あなたは、J・S・ミルの哲学、思想について理解できていますか?
J・S・ミルは、哲学・功利主義、経済学、政治学の3分野において大きな功績を残した学者であり、当時、限定的な「自由」しか持っていなかった労働者や女性の解放を目指した人物です。
その業績は多岐に渡りますが、
- 哲学・功利主義…ベンサムの思想を受け継ぎ、快楽の「質」の重要性を指摘した
- 経済学…リカードから受け継いだ経済学を批判的に検討し、資本主義内での最大限の格差是正の達成を考えた
- 政治学…「多数の専制」による政治の欠陥を補うために、少数派の擁護を主張した
などにまとめられます。
ミルの思想を学ぶことは、功利主義や経済学、自由主義(リベラリズム)の思想をたどる上で避けては通れないことです。
ミルの思想を学んでおくことで、社会科学全般をより明確に捉えられるようになるでしょう。
そこでこの記事では、
- ミルの哲学、思想の特徴や交流のあった学者からの影響
- ミルの哲学、功利主義
- ミルの経済学
- ミルの政治学、自由論
- ミルの思想の学び方
などについて詳しく解説します。
ぜひ読みたいところから読んで、今後の学びに活用してください。
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1章:JSミルの哲学・思想とは
J・S・ミル(John Stuart Mill/1806-1873)は、イギリス出身の哲学者、経済学者、政治学者、社会主義者です。
父はベンサムと深い交流を持っていたジェームズ・ミル(James Mill)であり、父を通じてベンサムの功利主義を受け継いでいます。
父からの英才教育や東インド会社での勤務経験から、多岐に渡る独自の思想を打ち立てました。
ミルが生きた時代と問題意識、思想の特徴から説明します。
思想の特徴から知りたい場合は1-2を、具体的な主張を知りたい場合は2章以降からお読みください。
1-1:JSミルが生きた時代
ミルの思想を理解するには、ミルが持った問題意識を知ることが近道です。
さらに、ミルが持った問題意識を理解するためには、ミルが生きた時代背景を大まかにでも知っておくと良いでしょう。
1-1-1:労働者の立場の変化
ミルが生まれ育った19世紀のイギリスは、
- 産業革命によって資本主義体制が確立し、イギリスが経済的に急激に成長し、その一方で経済的な不均衡を拡大
- 労働者の中には高い技能と力を持つものが現れ、社会的に台頭し、資本家と対抗
- 産業全体における第三次産業(サービス業)の割合増加と、それによる労働者の知的向上、教育制度拡充の要求
といった大きな変化が起こっていました。
つまり、経済的な不均衡や労働者の立場の変化から、労働者と資本家・経営者の関係が変わりつつあったのです。
1-1-2:選挙権の拡大
また、労働者の増加や社会的な台頭から、政治制度にも変革が起こりました。
1867年には第二次選挙法改正によって選挙権が、
都市の中産階級→都市の上層労働者
に拡大し、成人男性の4割以上が選挙権を持つようになったのです。
1-1-3:議会制民主主義
イギリスでは、ミルの時代に労働者や小規模な資産家が支持する自由党と、地主と大規模な資本家が支持する保守党による、二大政党制の議会制民主主義が確立しました。
つまり、労働者の意思も政治に反映できるようになったのです。
民主主義については次の記事で詳しく解説しています。
1-1-4:ミルの問題意識
こうした背景からミルは、
- 労働者も豊かになり、教育され世論が同質的になっていく
- 政治において多数派の意見が通りやすくなり、政治家も多数派に迎合する(多数の専制)
という状況が生まれていることを問題意識に持つようになりました。
これについて、ミルは『自由論』で詳しく論じることになります。
1-2:JSミルの思想の特徴
こうした背景から生まれたミルの思想には、以下のような特徴があります。
- ベンサム的な功利主義の批判…基本的にはベンサムの「最大多数の最大幸福」を受け継ぎつつも、快楽は行為によって「質」が異なるはずと考えた(『功利主義論』)
- 哲学的方法論の検討…物理学をモデルとして、演繹・帰納を総合した方法論を『論理学体系』で展開
- 古典的な経済学の批判…古典的経済学が前提とした個人主義的な人間観などを批判(『経済学原理』)
- 自由主義・・・労働者や女性、社会の少数派の意見を尊重することが社会の発展になる、そのために少数派を擁護すべき(『自由論』)
2章では、具体的な各論から説明していきます。
- ミルは父ミルやベンサムの思想を受け継いだが、一方でその思想を批判もした
- 経済的格差や政治的権利など社会の変動を見て、労働者や女性の自由、権利を主張した
2章:JSミルの哲学・道徳・功利主義
それではここからは、ミルの哲学・道徳・功利主義の研究について解説します。
