知識創造理論(Knowledge Creation Company)とは、日本の経営学者野中郁次郎が提唱した、「知識」を組織的に創造する方法論のことです。
90年代以降の日本企業は世界で影響力を発揮できず、急速に力を失っていると言われます。では、これからの時代に日本企業はどのような経営を目指すべきなのでしょうか?
この問いに対する一つの答えが、野中の知識創造理論です。
この記事では、
- 知識創造理論が提唱された背景
- 暗黙知・形式知やSECIモデルなど知識創造理論の具体的な内容
などについて詳しく説明します。
関心のあるところから読んでみてください。
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1章:野中の知識創造理論とは
繰り返しになりますが、
知識創造理論とは経営学者野中郁次郎が提唱した、組織的に知識を創り出す方法論のこと
です。
まずは、知識創造理論がなぜ提唱されたのか、その背景から説明します。具体的な理論の中身から知りたい場合は2章から読んでください。
1-1:野中の問題意識
知識創造理論は、「なぜ日本企業はこの20年間で急速に力を失ってきたのか」という問題意識から作られたものです。
近年は、垂直統合型の工業社会モデルを極限まで追求した20世紀型の経営モデルが通用しなくなり、その後はMBAに代表されるような「論理分析的なグローバルスタンダード経営」が広がったものの、日本企業にとっての「失われた時代」を打開するには至っていないのが現状です。
経営学者の野中郁次郎は、企業における卓越性やイノベーションのあり方を問い直し、この閉塞的な現状を打ち破ることができるような、21世紀に求められる経営の知のあり方を実践の中で理論化しようとしました。
そうして『知識創造企業』などの著作を出版し、「知識創造理論」という理論を打ち出したのです。
1-2:知識創造理論の意義
野中の知識創造理論の特徴は、「人間中心の精神・価値観」に基づいた経済や経営のあり方を前提に、実践という立場から理論を再構築しようとしている点です。
これは従来の経営理論とは完全に一線を画しています。
野中は従来の市場原理主義的な経営理論を以下のように分析しています。
- 論理分析的、演繹的アプローチをとるため、理論と実践が分離している。グランドセオリーを大前提にするため、新しい知識は生まれないし、経営環境が変化すれば有効でなくなる。
- 企業内部における有形資源のみを資源として捉え、一企業の利益を最大化するために競争優位性や利潤追求に焦点が当てられている。
市場原理主義的な経営理論は、「どれだけ生産効率を上げることができるか」「どれだけ製品やサービスが機能優位性を持っているか」といったことが求められていた大量生産大量消費の時代は有効でした。
しかし、現代のように複雑性や不確実性の高い経営が求められる時代においては限界があるのです。
これから、野中の知識創造理論において示されている重要な概念の一部を説明いたします。
2章:知識創造理論の重要概念①知識
野中の知識創造理論を理解する上で、いくつか重要な概念があります。特に、まずは知識創造理論における「知識」とは何なのか理解することが大事ですので、これから説明します。
野中は知識を次の様に説明しました。
- 知識は暗黙知と形式知の2つのタイプに分類することができる。(後述)
- 形式知と暗黙知は、二項対立的に独立して存在するものではなく、相互に作用し合って互いに成り代わるものである。(=知識変換)
- 知識は人間の行為と本質的に関係している。「状況」に依存し、人々の社会的相互作用によりダイナミックに作られる。そしてまた逆に人々の判断、行動、態度に影響を与える。
- 知識とは身についた経験、様々な価値観、熟練した洞察力、ある状況に関する情報などが混ぜ合わさった流動的なもの。文書やファイル、ツールの中だけでなく、日常業務、仕事のプロセス、慣行、人の繋がり、規範の中にも埋め込まれている。知識は固定的な情報ではなく、絶えず変化するものとして捉える必要がある。
野中による暗黙知と形式知の分類は以下です。
形式知 | 客観的な知(組織知)、合理的な知、明示的、形而上学的、過去の知。 言語化可能な知識であるため、学習により伝達される。 |
暗黙知 | 主観的な知(個人知)、経験知、身体的、今ここにある知。 言語化が困難な知識であるため、経験により伝承される。 |
特に、知識に上記の2つの種類があること、その2つの知識が相互に作用しあうことがこれからの理論を理解する上でも大事です。
次に、知識が変換していくプロセスを説明した「SECIモデル」について説明します。
3章:知識創造理論の重要概念②SECIモデル(セキモデル)
野中は上記で述べた知識観を前提にして、暗黙知と形式知が相互に作用し合って、変換していくダイナミックなプロセスを説明するために、4つの知識変換モードを提示しました。
具体的には、以下のプロセスになります。
- 個人の暗黙知からグループの暗黙知を創造する「共同化」
- 暗黙知から形式を創造する「表出化」
- 個別の形式知から体系化された形式知を創造する「連結化」
- 形式知から暗黙知を創造する「内面化」
企業は、この4つのプロセスからなるSECIモデルを通して、知識創造のスパイラルを無限に循環させることで知識を創り上げていくのです。
各プロセスについて簡単に説明していきます。
3-1:共同化(socialization):暗黙知→暗黙知
