互酬性(reciprocity)とは、贈りものをすること、贈られたものを受け取ること、贈りものをお返しすることといった行為を指します。
「ピンとこない」と感じる方が多いと思いますが、よく考えてみると、日本は贈りもののやり取りが高度に発達した社会であることがわかります。
たとえば、バレンタインデーの贈り物とホワイトデーのお返し。なぜ貰いっ放しではダメなんでしょうか?考えたことはありますか?
この記事では、
- 互酬性の定義・意味・種類
- 互酬性の具体例
- 互酬性とモースの『贈与論』
などをそれぞれ解説します。
興味関心のあるところからで構いませんので、読んでみてください。
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1章:互酬性の意味と具体例
1章では互酬性の概要を説明して、2章では互酬性に関する研究を詳しく解説します。あなたの希望する箇所から読み進めてください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1: 互酬性の意味
まず冒頭の繰り返しになりますが、互酬性とは要するに、
贈りものをすること、贈られたものを受け取ること、贈りものをお返しすること
といった行為を指します。
簡単にいうと、互酬性とは贈りものにまつわる人間相互のやり取りです。
この定義をより学問的にいうと、互酬性とは、
自分が受けた贈り物、サービス行為、または損害に対して何らかの形でお返しをする行為2『文化人類学のキーワード』(1997)から参照
といえます。
一般的に、「互酬性」という用語は文化人類学で使われるもので、マルセル・モースの『贈与論』(1925)の先駆的な仕事にに結びつけられることが多いです(※2章で詳しく解説します)。
モース以降の互酬性に関する研究は、以下のように対象が広がりながら、社会関係のあり方が研究されてきました。
- 有形:財、物、女性など
- 無形:労働、情報、愛情など
1-2: 互酬性の具体例とその種類
さて、贈りもののやり取りを少し考えてみると、いくつか種類があることがわかります。それぞれの種類は、次のとおりです。
- 一般互酬性
- 均衡的互酬性
- 否定的互酬性
堅苦しい用語かもしれませんが、ここからは具体例を交えて、それぞれの種類の互酬性を説明していきます3山下 晋司, 船曳 建夫 (編)『文化人類学キーワード 改訂版 (有斐閣双書) 。
1-2-1: 一般的互酬性
一方的互酬性とは、お返しを期待しないで相手に与える行為を指します。
たとえば、一方的互酬性には、
- 親子や近い親族間での贈りもの(ex: 子どもへのクリスマスプレゼント)
- 恩師と弟子間での贈りもの
があります。
上下関係がはっきりしている場合、お返しが問題になることはまずありません。その背景には気前の良さこそ美徳と考えが背景にあるからです。そもそも、本来贈り物とは見返りを期待しないでただ与える行為ではなかったでしょうか?
1-2-2: 均衡的互酬性
その一方で、贈り物に対するお返しが問題になる場合があります。それを均衡的互酬性といいます。均衡的互酬性とは、受け取ったものと同等・同量の価値のあるものを期間内に返す行為を指します。
たとえば、均衡的互酬性には、ご近所付き合い・顔見知り程度間の贈りもの(ex: お歳暮やお中元など)があります。
子どもからのお返しなど全く期待しない一方で、ご近所づきあいや遠い親戚間の贈り物には気を使わなければなりません。なぜならば、ご近所付き合い・顔見知り程度間の贈りものでは、以下のような状況に陥るからです4浜本 満 (編集), 浜本 まり子 (編集)『人類学のコモンセンス』(1994)を参照。
贈り物と非常識
- 贈り物をお返ししなかったために、非常識といわれることがある
- それでは、お返しが欲しいから贈り物をくれたのかと言いたくなるが、送り主もお返しが目当てではない
- それにもかかわらず、いつまでたってもお返しがない場合は、それは非常識となる
上のような状況だけで十分複雑ですが、さらに厄介なのは贈り物に対するお返しのタイミングです。なぜならば、贈り物をお返しする場合、次のようにタイミングが問題となるからです。
- 律儀にその場で全く同じ物を返すと、それはもうほとんど贈り物を突っ返すのと変わらなくなる(言い換えれば、充分に時間をおく必要がある)
- 「贈り物やお返しするタイミングが面倒くさい」と感じて受け取りを拒否すると、贈り主との関係は損なわれてしまう
このように、贈り物をする行為にはお返しという反対方向への動きを引き起こす要素があるようです。贈り物はほとんど強引に「交換」を引き起こすといえるでしょう。
贈り物にまつわる「交換」を真剣に考えたのが、マルセル・モースでした。モースの『贈与論』は2章で解説します。
1-2-3: 否定的互酬性
2章に入る前に、否定的互酬性について簡単に説明します。
最後に、否定的互酬性とは功利的に利益を得る目的の交換行為を指します。
たとえば、否定的互酬性には、値切り、ごまかしといった行為を指します。つまり、市場原理に基づく売買という行為が否定的互酬性の典型的な例です。否定的互酬性は、一般的互酬性の対極にある行為として考えられます。
これまでの内容をまとめましょう。
- 互酬性とは、贈りものをすること、贈られたものを受け取ること、贈りものをお返しすること
- 互酬性には、一般的互酬性、均衡的互酬性、否定的互酬性がある
- 贈り物をする行為に、お返しという反対方向への動きを引き起こす要素ある
- 贈り物はほとんど強引に「交換」を引き起こす行為
2章:互酬性の社会的な意味 -モースの『贈与論』-
さて、2章ではモースの『贈与論』から互酬性を深掘りします。端的にいえば、マルセル・モースの『贈与論』(1925)は、贈り物に関する次の問題を取り扱った本です。
- そのお返しを義務づける法的・経済的な規則はなにか?
