華夷秩序とは、中国の王朝を世界の中心に位置づける中華思想に基づき、諸外国と結ばれた関係性を指します。中国では古くから自己の文明を中心に咲く華に例え、その周辺を未開の蛮人の国と蔑視する考え方がありました。これが中華思想です。
この思想は中国の思想だけでなく、外交政策や国内の制度にも大きな影響を与えました。また、もちろん日本も歴史上、中国の秩序の影響を受けていました。
近年、現代中国の「一帯一路」「東アジア共同体」といった構想が、伝統的な華夷秩序と関連付けられて議論されることもありますが、こうした現代の国際情勢を理解する上でも、華夷秩序を理解することは重要です。
今回はこの記事で、
- 華夷秩序とは何か
- 具体的な考え方と世界観
- 時代ごとに反映された中華思想
について解説をしていきます。
関心のある所から読み進めてください。
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1章:華夷秩序とは
冒頭で紹介した華夷秩序について再度述べると、華夷秩序とは中華思想に基づいて形成された諸外国との国際関係・国際秩序を指します。
中華思想とは、中国を世界の中心に位置する文明国と捉え、中国以外の諸外国を未開の蛮人の国とする思想です。古くは中国古代(春秋戦国時代)に誕生し、儒教と密接に関係していたと考えられています。
一章ではその思想内容と考え方について、儒教と絡めながら紹介をしていきます。
1-1:華夷秩序の思想
華夷秩序を形成する思想を中華思想、別名では華夷思想とも言います。春秋戦国時代に誕生した儒教の理論の一部として登場したのが最初の萌芽でした。儒教では天子がその徳により人民を教化する重要性を説きました。
そして、天子のいる中華以外の辺境も徳による教化が可能な地域で、それが夷狄であっても、中華文明に同化すると考えました。
この思想において、中華と諸外国の対等な外交・交流は認められませんでした。
1-2:華夷秩序と自民族中心主義
アメリカの社会学者であるウィリアム・サムナーは、中華思想の様に自国の文化の高度なものと捉え、他国の文化・文明を低く評価する思想を「エスノセントリズム(自民族中心主義)」と名付けました。
この造語は彼の著書である『フォークウェイズ』で初めて使われ、これが極端になるとナチズムの様な極端な排外主義に陥るとされました。
エノセントリズムには意識的な強いものと、無意識に抱く弱いものとが存在し、ナチズムなどの事例は前者と捉えられました。
この様な考え方は、ナチズムや中華思想だけではなく、日本やアメリカ、そしてヨーロッパでも頻繁に見られるものであり、今現在に至るまで存在し続けています。過去から現在に至るまでのエノセントリズムの代表的な事例は下表の通りです。
ナチズム | アーリア人種の優越を説く人種論的ナショナリズム |
中華思想 | 中国を文明の中心国と位置づけ、諸外国を夷とする思想 |
小中華思想 | 朝鮮を中国の正統な儒教を継承する国と考え、西洋等を夷とする思想 |
皇国史観 | 日本を万世一系の天皇が統治する国と捉え、特別視する思想 |
アメリカ例外主義 | 他の先進国とアメリカは質的に異なるという考え |
ヨーロッパ中心主義 | 欧州文明を格別なものであると捉える思想 |
1-3:華夷秩序と中華思想
中華思想とそれに基づく華夷秩序は決して曖昧な概念ではなく、歴史の中で理論化され体系化されていきました。二章で具体的な制度や体制について紹介する前に、まずは中華思想の概念と華夷秩序を形成する各要素について紹介します。
1-3-1:華夷秩序の中心に位置する天子
天子は華夷秩序の世界観では中心に位置するものであり、徳によって人民を教化して夷狄を文明化すると考えられていました。
天子は天の命令「天命」によって選ばれると考えられていました。天命によって選ばれるため、天の子供という意味で「天子」と呼称され、世界で一人しか存在を許されませんでした。
天子は徳によって政治を行うことを求められ、徳を失った場合は天命によって次の有徳の者が天子となると考えられていました。その徳が及んでいる土地が中華となり、及んでいない土地が夷狄となったのです。
この様に華夷秩序や中華思想は全て天子を中心に構成された概念であり、天子なくしてはあり得ない世界観だったのです。
1-3-2:四方を囲む四夷
天子の徳が及んでいない地域は「化外の地」と呼ばれました。この地域は、中国の権力や法律が施行されていない地域であり、中国の中原から遠く、中国の影響が少ない台湾や海南、新疆が化外の地とされました。
これらの「化外の地」は中華の四方に存在すると考えられました。これを「四夷」と言い、それぞれ呼称を付けられました。
東夷(とうい) | 日本や朝鮮などの東アジア |
西戎(せいじゅう) | 中央アジア地域 |
北狄(ほくてき) | 北方地域。内モンゴル自治区あたり |
