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社会思想

【創られた伝統とは】ホブズボーム・天皇制・観光からわかりやすく解説

創られた伝統とは

創られた伝統(invention of tradition)とは、伝統が古来から続いてきた文化や思想ではなく、近代に入ってから「創られた」「発明された」ものとして捉える考え方を指します。

グローバリゼーションが文化の均質化を促すと考えられがちな今日、自文化の特殊性を示すために「伝統」が援用される場合があります。

しかし、このように「伝統」を振り返るとき、その「伝統」はどこからきたのか?つまり、そこに潜む社会政治的な要素は抜け落ちがちです。

そこで、この記事では、

  • 創られた伝統の意味
  • ホブズボームの議論
  • 創られた伝統の事例

をそれぞれ解説していきます。

あなたの関心に沿って、読み進めてください。

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1章:創られた伝統とは

1章は「創られた伝統」の概念を深掘りします。事例から知りたい方は、2章から読み進めてください。

このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。

1-1: 創られた伝統の意味

まず、冒頭の確認となりますが、

創られた伝統とは伝統が古来から続いてきた文化や思想ではなく、近代に入ってから「創られた」「発明された」ものとして捉える考え方

を指します。

そもそも、この用語は「invention of tradition」の訳語で、日本語では「伝統の創造」と言われたりもします。意味自体はわかりやすいので、冒頭の説明で理解できた方が多いのではないでしょうか。

確認のために、ここでは用語を分解して説明します。「創られた伝統」は、以下ののように分解することができます。

  • 伝統(tradition)…古来から続く思想や文化
  • 創造・発明(invention)…なかったものを作り出すこと

すると、矛盾した意味をもつ二つの言葉が一つの用語になっていることがわかります。つまり、「本来、古来から続くはずの「伝統」が実は創られること」を説明する用語となっています。

たとえば、作家の大塚英志は『「伝統」とは何か』のなかで、次のような事例を提示してます2大塚英志『「伝統」とは何か』(ちくま新書, 16頁)

広場に巨大なクリスマス・ツリーを掲げる光景は日本でも見られる。これをぼくたちは西欧の「伝統」となんとなく思っている。しかし、それは二〇世紀初頭のアメリカのマジソンスクエア・ガーデンに始まり、そして、それが普及したのはナチズム下のドイツで、指定された地方から巨木を切り出し、首都ベルリンのナチ党本部の前に飾りつけて立てられるようになって定着したものだ。

なかなか衝撃的な「創られた伝統」の事例が大塚によって指摘されています。

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繰り返しますが、重要なのは「伝統」が古い時代から継承されたきた文化や思想ではなく、近代に入って創造されたということです。

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1-2: 創られた伝統とホブズボームの議論

さて、もともと、この用語はイギリス人歴史家のホブズボームとレンジャーが『創られた伝統』(1983)という編著書で示したものです。

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『創られた伝統』では、大まかに以下のような議論がされています。

  • スコットランドのキルトや英国王室の儀礼、アフリカの統治などに関する「創られた伝統」が指摘されている
  • 根底ある問題関心は、ヨーロッパ近代が成立するために「伝統」が求められたことである

ここで重要なのは個別の「創られた伝統」事例ではなく、なぜ「伝統」が必要とされたのか?です。

簡単にいえば、それは下記の理由からです。

  • 近代化という急速な社会変化によって、旧来の伝統と現実社会の整合性がなくなる
  • その結果、過去との新たな関係を創り出す必要が生じた
  • そこで、ヨーロッパ社会では新たな社会に適合したかたちで「伝統」が構築されていった

つまり、一般的に「伝統」と「近代」は対立的に考えられがちですが、むしろ近代の所産として「伝統」を捉えることができるのです。

言い換えれば、現代社会とは伝統と近代の混淆的な状況によって特徴づけられる時代だということもできます。

たとえば、近代を特徴づける要素としては「啓蒙主義」があります。ホブズボームとレンジャーの深く理解するために、次の記事を参考にしてください。

【啓蒙主義とは】意味・歴史・批判をわかりやすく解説

いったん、これまでの内容をまとめます。

1章のまとめ
  • 創られた伝統とは伝統が古来から続いてきた文化や思想ではなく、近代に入ってから「創られた」「発明された」ものとして捉える考え方である
  • 一般的に「伝統」と「近代」は対立的に考えられがちですが、むしろ近代の所産として捉えることができる
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2章:創られた伝統の事例

