社会思想

【サイエンスコミュニケーションとは】具体的な取り組みからわかりやすく解説

サイエンスコミュニケーションとは

サイエンスコミュニケーション(Science communication)とは、社会全体の科学リテラシーを高め、日常生活に大きな影響の与える科学問題をめぐるパブリックな議論を促す工夫、あるいは、そうした問題について世間的な合意を形成することを目指す種々の実践のことです。

原子力発電、遺伝子組み換え食品、出生前診断など、科学研究の成果がもはや専門家のコミュニティ内での議論では完結せず、非専門家が営む日常生活とも深く関連している現代社会においては、サイエンスコミュニケーションの重要性がいっそう高まっていると言えます。

そこで、この記事では、

  • サイエンスコミュニケーションの出現と意義
  • サイエンスコミュニケーションの実践例

について解説します。

好きな箇所から読み進めてください。

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1章:サイエンスコミュニケーションの出現と意義

サイエンスコミュニケーションについては明確な理論的枠組みが存在するわけではないため、その内容を把握するには、基本的な事項を確認したのち、具体的な実践例を個別に検討することが必要です。

本記事ではとりわけ「サイエンスカフェ」と「コンセンサス会議」という二活動を重点的に解説しているので、興味のある方はぜひご覧ください。

このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。

1-1:サイエンスコミュニケーション誕生の経緯と意義

まず、サイエンスコミュニケーションという実践が出現した経緯とその意義を簡単に確認します。

サイエンスコミュニケーションを日常生活に大きな影響を与えうる科学的な問題についてパブリックな議論をうながす実践と捉える場合、その出現は20世紀後半の欧米諸国に求められます。

そのなかでも、先駆的な取り組みにより他国をリードしてきたという意味で、イギリスの動向はとりわけ注目に値します。

イギリスの動向と実態

  • すでに1831年に英国科学振興協会が設立されるなど、イギリスでは科学知識を普及させる活動が盛んであった
  • しかし、こうした活動は実質的には一部の裕福な市民階級に向けられたものであり、これら活動の結果として公衆の科学リテラシーはそれほど向上したわけではなかった

こうした状況に対し、イギリスでは1980年代になってようやく、従来の手法では必ずしも公衆の科学リテラシーが向上してこなかったことを問題視します。そして、それに対してより積極的な対策を実施していこうとする社会運動が活発化します。

その直接的なきっかけとなったのは、英国王立学会によって1985年に公表された「科学の公衆理解」という報告書(いわゆる「ボドマー・レポート」)です。この報告書は次のような指摘をしました。

  • 科学が社会に与える影響の大きさに鑑み、公衆の科学リテラシーを向上させる重要性を改めて指摘した
  • さらにそのために行政、企業、科学者コミュニティ、マスメディア、教育機関が果たすべき役割をまとめた

その後、ロンドン大学インペリアルカレッジにおけるサイエンスコミュニケーションコースの出現など、この報告書を軸にして多くの科学技術政策が実施されることになります。



1-2:科学技術特別委員会と「科学と社会」

これらの取り組みはどれもある程度の成果をあげましたが、事態がさらに動き出したのは1990年代後半のことです。このころ、BSE(狂牛病)問題などを発端として、イギリスでは科学に対する深刻な不信が高まっていました。

これを受けて2000年には、イギリス上院議会に設置された科学技術特別委員会により「科学と社会」と題された報告書を提出されます。この報告書の画期的な点は、以下の点です。

  • イギリス国民のあいだで広がる科学への不信の原因を専門家と一般市民のコミュニケーション不足に求めたこと
  • そして、国民のあいだに広がる不信を払拭するための手法として、専門家に、情報の発信に加えて積極的に一般市民の意見に耳を傾けたこと
  • すなわち、専門家と公衆の双方向的なコミュニケーションを要求していること

これは要するに、専門家が知識を素人へ伝えるだけの旧来のトップダウン的な手法への批判にほかなりません。これを機にイギリスのサイエンスコミュニケーションは、科学者と公衆の双方向的な対話や合意の形成に重点を置いた新たな段階に突入したと言うことができます。

※こうした取り組みの具体的な内容については、第2章で詳しく確認します。

ちなみに、理論面から科学者の社会的責任、あるいは、公衆による科学議論の重要性が論じた書物として『専門知と公共性—科学技術社会論の構築に向けて—』がおすすめです。

1-3:双方向型の対話あるいは合意の形成

以上がイギリスでサイエンスコミュニケーションが出現した経緯です。ここではとりわけ、「専門家と公衆の双方向型の対話あるいは合意の形成」がサイエンスコミュニケーションの理念として確立されたことが重要です。

なぜなら、2000年以降になされた科学技術の普及活動は基本的にはこの理念に沿って運営され、公衆の科学リテラシーを向上させるという目的に対して、旧来のトップダウン型の手法以上の成果をあげているからです。

