記憶の二重貯蔵モデル(Dual storage model)とは、アトキンソンとシフリンが提唱したモデルで、記憶が保持時間の短い短期記憶と、保持時間の長い長期記憶からなるとしたものです。
記憶の働きを理解する上で不可欠なモデルですので、その批判も含めて勉強する必要があります。
そこで、この記事では、
- 記憶の二重貯蔵モデルの意味・特徴
- 記憶の二重貯蔵モデルの心理学的実験
をそれぞれ解説していきます。
好きな箇所から読み進めてください。
このサイトは人文社会科学系学問をより多くの人が学び、楽しみ、支えるようになることを目指して運営している学術メディアです。
ぜひブックマーク&フォローしてこれからもご覧ください。→Twitterのフォローはこちら
1章:記憶の二重貯蔵モデルとは
1章では、記憶の二重貯蔵モデルの全体像を提示します。記憶の二重貯蔵モデルの心理学的議論に関心のある方は、2章から読んでみてください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1:記憶の二重貯蔵モデルの意味
詳しい説明に移る前に、少し用語の整理をしたいと思います。一口に「記憶」といってもさまざまな次元の話があります。たとえば、情報を頭の中に入れるための行為をさす場合もあれば、頭の中に入っている知識を指す場合もあります。
このように、記憶についての研究は一般的に使用される言葉と重複した専門用語を使用するため、しっかり整理しておかないと誤解のもとになってしまします。
※これから述べる用語を必ずしも覚える必要はありません。
端的にいえば、心理学において、記憶の機能として主に3つの機能が挙げられます。
- 記銘(memorization)・・・見たり聞いたり嗅いだりといった感覚器官より入力された情報を覚える機能
- 保持(retention)・・・記銘によって覚えたことを忘れずに維持し続ける機能
- 想起(remembering)・・・保持した情報を思い出す機能
この記事では、これらの機能を上記の用語で記述しますが、それぞれ、符号化(encoding)、貯蔵(storage)、検索(retrieval)とも呼ばれたりもします。
記憶の二重貯蔵モデルとは、記憶が保持時間の短い短期記憶と、保持時間の長い長期記憶からなるというアトキンソンとシフリンが提唱したモデルです2Atkinson, R. C., & Shiffrin, R. M. (1968). Human memory: A proposed system and its control processes. Psychology of learning and motivation, 2(4), 89-195.。このモデルは、記憶が次のものからなると説明しています。
- 記憶が感覚器官から送られてきた情報を瞬時(0-2秒)保持される感覚記憶(Sensory memory)→詳しくはこちらの記事
- 一時的に数個程度の情報を保持する短期記憶(short-term memory)→詳しくはこちらの記事
- 長期的に大量の情報を保存することが出来る長期記憶(long-term memory)→詳しくはこちらの記事
つまり、記憶が保持される時間の長さによって感覚記憶と短期記憶と長期記憶に区別されるということです。
短期記憶と長期記憶の関係は勉強机と本棚の関係に似ています。私たちは非常に多くの知識を持っています。それらの知識は普段、長期記憶という名の本棚に格納されています。本棚の大きさや中身が個人ごとに異なるように、長期記憶の能力やその中身は人によって異なります。
しかし、私たちは勉強するときに本棚にあるすべての本を勉強机の上に置くわけではありません。今、行いたい勉強に関連したものだけを勉強机の上に置きますよね。この時、一度に机の上においておける本の量が机の大きさによって決まります。
つまり、短期記憶とは今行いたい目的に関連した情報に注意を向けてその情報を操作したり、焦点を当てたりするための作業場としての役割を持っているということです。
短期記憶の例
- 頭の中で「38+47+29=?」という計算を行ってみてください
- このような計算をするときには、頭の中で38+47の計算をしてその計算結果である85を保持して、その数字と29を足し合わせるということをしている
