『国富論』(An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations)とは、18世紀のイギリスの経済学者、哲学者であるアダム・スミス(Adam Smith)が、1776年に出版した経済学の書籍であり、市場のメカニズムや労働価値説、自由貿易など後の経済学を形成する重要な概念・理論を提唱したことで知られています。
スミスが『国富論』で明らかにした経済学は、「自由放任の思想」と誤解されていることも多いのですが、実は単純に国家の役割を軽視し、自由を追求しただけの思想ではありません。
スミスは、後の古典派経済学とも異なる独特の思想を持っているのです。
そのため、スミスの経済学を学ぶことは、現代の「自由放任」にやや傾きすぎな経済思想(新自由主義など)を再検討する上でも、とても重要な意義を持ちます。
そこでこの記事では、
- アダムスミスの経済学のポイントや成立した背景
- 『国富論』の内容
について詳しく解説します。
この記事を、より深い経済学・経済思想の学びの足掛かりにしてください。
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1章:アダムスミスの『国富論』における経済学とは
1章では、まずはスミスの人物やスミスの経済学の要点、成立した背景などを紹介します。
『国富論』の具体的な内容を先に知りたい場合は、2章からお読みください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1:アダムスミスの思想的背景
アダムスミス(Adam Smith/1723年-1790年)は、啓蒙主義思想が隆盛していたスコットランドで生まれました2伝記的情報については、堂目卓生『アダムスミス』中公新書などを参照。
啓蒙主義とは、18世紀のヨーロッパで起こった、中世的な思想、慣習を打ち破り近代的・合理的な知識体系を打ち立てようとした運動のこと。カトリック教会の教義に縛られず、理性・科学の力で社会を変えていこうとした。
スミスはグラスゴー大学で、啓蒙思想家であり、自然法思想を受け継いでいたたハッチソン(Francis Hutcheson)から道徳哲学を学びました。
その後エディンバラ大学やグラスゴー大学で教鞭をとり、代表的な経験論哲学者で経済思想家でもあったヒューム(David Hume)とも親交を持ち、ヒュームの思想から強く影響を受けています。
その他にも、フランス重農主義の代表的論者であったケネー(François Quesnay)、テュルゴー(Anne-Robert-Jacques Turgot)、百科全書派の啓蒙思想家であるヴォルテール(Voltaire)とも親交がありました3西部邁『西部邁の経済思想入門』左右社43頁など。
重農主義とは、国内農業の振興や自由貿易の重視などを柱とする経済思想で、ケネーやテュルゴーが代表的な論者。
つまり、スミスは啓蒙主義や自然法思想、重農主義思想の影響を受けて自らの経済思想を形成していったのです。
スミスが影響を受けた重農主義について、詳しくは以下の記事をご覧ください。
【重農主義とは】重商主義との違いや自由貿易の思想をわかりやすく解説
1-2:アダムスミスの時代的背景
スミスの経済学には、もちろん彼が生きた時代の背景も影響しています。
スミスが活躍した18世紀後半のイギリスは、新興産業家たちによって、
- 機械工業の発達
- 鉄鋼業などの近代的な工業の誕生
- 蒸気機関の動力の誕生
などが起こり始めた時代でした。
いわゆる第一次産業革命です。
これと合わせて、農業でも大規模農業が発達し「農業革命」が起こり、職人や農民の一部が都市に追いやられ貧困になっていきました。
一方で、イギリス国内では、
- 海外との貿易振興のための国家による貿易規制
- アメリカやインドなどの植民地との管理貿易
などの重商主義的政策が行われ、産業の発達による自由な経済活動への要請と、国家による経済の管理という矛盾が、新たな思想を必要としつつあった時代でした。
スミスの生きた時代背景や、思想の要点について下記の本に分かりやすくまとまっています。
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1-3:『国富論』の要約
