国際経済学

【東アジア共同体とは】現状と可能性を戦後の構想からわかりやすく解説

東アジア共同体とは
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東アジア共同体(East Asian Community)とは、東アジア地域においてFTA(自由貿易協定)等により地域共同体を成立させようと考えられている構想のことです。鳩山政権の提唱が有名ですが、その他に日本政府内で複数構想されたことがあり、またRCEPという形で実現に進んでいるものもあります。

「東アジア共同体」について明確な定義はありませんが、この記事では東アジアを中心とした地域秩序を構想するものを、広く「東アジア共同体」と定義したいと思います。

この定義から考えると、東アジアでは戦前からさまざまな「東アジア共同体」的なものが構想されましたが、成功したものはありません。しかし、EUを代表とする世界でのさまざまな地域統合の潮流から、アジアはさまざまな構想が同時に進む場になっています。

そこでこの記事では、

  • 東アジア共同体の意義や可能性、現状
  • 東アジア共同体のメリット・問題点
  • これまでに構想されてきたさまざまな構想

などについて詳しく解説します。

関心のあるところから読んでみてください。

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1章:東アジア共同体とは

この記事では、東アジア共同体について狭義には、2000年代以降の小泉政権や鳩山政権における構想について、広義には、これまでに東アジアにおいて何らかの秩序を打ち立てようとしたさまざまな構想をすべて含むものとして説明していきます。

まずは狭義の東アジア共同体として、2000年代以降に提唱された東アジア共同体を説明します。

1-1:東アジア共同体の経緯・現状

詳しい経緯は2章で説明しますが、ポイントを絞って説明すると、以下のようになります。

  • 東アジア共同体は、官民合同の「アジア経済再生ミッション」、経済産業省内の「東アジアビジネス圏」構想、外務省内での東アジア共同体構想などがベースにあった
  • 東アジア共同体論が、公的に登場したのは2001年以降の小泉政権に入ってからで、ASEANとの関係強化から開始
  • 日本経済の成長と中国脅威論から、日本、韓国、中国とASEANにインドやオーストラリア、ニュージーランドも加えた「拡大東アジア」での経済連携が目指されるようになる

つまり、東アジア共同体はASEANとの連携として構想され、やがて「拡大東アジア」という16カ国を巻き込む構想へと進展していったのです。

そして、東アジア共同体が構想されたきっかけは「日本経済の成長」「中国脅威論への対処」という経済、政治の両面があります。

1-2:東アジア共同体の意義・可能性

「なぜ東アジア共同体などと言うものが構想されたの?」

と疑問かもしれません。

東アジア共同体を設立する意義は、東アジアにおける成長可能性を活用することにあります。「東アジア」という地域について定まった定義はありませんが、一般的には日本、中国、韓国を中心とした地域に東南アジアを加えた地域が「東アジア」と言われることが多いです。

この東アジアという地域は非常に巨大な経済的規模を持つ地域であるため、その域内における貿易や投資、人の移動、経済活動において障壁となるルール・規制などを撤廃することで、より大きな経済成長を生むことができると考えられています。

また、議論を先取りすることになりますが、現在は「拡大東アジア」という枠組みでも構想が進んでおり、これはインド、オーストラリア、ニュージーランドを上記に加えた16カ国のことです。

1-2-1:東アジアの世界における規模

それぞれのデータを見てみましょう。

■2018年の人口、名目GDP、1人GDP

国・地域人口名目GDP1人当たりGDP
日本1億2670万人4兆8600億ドル3万9306ドル
中国13億9538万人13兆3680億ドル9580ドル
韓国5164万人1兆7200億ドル3万1370ドル
ASEAN6億5390万人 2兆9690億ドル4540ドル
東アジア合計22億2762万人22兆9170億ドル1万288ドル
インド13億3422万人2兆7180億ドル2037ドル
オーストラリア2517万人1兆4200億ドル5万6420ドル
ニュージーランド493万人2030億ドル4万1204ドル
拡大東アジア合計35億9194万人27兆2580億ドル7589ドル

