クルド人問題とは、一般にクルディスタンと呼ばれるトルコ、イラン、イラクなどにまたがった山岳地帯に居住し、ペルシャ語系のクルド語を母語とする民族をめぐる問題です1公益財団法人日本国際問題研究所「クルド人問題」(https://www2.jiia.or.jp/RESR/keyword_page.php?id=14)最終閲覧日2021年2月16日。
クルド人は日本社会にも多く存在します。そのため、異なる社会の問題として考えることはできません。
この記事では、
- クルド人問題の概要と歴史
- クルド人問題と日本社会
について詳しく解説します。
関心のあるところから読んで、より身近な問題として考えるきっかけにしてください。
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1章:クルド人問題とは
1章では、クルド人問題を概説します。日本社会におけるクルド人に関心のある方は、2章から読み進めてください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注2ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1:クルド人とは
クルド人を一言で説明するのは困難です。というのも、「クルド」という名前自体が民族を示すのか、エスニシティを示すのか、または国民を示すのかというアイデンティティや民族的な問題が含まれているからです。
そのため、まず「クルド」という言葉がどこから来ているのか、その起源を紹介します。
1-1-1:「クルド」の起源
「クルディスタン(Kurdistan=クルド人の土地)」と呼ばれる場所がトルコ、イラン、イラクそしてシリアにまたがって存在します。「存在する」と言ってもクルディスタンが「国家(state)」として存在したことはこれまで一度もありません。
クルド研究で優れた結果を残しているオランダの人類学者マーティン・ヴァン・ブライセンによると、オスマン帝国時代よりクルディスタンと呼ばれる場所は存在しており、それは「クルド人」が多く居住する地区を意味していました3Bruinessen M. Van, 1992 Agha, Shaikh, and State: the social structure of Kurdistan. London and New Jersey: Zed books Ltd。
また、トルコ出身のイスマイル・ベシクチは、クルディスタンに関して以下のように述べています4ベシクチ、イスマイル1994(1991)『クルディスタン=多国間植民地』中川喜与志・高田郁子(訳)、越境社、22頁。
クルディスタンとは国でもなければ植民地でもなく、この地上から消え去ることを要求されている「民族」である
しかし、その一方で、同書にはクルディスタンが「国」であるという表現もあり、このようにクルディスタンを「国」として捉えるかどうかはクルド研究を行う研究者の意図によって異なっています。
また、現在はトルコ国内の「クルド人」によるトルコ東部から西部へ、または国外への移動が増加しているため、クルディスタンの領域に関する研究や諸説はさまざまです。
では、けっきょく「クルド人」は誰のことを指すのでしょうか?「クルド人」は「国家なき最大の民族」と呼ばれることが多々あります5Bruinessen M. Van, 1992 Agha, Shaikh, and State: the social structure of Kurdistan. London and New Jersey: Zed books Ltd。
- ブライセンの記述では、自身をクルドと名乗りながら元々「エスニック」トルコ人である者や、ドイツに出稼ぎに来ているトルコ国籍の「エスニック・クルド人」のうち、自らを必ずしも「クルド人」や「トルコ人」であると認識しない者も存在するとしている
- 「クルド人」を一括りに「民族」という集団の単位を表す言葉を使用して表す際に、時々の状況とその言葉をどう解釈するかは、個人によるものであると述べた上で、個人が自らを「民族」であると認める場合にその概念を適用するという方法が最も適当であると述べてる
そして、クルド人に関わる基本的な情報は膨大な量のクルド研究書から得ることができます。クルド人の人口について記述がある研究書ではほとんどが2,000万人から3,000万人という数を挙げています。
言語に関しては、クルド語が存在し、インド・ヨーロッパ語族イラン語派に属しており、ペルシア語に近く、トルコ語やアラビア語とは親和性はないとされています6石川真作 2012『ドイツ在住トルコ系移民の文化と地域社会:社会的統合に関する文化人類学的研究』立教大学出版。
またクルド語の中にも4つの方言(または言語)が含まれており、地域によって話されている方言が異なります。
1-2:クルド人問題の歴史
オスマン帝国下では、クルド人はクルディスタンという地方政治地域において、比較的広範な自主権が認められていました。しかしながら、19世紀末期にオスマン帝国の後退が見られた後にトルコ・ナショナリズムが台頭します。
この頃からクルド系部族の蜂起が確認されるようになりました。このようなクルド・ナショナリズムの動きが、現代の以下の活動の延長線上であるという説もあります7川上洋一2002『クルド人もう一つの中東問題』集英社新書。
- 現在のクルド愛国同盟(Patriotic Union of Kurdistan: PUK)
- クルド民主党(Kurdistan Democratic Party of Turkey: TKDP)