ミルの哲学面の研究は、
- 論理学…推論に関する論理学の検討
- 倫理学…功利主義の再検討と、社会科学の方法論に関する研究
の大きく2つがあります。
2-1:ミルの論理学
ミルは社会科学の研究方法の基盤を作るために、論理学を研究しました。
ミルは、論理学の方法を天文学者ウィリアム・ハーシェルや科学史家ウィリアム・ヒューエルなどから学び、徹底的に帰納法中心の方法論を検討したのです。
【帰納法とは】
帰納法とは、複数の具体的な事実、事象から結論を導き出す方法です。逆に、演繹法とは一般的、普遍的な法則から推論し結論を導き出す方法です。
ミルが方法論を検討したのは、社会科学では物理学などのように、仮設を実験によって検証して結果を導き出すことが難しいからです。
そのため、旧来の社会科学では人間本性(人間の行為の傾向)から法則を演繹して導き出していたのですが、ミルはこれだけでは不十分と考えたのです。
ミルの立場は、徹底的な経験主義です。
経験主義とは、人間が具体的に経験できることに立脚して結論を導き出すということで、数学を含む観念的な学問についても、突き詰めれば事実から確証させるのだと考えたのです。
しかし、具体的な事実から結論を出す帰納法だけでは、人間が 「経験」によって把握できるテーマ以外については、結論を導き出すことができません。
そこで、ミルは帰納法と演繹法を相互補完的に捉えました。
ミルは、現象の原因を見つける方法として、
- 直接帰納
- 論証
- 検証
の3つを考案しました。これらの演繹的な方法と帰納法を組み合わせることで、より確実に結論を導き出せると考えたのです。
また、帰納法の方法論としては、
- 一致法
- 差異法
- 一致差異併用法
- 共変法
- 余剰法
を考案し、これは現代では、統計的方法論に吸収されています。
■ミルの経験主義の背景にある問題意識
ミルの経験主義は、単に旧来の方法論の批判のためにあったのではありません。
ミルは、ドイツ観念論哲学やイギリスの思想では、現状を変革しようとしない保守的な態度がある(たとえば、労働者や女性の権利を問題にしない)と考えたのです。
これらの問題について、保守的思想のように先験的に「問題にしない」とするのではなく、経験主義から捉えて覆そうとする動機があったのです。
2-2:ミルの倫理学
ミルは、ベンサムや父ジェームズ・ミルの影響を強く受けていたため、
- 人間の行動は快楽と苦痛から説明できる(快楽主義)
- 社会の幸福の総量を増大させる行為が道徳的に正しい(最大多数の最大幸福)
という功利主義の思想を受け継いでいました。
※ベンサムの功利主義について詳しくは以下の記事で解説しています
しかし、ミルはベンサムの功利主義について、
- 行為によって快楽の「質」が異なるのではないか?
- 「道徳的義務」は功利主義的にどう説明できるのか?
という点について、独自の主張をしています。
2-2-1:快楽の「質」について(質的功利主義)
ベンサムの功利主義は、人間の快楽・苦痛を単に「量」で計算できることだと考えました。量的に計算できるため、社会の幸福の総量が増えるのが道徳的に正しい(最大多数の最大幸福)という思想が確立できているのです。
それに対して、ミルは快楽・苦痛には「量」だけでなく「質」の違いもあるはずだと考えました。
これを分かりやすく示すミルの名言に以下のものがあります。
「満足した豚であるより、不満足な人間である方がよく、満足した馬鹿であるより不満足なソクラテスであるほうがよい」
(『功利主義原理』p.470)
つまりは、「食べる」「遊ぶ」などの単純な欲を満たす快楽より、知性や創造力を満たす快楽の方が質的に優れているのだ、と考えたのです。
「それって、知性や文化的な欲求を持たない貧困層などを馬鹿にしてないか?」
と思われるかもしれませんが、ミルが快楽の質を問題にした理由があります。
ミルは、近代化の途上にあった当時の社会において、多くの労働者は知性や創造力を満たすような高度な快楽を得られる立場にはない、劣等な快楽を満たすので精いっぱいなのだ、という問題意識を持っていたのです。
したがって、そのような社会を変えていくべきだ、という実践的な思想だったのです。
後に述べるように、ミルは社会主義者としての側面を持っているのですが、ここにもその思想が通じていることがわかります。
2-2-2:道徳的義務の功利主義からの説明について
ミルは、功利主義に対する「『道徳的義務』を功利主義からは説明できない」という批判に反論しました。
道徳的義務とは、「人を傷つけてはだめ」「殺してはだめ」「盗んではだめ」など、誰しも同意するような道徳基準のことです。
これらについて正しくないと思う人は少ないと思います。しかし、カントを中心とする義務論者からは、功利主義がこうした常識的な道徳的義務を説明できないと批判したのです。
ミルはこれに対し、