※1人当たりGDPは名目GDPを人口を除して計算
※統計データは、アジア大洋州局地域政策参事官室資料など

■2018年の世界の地域統合と東アジア共同体の比較

人口名目GDP1人当たりGDP
世界74億6887万人75兆3036億ドル1万769ドル
東アジア22億2762万人22兆9170億ドル1万288ドル
拡大東アジア35億9194万人27兆2580億ドル7589ドル
EU(欧州連合)5億1321万人18兆7486億ドル3万6532ドル
NAFTA(北米自由貿易協定)4億9042万人23兆4272億ドル4万7770ドル
メルコスール(南米共同市場)3億459万人2兆6242億ドル8615ドル

※同上

これを見て分かるように、「東アジア」地域は、

  • アメリカ・カナダ・メキシコによるNAFTA(北米自由貿易協定)に匹敵する名目GDP
  • 人口では、EU、NAFTAの4倍以上

という巨大な規模を持ちます。また、「拡大東アジア」に範囲を広げれば、

  • 名目GDPは世界最大
  • 人口はEUやNAFTAの約7倍

という世界最大の規模を持ちます。

東アジア、拡大東アジアとその他の地域統合の世界における割合(構成比)を比較すると、以下のようになります。

■各地域統合の世界における構成比

人口名目GDP
東アジア29.8%30.4%
拡大東アジア48%36.1%
EU(欧州連合)6.87%24.9%
NAFTA(北米自由貿易協定)6.57%31.1%
メルコスール(南米共同市場)0.46%3.48%

※前述のデータを元に計算

東アジアは人口、名目GDPともに世界の約30%を占め、「拡大東アジア」では人口は世界の半分、名目GDPで世界の3分の1以上を占めることになります。

また、一般的に地理的に国家は経済的な交流も大きく、日本とその他の東アジア地域の経済的交流も大きいです。そのため、この地域におけるさまざまな障壁を取っ払うことで、日本にとっても世界にとっても経済成長が望めるだろうと考えられているのです。



1-2-2:東アジアの課題解決への協調

東アジア共同体として地域統合を進める意義は、経済成長だけではありません。

東アジアでは、下記のような国際政治上のさまざまな問題が発生しています。

  • 安全保障・領土問題
  • 国家間および国家内での貧困
  • 通貨・金融危機などグローバル化のネガティブな側面への対処
  • 少子高齢化による労働力不足(主に日本)
  • テロ
  • 食糧、資源問題

こうした国際的な問題は、特定の国家が対処するよりも複数の国家が協調して対処するべき問題です。また、今後さらに他の問題が出てくる可能性もあります。

そのため、地域における統合を進めて東アジアの各国が協調的な政策を身につけることが、経済以外の側面の課題解決に役立つと考えられます。

1-3:東アジア共同体が構想された背景

日本は、実は戦後長い間アジアにおいて何らかの秩序を作ろうとしてきた歴史があります。これは、広い意味での「アジア主義」という思想と言えます。

こうした構想が公的に実現しなかったのは、アジアには戦争の記憶が根強く残っており、日本の行動が危険視されたこと、日本が日米関係を重視してアジアで積極的において独自の動きがしにくかったことなどがあります。

しかし、下記のようにアジア地域においてさまざまな変化があったことから、日本は東アジア共同体を提唱することになりました。

  • 東南アジアの経済的成長
    東南アジアの成長から、東南アジアとの経済的な結びつきを強めることが、日本政府でも真剣に考えられるようになった
  • 中国の経済的・政治的台頭
    特に90年代ごろから中国経済が高成長したことから、中国の国家行動を何らかの形で規制することが求められた
  • 日本経済の低迷
    バブル崩壊以降の経済低迷から再び経済成長のエンジンになるきっかけが求められた
  • アジア通貨危機後の協調的なアジアの空気
    1997年のアジア通貨危機への対処からアジアにおいて各国が協調的に行動する空気が生まれtあ

