空想的社会主義(utopian socialism)とは、主にフランス革命期のフランス、産業革命期のイギリスで登場した初期の社会主義思想であり、マルクス、エンゲルスらの「科学的社会主義」に対置される思想です。
空想的社会主義は、社会主義の本流とも言えるマルクス、エンゲルスらによって未熟な思想であると批判しました。しかし、その後の社会主義に受け継げられていく思想を生み出したという点で、歴史的な意義を持ちます。
この記事では、
- 空想的社会主義の意味
- 科学的社会主義との違い、空想的社会主義が生まれた時代背景
- 空想的社会主義と言われる各思想
について説明します。
関心のあるところから読んでみてください。
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1章:空想的社会主義とは
1章では、まずは空想的社会主義の意味と科学的社会主義との違い、空想的社会主義が生まれたフランス、イギリスの時代背景から説明します。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1:そもそも社会主義とは
社会主義とは、フランス革命期にその萌芽が見られ、産業革命期(18世紀末ごろ)のイギリス・フランスで展開した思想です。
のちに解説するように社会主義にも様々なものがありますが、共通するのは「社会における経済的平等」を達成しようとする、つまり格差をなくそうとする思想であるということです。そのために、共同体的国家や私有財産の廃止を目指すのが特徴です。
また、マルクス主義に代表されるように、理想とする社会主義的な社会を実現するために、現在の体制をラディカルに変革させようとする思想を伴います。したがって、社会主義というのは格差是正のためにラディカルな社会変革を目指すもので、理想主義的な側面を持つものであると言えます。
そんな中でも、学術的な議論を伴わず、また社会を変革するほどの思想とはならなかった初期の社会主義が、後に科学的社会主義を提唱したエンゲルスによって「ユートピア社会主義」と言われました。
それが日本では「空想的社会主義」と訳されています。
社会主義と共産主義の違いについて疑問の方もいるかもしれません。一般的には、社会主義をさらに平等の実現に向かって推し進めた、高度な社会主義的段階を「共産主義」と考える区別が知られています。
別の言い方で、生産手段の私的所有を禁じたのが社会主義、それだけでなく私有財産すら禁じたのが共産主義と区別されることもあります。
これを整理すると、広義の社会主義=社会主義&共産主義、狭義の社会主義=低い段階の社会主義、ということもできます。
実は、社会主義と共産主義の区別に厳密な基準があるわけではないのですが、一般的には「レベルの違い」として把握されるものだと考えておくと良いでしょう。
1-2:空想的社会主義と科学的社会主義の違い
2章で詳しく説明するように、もともと社会主義・共産主義的思想は、さまざまな時代・地域で議論されたものでした。実際の社会に権利や富の不平等があったからこそ、理想として平等でかつ豊かな社会が理想として描かれたのです。
特に、フランスにおけるフランス革命、イギリスにおける産業革命の時代には、社会主義的な理想社会を描く思想家が多く登場しました。
彼ら初期の社会主義思想家の特徴は、
- 社会の変革を伴わないユートピア思想であった
- 学術的な議論はなされず、素朴な理想社会の叙述や実践に限定されていた
という点です。
これに対し、後に登場したマルクス(1818-1883年)、エンゲルス(1820-1895年)は「科学的社会主義」を提唱し、それ以前の素朴な社会主義を「空想的社会主義」として、未熟な理論であったと批判しました。
※ただし、マルクス、エンゲルスは空想的社会主義を批判するだけでなく、労働者を啓蒙する大きな影響をもった点を評価もしています。
マルクスらの議論は多岐にわたる重厚なものですが、その一部を整理すると以下のようなものです。
- 科学的弁証法、史的唯物論を用いて学術的に体系化した議論をした
- 世界の歴史は段階的に発展しており、社会の最終形態が社会主義的段階である
- 社会の物質的側面が持つ矛盾がある段階に達すると、次の歴史的段階に進むための階級闘争が生まれ、社会主義が誕生する
- プロレタリアート(労働者)こそが社会主義を実現させる特別な身分である
マルクスの思想について詳しくは以下の記事を見ていただきたいですが、空想的社会主義との違いで言えば、学術的に体系化された理論であり、社会主義実現の道筋(プロレタリア革命)を見せ、労働者を特別の地位に置いたことなどが挙げられます。
