東洋哲学・東洋思想

【孔子とは】弟子・思想・儒教との関係・名言などをわかりやすく解説

孔子とは

孔子(Confucius)とは、中国の春秋時代の魯の国の陬邑(現在の山東省曲阜)の思想家で、その思想は後に儒教として中国および世界に大きな影響を与えました。

孔子自身が「儒教」を提唱したわけではありません。孔子の弟子たちが孔子の教えから教団化し、「儒家」として教えを広めていきそれが「儒教」となったのです。

孔子について知ることは、日本や中国を含むアジアの思想を知る上でも大変重要です。

そこで、この記事では、

  • 孔子の概要と生涯
  • 孔子の思想
  • 孔子の名言

をそれぞれ解説していきます。

興味のある方はお好きな所から読み進めてください。

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1章:孔子とは

冒頭でも触れましたが、孔子について再度確認をしておきます。

孔子とは、

  • 中国の春秋時代の人物であり、儒教の始祖となる思想家
  • 名を「丘(きゅう)と呼ぶため、孔丘とも呼ぶこともある
  • しかし、中国では思想家に敬意を表して「子(し)」をつけるため、「孔子」と呼ぶ(字は仲尼)こともある

といった人物です。

そして、先に孔子の思想をまとめると、以下のようになります。

孔子の思想をまとめ
  • 中国各地で戦乱が激化する中で、周王朝への復古を主張し、身分制秩序の回復と、仁道政治を掲げ、武力による統治を批判した
  • 孔子の思想は、主に仁道の政治であり、武力や力による支配を批判して、家族的な秩序や規範を重んじた
  • 孔子の弟子たちは、その思想を貴び教団を形成、戦国時代には儒家となり諸子百家の中で最大の学閥となった
  • 孔子の思想は、後世に弟子たちによって編纂してまとめられ、孔子の死後約四百年かけて『論語』として大成しました

孔子はこのように中国に多大な影響力をもち、またその思想は弟子たちによって広められたのです。孔子の弟子は約3000人を数え、その中でも特に優れた弟子たちは「孔門十哲」と呼ばれています。

孔子の説いた儒教は歴代王朝によって貴ばれ、立身出世をする際には必要不可欠な学問となり、19世紀までの長きにわたり国学であり続けました。

1-1:孔子の伝記的情報

孔子は武力や力による支配を批判したことに特徴がありますが、それは孔子が生きた時代背景が大きく影響していました。

具体的にいえば、孔子が生きた時代は、

  • 中国の春秋時代と呼ばれる時代であった
  • 当時は中国を周という王朝が支配しており、地方には周の王族が諸侯として領地を持ち各々支配していた
  • しかし、時が経つにつれ、中央の周王朝と地方の諸侯の血縁は薄れてゆき、周王朝の統治基盤である封建制度が崩壊を迎える
  • 地方に割拠している諸侯たちは周王朝の権威を利用しつつ、自己の勢力拡大を目論むようになる

といった特徴があります。孔子の思想は、このような時代の転換期に生まれたものでした。

孔子は魯国(現在の中国山東省南部)に生まれ、早くして父母を失っています。生活に苦労しながらも成人後は倉庫や牧場を管理する役人に就きました。

紀元前518年頃に初めて弟子をとり、その後魯の君主が季孫氏の討伐に失敗し、斉国に亡命すると孔子もこれに従いました。その後は弟子の育成に努めつつ、弟子達と共に、諸国を放浪して思想を説いてまわりました。

孔子の説いた倫理道徳による政治理念は、諸国から尊重されながらも遂に容れられることなく、孔子自身は73歳で亡くなっています。



1-2:孔子の弟子や弟子の活動

孔子の弟子は約3,000人とも言われており、弟子たちは「儒家」として諸子百家の最大学閥を形成しました。上述したように、その中でも特に優れている弟子たちは、唐の時代に「孔門十哲」と呼ばれるようになりました。