- クルド労働者党(Kurdistan Worker’s Party: PKK)
ここでは、トルコを例にとり説明していますが、クルド系の人々はシリア、イラクおよびイランにも点在しており、その処遇は国や地域によって異なります。
トルコ共和国建設にあたってトルコ政府が行った事業には、神秘主義教団の活動禁止、トルコ帽及びヴェールの着用の禁止、イスラム歴の廃止、伝統的称号の廃止など、社会生活からオスマン朝および、イスラム的なシンボルを排除するものがありました。
その他、1931年には「トルコ歴史学協会」による歴史観の再構成も図られました8中川喜与志2001『クルド人とクルディスタン:拒絶される民族』南方新社。
これらの「事業」内容の目的は、以下のとおりです9石川真作 2012『ドイツ在住トルコ系移民の文化と地域社会:社会的統合に関する文化人類学的研究』立教大学出版。
- イスラム的なものを排除し、西欧的・近代的なものに置き換え、世俗的な憲法を基盤にした法を作ることで他民族を含めた居住者の価値判断の基準を一本化し、共有すること
- オスマン朝の公用語であったオスマン語(トルコ語、ペルシア語、アラビア語の混合した宮廷語)を廃して、トルコ語を公用語とする言語改革を行うことで「トルコ人」としての「標準語」を創造し、これを用いた教育を通してトルコ全体におけるコミュニケーション手段を確保すること
- 国内のあらゆる住民が自己を「トルコ人」として同定しうる歴史認識を創造すること
1-3:クルド人問題の現状
トルコでは、1991年の法改正に伴い「クルド語の私的空間での使用」は可能となりましたが、法改正後もなお「公的な場」つまり、学校、役所、裁判所、講演会などでのクルド語使用禁止は続きました。
現在にいたっても、トルコ国内におけるトルコ政府とクルド側との間の情勢が安定していない地域もあります。
2017年2月のOHCHRのレポートでは、トルコ南東部での人権の行使は高いレベルで抑圧されていると述べられています10Office of The United Nation of High Commissioner for Human Rights (OHCHR)2017 Report on the human rights situation in South-East Turkey. (http://www.ohchr.org/Documents/Countries/TR/OHCHR_South-East_TurkeyReport_10March2017.pdf#sthash.c6fifoZ6.dpuf)最終閲覧2021年2月10日。
OHCHRの調査
- トルコ南東部において調査を行なった期間内に355,000人が国内避難民(Internally displaced persons、以下IDPs)として故郷を追われており、そのほとんどがクルド人であった
- 彼・彼女らは、近隣の郊外や村、または、トルコの他の地域に移動した
- 拷問や住宅と文化遺産の破壊や緊急医療、食糧、水、生計へのアクセスの規制、および女性に対する暴力が行われていることが報告されている
このように報告には公衆の生活に参加する権利の侵害だけでなく、意見と表明の自由に対する権利の厳格な縮小なども含まれている状況が示されています。
ちなみに、クルド人問題の概説書としては中川喜与志の『クルド人とクルディスタンー拒絶される民族』がおすすめです。
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- 「クルド人」は「国家なき最大の民族」である
- トルコ国内におけるトルコ政府とクルド側との間の情勢が安定していない地域もある
2章:クルド人問題と日本社会
さて、2章では日本社会におけるクルド人を紹介していきます。
2-1:日本に滞在するクルド人
トルコにおけるクルド人をはじめ、イラン、イラク、シリアを中心に居住するクルド人には、それぞれの国による弾圧的な政治を逃れるために、国外へ移動した者が数多くいると言われています。
1970年以降は、新たなグローバルディアスポリック・コミュニティとしてヨーロッパ、中央アジア、北欧を中心とした諸国に散らばっていきました11assanpour, Amir and Mojab, Shahrzad 2005 Kurdish diaspora. Encyclopedia of diasporas, Ember M., Ember C.R. and Skoggard I. (eds.), pp. 214-224, Boston, MA: Springers.。日本も例外ではなく、クルド人のコミュニティが存在します。なぜ、遠い中東地方からわざわざ日本に来るのかというのは大きな謎だと思います。
クルド人が日本へ来ることとなった背景については諸説ありますが、日本に滞在するクルド人コミュニティの間では、以下のような言説が広く認識されています。
- もともとオーストラリアに難民申請をすることを目的にトルコを出たクルド人が、経由地である日本に到着した時点で、オーストラリアへの入国には査証が必要であることを知り、入国に特定の査証が必要のない日本にそのまま留まることになったのが最初であるというもの
- 特に、トルコと日本の国家間関係については、エルトゥールル号遭難事件以降の交流は盛んであり、今日に至っても積極的な外交が続いている
- その流れもあって、トルコのパスポートを所持していれば、特別な在留資格がなくても90日間は日本に滞在できるという背景があるため、トルコのパスポートを持つクルド人も日本への入国は比較的簡単にできた