こうした変化が同時に起こったことから、東アジア共同体が構想されるのが2000年ごろからです。

アジア主義について詳しくは以下の記事をご覧ください。

【アジア主義とは】戦前〜現代までの思想と構想をわかりやすく解説

東アジア共同体のような、国家が地域に何らかの秩序を構想することを「地域主義」と言います。地域主義について詳しくは以下の記事で解説しています。

【地域主義・地域統合とは】国際経済の新たな流れが生まれた理由・背景を解説

1-4:東アジア共同体の問題

東アジア共同体は、後に解説するようにRCEPという形で現在も交渉が進められています。

しかし実現にあたっては、以下のような問題があります。

  • 中国や韓国との間にある外交問題・歴史問題
  • 国内産業(特に農業)への打撃
  • アメリカへの配慮
  • 人の移動に対する国内の排外主義

こうした問題にどのように折り合いをつけていくのかが、これからの課題です。

それではこれからさっそく東アジア共同体構想の成立過程を見ていきたいところですが、その前にその前提となった「アジア通貨危機」について説明します。

1章のまとめ
  • 東アジア共同体は、巨大な市場である東アジアにおいて貿易・投資などの取引を円滑化し、経済的利益を享受することを目的とした構想
  • 東アジア共同体は実現に進みつつあるが、問題も残している
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2章:東アジア共同体の前提:アジア通貨危機

3章で東アジア共同体が具体的に成立するプロセスを解説しますが、それ以前から東アジアが各国で協調する空気ができていました。

そのような空気が醸成されたのが「アジア通貨危機」だったと言えます。

2-1:アジア通貨危機とは

アジア通貨危機とは、1997年のタイ・バーツが暴落したことから発生したアジアにおける連鎖的な通貨危機(暴落)のことです。

アジア通貨危機の経緯は割愛しますが、アジア通貨危機は、

  • 欧米のヘッジファンド(巨額の投資を行う機関投資家の一種)が狙ってアジアの通貨を暴落させた
  • 通貨危機によって経済的に大きな打撃を受けたアジア各国に対し、欧米主導で作られたIMF(国際通貨基金)は、お金を融資する代わりにIMFが決めた国内構造改革の政策を実行すること(コンディショナリティ)を押し付けた

というものでした。

被害者であるアジアからすれば「欧米から攻撃され、さらに欧米が救済の代わりに厳しい政策の実行を押し付けてきた」とも取れるものでした。

そのため、アジアでは「欧米に頼るのではなくアジアで協調していこう」という空気が醸成されていくことになったのです。



2-2:アジア通貨危機後のアジア地域協力

実際、通貨危機後は迅速に協力する動きが生まれました。

2-2-1:ASEAN+3首脳会議

アジア通貨危機後の地域協力の端緒となったのが、1997年にASEAN創設三十周年を記念して行われたASEAN+3首脳会議です。

ASEANは通貨危機からの脱出に支援が必要であり、上述のように東アジア域内で地域連帯の空気が生まれていたことから、97年12月14日から16日まで行われたASEAN首脳会議に、日中韓の3カ国を招待し、ASEAN+3の13カ国ではじめての首脳会議が行われました。

これが、その後の東アジア地域協力の発端となる枠組みとなったのです。

さらに、日本政府は独自に「IMF」的なものをアジアに作ろうとする構想もしました。

2-2-2:AMF構想

日本は巨額の外貨を保有していたため、それをアジアの救済に使えば有効ではないか、という考えからAMF(アジア通貨基金)を構想しました。

AMF構想は以下のような構想でした。

  • 当時大蔵省国際金融局長であった黒田東彦は、私案として以前から検討
  • 東アジア域内での「連帯感」の流れを利用し、97年9月23日、24日の香港でのIMF・世銀総会で一気にAMFを設立しようという計画
  • 日本の外貨準備をアジア救済のための基金として活用する

AMF構想は日本が独自にアジアに秩序を生み出すという意味で、戦後の日本にとって挑戦的な試みでした。なぜなら、日本は戦時の「大東亜共栄圏」の失敗がある上、日米関係を重視した外交を一貫して行ってきたからです。