十哲にはそれぞれ優れた分野をもっており、才能ごとに四科に分けられています。ここでは、十哲を四科に分類して、それぞれの弟子の活動について解説をしていきます。

1-2-1: 徳行(道徳的な行い)

まず、徳行に優れた弟子を紹介します。

  • 顔淵(または顔回)・・・弟子の中で随一の秀才であり、孔子に大いに期待された弟子。名誉を求めず、孔子の教えを実践していった。非常に質素倹約であり、孔子に将来を嘱望されたが、先に死去して孔子を悲しませた
  • 閔子騫・・・徳行に優れた弟子で、継母と二人の弟(腹違い)に過酷な扱いをされるが、父に知られないように耐え抜き、継母たちを庇いだてした。孔子からは孝行者であると認められている
  • 冉伯牛・・・『論語』での記述が少なく、詳細は不明な人物です。重病にかかり孔子がお見舞いに行ったという記録で登場するのみですが、「孔門十哲」となっています。
  • 仲弓・・・人格者であり、孔子からも「南面すべし」と褒め称えられた。元来、中国では君主が北に座り、南にいる臣下と向き合うのが慣例であり、南面とは君主の地位に就くことを意味する。孔子は仲弓の人格の高さを君主に匹敵するほどのものだと褒め称えた

1-2-2: 言語(外交の弁舌の才能)

次に、言語に優れた弟子です。

  • 宰我(さいが)・・・宰我は孔子の弟子の中で最も実利主義的な人物であり、他の弟子と比較すると道徳を軽視した。『論語』の中では、喪に服する3年は長すぎるので、1年でいいのでは、と孔子に提案し、咎められている
  • 子貢(しこう)・・・弁舌に優れ衛や魯の国で外交を展開した。魯国や斉国の宰相にもなっている。商才も抜群であり、孔子の弟子の中で一番裕福だったともいわれている。孔子の死後に弟子たちのリーダー的役割を担った

1-2-3: 政事(政治に関する才能)

そして、政事に関する弟子です。

  • 冉有(ぜんゆう)・・・冉有は行政に優れた手腕を発揮して、魯国の季孫氏に重く用いられている。孔子も彼の政治の才能を認め、評価した。性格は消極的であり、孔子から「聞いたすぐに実行しなさい」と諭されている
  • 季路(きろ)(または子路(しろ))・・・孔子の弟子の中でも武勇に長け、性格は軽率な所があった。その反面で実直な人物であったため、孔子から可愛がられいる。『論語』には、その軽率さを孔子から咎められる様子や、率直な人柄が愛される場面などが出てくる。孔子の弟子の中で『論語』に出てくる回数が一番多い人物

1-2-4: 文学(学問の才能)

最後に、文学に優れた弟子です。

  • 子游(しゆう)・・・呉国の人で、孔子の弟子70人の中では唯一南方の出身者。江南に儒学を広めた人物でもあり、その活動地域から「南方夫子」と渾名された。魯の武城(山東省臨沂市平邑県)の長官となり、礼楽によって民を教化した
  • 子夏(しか)・・・衛の国の人で、晋の温(現在の河南省焦作市温県)出身と言われている。「文学には子游、子夏」という評があるように子夏は文学に精通しており、六経や古典に長けていた。魏の国の文侯に招聘され、法家や兵家である李克・呉起・西門豹などの師となり教えを説いた

大まかですが、孔子とその弟子の活躍を理解できたのではないでしょうか?