また、イギリスでの上記の動向と前後して、世界中で類似の議論が進行し、さまざまな取り組みがなされたことも見逃せません。たとえば、日本においても、2001年に科学技術社会論(STS)学会が設立されています。

その後、文部科学省に代表される行政機関が、サイエンスコミュニケーションの重要性、あるいはその実務を担うサイエンスコミュニケーター育成の必要性を認めたことを皮切りに、双方向型のサイエンスコミュニケーションのメカニズムや方法論をめぐる議論が深まりを見せています。

その結果として、次のような取り組みが数多く実施されています。

  • 今日に至るまで各地の博物館や科学館などの展示施設、あるいは大学などの教育機関では、欧米の事例を参考に、専門家と公衆の対話をうながしている
  • そして、重要な科学問題について両者のコンセンサスを得ことを目的とした取り組みなされている

2章では、そうした取り組みをいくつか紹介したいと思います。

1章のまとめ
  • サイエンスコミュニケーションとは、常生活に大きな影響の与える科学問題をめぐるパブリックな議論を促す工夫や、そうした問題について世間的な合意を形成することを目指す種々の実践のことである
  • 「専門家と公衆の双方向型の対話あるいは合意の形成」がサイエンスコミュニケーションの理念として確立されたことが重要である

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2章:サイエンスコミュニケーションの実践例

2000年代以降、欧米諸国においても日本においても、専門家と公衆による双方向的な対話をうながす取り組みが各所で実施されました。

そのなかでもとりわけ有名で、尚且つ注目に値する実績を残しているのは、「サイエンスカフェ」「コンセンサス会議」という2つの活動です。ここでは、これらの活動を取り上げ、これまでサイエンスコミュニケーションがどのようなかたちで実践されてきたかを紹介します。

2-1:サイエンスカフェ

まず紹介するのは「サイエンスカフェ」と呼ばれる取り組みです。

サイエンスカフェとは、

人々が日常的に集うカフェなどを舞台に、市民が科学者を交えて自由に議論を交わす催しのこと

です。

サイエンスカフェを、双方向型のサイエンスコミュニケーションの代表例と見なすことができます。サイエンスカフェのモデルとなったのは、フランスの哲学者であるマルク・ソーテが1992年にパリで始めた哲学カフェです。

哲学カフェ

  • 善、真実、美など哲学的テーマについて街中で語り合い、大学という象牙の塔でなされていた哲学を市中に取り戻すことを目指した取り組みである
  • これを受けてイギリスとフランスでは、1997年から1998年にかけて、科学的問題を同様のスタイルで議論しようとする試み、すなわちサイエンスカフェが相次いで誕生した

こうしてリーズ、パリ、リヨンの三都市に誕生したサイエンスカフェは、互いに繋がりのない独自構想に基づき生まれたこともあって、それぞれが異なるスタイルや目的で運営されていました。

しかし、カフェなど日常的で小さくまとまった空間で、専門家と市民による双方向的な議論、あるいは自由闊達な意見交換をうながそうとしていた点では完全に一致していたと言うことができます。

日本でも、2004年に文部科学省が発行した『平成16年版科学技術白書』内のコラム「科学者等と国民とが一緒に議論できる喫茶店〜Café Scietifique〜」がイギリスのサイエンスカフェ事情を紹介したのをきっかけに、各地でサイエンスカフェが誕生することになります。

その主催団体やスタイルあるいは議論のテーマなどは多種多様であり、「日本のサイエンスカフェ」を一概に論じることはできませんが、専門家と公衆の直接的なコミュニケーションを重視する点については、いずれの試みにおいても共通しています。



2-2:コンセンサス会議

サイエンスカフェと並んで注目に値するのは、「コンセンサス会議」という取り組みです。簡単にいうと、コンセンサス会議とは次のような取り組みです。

  • もともと、たとえば生命に直結するセンシティヴな医療機器の使用に関して、科学者や医師間でのコンセンサスを形成するための会議を意味していた
  • その後、サイエンスコミュニケーションの文脈においては、日常生活に大きな影響を与える科学問題に関して、専門家と一般市民のあいだでコンセンサスを形成することを目指す会議や集会を意味するようになった概念である

その発祥は1980年代後半のデンマークに求められます。デンマークでは、1985年に国会内にデンマーク技術評価局が設けられ、科学技術研究のあり方に一般市民の意見を反映させることを目的にさまざまな議論が交わされていました。

そして、その一環として提案されたのが、重要な科学問題について一般市民が専門家の見解を踏まえつつ議論を深め、一定の合意を形成することを目指すコンセンサス会議です。

その仕組みは、運営委員会、運営委員会に参加を要請された専門家、新聞公募によって選ばれた14名程度の市民それぞれがおよそ6ヶ月に及ぶ入念な準備をおこない、その後三日間の会議を経て一定のコンセンサスを形成し、最終的に、そうして形成された見解をプレスリリースするというたいへん大掛かりなものです。