2章では創られた伝統の事例を「天皇制」「観光」から紹介していきます。ここで重要なのは「最近に創られた「伝統」なら、その「伝統」はうそだ!」と短絡的に考えないことです。

特に、観光現象において生まれる文化は非常に意識的・戦略的であり、創造される「伝統」を過小評価するべきではないからです。

2-1: 日本の事例

まず、日本における天皇制を事例としてみていきましょう。

2-1-1: 天皇制

そもそも、天皇制とはなにかご存じですか?

簡単にいえば、天皇制とは、

  • 天皇の存在を中心とした日本の政治体制のことで、狭い意味では明治憲法下における天皇制(近代天皇制)のことを意味する
  • 天皇の役割は、古代の祭祀を通じた統治者から、明治憲法下の国家の権力のトップ、そして現在の「象徴」としての天皇まで時代とともに変化してきた

ものです。

「創られた伝統」の観点で大事なのは、明治政府は神話上の人物である神武天皇の即位年を起点として、紀元前660年を「神武紀元」と決めたことです。つまり、神武天皇を実在の人物として扱ったのは、近代国家日本の「政策」であったことです。

神武天皇を神話上の人物というのは、歴史学的は天皇制が史実として認められるのは7世紀後半からの1300年程度と考えられるためです。

また、現在行われる皇室祭祀の多くが、実は近代に入ってから行われるようになったものである点も「創られた伝統」の例です。

「古代天皇」の名称は(学術用語ではあるものの)確定的なものではなく、研究者間で「古代天皇」が規定する時代・天皇・解釈はそれぞれ異なるものであることをご了解ください。

本記事は、「古代天皇」の実在性や『記紀』の記述について疑義を呈する内容を含みます。しかしながら、これらはあくまで神道信仰を否定するものではありません(→神道に関してはこちらの記事)。

2-1-2: 伝統としての天皇制

では、明治政府はなぜ天皇制という「伝統」を必要としたのでしょうか?

それは、ベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』における議論で有名ですが、近代国家が成立する上で「私は日本人である」という共通のイメージや枠組みが必要とされたためです。

具体的に、近代国家として成立する以前の日本社会では、次のような事情がありました。

  • 地域差が大きいだけでなく周辺国との交流・ヒトの移動も多かったため、「日本」という国家単位での「われわれ意識」は希薄であった
  • そのため、「日本人」というよりは、「〇〇藩」「〇〇村」という生活圏が「クニ」であった
  • しかし、近代国家になるためには「日本」という共通の枠組みが必要であり、そこで歴史的根拠をもつとされる「天皇」が持ち出される必要があった

このようにみると、伝統は歴史に「ある」のではなく、むしろ歴史から「発明」されるということがよくわかります。

また、「近代国家の形成」に関しては次の記事を参照ください。→【ナショナリズム・国民国家とは】成立過程から問題までわかりやすく解説



2-2: 観光の事例

さて、天皇制を説明するだけですと、「伝統」は政治的なイデオロギーとして創られただけじゃないの?と思う方もいるかもしれません。

たしかに、そのような側面もあるかもしれませんが、「創られた伝統」は文化の再創造として注目もされています。ここでは、観光人類学者の山下が報告したバリの事例を紹介します。

2-2-1: 観光地としてのバリ

バリは日本でも大変人気のある観光地です。「最後の楽園」「神々の島」「芸術の島」などキャッチフーズが用いられ、年間100万人を超す外国人観光客が集まっています。

そもそも、バリの観光地としての歴史は、

当時オランダ植民地下にあったバリはキリスト教の影響を強く受けた他の南太平洋と異なり、土着文化が残る「最後の楽園」として「発見」されたこと

に由来します。

この歴史からもわかるとおり、「神々の島」「芸術の島」というイメージはもともと他者の文化観に強く影響を受けています。具体的にいうと、このバリの文化観はメキシコ人画家のコバルビアスの『バリ島』(1937)で提示されたイメージに由来しています。