そのため、アメリカは日本政府のAMF設立への動きに強く反発し、結局構想は失敗に終わりました。

この経緯を、経済学者伊藤隆敏は「経済外交敗戦」と表現しています(『外交フォーラム』1999年2月号「経済外交の視点 アジア経済危機とわが国の役割」)。

日本の構想は失敗したとは言え、アジアにおいて「欧米頼りではだめだ」「アジアにおいて主体的に協力する枠組みを作るべきだ」という空気が生まれたという意味で、アジア通貨危機は大きな転換点だったと言えます。

こうした空気があったことから、日本政府も東アジア共同体を構想することにつながったのです。

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3章:東アジア共同体論の成立経緯

アジア通貨危機がきっかけとなり、その後東アジア共同体は以下の経緯で構想が進みました。

  • 日本のFTA政策への転換
  • アジアにおける広域経済圏の構想(外務省、経済産業省など)
  • 日本と中国の構想の対立
  • RCEPへの収斂

これから詳しい経緯を説明します。

3-1:FTA(自由貿易協定)政策への転換

日本政府は、東アジアにおいて「大東亜共栄圏」を構想し戦争に突入してしまった経験から、戦後の通商政策(貿易政策)は、グローバルな路線で行ってきた伝統があります。

グローバルというのは、GATT・WTO体制を重視した政策のことです。

GATTと日本の政策について詳しくは以下の記事で解説しています。

【GATTとは】WTOとの違いや日本との関係をわかりやすく解説

しかし、「グローバル重視」の路線が、1998年以降にメキシコ、韓国、シンガポールから相次いでFTA(自由貿易協定)の締結を打診され、具体的に検討されるようになったことで転換します。

FTA(自由貿易協定)とは、特定の国との貿易・投資などの取引におけるさまざまな障壁を撤廃し、自由な取引を進めるための協定のことです。

特定の国を優遇することになるため、グローバルにルール作りを進めるGATT・WTO中心の政策とは矛盾します。

しかし、90年代以降にFTAを中心とした政策が世界でさかんになっており、それをメキシコらから提案されたことで、日本の中でも「FTAを活用しよう」という流れができたのです。

FTAも活用する政策への転換によって、FTAをベースとした東アジア共同体の構想が具体化していくことになりました。

FTAについて詳しくは以下の記事で解説しています。

【自由貿易協定(FTA)とは】EPAとの違いからわかりやすく解説

3-2:アジア経済再生ミッションでの構想

東アジア共同体論につながる東アジアにおける地域統合構想は、日本政府内で90年代末ごろから検討されるようになりました。

その中でも早い段階で考えられていたのが、「アジア経済再生ミッション」による構想です。

アジア経済再生ミッションとは、奥田碩日経団連会長(当時)をヘッドとする官民合同の研究会です。

奥田らは小渕首相の意向を受けて、1999年8月27日から9月7日にかけて、韓国、ベトナム、タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピンを訪れ、帰国後にその報告書である「奥田レポート」を提出しました。その作成には外務省の担当課長であった小原雅博も関わっていました

※上記の経緯は以下の本に詳しく書かれています。

このレポートでは日本とアジアの関係について下記のように提言されています。

  1. ヒト:アジアにおける人材育成や人材交流の支援とそのための環境整備
  2. モノ:モノ作りの重視とそのための自由貿易協定構想、日本市場の開放
  3. カネ:アジア通貨安定のための取組、円の国際化など
  4. 情報:情報ネットワークの強化、ネット産業の集積支援など
  5. その他:入管、税関などの手続き円滑化、行政サービス向上など

(参考:外務省「『アジア経済再生ミッション』報告書(二一世紀のアジアと共生する日本を目指して)」最終閲覧日2019年12月15日)

このときからすでに、広い範囲の経済領域における障壁を撤廃することが目指されていたのです。



3-3:外務省内での検討

「奥田レポート」には外務官僚が関わっていましたが、さらに外務省内では東アジア共同体を積極的に構想する動きがありました。

東アジア共同体を推進した外務省の人物として、田中均という人物がいます。彼の著書である『外交の力』には、当時の政府内における東アジア共同体の推進について、詳しく書かれています。