- 贈り物にはどんな力があって、受け取り手にお返しを強いるのか?
モースは互酬性の事例として、クラ交易でされる贈り物の交換も扱っています。クラ交易に興味のある方はこちらを参照ください。(→クラ交易についてはこちら)
2-1: モースの『贈与論』と互酬性
さて、モースの『贈与論』で先ほどの疑問にどう解答したのでしょうか?モースの第一の解答は、贈り物には義務のメカニズムがあるというものです5浜本 満 (編集), 浜本 まり子 (編集)『人類学のコモンセンス』(1994)を参照。
モースによると贈り物は、任意的で非打算的にみえるけれども、そこには3つの義務のメカニズムがあるといいます。
3つの義務
- 贈る義務
- 受け取る義務
- 返礼の義務
「なるほど。しかし親が子どもに与えるプレゼントには『返礼の義務』がないのでは?」と考える方もいると思います。その通りです。たしかに、モースの第一の解答は満足のいくものではありません。
2-1-1: モースによる第二の解答
そこで、モースの第二の解答は贈られる物自体にお返しを強いる強制的な力を宿している、というものです6浜本 満 (編集), 浜本 まり子 (編集)『人類学のコモンセンス』(1994)を参照。
「何を意味不明なことを言っているんだ」と思う方もいるかもしれませんが、身近な例で考えてみると、贈り物にはなにか特別な力があることがわかるはずです。
突然ですが、夏目漱石の『坊ちゃん』を例をみていきましょう。『坊ちゃん』には、贈り物が作り出す人間関係を示す場面があります。
『坊ちゃん』における贈り物
- 主人公の坊ちゃんは、信頼をよせていた山嵐が陰で生徒を扇動した人物と勘違いし、おごってもらった氷水の代金が気になってしまう。坊ちゃんはいち早く一銭五厘の借りを返そうとする
- その一方で、幼い頃から面倒みてくれた、下女の清からもらった三円という大金には負い目を感じていない。清を片破れと思うからこそ、すぐには大金を返さない
『坊ちゃん』のこれらの場面では何が起きているんでしょうか?結論からいうと、『坊ちゃん』では贈り物を受け取ることで、生まれる「借り」が示されています。
私たちが贈り物をする・受け取るとき、贈ってくれた人との快い結びつきを感じる場合があったり、贈ってくれた人との厄介な「借り」を感じる場合があります。
経済的な価値には比例していないし、それによって表すこともできません。そのため、贈り物には、特別ななにかが一緒に運ばれているといえます。
たとえば、近所の人からの贈り物による「借り」を返すために、その価格に相当する現金を払おうした場合を考えてみてください。借りはなくなるどころか、人間関係は崩壊します。
つまり、贈り物の特徴をまとめると、次のような点を挙げることができます。
- 経済的な貸借関係と違って、贈り物が作り出す「借り」はキャンセル不可能である
- 「借り」は、相手によって自分の位置や立場を規定されたという感覚に近い7その一方的な規定には、上下関係が含まれる
- 親子関係のようにすでに確立した関係がある場合は、「借り」は意識されない
- しかし、近所や遠い親戚といった関係の場合は、「借り」は強く意識される
このようにみると、お返しの贈り物とは、今度はこちらから「借り」の一撃を与えて均衡をはかろうとする行為に違いないのです。
2-2: 互酬性と個人の境界
これまでの内容を簡単にいうと、贈り物とは相手の世界の境界線を破って打ち込まれた一撃、つまり境界の侵犯行為です8浜本 満 (編集), 浜本 まり子 (編集)『人類学のコモンセンス』(1994)を参照。
贈り物をめぐる当事者たちは、はっきりとした境界線で囲まれた「自分の世界」に生きています。贈り物は、何であれ贈り主の世界からやってきた物です。受け取り手は、贈り主の世界が刻印されたなにか特別で異質な物を、自分の世界に取り込まないといけません。
ここで、モースの第二の解答を思い出してください。モースの第二の解答は、贈られる物自体にお返しを強いる強制的な力を宿している、といったものでした。これがモースのたどり着いた結論です。
つまり、モースは、
- ある者になにかを与えることは自分自身の一部を与えること
- なにを貰うことは、その人の一部を貰うこと
- そのような物を保持することは危険である
- だから返礼が必要になる
と考えました。
贈り物をとおして、無関係だった人びとの間に関係ができたり、すでにある社会関係が確認されたりするのはこのように個人の境界を結びつくからです。