2-2-2: バリにおける伝統の創造の具体例

1930年代になると、西洋の芸術家、人類学者、観光客が多く押し寄せました。このような外部者との接触から生まれたのが、バリの「伝統」です。

たとえば、今日有名なバリの伝統芸能である「ケチャ」は、

  • もともとケチャはシャーマニズムの一種であるトランス儀礼で歌われるコーラスだった
  • しかし当時バリに住んでいたドイツ人画家のシュピースがバリと人びとと共同で、新たな振り付けや関係のない物語と結びつけ、観光客も満足する劇に作りなおした

ものです。その他にも、悪魔払いの儀礼劇が観光客向けに圧縮されて1930年代に始まっています。

つまり、

  • 私たちが見るバリの伝統芸能は、バリで生まれたものの、観光客のまなざしをうけて新たに創造されたもの
  • バリの人びとは観光開発によって近代化を果たすと同時に、バリの伝統を守るために1930年代のイメージをあえて取り入れたもの

です。

このように、現地の人びとは観光客のまなざしに対応することで、①経済的利益を得たり、②観光に関わることで自分たちのアイデンティティを形成したり、③観光の圧力から自分たちの生活を守っていくという側面があります。

そういった意味で、「伝統文化」を本質主義的に捉えることも、近代か伝統かの二者択一で捉えることも間違っているといえます。

2-2-3: 創られた伝統の注意点

「創られた伝統」論は私たちが当たり前だと思っていた「伝統」を解体するため、一種の解放感があります。

しかし、観光現象からもわかるように、「創られた伝統」とはイノリティが戦略的に創造した「伝統」も含みます。

しばしば、そのような「伝統」はアイデンティティ・ポリティクスといった政治運動で強調されますが、「その伝統は歴史的にうそだ」と安易に解体するべきではありません。

本質主義に関する記事でも述べたように、

  • 本質(=伝統)を主張するマイノリティの解放を、本質主義と批判することはたやすい
  • しかしその批判をする者のポジションは問われない(多くはマジョリティ側)
  • つまり、誰が誰をどうような歴史的な文脈で批判しているのか?が大事となる
  • そのため、本質的な政治運動の可能性を考えるべき

です。

「その伝統は近代になって創られたものだ」と指摘するとき、あなた自身のポジションを一度考えてみてください。

本質主義について→【本質主義とは】意味から構築主義による批判までわかりやすく解説

2章のまとめ
  • 近代国家が成立する上で「私は日本人である」という共通のイメージや枠組みが必要とされ、歴史的な根拠があるものとして天皇が持ち出された
  • 「創られた伝統」は現地文化の再創造として捉えることもできる
  • 「伝統」が誰によって何のために創られるのかを考える必要がある
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3章:創られた伝統に関するおすすめ本

創られた伝統について理解を深めることができたでしょうか?「創られた伝統」に関する議論はまだまだ奥が深いので、これから紹介する書籍を参考にあたなの学びを深めていってください。

おすすめ書籍

エリック ホブズボーム, テレンス レンジャー『創られた伝統』(紀伊國屋書店)

創られた伝統論を学ぶための一番の近道です。まずはこの本から読んでみてください。

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大塚英志『「伝統」とは何か』(ちくま新書)

学術書はハードルが高いという方は、大塚英志が著作の新書がおすすめです。わかりやすく議論しているので、初学者にとって有益です。

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山下 晋司『観光文化学』(新曜社)

2章で紹介した山下による著作です。観光と文化に興味のある方におすすめです。

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まとめ

この記事の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • 創られた伝統とは伝統が古来から続いてきた文化や思想ではなく、近代に入ってから「創られた」「発明された」ものとして捉える考え方である
  • 近代国家が成立する上で「私は日本人である」という共通のイメージや枠組みが必要とされ、歴史的な根拠があるものとして「天皇」が持ち出された
  • 「伝統」が誰によって何のために創られるのかを考える必要がある

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