- これは、短期記憶という作業場にある情報を操作しているためである
※記憶研究について網羅的に学びたい方には、こちらの教科書がとてもわかりやすいです。
(2024/11/22 10:51:46時点 Amazon調べ-詳細)
1-2:長期記憶に送られるまでの流れ
以下では、記憶の二重貯蔵モデルにおいて、記憶がどのようなものとして考えられているかを、情報が長期記憶に送られるまでの流れを追いながら説明します。
情報はまず感覚器から入力されます。感覚器というのは、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、といった私たちが外界の情報を入力するために持っている器官のことです。
- 視覚・・・光情報
- 聴覚・・・音波
- 嗅覚・・・揮発性の物質
- 味覚・・・溶解性の物質
- 触覚・・・温度や圧力といった刺激を受容するセンサー
これらの情報は、電気信号として神経系を伝い、脳に達し、私たちに感覚を与えます。
反対に、これらの感覚器官によって受容できないような刺激はたとえ外界に存在したとしても私たちは受け取ることが出来ません。たとえば、紫外線は私たちは知覚することができませんが、確かに外界には刺激として存在しています。
感覚記憶とは、一時的に保持されたこれらの感覚器から入ってきた情報のことを言います。これらの情報のうち、視覚情報に関するものは「アイコニック・メモリ」に、聴覚情報に関するものは「エコイック・メモリ」に送られます。保持時間は感覚ごとに異なりますが、感覚記憶の保持時間は0-2秒程度だといわれています。
感覚記憶に保持しておける時間は非常に短いですが、その分多くの情報を保持しておくことができることが知られています。私たちはこの感覚記憶に保持された情報のうち、注意を向けたものだけが短期記憶に送られます。
私たちは、目で見たものをすべて記憶しているでしょうか?いいえ、そうではありませんよね。もし、そのようなことが出来るのであれば、テスト勉強の時にあんなに苦労することはなかったでしょう。
1-2-1:短期記憶から長期記憶へ
短期記憶に入った情報が、すべて長期記憶に送られるかというと決してそうではありません。短期記憶で処理された情報の中でも、重要なものだけが長期記憶に送られます。では、どのようなものが長期記憶に送られるのでしょうか?
ここで重要になってくるのが「リハーサル」や「精緻化」といった機能です。
- リハーサル・・・情報を頭の中で何度も繰り返すことを指す。何度も繰り返された情報は長期記憶に送られやすいことが知られている
- 精緻化・・・他の知識と結びつけたり、その構造を理解したりすることを指す
精緻化とリハーサルを合わせた、精緻化リハーサルという方法が短期記憶にある情報を長期記憶に送るために非常に有効であることが知られています。
記憶の二重貯蔵モデルに基づく情報の入力の流れについてまとめると、以下のようになります。
- 情報はまず感覚器から入力され、その情報は一時的に感覚記憶に保持される
- この保持された情報のうち、注意が向いている情報のみが短期記憶に保持される
- さらにその中のリハーサルや精緻化された情報が長期記憶に送られる
- 記憶の二重貯蔵モデルとは、アトキンソンとシフリン(1968)が提唱したモデルで、記憶が保持時間の短い短期記憶と、保持時間の長い長期記憶からなるとしたもの
- アトキンソンとシフリンによれば、記憶が保持される時間の長さによって感覚記憶と短期記憶と長期記憶に区別される
2章:記憶の二重貯蔵モデルの心理学的実験
さて、2章では心理学な実験から記憶の二重貯蔵モデルを深掘りします。
2-1:系列位置効果についての実験
まず、記憶の二重貯蔵モデルにおける短期記憶と長期記憶が区別されることを示した系列位置効果に関する実験的研究を紹介します。
実験概要
- この実験では、実験参加者に十数個程度の意味のない無意味な単語(JSI、SWA、KLOなど)を学習させる
- 単語は1つずつ順番に提示され、すべての提示が終わった後に、参加者は単語を再生することが求められる
- この時、参加者を2つの条件に分けた。1つの条件は、課題提示終了後、すぐに再生を行う条件(この条件を「直後再生条件」と呼ぶ)