こうした背景から1776年に出版されたのが『国富論』です。英語では「An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations」で、直訳すると「諸国民の富の性質と諸原因についての一研究」のようになります。
「アダムスミスの『国富論』って結局どういうものなの?」と疑問だと思います。2章で詳しく解説しますが、先にその要点を整理します4下記の要約については、スミス『国富論』中公文庫を参照して作成しています。。
1-3-1:重商主義を批判し自由貿易を主張した
スミスの経済学は、何より「重商主義批判」として生まれた点が重要です。
重商主義とは、
- 国家の富(国富)とは、貴金属の量のことである
- 貴金属を獲得するためには、輸入を減らして輸出を増やし貿易差額を増大させる必要がある
という16~18世紀にヨーロッパで支配的であった経済思想で、実際にそのような政策が実践されていました。
それに対してスミスは、「国富とは貴金属や貨幣の量ではなく、労働によって年々生み出される価値のことである」「重商主義では国家は発展しない」と批判したのです。
スミスが批判した重商主義について、詳しくは以下の記事をご覧ください。
1-3-2:労働価値説的主張をした
スミスは、「生産物の価値がどこにあるのか?」という問題について、「労働」によって生み出される価値を中心に論じました。
スミスの労働価値説には諸説があるのですが、労働価値説は後の経済学にもたびたび登場する思想であり、その原点となったのがスミスの『国富論』での主張にあったのです。
1-3-3:分業の重要性を明らかにした
スミスは、「分業」の重要性を明らかにしたことでも知られています。
製造工程を、工程別に担当者が分かれて熟練させていくことで分業し、より生産が効率的になっていくのだという主張です(技術的分業)。また、生産物の余剰部分を人の余剰と交換するという、「社会的分業」についても指摘しています。
今では当たり前の考え方ですが、分業の効率性を明らかにしたのはスミスの功績です。
1-3-4:市場のメカニズムを明らかにした
アダムスミスの最大の功績は、市場のメカニズムを明らかに(しようと)したという点にあります。
要点だけまとめると、
- すべての商品には、それぞれ「自然価格」がある
- それに対して、市場では「市場価格」があり、自然価格と市場価格は長期には一致していく
というものです。
これは、需要と供給によって価格が決まるという後の経済学の根本思想の源流となりました。
スミスの市場の思想は「供給側」の視点が強く、後の古典派経済学で発展していくような「需要側」に着目した「効用」の概念はありませんが、市場メカニズムを明らかにしようとした点で、過去の経済思想とは一線を画するものでした。
2章では、『国富論』や『道徳感情論』を通じて、スミスの経済学や倫理学の具体的な思想を解説していきます。
まずはここまでをまとめます。
- アダムスミスは、スコットランド啓蒙思想や自然法思想、重農主義思想などから影響を受けて経済学の体系を打ち立てた
- スミスの経済学は、重商主義批判、労働価値説的観点、分業の重要性、市場メカニズムの説明など、その後の経済学に多くの影響を与えた
『国富論』は難解ではないので、実際に読んでみることをおすすめします。以下のものがオススメです。
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2章:アダムスミスの『国富論』を解説
それではこれから、『国富論』を通じてアダムスミスの経済学の体系を解説していきます。
スミスの経済学について学ぶ上で押さえておくべきポイントは以下の点です。
- 富について→富とは消費財の量のことである
- 商品の価値について→商品の価値は労働を基準に決まる
- 価格について→価格は自然価格によって決まっているが、現実には市場価格が存在し、長期的には自然価格に市場価格が一致する
- 分業→技術的分業によって生産力が増大し、さらに社会的分業によって商品が好感され商業的社会を発展させる
- 資本の投資の順序→蓄積された資本は農業→製造業→外国貿易の順番で投資されるのが自然