「共同化」においては、他者と直接的に経験を共有することで、個人の暗黙知が伝授・移転されてグループの暗黙知となります。
例えば、観察・模倣・練習、OJTなどを通じて、他人の持つ暗黙知を獲得し、技能やメンタルモデルといった暗黙知が創造されます。
3-2:表出化(externalization):暗黙知→形式知
「表出化」においては、共同化で創造された集団の暗黙知はメタファーやアナロジー、コンセプトなどの形をとって、言語化・概念化されることで集団の形式知に変換されます。
共同化においては直接体験を共有する人々による知識に限定されていましたが、表出化において集団で共有した暗黙知が形式知化されることで、集団の知識として発展することができます。
3-3:連結化(combination):形式知→形式知
「連結化」においては、異なる形式知を統合して体系化することで、新たな一つの知識体系が創り出されます。例えば、企業ビジョンやコンセプトを事業や製品、サービスに落とし込むようなプロセスです。
3-4:内面化(internalization):形式知→暗黙知
「内面化」においては、連結化で得られた体系的な形式知が個人の学習によって、自分の知識として暗黙知ベースで内面化されます。他者の形式知・暗黙知を学習し内面化した成員が、再び次の知識創造に関わることで、組織に新しい知識が拡散していくことになります。
さて、SECIモデルについて要点を説明しましたが、次にSECIモデルにおけるミドル・マネージャーの役割に着目した「ミドルアップダウンマネジメント」について説明します。
4章:ミドルアップダウンマネジメント
野中は、SECIモデルの知識創造プロセスにおける重要な担い手としてミドル・マネジャーに着目しました。
そして、ミドル・マネジャーを、トップ(ビジョン)と第一線社員(現実)の結節点、つまり知識マネジメントの中心として位置付ける、ミドル・アップダウン・マネジメントを構想しました。
4-1:従来のモデルの問題点
ミドルアップダウンマネジメントについて理解するためには、過去の議論との違いを知っておくことが大事です。
過去の議論では、トップダウン・モデルかボトムアップ・モデルかという二項対立的な論じ方が盛んでした。しかし、どちらの議論も上記のSECIモデルにおける知識創造に必要な、「暗黙知と形式知のダイナミックな相互作用」という点を認識していませんでした。
この2つの議論は以下のようなものです。
トップダウン・モデル
トップダウンモデルは階層組織を前提にしているため、トップが基本的なコンセプトを創り、それを下の方の組織成員が実行するという分業制によって情報が処理されます。現場に仕事は、ほぼルーティン業務であり、知識創造には関わることができません。このモデルは、形式知の扱いには長けていますが、現場の暗黙知を扱うことはできないのです。
ボトムアップ・モデル
ボトムアップモデルでは、階層と分業の代わりに自律性が強調され、トップが知識を扱うのではなく、起業家精神を持った第一線社員が自分たちで知識を創りコントロールします。第一線社員は自律性に基づき行動するため、対話などの相互作用はなく、暗黙知を組織全体で共有することができません。
このモデルでは組織的な知識創造プロセスに問題があることが分かります。
4-2:ミドル・アップダウン・マネジメントとは
野中は、組織的な知識創造を可能にする第3のマネジメント方法として、ミドル・アップダウン・マネジメントを提示しました。
このモデルでは以下のように、ミドル・マネジャーがトップと第一線社員をつなぐ結節点として組織内部の相互作用を促し、知識スパイラルを循環させると説明されます。
- 現場をよく知るミドル・マネジャーが、トップが描いたビジョンを第一線社員が理解し実行に移せるような具体的なコンセプトに落とし込む
- 一方では、現場の複雑な状況における大量の情報を意味づけ、有用な知識に変換していく
5章:知識創造理論の重要概念③「場」
野中は上記で述べたSECIモデルを促進するための時空間として、「場」という概念を提示しました。
5-1:場とは
SECIモデルを促進する「場」とは、つまり暗黙知と形式知の相互変換が活発に行われる場所のことです。そこで人は、相互的な対話と徹底的な内省をすることで、異なる価値観の人間と文脈を共有して組織的に知識を創造します。
また、そうした対話と内省が繰り返される中で、「場」自体も常にダイナミックに他の「場」と繋がり、共鳴しあって発展していきます。そのため、「場」は「常に変化する、共有された文脈」と定義されています。
5-2:場は組織図と異なる
しかし、そうした人と人の相互作用を促し、常に変化する「場」は、企業の組織図に示されるような公式な組織と必ずしもイコールではありません。
多くの企業の組織図は、管理統制をより効率的に行うため、製品や事業、業務といった分類で構築されています。しかし、この組織図は「業務処理のプロセス」には有効ですが、「組織的な情報伝達のプロセス」には向いていません。
この2つのプロセスを同一視して、従来の公式の組織図で情報伝達を行うと、事業部ごとにサイロ化(孤立)してしまいます。その結果、組織全体の横断的な知識創造が停滞し、時代の変化に適応できない鈍重な組織になってしまうのです。
そのため、野中は非公式な現場の組織やコミュニケーションこそが重要だ考えました。