そのテーマも、以下のように多岐にわたっています。

  • 「産業と農業における遺伝子操作技術」(1987年)
  • 「食物への放射線照射」(1989年)
  • 「ヒトゲノムの読解」(1989年)
  • 「大気汚染」(1990年)
  • 「教育用のテクノロジー」(1991年)

また、たとえば1987年におこなわれた遺伝子操作技術をめぐる会議の結果、デンマーク政府が動物の遺伝子組み換え技術に対する研究資金の提供を中止するなど、実際に科学研究に対して影響を及ぼしたという点でも、デンマークのコンセンサス会議はきわめて有効な試みであったと言えます。

また、双方向型のサイエンスコミュニケーションの必要性が世界中で叫ばれるようになる1990年代には、サイエンスコミュニケーションについての関心がもともと高かったイギリスをはじめ、世界各国でコンセンサス会議が注目を集めます。

その結果、基本的には上述したデンマークの仕組みを踏襲したコンセンサス会議が各地で開催されることになりました。

こうした動きは、主に科学技術社会論(STS)学会などの活動によって欧米のサイエンスコミュニケーション事情が紹介されていた日本においても同様に観察されます。たとえば、次のような取り組みがあります。

  • 小林傳司や若松征男の主導のもと、1998年には遺伝子組み換え技術をテーマに大阪でおこなわれた
  • 翌1999年にはインターネット技術をテーマに東京でおこなわれた

このように、日本版コンセンサス会議の予備的試みがおこなわれてきました。

小林らの試みは、社会全体を巻き込み実施されるデンマークのコンセンサス会議と比べていささか小規模で、また、実施に際してはデンマークと日本では社会や文化の状況が大きく異なることからさまざまな問題が顕在化しました。

しかし、これは日本のサイエンスコミュニケーションの発展に先鞭をつけた非常に画期的なものであったと言うことできます。以上が、サイエンスコミュニケーションについての解説になります。最後に、こうした実践をより詳しく知るためにおすすめの本を紹介します。

2章のまとめ
  • サイエンスカフェとは、人々が日常的に集うカフェなどを舞台に、市民が科学者を交えて自由に議論を交わす催しのことである
  • コンセンサス会議とは、日常生活に大きな影響を与える科学問題に関して、専門家と一般市民のあいだでコンセンサスを形成することを目指す会議や集会を意味する
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3章:サイエンスコミュニケーションに関するおすすめ本

サイエンスコミュニケーションを理解することはできましたか?最後に、あなたの学びを深めるためのおすすめ書物を紹介します。

おすすめ書籍

小林傳司『誰が科学技術について考えるのか——コンセンサス会議という実験——』(名古屋大学出版)

上述したように、日本では1998年にはじめてコンセンサス会議の予備的試みがおこなわれましたが、本書では、その主催者のひとりである小林によって、当時の状況や具体的な運営状況が詳細に記録されています。実際に運営を担当した者の視点からなされた記録はきわめて貴重であり、デンマークで生まれたアイデアを日本に輸入するにあたってさまざまな苦労や障害があったことがうかがえます。

科学技術社会論学会編『サイエンス・コミュニケーション(科学技術社会論研究第5号)』(玉川大学出版部)

サイエンスコミュニケーションを扱う科学技術社会論(STS)学会が編集する学会誌です。今号の冒頭には、サイエンスコミュニケーションの出現経緯や、サイエンスカフェの動向を追跡した特集が組まれており、サイエンスコミュニケーションに関する基本事項がていねいに押さえられています。

→詳しくはこちら

藤垣裕子『専門知と公共性——科学技術社会論の構築に向けて——』(東京大学出版)

本書では主に理論面から、科学者の社会的責任、あるいは、公衆による科学議論の重要性が論じられています。専門家と公衆の双方向的な対話がなぜ社会的に必要であるかを考えるにあたって、本書は一読の価値があります。

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まとめ

最後にこの記事の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • サイエンスコミュニケーションとは、日常生活に大きな影響の与える科学問題をめぐるパブリックな議論を促す工夫や、そうした問題について世間的な合意を形成することを目指す種々の実践のことである
  • 「専門家と公衆の双方向型の対話あるいは合意の形成」がサイエンスコミュニケーションの理念として確立されたことが重要である
  • 「サイエンスカフェ」と「コンセンサス会議」という2つの活動が具体的な取り組みとしてある

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参考文献

  • 科学技術社会論学会編『サイエンス・コミュニケーション(科学技術社会論研究第5号)』玉川大学出版部
  • 国立科学博物館編『科学を伝え、社会とつなぐ——サイエンスコミュニケーションのはじめかた——』丸善出版
  • 小林傳司『誰が科学技術について考えるのか——コンセンサス会議という実験——』名古屋大学出版
  • 藤垣裕子『専門知と公共性——科学技術社会論の構築に向けて——』東京大学出版