- 国家の役割→重商主義的政策は批判するが、司法、安全保障、公共事業は認める
多く見えるかもしれませんが、一つずつ理解していけばスミスが『国富論』で提示した経済学の体系が理解できるはずです。
2-1:『国富論』における「富」の定義
1章でも説明したように、スミスは重商主義批判として『国富論』を書いた側面があるため、『国富論』について理解する上で、まずは「スミスは『富』をどのように定義したのか?」を理解する必要があります。
2-1-1:富とは消費財
スミスは、『国富論』の序言で以下のように富について説明しています。
国民の年々の労働は、その国民が年々消費する生活の必需品と便益品のすべてを本来的に供給する源であって、この必需品と便益品は、つねに、労働の直接の産物であるか、またはその生産物によって他の国民から購入したものである5『国富論』。
つまり、スミスは『国富論』の序言で、「富とは労働によって年々生み出される消費財(必需品、便益品)のことである」と定義しているのです。
重商主義が、富を「貴金属や貨幣の量」と定義していたのと比べると対照的です。
2-1-2:サービス業の否定
さらにスミスは、労働者を「生産的労働者」と「不生産的労働者」に分けました。
- 生産的労働者…資本家に雇用されて、消費財(必需品、便益品)=富を生み出す労働者
- 不生産的労働者…法律家、医師、俳優、家事労働者などのサービス業
つまり、スミスはサービス業について「富を生み出さない労働である」と考えていたようです。
スミスの思想は、重農主義が「新たな価値を生み出すのは農業のみである」と考えたのに対し、「工業製品も新たな価値を生み出すのだ」と考えた点で進んでいたのですが、サービス業を認めない点にまだ未熟な思想だったのです。
2-1-3:貨幣の尺度としての役割の否定
また、スミスは貴金属や貨幣について、価値を測る尺度にならないとも指摘しています。なぜなら、貴金属や貨幣は供給量が増えると価値が下がり、商品の価値を安定して測ることができないからです。
「では、商品の価値はどのように測られるの?」と疑問になりますよね。
スミスは、商品の価値を「労働」を尺度に考えました。
2-2:労働価値説:商品の価値はどこから生まれるか
まず、スミスは未開社会とスミスが生きた当時の社会を区別し、それぞれ別の考え方を示しています。
2-2-1:未開社会:投下労働価値説
未開社会においては、労働によって生み出されたすべての生産物がすべてその労働者の賃金となるため、その生産物の価値は「投下された労働量」によって決まります。
スミスはここで、ビーバーと鹿の交換から説明しています。
例えば、1頭の鹿をしとめるのにビーバー2頭分の労働が必要である場合、ビーバー2頭と鹿1頭が等しく交換されるべき、ということはイメージできますよね。
これは、投下された労働量によってシンプルに価値が決まっているのだ、という「投下労働価値説」の考え方なのです。
2-2-2:文明社会:支配労働価値説
しかし、現実の社会はもっと複雑なので、投下労働価値説的な考え方では生産物の価値を決めることができません。
文明社会では、資本家(会社のオーナー)が確保する「利潤」が必要になり、さらに土地が地主によって占有されているため、地主に支払う「地代」も必要になります。
そのため、生産物の価値は、労働者が投下した労働の量だけでは決まらないのです。
したがって、スミスは、文明社会ではその商品で購買、もしくは支配できる他人の労働の量によって商品の価値が決まると考えました。
これが、「支配労働価値説」です。
スミスは当時の社会状況から、社会を「労働者」「資本家」「地主」の階級社会として考えたため、それぞれが「賃金」「利潤」「地代」を受け取らなければならない。そのため、商品の価格は賃金、利潤、地代によって構成されると考えたのです。
この労働価値説的な考え方は、スミスの市場観にも反映されています。
2-3:価格はどうやって決まるのか
スミスは「商品の価格がどのように決まるのか?」という問題について、「自然価格」と「市場価格」から答えています。
2-3-1:自然価格
自然価格とは、その商品を作る過程でかかった、土地の地代や労働者の賃金、資本家が獲得する利潤などのすべての「自然率(平均率)」で決まるという考え方の価格です。