南蛮 | ベトナム・カンボジアなどの東南アジア |
これらは蔑称という説もありますが、一部では単なる呼称であり意味はないという説も存在し、この四夷の呼び方をもって蔑視していたとは言い切れないようです。
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1-3-3:中国の制度下にある内臣と外臣
漢初の華夷秩序を例に挙げると、天子と四夷の他に「外臣」や「内臣」と呼ばれる概念が登場します。
外臣とは一般的には天子の教化によって、中華文明の傘下に入り、王に冊封された夷狄の統治者を指します。
後に解説をしますが、冊封体制に組み込まれた王がこれに該当します。しかし、一部の研究者によっては、単に冊封された王に限らず、中国国内の諸侯王も外臣に該当するという説もあります。
これに対し、内臣は中国の土地制度(郡国)に入る臣下を指します。
この天子を中心にして、外に向かうにつれ内臣、外臣、四夷と同心円状に広がる世界の図式が華夷秩序の概念だったのです。
1-3-4:諸外国との交易「朝貢」
中国歴代王朝は前述した華夷秩序の概念を一つの理想とし、実際に実現しようと動きました。その中でも最も顕著な動きが中国の外交政策です。
華夷秩序が構成された中国では、化外の地の国と対等な貿易は認められませんでした。当時の中国との交易手段は、中国に対して朝貢という形で貢物を行い、中国がそれに対して慰労して褒美を与えるという形式のみでした。
この朝貢に加えて、統治している国の王に封じられれば、冊封という形になりました。
冊封の「冊」とは天子の命令書を指します。領地などを臣下に与える際には冊書によって命じられるのです。つまり、「冊封」とは天子からの冊書により、土地に封じられるという意味になります。
冊封された国は毎年の朝貢を行い、中国の元号などの使用を求められます。影響力が強い地域だと、軍事的な協力を求められることもありました。
この冊封を行う国の数がそのまま天子の徳、そして教化範囲と考えられ、より冊封国が多ければ多いほど天子の徳が行き渡っているとされました。
華夷秩序の要点が理解できたでしょうか?これから、華夷秩序の成立・展開の歴史を説明しますのでいったんここまでの内容をまとめます。
- 華夷秩序とは、中国を世界の中心に位置する文明国と捉え、中国以外の諸外国を未開の蛮人と考える中華思想に基づく、国際関係・秩序
- 華夷秩序は、ナチズムや皇国史観のような自民族中心主義の一種
2章:華夷秩序の成立・展開の歴史
ここまで、述べた通り華夷秩序は天子、四夷、内臣、外臣、朝貢などの要素から構成されているものでした。この理念に大きな影響を与えたのが儒教でした。
2章では華夷秩序、中華思想の形成と変遷について、儒教に触れながら解説をしていきます。
2-1:春秋戦国時代から漢代における華夷秩序
春秋戦国時代で中華と四夷の別をといたと確認ができるのは、孔子の『春秋』が最初でした。
孔子は周を理想の社会と位置づけ、周の礼楽を制度化することで、夷狄の要素を排除しようとしました。孔子の説いた儒教によって、中華と夷狄の別が儒教的な礼の有無によって判断できるという考えが生まれました。
春秋戦国時代の当時は中国国内が戦乱状態であり、中華という統一された意識が希薄でしたが、儒教の誕生と中華の統一が成されるにあたり、次第に華夷秩序と中華思想が形成されていきます。
前漢の時代になると、南越国と衛氏朝鮮は、それぞれ前漢より「南越王」・「朝鮮王」に封じられました。これは、先述の概念でいう所の「外臣」にあたります。
その後、儒教が国教化され、武帝が即位すると冊封は一時的に取り消され、代わりに郡県が設置され内臣化が推し進められました。
2-2:六朝時代における中華意識の後退
前漢・後漢の王朝が滅びると、北方の異民族が中華に流入してくるようになります。
徙民といって、民を強制的に別の地域に移住させ、人口の確保と土地の開拓が進められました。その中には異民族、いわゆる夷狄も入っており、中華の中で中国人と異民族が雑居する状態になります。
中華に流入した異民族は中国の文化や教養を積極的に吸収しました。匈奴の劉淵や劉聡は積極的に四書五経(儒教経典)を学び、詩文をよくしたと言われています。
これによって、異民族であるけれども中国人顔負けの教養を身に付けた人物が多く誕生することになります。
彼らは八王の乱の際に協力を求められたために、軍を出し混乱に乗じて自分たちの国(漢)を建てました。これを永嘉の乱といいますが、結果として北方の異民族が中国へ進出することを許してしまいました。
中国人は異民族からの「狗漢」や「一銭漢」という蔑称をつけられ、一時的ではありますが、中華意識が低迷した時代でした。
また六朝時代には老荘思想や仏教が流行した時代でもあったため、中華意識の基盤となる儒教の地位が多少なりとも揺らいだ時期でもありました。