言い換えれば、贈られたものはただの「物」ではなく、境界を行き来する奇妙な力を宿したものなのです。
2-3: 互酬性と経済的交換
ここで、経済的な交換(否定的互酬性)と贈り物の交換を比較してみましょう。『坊ちゃん』の例でみたように、私たちに馴染み深い交換は実は贈り物の方で、経済的な交換はきわめて限られた交換の種類です。
経済的な交換 | 贈り物 | |
態度 | 利益の追求 | 気前の良さ |
社会関係 | 交換における関係は一時的 | 交換の成立が人間関係を形成 |
等価性 | 交換される品の等価性は厳格に追求 | 交換される品の比較は不可能 |
時間性 | 同時性と直接性が必要 | しばしば時間をおく |
比較すると、経済的な交換と贈り物のやり取りはほとんど正反対の交換であることがわかります。
■ 経済的な交換が可能になる状況
では一体、私たちに馴染み深い交換は贈り物の方だとしたら、経済的な交換はどう成り立つのでしょうか?言い換えると、どのような方法で贈り物的な効果を経済的交換は消しているのでしょうか?その答えは「貨幣」です。
経済学者のアダム・スミスは、貨幣はきわめて特殊なもので、交換される品々の秩序には属さない独特の存在と考えました。つまり、貨幣で支払うことは贈り物のあらゆる効果をキャンセルすることに違いないのです。
そもそも「貨幣」という言葉は、ケガレや危険を「祓う」ための呪物の「御幣」に由来するという説があります9浜本 満 (編集), 浜本 まり子 (編集)『人類学のコモンセンス』(1994)を参照。
このように、貨幣が交換を媒介するために、贈り物のやり取りが引き起こす関係に入ることなく、私たちは毎日多くの人と交換関係に入っていけるのです。
- 贈り物には、贈られる物自体にお返しを強いる強制的な力を宿している
- 贈り物とは相手の世界の境界線を破って打ち込まれた一撃、つまり境界の侵犯行為
- 貨幣が交換を媒介するために、贈り物のやり取りが引き起こす関係を意識することなく、私たちは毎日多くの人と交換関係に入っている
3章: 互酬性を学ぶための書籍リスト
最後に、互酬性を学ぶ書籍リストを紹介します。
互酬性は人類学の一概念かもしれませんが、学ぶことで社会関係のあり方がみえてきます。社会の切り口となる「包丁」は何本でもあった方がいいはずです。
浜本満・浜本まり子(編)『人類学のコモンセンス』(学術図書出版社)
文化人類学者がする考え方をさまざまな事例からわかりやすく説明しています。贈り物に関する議論も面白く解説されています。この記事の多くは、この本を参照し書かれています。ぜひ、手にとって読んでみてください。
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ブロニスワフ・マリノフスキ 『西太平洋の遠洋航海者』(講談社学術文庫)
クラ交易とはなにか?を調査したポーランド人の人類学者。近代人類学のフィールド調査を確立した人物でもあります。文章自体は難しくありませんので、原著にあたってみることをおすすめします。
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マルセル・モース 『贈与論 他二篇』(岩波文庫)
贈り物に関する詳細な研究が書かれた本です。互酬性を知りたい方にとてもおすすめです。
一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
最初の1冊は無料でもらえますので、まずは1度試してみてください。
また、書籍を電子版で読むこともオススメします。
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などの特典もあります。学術的感性は読書や映画鑑賞などの幅広い経験から鍛えられますので、ぜひお試しください。
まとめ
いかがですか?この記事をまとめます。
- 互酬性とは、贈りものをすること、贈られたものを受け取ること、贈りものをお返しすること
- 贈り物はほとんど強引に「交換」を引き起こす行為
- 贈り物とは相手の世界の境界線を破って打ち込まれた一撃、つまり境界の侵犯行為
- 貨幣が交換を媒介するために、贈り物のやり取りが引き起こす関係を意識することなく、私たちは毎日多くの人と交換関係に入っている
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