つまり、
自然価格=地代の自然率+賃金の自然率+利潤の自然率
であるということです。
難しく見えるかもしれませんが、先ほどの労働価値説と繋がっている考え方です。
つまり、地代、賃金、利潤の3つにかかった費用をすべて足したものが自然価格であるということです。
2-3-2:市場価格
しかし、現実の商品の価格は必ずしも自然価格になるとは限りません。
現実の市場において決まる価格のことを、スミスは「市場価格」と呼んでいます。
そして市場価格は、
- 商品が市場にもたされる供給量
- その商品の生産にかかる地代、賃金、利潤の合計(自然価格)
の均衡によって決まると考えました。
つまり、市場価格は商品の供給量と自然価格から決まり、需要と供給のバランスによって自然価格を市場価格が上回ったり、下回ったりするということです。
2-3-3:長期的には市場価格は自然価格に一致する
スミスは、短期的には自然価格と市場価格は乖離する可能性があるが、長期には一致していくと考えました。
なぜなら、たとえば供給量が超過して自然価格を市場価格が下回った場合、商品は売れ残ります。
その場合、
- 地主→売れない事業に土地を貸すのはやめて、もっと売れる事業に土地を貸して地代を得よう
- 資本家→もっと利潤が獲得できる事業をはじめよう
と考えて、供給量が超過する(売れ残りが発生する)事業から地主・資本家が事業を引き上げ、供給量が調整され、その結果市場価格が上昇し、自然価格に近付くからです。
これの市場均衡のメカニズムを、スミスは「見えざる手」と表現しました。
「見えざる手」という表現はスミスの名言として独り歩きしていますが、『国富論』で実際に登場するのは数回程度で、そこまで重要視した概念というわけではありませんでした。
とはいえ、自然価格と市場価格が一致するメカニズムが正しく機能するためには条件があります。
それは、土地、労働、資本の移動が規制されておらず自由であるということです。
これらの移動に障害があれば、移動が円滑に進まず自然価格と市場価格が一致しません。
その結果、最適な量の生産がなされず、富が(消費財)が増大しないのです。
したがってスミスは、国家による土地、労働、資本の移動の規制や、同業組合による特権や市場の独占など、市場をゆがめる行為を否定しています。
2-4:分業による市場の発展
さて、繰り返しになりますがスミスは富を「消費財の量」であることとしました。単純に考えて、国民一人あたりが消費できる消費財の量が多いほど、豊かであると考えられたのです。
では、どうしたら富(=消費財)を増大させることができるのでしょうか?
スミスは、「分業」によって効率的に商品が生産されるようになり、富が増大すると考えました。
これが、有名なスミスによる分業論です。
2-4-1:技術的分業
スミスの分業論には、「技術的分業」と「社会的分業」の2種類があります。
技術的分業とは、工場内で製造工程を分割し、工程ごとに職人が熟練していくことで、成立する分業です。
スミスはこれを「ピンの製造」という具体例から説明しています。
「ピンの製造」の例とは、1人の職人が1本のピンを最初から最後まで作るのと、ピンの製造を工程ごとに分割して、1人の職人が1つの工程のみを担当すると、はるかに多くのピンを作ることができるというものです。
スミスは、1人で作る場合は1人で1日1本も作れないが、10人で分業すれば1人あたり1日に4800本製造できると言っています。
2-4-2:社会的分業
「技術的分業」は一つの工場、会社内での分業のことで、現代社会では常識のものとなりました。
これに対して、「社会的分業」は生産されたものが、企業や産業の間で市場を通じて交換されることです。
「当たり前のことでは?」
と思われるかもしれませんが、例えば中世的な社会では、生活必需品・便益品(消費財)は共同体の中で作られ、その余剰物が市場を通じて交換されるのが一般的です。
それに対して、様々な生産物が、特定の企業や産業によって生産され、それがダイナミックに交換されるのが「社会的分業」であり、当時はまさにそのような社会に変化しようとしていたのです。
2-4-3:交換を可能にする利己心
では、なぜ人々は社会的分業のように生産物を交換しようとするのでしょうか?