- 最大多数の最大幸福の原理で、これらの義務も説明できる
- これらの義務に対する拘束は、人々が抱く「同胞と一体化したいという欲求」にある
と主張しました。
繰り返しになりますが、ミルが生きた時代は文明化の途上で、同胞と一体化したいと考えるほどの欲求が持てるほど、人々の道徳的義務の意識が発達していませんでした。
それが結果的に人々の行動を利己的にしている。そのため結果的に最大幸福には遠い社会になっている、とミルは考えました。
したがって、経済面や権利面の格差を是正し、最大幸福が実現できる社会にし、道徳的義務が広く浸透する社会にすべきと考えたのです。
ミルの論理学、倫理学・功利主義的側面の主張をまとめます。
- ミルの論理学・・・ミルは経験主義であったため帰納法を重視したが、帰納法には経験外のことが分からないという欠点があるため、演繹法との相互補完的な方法を研究
- ミルの倫理学・・・幸福の「質」の重視や、道徳的義務の功利主義からの説明をした
- 論理学や倫理学の背景にも、労働者や女性の権利の抑圧への関心があり、その是正を目指した
ミルの功利主義について、詳しくは以下の書籍を読むことをおすすめします。
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3章:JSミルの経済学
ミルはリカードらの古典的経済学を批判し、新たな経済学の体系を確立させました。
それが『経済学原理』としてまとめられた理論です。
ミルの経済学は、
- 分配論の再検討
- 社会主義者としての主張
という2の側面から考えると、その特徴が分かりやすいです。
3-1:分配論の再検討
ミルは、リカードらの古典的経済学について、「生産論」と「分配論」を同じ自然法則として取り扱ってきたことについて批判しました。
ミルによると、旧来の古典的経済学では、
- 労働者、資本家、地主の階級を前提に生産活動が行われる
- 生産された財・サービスは市場を通じて交換され、各階級に所得が分配される
という一連の自然法則として描きます。
しかし、生産論は自然法則としても、分配論は社会の発展によって変化する人為的・歴史的な法則であるはずだ、と主張しました。
マルクスやリカードも、分配論が歴史的に変化することは認めていました。
ご存じのように、資本家が資本(機械設備)への投資を増やし、その結果失業者が増え、貧困を生むため、労働者の団結による革命が起きると考えましたし、リカードは、長期的な賃金上昇と利潤の減少により経済成長が停滞する(定常状態)と考えました。
これに対して、ミルは、「定常状態」にはなるだろうが、分配を大きく修正することで、その危機を乗り越えることができると考えました。
資本主義体制を維持しつつも、それを修正して分配の危機を超えようとしたのです。
3-2:社会主義者としての主張
ここまでも書いてきたように、ミルは格差や権利を積極的に擁護する姿勢を持っていました。
ミル自身、自らのことを社会主義者だと主張していました。
「社会主義者ってマルクスみたいな人のこと?」
と思われるかもしれませんが、ミルの社会主義はマルクスの思想とも大きく異なるものでした。
ミルの社会主義の特徴は、社会主義は、人々が自由に選択する選択肢の一つであるべきと考えた点に特徴があります。
ミルの整理によると、社会主義にも種類があり、
- 共産主義:生産手段の国有、分配の完全な平等
- サン=シモンの社会主義:経済エリートによる経済の専制と成果に応じた分配
- フーリエの社会主義:資本・労働・能力に応じた分配
があります。
人々は、上記の社会主義の仕組みの中から自由に選択できることが大事と考えたわけです。
そのため、ここにも労働者や女性も自由に選択できるべき、というミルの自由主義の思想が影響しているのです。
- 古典的経済学は「分配論」を自然法則のように扱ったが、分配論は人為的・歴史的に変化する。資本主義には限界が来るが、それは分配論の見直しで乗り越えられる。
- ミルは社会主義者だったが、社会主義の体制について人々が選べなければならないと考えた。
ミルの経済学、経済思想について、詳しくは実際に書籍から学んでみましょう。
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4章:JSミルの自由論
ここまでも繰り返し紹介したように、ミルの思想には労働者や女性を中心とする、抑圧された人々の自由を主張する「自由主義」が根底にあります。
ミルの自由主義は『自由論』で詳しく述べられています。
ミルの自由主義を端的に言うと、少数意見を尊重することが個人の自由を守ることであり、それが知性を発展させることになるのだ、ということです。
4-1:多数の専制による自由の犠牲への批判
1章でも説明したように、ミルが生きた時代のイギリスは労働者の選挙権が認められ、多数の意見によって政治が動かされるようになっていました。