よく知られるように、こうして生まれた科学的社会主義=マルクス主義は19世紀から20世紀前半まで、強大なイデオロギーとして、また社会科学における支配的な理論体系として影響力を持ち続けることになりました。
マルクス主義については後に別の記事で詳しく解説しますが、初期社会主義はユートピア思想で社会を変えるほどの力は持たなかったこと、それでも後の社会主義思想に影響を与えた点で意義があることを覚えておきましょう。
1-3:空想的社会主義が生まれた背景
それでは、初期社会主義(空想的社会主義)の議論を説明する前に、初期社会主義が生まれた時代背景を簡単に説明します。
初期の社会主義の思想は、イギリスやフランスの知識人の中から生まれました。
結論から言えば、社会主義思想がイギリスやフランスの中から思想が生まれたのは、それだけ社会で格差が大きい社会だったからなのです。
そもそも、社会主義思想が生まれた18世紀後半、フランスは君主や貴族、聖職者の権力が強く民衆の自由は阻害してされていました。君主や貴族、聖職者が特権を持っていたことからもちろん経済的な不平等も大きく、フランスではそれが革命の原動力になります。
一方、イギリスは王権が憲法で制限されていましたが(立憲君主制)、民衆らの中で格差が生まれていました。なぜなら、イギリスは産業革命の中心であり、生産が機械化されて、生産設備を持たない手工業者や労働者らが貧しくなり、一方で生産設備を持つ資本家は富を拡大していったからです。
→イギリスで立憲君主制を成立させたイギリス革命について詳しくはこちら
イギリスでは、格差拡大で貧しくなった人々が反乱を起こすようになります。
- ラダイト運動(機械打ちこわし運動):機械化によって失業した手工業者が工場を襲う
- チャーティスト運動:労働者階級の政治運動で普通選挙などを求めた「人民憲章」を掲げる
社会主義は、こうした社会の中から生まれたものだと覚えておいてください。
このような時代背景から生まれたのが、空想的社会主義と言われる素朴な社会主義思想です。まずはここまでをまとめます。
- 空想的社会主義とは、フランス革命・産業革命期に生まれた、理想的な社会主義
- 空想的社会主義は現実社会を変える力は産まなかったが、その後の社会主義思想に大きな影響を与えた
- 初期社会主義が「空想的社会主義」と言われたのは、マルクス、エンゲルスが定義したため
2章:空想的社会主義(初期社会主義)の代表的思想
「空想的」というのは、この時代の社会主義は理想的な社会を描くのみであったり、個人的な取り組みとして行われるのみで、社会を大きく動かすほどの学問的な議論や強い社会思想ではなかったためです。
そのため、この時代の空想的社会主義は社会を変革することはありませんでしたが、その後社会を大きく変えていく社会主義・共産主義という思想を生み出したという点に、その意義があるのでした。
代表的な初期社会主義の議論を紹介します。
社会主義・共産主義的な思想をたどれば古代まで遡ることができます(たとえばプラトンが『国家』で論じた理想社会やトーマス・モアの理想的な共産社会など)が、近代的な思想・イデオロギーとしての社会主義・共産主義の起源と言える思想に絞ってここでは紹介します。
2-1:バブーフ(フランス)
バブーフ(1760-1797年)は、フランス革命の中で登場した、最初の社会主義思想家です。バブーフはフランス革命の「自由、平等、友愛」というスローガンに対し、「平等、自由、共通の幸福をーしからずんば死を」というスローガンを対置し、私有財産制の廃止や独裁による改革を主張しました。
バブーフの思想は、以下のようなものでした2参考:和田春樹『歴史としての社会主義』25-26頁。
- 市民は勤労によって祖国に奉仕する(しないものには権利を認めない)
- 国立養老院で教育された青年が大国民共有体を組織し、この組織があらゆる財産を所有
- 賃金は廃止され国内では貨幣も廃止される
バブーフは領主の領地を管理する管理人を仕事とした人であったため、農業共同体をベースにこうした共同体的(共産主義)社会を理想としたのです。
バブーフは1796年に反乱したものの鎮圧し失敗に終わります(バブーフの陰謀)。しかし、革命を起こして独裁政権を樹立し共産主義的社会を実現する、というこの思想はその後の社会主義・共産主義思想に継承されていきました。
バブーフからしばらく後、ロバート・オーウェン、サン・シモンらの代表的な空想的社会主義者が登場します。
これから紹介するロバート・オーウェン、サン・シモンらは今でこそ「空想的社会主義の論者」として知られていますが、注意が必要なのは、自ら空想的社会主義者であると名乗ったわけではないということです。エンゲルスによってラベルを貼られたのだ、と理解しておきましょう。
2-2:サン・シモン(フランス)