来日したクルド人のパスポートにはもちろん「クルド」というカテゴリーの記載はありません。従って、自らをクルド出自であると主張しない限り、日本ではパスポートに書かれている国籍のみで判断されてしまいます。
このような理由から、日本に滞在しているクルド人の正確な数字は誰にもわかりません。
それでも、日本に来日するクルド人の多くは東京近辺にコミュニティを作って生活をしていると言われています。また、この数は日本全国にいるクルド人の大半を占めているという認識がクルド人の中では広がっているようです。
トルコ国籍保有者で難民認定申請をする者の多くはクルド人であり、トルコからの政治的、経済的および社会的な圧力から逃れるため日本に移住し難民認定申請を行っているという背景があります12石川えり 2009「難民政策の推移:NGOから見た10年間」『移民政策研究』創刊号:55-70、移民政策学会。
日本では移民に関するデータや統計に関しては国籍を基としており、クルド人のような状況にある者が統計上の数字に載らない(または意図的に載せない)という現状があります。
2-2:日本の難民「受け入れ」の課題
日本に滞在するクルド人は、どのような在留資格を保持しているのでしょうか?その多くは前章で見たように、出自の国からの抑圧を避けるために日本へ逃れてきている背景があります。
したがって、クルド人の多くは日本にて難民申請を行います。しかしながら、日本における難民認定率は他の国々から比較すると非常に低い現状があります。ただし、難民には認定しなくとも、申請中の人々に与える在留資格が3種類あります13出入国在留管理庁「難民認定制度」最終閲覧2021年2月10日。
- 特定活動・・・国民健康保険への加入や就労の許可がおりている
- 仮放免・・・国民健康保険への加入をはじめ、就労の許可もおりていない
- 仮滞在・・・難民認定の申請を行った者の法的身分の安定を図るために、当該の外国人が日本に上陸した日から6か月以内に難民認定申請を行った場合、または、難民条約上の迫害を受けるおそれのあった領域から直接日本に入った場合など、一定の要件を満たす場合に認められる資格
親が仮放免の場合で、日本で子どもが生まれた場合は、子どもの在留状態も同じく仮放免となります。仮放免の場合は、入国管理局に届け出た居所がある都道府県以外の場所に出向く際は必ずその旨を記載した届出を入国管理局に提出し、許可を受けるという義務も課されています。
クルド人コミュニティの間では、この仮放免という在留資格が最も多いとされています。
つまり、日本に滞在しているクルド人の多くは、難民申請をしているのにもかかわらず、非常に不安定な在留資格を与えられていることがわかります。もっとも、現在までにトルコ国籍のクルド人で難民として認められた例は一度も存在しません。
日本が「非移民国家」であるというのは今や一つのイデオロギーであり、すでに多くの移民が日本に滞在している状況をみると、今はもう移民の受け入れに関する是非を問う場合ではありません。
しかし、現状は難民や移民を取りまく政策が全く整っておらず、ゆえに多くの移民が日本に居住しながら基本的な権利すら受けられない状態にあります。(→日本の多文化共生に関してはこちら)
- 日本にもクルド人のコミュニティが存在するが、滞在しているクルド人の正確な数字はわからない
- 日本に滞在しているクルド人の多くは、難民申請をしているのにもかかわらず、非常に不安定な在留資格を与えられている
3章:クルド人問題に関するおすすめ本
クルド人問題について理解が深まりましたか?
この記事で紹介した内容はあくまでもきっかけにすぎませんので、下記の書籍からさらに学びを深めてください。
中川喜与志『クルド人とクルディスタンー拒絶される民族』(南方新社)
日本におけるクルド人研究者としては欠かすことのできない中川喜与志が著者のクルド人全般について説明されている本です。「クルド」の誕生から、現在に至るまでの歴史を含め、一国に止まることのないクルドの動きを時代とともに追った一冊です。
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イスマイル・ベシクチ『クルディスタン=多国間植民地』(柘植書房)
クルド人のアイデンティティを持つイスマイルベイクチが長年に渡り書き上げた一冊です。なぜクルドが政府と対立しているのか、両者の見解を説明しています。同著書の翻訳は、一冊目で紹介したクルド研究のスペシャリストである中川喜与志が担当しています。
一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
最初の1冊は無料でもらえますので、まずは1度試してみてください。
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などの特典もあります。学術的感性は読書や映画鑑賞などの幅広い経験から鍛えられますので、ぜひお試しください。
まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- クルド人は「国家なき最大の民族」である
- 日本にもクルド人のコミュニティが存在するが、滞在しているクルド人の正確な数字はわからない
- 日本に滞在しているクルド人の多くは、難民申請をしているのにもかかわらず、非常に不安定な在留資格を与えられている
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