2-3:宋明代における朱子学の隆盛
宋代になると、遼・西夏・金による北方からの圧力が強まります。澶淵の盟や慶暦の和約、紹興の和議などは宋が諸外国に対する政策の一環です。形式上、宋が上の立場で異民族に恵む体裁をとっていますが、実質は宋が貢物をする代わりに、和平を結んでもらうというものでした。
これは華夷秩序を構成する朝貢とは実質的に反対の行為です。
この社会状況の中で、宋代では再度儒教の教学の研究を行い、中華としてのイデオロギーを回復しようとする動きが活発になりました。朱子学に代表される宋学の発展はその動きの一つです。自分たちのよって立つ儒教を改めて確立させることで中華と夷狄の別を明確にしようとしました。
2-4:清代の中華意識
清王朝は満州人が建国した王朝だったため、出自によって統治をするよりも、皇帝の徳によって統治を行おうとしました。雍正帝は古代中国の舜や、周の文王が夷狄の出身であったことを説き、自己の中華支配を正当化しました。
清王朝は辮髪や纏足など中華の習慣でないものを強要する一方で、科挙を存続させ歴史書『明史』を編纂させるなど飴と鞭を巧みに使い、漢民族の意識を低下させました。一方で諸外国の使者などが皇帝に謁見する際には、三跪九叩頭の礼を強要したりしました。
清王朝は国内に対しては巧みに漢民族と満州民族の同化を図ると同時に、満州族のアイデンティティも残そうとしました。そして、雍正帝の中華支配の正当化によって、清王朝=中華という考え方を構築するに至ったのです。
2-5:現代中国と中華思想
習近平国家主席は2012年に発表した「中国の夢」はかつての中国王朝の復興を目指す一つの理想として捉えられています。
誰しも理想や追い求めるもの、そして自らの夢がある。現在みなが中国の夢について語っている。私は中華民族の偉大な復興の実現が、近代以降の中華民族の最も偉大な夢だと思う。この夢には数世代の中国人の宿願が凝集され、中華民族と中国人民全体の利益が具体的に現れており、中華民族一人ひとりが共通して待ち望んでいる。
この演説には、遥か昔にシルクロードを支配下に置き、鄭和の艦隊が外洋に進出して、アフリカに到達したときの様に、技術的にも経済的にも世界をリードする強い中国を目指すという意味が込められています。
これをそのまま華夷秩序の復活、中華思想の延長とみるには議論が必要かもしれませんが、現代における中華意識の影響の一つとみることができるかもしれません。
- 華夷秩序の元となる思想は、孔子の『春秋』で初めて確認できる
- 春秋戦国時代、儒教が生まれ中華が統一されたことで、華夷秩序と中華思想が形成された
- 前漢・後漢の王朝が滅びた後、華夷秩序・中華思想が揺らいだ
- 宋代には、宋は異民族と朝貢とは反対の関係を結んだが、その中で中華イデオロギーの回復のため、朱子学のような思想が発展
- 清王朝は満州人の王朝だったが、清王朝=中華という考え方を構築した
- 習近平は、華夷秩序を彷彿とさせる発言や構想をしている
3章:華夷秩序について学べるおすすめ本
華夷秩序について理解を深めることはできましたか?
中国の哲学や思想について関連するテーマをいくつも解説していますので、参考記事を以下のページから読んでみてください。
繰り返しになりますが、華夷秩序を理解することは現代中国の覇権主義を理解する一つの手がかりにもなりますので、詳しくはこれから紹介する本をぜひ読んでみてください。
オススメ度★★★渡邉義浩『中華思想の根源がわかる! 中国古代史入門』(歴史新書/2016年)
一般向けに分かりやすく書かれています。中華思想の根幹をなす儒教を軸に各時代ごとに解説されています。通史になっていますが、どこからでも読めるように工夫されており、最初に手に取る本としてお勧めです。
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オススメ度★★富谷至『中華帝国のジレンマ: 礼的思想と法的秩序』(筑摩選書/2016年)
法制史が専門の富谷至氏の著書になります。儒教の礼と法的秩序から中華思想の源流を探っています。礼と法とは何かというテーマで語られているため、直接中華思想について書かれたものではありません。しかし、中華思想を語る上で欠かせない礼についての理解を深めることができます。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- 華夷秩序とは、過去の中国の王朝が築いた、自民族中心主義的な国際関係・秩序
- 華夷秩序では、中心に「天子」が位置し、その周辺国が「四夷」「外臣」「内臣」といった概念で位置づけられた
- 華夷秩序では、中国は周辺国と「朝貢」「冊封」といった関係が結ばれた
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