知識創造プロセスを促進する「場」を設計するためには、組織の業務や職務分担ではなく、「個」を中心として、「個」が組織内外の多様な知識にアクセスし協業しやすい環境を構築することを目指す必要があるのです。
そしてそのためには、トップと現場の架け橋であるミドルこそが、組織横断的かつ自律的に動けるような「場」を、社内外で生み出すことができると野中は指摘しました。
6章:重要概念④フロネシス(実践知)
ここまで、組織的な知識創造プロセスとその基礎となる「場」について触れました。
次に、その「場」を形成・継続させる条件として、野中が示したフロネシスという概念を説明します。
6-1:フロネシスとは
フロネシスとはアリストテレスが提唱した「賢慮」に由来する概念です。野中はそれを「共通善を求めて意思決定し、それを実践するための経験的理性」と定義しています。
言い換えると、フロネシスとは、個別具体の変化する文脈、「いま・ここ」の文脈において、「何が最善の『よい』なのか、何が『ちょうど』な解なのかを判断し、それを実現するための能力です。
それは決して机上の理論ではありません。主観的な要素(社会的、政治的、歴史的、美的なもの)に裏付けられたものです。
以下の3つがフロネシスを得るための条件になります。
- 経験的蓄積
フロネシスはどこにでも適用可能な理論などではなく、日々の文脈における実践で培われる高次元の暗黙知であるため、実践的経験が不可欠です。 - 共通善や美徳
共通善や美徳は個別の文脈において、何が良い目的なのか、バランスが取れているのかを判断する力であるため、日々の質の高い習慣の中で培われます。 - 弁証法的な実践的推論
弁証法的な実践的推論とは理論的推論(いわゆるロジカルシンキング)と対比される思考法です。現場の状況に応じた行為や実践から導き出されるものです。
このように説明されるフロネシスが組織に埋め込まれている企業が、質的競争の時代における卓越性を獲得できると野中は指摘します。
現代は、製品やサービスを通じて共通善を実践することが求められる時代です。そのため、イノベーションにおいて、かつてのような機能優位性だけでは評価されません。主観的・審美的な価値が、強力な意志や志によって製品・ビジネスモデルに組み込まれ、それが具体化されたものが求められるようになっているのです。
6-2:フロネティック・リーダーシップとは
野中はフロネシスがリーダーに求められる素質であるとしています。
野中は、リーダーは単に機械的に意思決定をする存在ではないと主張しています。リーダーは、現場の状況を理解しながら、いかにしてあるべき行為を実践できるかを知り、実際に行動を示したり影響を与えたりすることが求められるのです。
そしてそのようなリーダーシップは組織の中に埋め込まれ、状況に応じて様々な人間が発揮する自律分散型リーダーシップである必要もあります。
少数のリーダーに限定されず、組織的にフロネシスを構築した組織こそが、いかなる環境の変化にも能動的に対応できるしぶとい組織体を持つのです。
7章:知識創造理論のおすすめ本
野中の知識創造理論について、理解を深めることができたでしょうか。
今回お伝えした内容は、まだその一部分にすぎません。野中は1996年に「知識創造企業」を出版してからも、その理論を進化させています。その後の理論を学ぶことも、今の時代に求められる価値を構造的に理解するのに必ず役に立つはずです。
ぜひ以下にご紹介する書籍でさらに理解を深めてみてください。
オススメ度★★★野中郁次郎、竹内弘高『知識創造企業』(東洋経済新報社)
1996年に出版され、暗黙知に焦点を当てた新たな経営理論として世界的に有名になった本です。20年以上前に発刊された本なので、フロネシスなどの概念は出てきませんが、野中の知識創造理論の原点です。
オススメ度★★野中郁次郎、紺野登『知識創造経営のプリンシプル』(廣済堂)
今回取り上げた概念を網羅的に扱った本です。
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オススメ度★★野中郁次郎、山口一郎『直観の経営 「共感の哲学」で読み解く動態経営論』(株式会社KADOKAWA)
野中理論の最新の動向がわかる本です。現象学的アプローチでさらに知識創造理論を深めています。上級者向け。
オススメ度★★渡部直樹『企業の知識理論』(中央経済社)
野中理論も含め、これまで企業における知識のあり方をめぐって、どのような理論の変遷があったのかよくわかります。
■その他参考文献
野中郁次郎2007「フロネシスの知―美徳と実践の知識創造論」「ハーバードビジネスレビュー」32(4) 50-67
野中郁次郎、紺野登、廣瀬文乃(2014)「エビデンスベースの知識創造理論モデルの展開に向けて」「一橋ビジネスレビュー」62(1) 86-99
最後に、書物を電子版で読むこともオススメします。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- 知識創造理論とは、経営学者の野中郁次郎が提唱した組織によって知識が創造されるプロセスを説明した理論
- 知識創造理論では、暗黙知と形式知が相互に作用し合って変換していくダイナミックなプロセスとして知識を説明する
- 知識創造理論では、知識の創造プロセスをSECIモデルで説明する
- 知識創造理論では、ミドルマネージャーの役割を重視する
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