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田中の著書によると、日本政府内では東アジア共同体を進める理由として以下の要素があったようです。

  • 構造改革のため
    日本国内の構造改革を進めるために、これまではアメリカの日米貿易摩擦による圧力を活用できたが、90年代後半には貿易摩擦が問題にならなくなった。外圧を使って構造改革を進めるために、東アジア共同体構想を使った。
  • 東アジア共同体のメンバーについて
    東アジア共同体は、民主主義・自由貿易という価値観を持つ、オーストラリアやニュージーランドもメンバーにするべき

これは、東アジア共同体構想のきっかけとなった小泉演説(後述)にもあらわれている認識です。

田中を中心とした当時の外務省の認識は、小泉政権の東アジア共同体推進の姿勢にも明らかに出ています。

3-4:小泉政権の構想

「東アジア共同体」という、東アジアにおける地域統合を最初に提唱した首相は小泉純一郎です(任期:2001年ー2006年)です。一般的には鳩山政権(2009年ー2010年)に提唱されたもの知られていますが、鳩山首相が最初の提唱者ではないため注意が必要です。

小泉政権下での東アジア共同体構想から説明していきます。

前述の通り、官僚たちの間では政府内でさまざまな構想がなされていたのですが、それが明確に首相によって提唱されたのが小泉政権からです。

最初に提唱したのは、小泉首相(当時)がシンガポールで行った「東アジアの中の日本とASEAN−率直なパートナーシップを求めて−」という政策演説(2002年)です。

小泉演説では、以下の5つの構想が打ち出されています。

  1. 人材教育のためのASEAN諸国への政府調査団の派遣とIT技術者の育成
  2. 2003年を日・ASEAN交流年とする
  3. 日・ASEAN包括的経済連携構想の提案
  4. 東アジア開発イニシアティブ(IDEA)会合開催の提案
  5. 安全保障面での日・ASEAN協力の抜本的強化

広い領域におけるアジアでの協調姿勢が打ち出されていることが分かります。これをきっかけにその後東アジア共同体の実現が政府内で実現に向かっていきました。

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3-5:東アジアビジネス圏

前述の通り、日本政府内では90年代末ごろから「FTAもあり」という政策に転換し、さらに同時に、東アジアの広域経済圏をFTAによってより強固なつながりにしようという構想が生まれました。

また、小泉演説を受けて2002年ごろから経済産業省内で構想されたのが「東アジアビジネス圏」という構想です。

東アジアビジネス圏とは、前述のシンガポールにおける小泉首相(当時)の演説から、構想を実現させるために2002年4月22日に首相官邸に設置された、「日・ASEAN包括的経済連携構想を考える懇談会」で構想されたものです。

(参考:首相官邸「日・ASEAN包的経済連携構想を考える懇談会(第3回)議事次第

この懇親会内では当初日本とASEANによる地域統合が考えられていたのに対して、第3回から中国、台湾、香港、韓国も意識した構想に発展しました。

こうした背景から2003年版の『通商白書』にも東アジアビジネス圏の構想がまとまった形で発表されます。この『通商白書』によると東アジアビジネス圏の目的は以下のものとされています。

  1. 東アジアでの市場の確保と域内取引コストの削減
  2. ①による日本企業の評価向上と競争力向上
  3. 株価上昇による、デフレ・不良債権・低成長という三重苦を抱える日本経済を再生
  4. 外部経済との垣根低下による日本の構造改革の推進と、それによる日本の投資先としての魅力向上

こうして、徐々にASEANだけでなく東アジア全体での統合を進めようと構想されていきました。

3-6:東アジアサミットの開催

政府内で複数の構想が進む一方、日本とアジアの各国との間の関係はより強化されていきました。

具体的には以下の通りです。

  • 2002年のシンガポールとのFTA締結を皮切りに、FTA締結が進められる
  • 2000年ごろからの積極的なインド外交
  • 2005年には「東アジアサミット」が開始され、日中韓+ASEANだけでなくインド、オーストラリア、ニュージーランドもメンバーとなった(2011年からはアメリカ、ロシアも加わった)