- もう1つの条件は、課題提示終了後しばらく(30秒~1分程度)時間をおいてから再生を行う条件。この遅延時間の間、先ほど学習した単語を頭の中で繰り返したりできないように、実験参加者は簡単な計算課題に取り組んだ(この条件を「遅延再生条件」と呼ぶ)
実験の結果、直後再生条件の参加者は、はじめのほうに提示された単語と最後のほうに提示された単語の成績が良いことが明らかになりました。
対して、遅延再生条件の参加者は、はじめの方に提示された単語の成績は良いのですが、後の単語の再生成績は横ばいとなっていました。
この結果のように、はじめのほうに覚えた単語の再生成績が良いことを「初頭効果」といい、さいごのほうに覚えた単語の再生成績が良いことを「新近効果」といいます。この2つの効果がみられる理由は、長期記憶と短期記憶の性質の違いに基づいて説明されます。
このようなはじめと最後の再生成績が良く、真ん中の再生成績が落ちるという結果をグラフに示すとお椀のような曲線を描きます。この曲線のことを系列位置曲線と呼びます。このような曲線がみられる理由は長期記憶と短期記憶の性質の違いに基づいて説明されます。
1-2-1: 初頭効果
まず、初頭効果がみられる理由は、長期記憶の存在を支持する証拠となります。あなたもこの実験の参加者の立場になって考えてみてください。今から順番に出てくる単語を覚えてくださいと言われたとき、どうしますか?
おそらく、頭の中で何度も繰り返すのではないでしょうか?この繰り返す行為は上記したリハーサルです。これを繰り返すことで、情報は長期記憶に送られるといわれています。
つまり、最初のほうの単語は何度も何度も繰り返されるため、長期記憶に送られやすいということです。長期記憶に送られた情報は、その性質上そう簡単には忘れません。そのため、遅延のような妨害が入った群でも、はじめの方の単語の成績が良かったということです。
1-2-2: 新近効果
対して、新近効果についての結果は短期記憶の存在を支持します。先ほどの長期記憶のみの説明の場合、最後のほうに提示された単語はほとんどリハーサルを行えません。いっぽうで、最後のほうの単語は提示されてからまだあまり時間がたっていません。
そのため、短期記憶に情報が保持されており、新近効果がみられたのだと説明出来ます。短期記憶の情報は、一時的に保持されるだけでリハーサルを行わなければすぐに忘却されます。
そのため、遅延再生条件のような妨害が入ると、短期記憶にある情報はどんどん失われてしまうということです。つまり、遅延再生条件では、少し時間をおいてから再生課題を行ったため、短期記憶に保持されていた情報が失われたということです。
2-2:虚偽記憶の実験
記憶の二重貯蔵モデルでは、記憶は貯蔵庫に入れられるもので、取り出しにくくはなっても、中にあるものは不変であると考えられてきました。一方で、近年ではこのような「貯蔵庫」のような考え方に異議を唱える実験も行われています。
ここでは、事後的に提示された情報によって記憶が書き換わるのかを検証した実験の中でも、非常に単純なものを1つ紹介します。この実験は、ロフタスらによって行われました3エリザベス・ロフタス, キャサリン・ケッチャム『抑圧された記憶の神話―偽りの性的虐待の記憶をめぐって―』(誠信書房)。
実験概要
- 実験参加者は、車が衝突事故を起こしてしまうような映像を視聴させられた
- 参加者はその後2つのグループに分けられた
- あるグループの参加者は、「車が『激突(smashed)』したとき、どのくらいの速度でしたか?」という問いに回答した
- もう一方のグループの参加者には「車が『接触(contacted)』した時、どのくらいの速度でしたか?」という問いに回答した
- この質問の意図は、後に行われる質問の内容によって、記憶にどのような影響が与えられるかを検証することであった
実験の結果、「接触」したという文が与えられたグループに比べて、「激突」したという文が与えられたグループのほうがより、車の速度を速く見積もっていました。
具体的には、
- 「激突」したという文が与えられたときには、平均して、時速40.3マイル(時速65キロメートル程度)と見積もっていた
- 「接触」したという文が与えられた場合には、時速31.8マイル(時速51キロメートル程度)と見積もられていた
