそれがかなわぬ自己は選別し、秩序づけ、序列をつけて分類することで「よい」コレクションを作ることを学んでいく
といいます。
2-1-2: 芸術=文化のシステム
では一体、どんなモノに「価値がある」とされてきたのでしょうか?言い換えると、特定の集団や個人は物質世界のうちの何を保存し、何に価値を付与し、何を交換するために選び出してきたのでしょうか?
よりわかりやすく言えば、次のような価値の違いがなぜ成立するのかということです。
- 一方で、「よい」収集家はコレクション自体に価値を与えられる
- 他方で、個別のモノへの個人的な執着はフェティシズムとして否定的に扱われる
この価値の違いからわかることは、
- モノとの「適切な」関係(規則の支配を受けた所有)は、「野蛮な」あるいは逸脱した関係(エロティックな固執)を前提としていること
- 人類学と近代美術の歴史学は収集という行為の中に、西洋的主体性の一形態と変化する強力な制度的諸行為があること
です。
クリフォードはこの「象徴と価値の細かく枝分かれしたシステム」が機能していることと主張し、このシステムの内部で非西洋から集められてきた品々は(科学的)文化的器物として、あるいは(審美的)芸術作品として二つの範疇へと分類されたといいます(図1)。
図1 クリフォードによる芸術=文化システム(『文化の窮状』を基に筆者作成)
このようなシステムが収集されたエキゾチックなモノに対しての評価を決定します。そして、このシステムこそが収集された品々を、民族博物館または審美的環境のどちらかだという硬直した二者択一を強いているのです。
「システム内部での移動のメカニズム」や「非西洋の品々に対する評価の変遷」といった詳細な内容はここでは触れませんので、ぜひ『文化の窮状』を当たってみてください。
2-1-3: 別の物語
クリフォードによると、重要なのは「現在では芸術と文化の収集は「西洋」の内外に由来する対抗言説、シンクレティズム、再領有という変化しつつある現場においておこなわれている」ことです。
簡単にいえば、芸術と文化の収集に関して異なる物語が語られる現場がある、ということです。具体的に、それは文化的な生き残りと文化の出現のローカルな歴史、つまり先住民の視点に立った物語です。
クリフォードによると、別の物語を語るためには、
- 根強い心の性癖と真正性のシステムに抵抗することが必要がある
- 均質になりつつある人類が過去へと、非西洋の民族やモノを追放してしまう性向に対して懐疑的になる必要がある
といいます。
そして、別の物語を語る契機として、次の事例が提示されています。
- あるネイティブ・アメリカンは、彼の父が探していた獣皮を偶然発見する
- 父が探していた獣皮を発見したあるネイティブ・アメリカンは、そこに審美的にも民族誌的にも価値を認めていなかった
- そのネイティブ・アメリカンは家族の歴史と民族の記憶に巻き込まれながら、獣皮というモノを捉えていた
- そういった意味で、この獣皮は新たに伝統的な意味をもちはじめたのである
- それは図式化された西洋的システムとは別の時間でこの獣皮をみていることを意味する
この事例を提示した後に、クリフォードは「非西洋のモノと文化の記録が『帰属する』かもしれない別のコンテクスト、別の歴史、別の未来というものがある」6クリフォード『文化の窮状』 313頁と指摘します。
2-2: ネイティブ・アメリカンの現在を捉える物語
クリフォードが提示した物語から何を学ぶことができるのでしょうか?それは真正的な文化や芸術を想定する西洋的なシステムとは別の物語でしょう。
クリフォードは別の物語を語るためには、次のような認識をもつべきだといいます。
- まず先住民の「現在」がいくつかのひじょうに古い「過去」に複合的なかたちで接続されていることを忘れないことから始まる
- 重要なのは、持続することは変成とはけっして対立関係にいないことを理解することである(真正性と非真正性は対立関係ではない)
- そういった意味で、人びとはいつでも「両方をみている」、つまり過去と未来をみている
そのような認識をもつことで、「過去にさかのぼって失われた伝統を回復し、危機に瀕している言語の復権を求め、奪われた土地を取り戻すための法的請求をし、残された成員や芸術品を元の場所に奪還することは未来に向いた運動である」と捉えることができるのです。
3章:ネイティブ・アメリカンの現在に関するおすすめ本
ネイティブ・アメリカンの現在について理解を深めることはできたでしょうか。
ネイティブ・アメリカンとは異なる歴史と経験をもつアイヌ民族ですが、学べることはたくさんあります。ぜひこれから紹介する教材を参考にしてください。
まず、気軽に学べる教材として映画があります。次の記事ではネイティブ・アメリカンと映画の関係をまとめていますので、ぜひ紹介した映画をみてみてください。
以下はおすすめの書籍になります。
鎌田遵『ネイティブ・アメリカン 先住民社会の現在』(岩波新書)
鎌田はネイティブ・アメリカンに関して網羅的かつ詳細に議論しています。この本が一冊あると、今後の学びにも役に立つ教科書的な本です。
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ジェームズ・クリフォード『文化の窮状』(人文書院)
世界的に有名なジェームズ・クリフォードの著作の一つです。ネイティブ・アメリカンに限らず、人文社会科学を学ぶ方は必ず読みたい本です。「文化を語ること」とは何を意味するのか深く考えさせられます。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- ネイティブ・アメリカンの人口は1950年代から増加している
- アメリカに一番長く住むネイティブ・アメリカンが一番貧困である
- ネイティブ・アメリカンは「最も不健康な民族」である
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