いったん、これまでの内容をまとめます。

1章のまとめ
  • 孔子(Confucius)とは、中国の春秋時代の魯の国の陬邑(現在の山東省曲阜)の思想家である
  • 孔子は武力や力による支配を批判したことに特徴があるが、それは孔子が生きた時代背景が大きく影響している
  • 特に優れている十哲はそれぞれ優れた分野をもっており、才能ごとに四科に分けられている

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2章:孔子の思想の特徴

孔子の教えから中国全土に大きな広がりを見せた儒教は、当時の学閥の中で最も盛んなものになりました。孔子の教えは仁と礼を中心に置くものでした。2章では、孔子の説く思想の特徴と内容について解説をしていきます。

そもそも、儒教とはなんだ?と思う方は、まず以下の記事を読んでみてください。

→【儒教とは】その教え・朱子学との関係・日本での影響を解説

2-1:仁愛

孔子の思想の根幹を成す要素として、「仁愛」が挙げられます。仁愛とは、

主に「他人に対する親愛の情」を意味しており、儒教における最重要な要素のひとつ

です。

孔子によって仁愛の重要性が説かれるようになった要因として、彼が生きた時代背景が関係しています。上述したように、当時の中国は春秋時代に突入しており、軍事力を背景にした争いや支配が行われていました。孔子は力による統治や争いが世を支配していたからこそ、仁愛による秩序の回復を唱えました。

仁愛による統治は一見すると絵空事のようにも見えますが、孔子はその根拠を家族に置きました。その特徴は、以下のとおりです。

  • 家庭内の秩序は規則などの外圧や、特定の人物の力によって保たれているのではない
  • 互いに仁愛の心をもって接していると自然と家庭は成り立つ
  • この家庭内の秩序を国家規模まで広げることができれば、法律などの外圧や軍隊などの力による支配から脱却ができる

このようにして、孔子は仁愛によって社会秩序の回復が可能であると考えました。この儒教の教えは古代から近代に至る中国人の倫理規範として根付いていくことになります。



2-2:礼

「礼」とは、

  • 社会的な規範を指す
  • 前述した仁愛が人の内側から行動を規定するものであるとすれば、礼は人の外側から規定する

ものです。

具体的には多様な行事のなかで行わなければならない動作や言動、服装、道具などでした。儒教によって観念的な意味が付与されるようになり、社会秩序を維持するための規範全般を指すようになりました。

当時の社会秩序とは、封建社会の秩序であり、身分を明確にして保守することでした。孔子の説いた礼はこの身分秩序を明確にすることであり、「尊卑の差、上下の制」を規定する機能を果たしたのです。

2-3:孝悌

そして、孝悌の、

  • 「孝」は親に従うこと
  • 「悌」は兄や年長者に対して忠実であること

を意味します。

孔子の『論語』には「孝悌なるものは、それ仁の本なるか」と記されており、儒教の中で最重要な要素である「仁」の根幹を成すものとされています。

孔子は親に敬意を払い、礼に従って供養や祭祀をするように説きました。また、犯罪を犯した場合「父は子の為に隠し、子は父の為に隠す」としました。

このように、親が子を愛し子が親に尽くすことは、『孝経』において、道徳ひいては宇宙の原理とされ、無条件服従と父子相隠は明文化されました。

後の孟子においても、秩序を形成するにあたり、年長者に対する尊敬の念である「孝悌の心」が重要であると説かれました。

2章のまとめ
  • 仁愛とは、主に「他人に対する親愛の情」を意味しており、儒教における最重要な要素のひとつである
  • 「礼」とは、社会的な規範を指す
  • 孝悌の「孝」は親に従うこと「悌」は兄や年長者に対して忠実であることを指す

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3章:孔子の名言

孔子の言行録は弟子たちによって『論語』として編纂されることになりました。その教えは弟子たちとの問答によって明らかにされており、体系的に解説されているものではありません。

3章では、『論語』に見られる孔子の教えや言葉について紹介をしていきます。

3-1:巧言令色

四字熟語の「巧言令色」は言葉を飾り、顔色を上手く作ることを意味します。この四字熟語の出典は『論語』学而篇に見られます。

  • (原文)子曰、巧言令色、鮮矣仁。
  • (訓読)子曰く、巧言令色、鮮(すく)なし仁。
  • (意訳)先生はおっしゃった「口先が上手く顔の良い人に仁は少ないものだ。」と。