という結果が出ました。
はじめに視聴した動画はどちらのグループも同じものであったにもかかわらず、この結果がでました。このことは、事後的に行われる質問のちょっとした違いによって、簡単に変容してしまうことを示しています。
このような、実際には起こっていない出来事についての記憶のことを虚偽記憶といいます。(→より詳しくはこちらの記事)これらの知見に基づき、長期記憶が単なる貯蔵庫であるという見方が見直されてきています。
- 系列位置曲線から長期記憶と短期記憶の性質の違いについて説明できる
- 「貯蔵庫」のような考え方に異議を唱える実験もある
3章:記憶の二重貯蔵モデルを学ぶ本・論文
記憶の二重貯蔵モデルを理解することはできました?少しでも関心をもった方のためにいくつかおすすめ本を紹介します。
森敏昭『認知心理学を語る〈1〉おもしろ記憶のラボラトリー』(北大路書房)
記憶に関わるさまざまな知見についての“おもしろさ”を、知ることが出来る書籍です。内容はとっつきやすいですがしっかりと記憶研究についてのトピックを網羅している一冊です。
(2024/11/22 18:41:52時点 Amazon調べ-詳細)
エリザベス・ロフタス, キャサリン・ケッチャム『抑圧された記憶の神話―偽りの性的虐待の記憶をめぐって―』(誠信書房)
2章で紹介したような、記憶の変容や虚偽記憶に関する書籍です。著者の一人であるロフタスはTEDスピーチもしているので、虚偽記憶のような話に関心を持った場合はそちらを見るのもおすすめです。
Atkinson, R. C., & Shiffrin, R. M. (1968). Human memory: A proposed system and its control processes. Psychology of learning and motivation, 2 (4), 89-195.
記憶の二重貯蔵モデルについて、説明するときにしばしば引用されている論文です。英語ですのでかなり重めの内容ですが、記憶の二重貯蔵モデルについてしっかり深掘りしたい場合にはチャレンジしてみるとよいでしょう。
一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
最初の1冊は無料でもらえますので、まずは1度試してみてください。
また、書籍を電子版で読むこともオススメします。
Amazonプライムは、1ヶ月無料で利用することができますので非常に有益です。学生なら6ヶ月無料です。
数百冊の書物に加えて、
- 「映画見放題」
- 「お急ぎ便の送料無料」
- 「書籍のポイント還元最大10%(学生の場合)」
などの特典もあります。学術的感性は読書や映画鑑賞などの幅広い経験から鍛えられますので、ぜひお試しください。
まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- 記憶の二重貯蔵モデルとは、アトキンソンとシフリン(1968)が提唱したモデルで、記憶が保持時間の短い短期記憶と、保持時間の長い長期記憶からなるとしたもの
- アトキンソンとシフリンによれば、記憶が保持される時間の長さによって感覚記憶と短期記憶と長期記憶に区別される
- 系列位置曲線から長期記憶と短期記憶の性質の違いについて説明できる
このサイトは人文社会科学系学問をより多くの人が学び、楽しみ、支えるようになることを目指して運営している学術メディアです。
ぜひブックマーク&フォローしてこれからもご覧ください。→Twitterのフォローはこちら
参考文献
- Atkinson, R. C., & Shiffrin, R. M. (1968). Human memory: A proposed system and its control processes. Psychology of learning and motivation, 2(4), 89-195.
- Tulving, E. (1972). Episodic and semantic memory. Organization of memory, 1, 381-403.
- エリザベス・ロフタス, キャサリン・ケッチャム『抑圧された記憶の神話―偽りの性的虐待の記憶をめぐって―』(誠信書房)