サン・シモン(1760-1825年)は、アメリカ独立戦争に商工として参加し、後に合理的な産業社会を追求することによる社会主義を提唱したことで知られています。
「サン・シモン主義」とも言われる彼の思想は、以下のようなものでした。
- 社会で重要な役割を果たすのは産業者(農民、手工業者、労働者、商人など広い意味)である
- 産業者の手にかかれば、より効率的な公共財産の管理が行える
- 産業者は能力に応じて組織の中で業務が割り当てられ、遂行する
- 社会の産業化を進めることによる平等の実現では、「革命」のようにラディカルなことをしなくても、平和的に社会体制を変えることができる
このように、国家がいわば大きな会社や工場のように組織化されることで、国家運営が合理化されると共に平等な社会が実現されるとサン・シモンは主張したのです。
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2-3:ロバート・オーウェン(イギリス)
ロバート・オーウェン(1771-1858年)は、イギリスで紡績工場を経営していた資本家であり、空想的社会主義者でもありました。
オーウェンは『協同組合雑誌』において「社会主義」という言葉を初めて使ったという説があります3参考:和田春樹『歴史としての社会主義』31頁。つまり、オーウェンを社会主義の起源と見ることも可能です。
オーウェンは、労働者の生活を改善するために自ら動いたことで知られ、工場内に幼稚園を設置したり、労働者を保護する労働立法を主張し、工場法(1833年)の制定に大きな影響を与えました。
オーウェンの思想には以下の特徴があります。
- 機械化による生産性向上が格差を広げるため、農業労働は機械化をやめて人力に戻し、農業人口を増やす
- そのような農業を中心とした、平等な人々によって構成される共同体(ホームコロニー)を作るべきと考えた
オーウェンも農業を中心とした、共産的な社会を理想としたのでした。
オーウェンの特徴はとことん実践家であったところで、オーウェンは理想の共同体を実現するためにイギリスからアメリカ・インディアナ州に移住し、「ニューハーモニー村」を作りました。
この村は失敗こそしたものの、オーウェンの挑戦的な行動は労働運動における協同組合運動に影響しました4参考:和田春樹『歴史としての社会主義』31頁。
サン・シモンやオーウェン以外にも、生産の国家統制を主張したルイ・ブラン(フランス)や、無政府主義者(アナーキスト)のブルードン(フランス)、民主主義的でかつ共産主義的な理想の共同体を理想としたカベー(イタリア)などがこの時代現れました。
いずれも、このように多くの社会主義者が登場したのは、産業革命によって苦しい立場に置かれる労働者が急増したことが、彼らの問題意識にあったからでしょう。
彼らのような初期社会主義者は、実際に社会を変革することには失敗しました。
しかし、社会主義という可能性があることを多くの人に知らしめ、その後の世代に影響を与えていったという点でやはり意義を持つ存在なのです。
- バブーフ:フランス革命期に登場し独裁による改革や、農業共同体をベースにした共産主義社会を理想とした
- サン・シモン:「産業者」の役割を重視し、巨大な工場組織のような社会を理想とした
- オーウェン:農業を重視し、労働立法の主張をして、実際に理想社会実現のためにアメリカに移住して実験した
3章:空想的社会主義について学べるおすすめ本
空想的社会主義(初期社会主義)について理解することはできたでしょうか。
この記事の内容を最初の一歩として、下記の書籍からより深く社会主義の全体像の学びを進めていくことをおすすめします。
和田春樹『歴史としての社会主義』(岩波新書)
社会主義の歴史について詳しいです。思想、理論としての面より歴史・社会に重きを置いた説明がなされていて、初心者におすすめです。
猪木正道『共産主義の系譜 新版』(角川ソフィア文庫)
共産主義の系譜について詳しく書かれた名著です。マルクスからレーニン、スターリン、チトーまで詳しく書かれていますので、共産主義について勉強したい方には必読です。
一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- 空想的社会主義とは、マルクス、エンゲルスらによって「未熟な議論」と科学的社会主義と対置された、初期社会主義
- フランス革命、産業革命期に労働者が抑圧されていた社会的背景の中で生まれた
- マルクス、エンゲルスによって空想的社会主義と言われたのは、ロバート・オーウェン、サン・シモン、フーリエら
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