これは、孔子が「仁(仁愛)」について述べた記述です。「仁」を持つ人物は決して表面では判断できないという事を意味しています。同じ『論語』の子路篇には、「仁」について次の記述があります。

  • (原文)子曰、剛毅朴訥近仁。
  • (訓読)子曰く、剛毅木訥(ごうきぼくとつ)、仁に近し
  • (意訳)先生はおっしゃった「正直で勇気があり寡黙なのは、仁徳に近いものだ。」と。『論語』のこの二つの記述から、孔子が考える「仁」の在り方が浮かび上がってきます。

3-2:温故知新

温故知新は一般でも良く使われる四字熟語です。温故の「故」は「歴史」を意味し、「温」は「肉をとろ火で煮込む」意味です。現代の中国語では「復習する」ことを「温」といいます。

つまり、温故知新とは以前に学んだものや、昔の事をもう再度ふり返って考え、新しい知識や発見をする意味です。この四字熟語も『論語』の為政篇が出典になっています。

  • (原文)子曰、温故而知新、可以為師矣。
  • (訓読)子日く、故きを温ねて新しきを知る、以って師と為るべし。
  • (意訳)先生はおっしゃった「古いことを熟知して新しいことをわきまえると人の師になれる。」と。

3-3:知之為知之、不知為不知。是知也。

これは、四字熟語ではありませんが、孔子が弟子である子路に残した言葉です。

  • (原文)子曰、由、誨女知之乎。知之為知之、不知為不知。是知也。
  • (訓読)子曰しいわく、由(ゆう)や、女(なんじ)にこれを知ることを誨(おし)えんか。これを知るをこれを知ると為し、知らざるを知らざると為せ。これ知るなり。
  • (意訳)先生はおっしゃった「由よ、お前に知るという事を教えよう。知っていることは知っていることとし、知らないことは知らないこととする。それが知るということだ。」と。

『論語』為政篇に収められているこの言葉にあるように、孔子は自身が感知しない事柄については、一切語ることをしませんでした。

『論語』述而篇には「子、怪力乱神を語らず」とあり、人知を超えた存在や、神秘的な事柄について語りませんでした。その姿勢は、「これを知るをこれを知ると為し、知らざるを知らざると為せ。」の思想が背景にあったのでしょう。

4章:孔子についてのおすすめ本

孔子について理解を深めることはできたでしょうか。

最後に、より深く理解を深めるためのおすすめ本を紹介しますので、ぜひ読んでみてください。

おすすめ本

オススメ度★★★ 金谷治『孔子』(講談社学術文庫)

岩波文庫の『論語』の日本語訳を手がけた金谷治氏の著書で、孔子と儒教について書かれています。この本は孔子像の対比と変遷を試みつつ、孔子の思想にアプローチしており、序章で従来の孔子像に対する問題を指摘しています。第2章では改めて孔子とその思想を再確認し、どの様な経緯で「儒教」が成立したのかを記述しています。孔子を知る際の入門書として、必読の書です。

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オススメ度★★★ 湯浅邦弘『諸子百家』(中公新書)

本書は諸子百家について書かれたもので、孔子の専著ではありませんが、孔子と孟子の儒家について、全体の1/4程度の文量を割いて丁寧に解説をしています。孔子の生涯について画伝を使って解説をしたりと、独自性の高い一般書になっています。

オススメ度★★ 金谷治(訳注)『論語』(岩波文庫)

先述した『孔子』の著者である金谷治の日本語訳の『論語』です。論語の訓読・日本語訳なので、概説書として活用することは難しいですが、孔子の基本的な思想を解釈する上で必読です。上記2冊と並行して読み進めるといいでしょう。

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まとめ

最後にこの記事の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • 孔子(Confucius)とは、中国の春秋時代の魯の国の陬邑(現在の山東省曲阜)の思想家である
  • 孔子は武力や力による支配を批判したことに特徴があるが、それは孔子が生きた時代背景が大きく影響している
  • 特に優れている十哲はそれぞれ優れた分野をもっており、才能ごとに四科に分けられている

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