それは、人間の本性に「交換性向」という性質があり、この性質があるから社会的分業が要請され、企業・工場内では技術的分業がなされるようになり、社会全体の生産性が増大していくのです。
こうした交換は、人間が持つ「利己心」の働きで成立します。
利己心とは、「これが欲しい」という欲求のことで、人間は他人にも利己心があることを予測できるため、効率的な交換をしようと考えます。
「この人を助けよう」「これが相手のためになるはずだ」という博愛精神ではなく、それぞれが持つ利己心によって交換されるということです。
こうした分業が社会の中で発展すると、人々が自らの生産によって生み出された余剰物を、他人と交換することで欲求を満たそうとする「商業的社会」が成立します。
こうしたスミスの思想は、後に「利己心による交換だけが社会を成立させているわけではない」「交換の意味は共同体によって多様である」などの批判がなされることになりました。
しかし、スミスが生きた産業革命前夜のイギリス社会や、資本主義が浸透した現代社会の大部分においては、スミスの素朴な市場観による説明にも意義があるのではないでしょうか。
スミス以来の経済学の「交換」を批判した有名な研究に、文化人類学における「クラ交易」があります。詳しくは以下の記事をご覧ください。
2-5:資本蓄積と投下による国家の経済の発展
スミスは、富(=消費財)の国民一人あたりの消費量を増大させることが、経済の発展だと考えました。そのため、分業によって国民一人あたりの生産力を増大させることが、富の増大になるということになります。
しかし、富を増大させる手段はそれだけではありません。
国家の労働力全体に占める「生産的労働力(※)」を増大させることでも、国家の富は増大します。
※生産的労働とは消費財を生産する労働者のことです。
2-5-1:生産的労働力の増大による富の増大
スミスは、生産的労働力を増大させるためには、「節約によって資本を蓄積すべき」と主張しました。
生産活動によって生み出された利潤は、浪費すれば簡単に消滅しますが、節約し蓄積することで、その分を新たに投資してさらに大きな利潤獲得を目指すことができます。
そして、スミスの主張の独特な点は、蓄積された資本は、
農業→製造業→外国貿易
の順番に投資されると考えたことです。
この順番で投資されると考えたのは、農業が最も身近で管理しやすく、低リスクで事業が行えるためであり、外国貿易が最も管理しにくくリスクが高いと考えたためです。
しかも、同じ量の資本が投資されるとしても、
農業>製造業>外国貿易
の順番で雇用される生産的労働力は大きくなります。
そのため、
- 節約による資本蓄積
- 蓄積した資本の、農業→製造業→外国貿易という優先順位での投資
- その結果としての生産的労働力の割合の増大
という過程を経て、より国内の富(=消費財)が増大されると考えたのです。
2-5-2:国家の経済活動への介入が投資の順序をゆがめる
しかし、この「農業→製造業→外国貿易」という自然の投資の順序は、「輸出奨励金」などの国家のさまざまな規制によってゆがめられているとスミスは批判します。
これは、当時のイギリスで国家による貿易の管理など重商主義的政策が行われていたことを批判したものです。
国家が経済活動に介入しないことが、正しい順序での資本の投下に繋がり、それが生産的労働力を増大させ、ひいては国家の富を増大させるのだ。これがスミスの主張です。
このようなところから、スミスの国家の役割に対する思想も明らかになります。
2-6:国家の役割はどこまで認められるのか
アダムスミスについて、「スミスは国家の役割を認めなかった」「国家による統治ではなく自由放任の秩序こそ、スミスの思想である」と勘違いしている人もいるようですが、実はそうではありません。
確かにスミスは国家の役割を一部批判しましたが、一方で国家の役割を認めている部分もあります。
まずは、スミスの重商主義的政策への批判から説明します。
2-6-1:スミスの重商主義批判
1章でも触れましたが、スミスは重商主義を批判しました。
重商主義とは、
- 国家の富(国富)とは、貴金属の多さのことである
- 貴金属を獲得するためには、輸入を減らして輸出を増やし貿易差額を増大させる必要がある