これは民主主義の発展という意味では進歩ですが、多数派の主張によって少数派の意見・利益が犠牲になる点で、新たな問題が出てきたのです。
これが「多数の専制」です。
日常的に考えても、みんなが「Aをやりたい」と言っているときに「Bをやりたい」と主張するのは抵抗を感じることがあると思います。それに、結局多数派の意見が採用されるのであれば、少数派は意見を表明する意思を失っていきますよね。
たとえ制度として少数派の意見を排除する仕組みになっていなくても、単なる民主主義では少数派の意見は抑圧されがちなのです。
そこでミルは、「少数の意見や個性の尊重」を自由主義の根幹に置きました。
そして、少数派の擁護について、
- 多数派とは異なる意見を持つ少数派こそ、突出した個性を持ち、社会を進歩させる原動力となる
- また、多数派であることを理由に意見が採用されると、多数派の意見が正しいのかどうか討論される余地がない
- そのため、少数派の意見や個性を尊重し、多様性を擁護することが民主主義の発展に非常に重要
- 現在の民主主義制度では、多数派の意見に少数派が潰されてしまうため、少数派の意見を保障することが必要
と主張しました。
4-2:危害原理
しかし、少数派を擁護するとしても、常に少数派が有意義な主張や行動をするとは限りません。過激な行動に走り、社会に悪影響を与える可能性もあります。
そこで問題になるのが、「自由はどこまで認められるのか?」という問題です。
ミルが考えた「自由」とは、他者や権力からの市民的、社会的な自由のことです。
この自由が及ぶ範囲について、ミルは「危害原理」から説明します。
危害原理とは、
- 自分の行為が他人の利害と無関係である限り、社会に対して行為の責任を取る必要はない
- 他者の行動に干渉できるのは、他者によって自分の自由が侵害される場合のみである
ということです。
つまりは「人は他人に危害を加えない限りで自由である」ということです。
これは4-1で説明した多数の専制とかかわる考え方です。
多数の専制が行われている社会では、多数派の意見によって社会が動かされ、多数派によって少数派の自由が侵害されてしまう可能性があります。
それに対して、基本的に個人は自由に行為できるのであり、個人の行為を制限したり強制したりすることはできないのだ、という主張が「危害原理」なのです。
ミルが徹底的に自由主義の思想を持っていたことがわかると思います。
ミルの『自由論』の背景には、個人の自由な活動が社会を進展させるのであり、それは抑圧されてはならない。多数派によって政治が動かされ、少数派の自由が侵害されてはならないという思想があるのです。
- ミルは、当時の社会が多数派の意見が通りやすく多数派によって政治が動かされる状態(多数の専制)にあると考えた
- 社会を進歩させるのは、個人の自由な活動であり、多数の専制はそれを抑圧する
- 自由な他人に危害を加えない限り認められる(危害原理)ため、少数派や個人の自由な活動が抑圧されない自由主義を提唱した
ミルの自由論について、詳しくは実際に書籍から学ぶことをおすすめします。
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5章:JSミルの学び方
J・S・ミルの思想について理解できましたか?
ミルは社会科学一般を広く研究した学者ですので、その思想は多方面にわたっています。
ミルの学びは、功利主義、経済学、自由主義思想のそれぞれで避けられないものです。
そのため、ミルについてより深く学ぶためには、実際にそれぞれの文献や入門書から学ぶことをおすすめします。
この記事ですでに数冊紹介しましたが、それ以外にも以下の書籍がおすすめです。
オススメ度★★★JSミル『女性の解放』(岩波書店)
この記事でも書いてきたように、ミルは労働者や女性の権利を主張しました。女性の権利について書かれたのがこの書籍です。
オススメ度★★前原正美『J.S.ミルの政治経済学』(白桃書房)
ミルの経済学、経済思想についてまとめられた書籍です。経済学におけるミルの立ち位置を確認することができます。
まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- ミルは産業革命後の経済格差や権利の不平等に問題意識を持っていた
- ミルはベンサムの功利主義を受け継いだが、快楽の「質」を見逃している点を指摘した
- 古典的経済学のように分配論を自然法則と考えず、それが変わるものと考え、資本主義の危機には分配を見直すことで乗り越えられると考えた
- 他人に危害を与えない範囲で個人は自由だと考え、少数派の自由や個性を擁護することが社会に進歩の原動力
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