こうしたアジアでの日本の外交は、「日本経済の再生・成長」と「中国脅威論」から生まれたものです。

簡単に言えば、日本は主に経済的理由からアジアに地域秩序(東アジア共同体)を作りたいものの、台頭する中国に一国で対処することは難しい。そのため、インドやオーストラリアなどの民主主義・自由主義という価値観を共有する仲間を引き込んだ、ということです。

こうして1章でもデータを示した「拡大東アジア」という領域で地域秩序を構想する方向へ舵を切ったのです。



3-7:CEPEA構想とEAFTA構想

日本はこのように日中韓+ASEAN+インド、オーストラリア、ニュージーランドという「ASEAN+6」の枠組みで構想したのですが、それに対して中国は自国のイニシアティブを守りたいため「ASEAN+3」、つまりインドら3国を含めない構想を進めようとしました。

日本と中国の構想は、その後「日本の構想:CEPEA」「中国の構想:EAFTA)」と発展し、対立しました。

しかし、結論を言えば、その後2つの構想はRCEPという新しい枠組みに発展し、メンバーはASEAN+6で進められるようになっています。

RCEPについて詳しくは以下の記事で解説しています。

【RCEPとは】構想の具体的内容と現在までの経緯をわかりやすく解説

また、RCEPはさらにFTAAPというアメリカも巻き込む巨大な経済圏の構想の過程であるとも位置付けられており、TPPも含めてアジアでは複数の構想が折り重なっているのが現状です。

FAAPはAPECという枠組みでの地域統合の構想です。詳しくは以下の記事をご覧ください。

【APECとは】理念・役割から日本が主導した歴史までわかりやすく解説

■民主党政権における「東アジア共同体」

民主党も鳩山政権時に「東アジア共同体」を提唱しましたが、ここまで説明したように東アジア共同体は以前から構想されていたもので、民主党政権時の構想はそれと大きく異なるものではありませんでした。また、具体的政策として進められることもなかったため、この記事ではあまり触れていません。

以上をまとめると、東アジア共同体は小泉政権ごろから構想されるようになり、インド、オーストラリア、ニュージーランドなどの東アジアではない国を巻き込んで進められ、FTA政策の一部として進められている現状があります。

そして、現在はRCEPという構想に発展し、2020年の署名が目指されているところです。

3章のまとめ
  • 東アジア共同体はFTA政策の転換以降、積極的に構想された
  • 当初はASEANと日本の関係からはじまった構想が、徐々に拡大し「拡大東アジア」の構想が目指された

4章:東アジア共同体に関するおすすめ本

東アジア共同体について理解を深めることができたでしょうか。

おもしろいことに、日本は戦前から一貫してアジアに何らかの地域秩序を作ろうとしてきた歴史があります。これから紹介する本ではさまざまな構想が紹介されていますので、ぜひ読んでみてください。

オススメ書籍

オススメ度★★★井上寿一『増補:アジア主義を問い直す』(ちくま学芸文庫)

この本は戦前からの日本のアジア主義を概観した本で、日本がアジアにどのような思いを抱き、構想を作ってきたのかが分かります。文庫なので読みやすいです。

オススメ度★★保城広至アジア地域主義外交の行方―1952-1966』(木鐸社)

実は、日本は戦後直後である1950年代からすでにアジアに地域主義的外交を行っていた、ということがこの本から分かります。

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オススメ度★★宮城大蔵『増補 海洋国家日本の戦後史:-アジア変貌の軌跡を読み解く』 (ちくま学芸文庫)

この本では、戦後の日本がアジアとどのように関わってきたのか、分かりやすく解説されています。専門知識を持っていなくても読みやすいので、ぜひ読んでみてください。

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まとめ

この記事の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • 東アジア共同体は、小泉政権ごろから具体的に構想された
  • 東アジア共同体は、アジア通貨危機や中国の台頭、日本の経済的停滞などを背景に起こった
  • 東アジア共同体は、現在ではRCEP構想につながっている

この記事では、他にも国際政治・経済上のテーマをたくさん解説していますので、ぜひブックマークしてください。

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