という経済思想のことで、イギリスも国家が貿易を管理し保護主義的政策を行っていました。
こうした重商主義に対してスミスは、
- 重商主義的政策では、利益の少ない産業に資本を投下してしまう
- 資本の投下の自然の順序をゆがめ、生産的労働力を増大させない
- 貿易差額を増大させても、貨幣量の増大で物価が上昇し貨幣の価値が下落するだけである
と批判しています。
したがって、輸出規制を中心とした国家による経済活動への介入は障害であるため、規制を撤廃し市場の自由な働きを重視すべき、というのがスミスは考えたのです。
2-6-2:スミスの自由主義
しかし、スミスは国家の役割を一切認めていないわけではありません。
スミスは、以下の点については国家の役割を認めていました。
- 国民を国家その他の暴力から守る「安全保障」
- 国民を他者の不正、抑圧などから守る「司法」
- 土木事業、公共施設などの公共財を供給する「公共事業」
これらは、市場の力では供給されないため国家が供給するべきものであると『国富論』で主張しています。
スミスは、自由放任的な、現代の新自由主義者が主張するような存在感のない国家を想定しているのではいないのです。
スミスは、市場をゆがめる国家の規制こそ批判したものの、国家の役割を否定してはいないことは覚えておくべきです。
- 富について→富とは消費財の量のことである
- 商品の価値について→商品の価値は労働を基準に決まる
- 価格について→価格は自然価格によって決まっているが、現実には市場価格が存在し、長期的には自然価格に市場価格が一致する
- 分業→技術的分業によって生産力が増大し、さらに社会的分業によって商品が好感され商業的社会を発展させる
- 資本の投資の順序→蓄積された資本は農業→製造業→外国貿易の順番で投資されるのが自然
- 国家の役割→重商主義的政策は批判するが、司法、安全保障、公共事業は認める
3章:『国富論』とアダムスミスの思想の学び方
『国富論』で語られた、アダムスミスの経済思想について理解することはできましたか?
『国富論』は、経済学の原点となったとても重要な思想です。良くも悪くも、『国富論』で提唱された思想を起点に、その後さまざまな経済学が生まれていくことになったのです。
スミスの経済学を学ぶには、以下に紹介している原著や参考書から学ぶことをおすすめします。また、スミスの経済学は古典的経済学の一部ですので、古典的経済学を含めた経済思想の流れとまとめて学ぶことも大事です。
アダムスミス『国富論 国の豊かさの本質と原因についての研究』(日本経済新聞社出版局)
スミスの『国富論』は難解な内容ではありませんので、実際に自分で通読してみることをおすすめします。翻訳された『国富論』はいくつもありますが、こちらの『国富論』の上下2冊がオススメです。
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漫画版もありますので、いきなり原著は抵抗があるという方にオススメします。
堂目卓生『アダム・スミス―『道徳感情論』と『国富論』の世界』 (中公新書)
アダムスミスは、経済学についての『国富論』と、道徳哲学を述べた『道徳感情論』の2冊が代表作です。この2冊は連関している部分が大きいため、スミスの思想を包括的に学びたい場合は、まずはこの本から学ぶことをおすすめします。
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まとめ
最後に今回の内容をまとめます。
- 『国富論』は1776年に発行された、アダムスミスによる経済学書で、その後の経済学の発展に大きな貢献をした
- 『国富論』は重商主義を批判し、輸出奨励金などの国家による貿易の管理をやめて、自由な貿易を主張
- 人々は「利己心」を持つため、生産の余剰を交換し、それが商業的社会を作っていく
- 利潤は蓄積されることで、農業から投資され、その結果生産的労働力が増大し、国民の富が増える
このサイトは人文社会科学系学問をより多くの人が学び、楽しみ、支えるようになることを目指して運営している学術メディアです。
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