人的資源管理(Human resource management)とは、「労働者に対して、人的資源を効果的かつ効率的に発揮できるように管理すること」1横山正博(2005)『人的資源管理の基礎と展開』中央経済社 2頁です。
人的資源とは労働力のことであり、企業は労働者の持つ労働力を直接的に支配することはできません。そのため、労働者を通じて供給される必要があることから、経営者が労働者のもつを効果的かつ効率的に発揮する手段のひとつとして人的資源管理という論点が生まれました。
端的にいえば、人的資源管理の目的は「経営目的達成のために必要な人的資源を調達し、育成することによってその機能を高め、生き生きと働けるように意欲を向上させるとともに労働条件を整備し、継続的に人的資源の確保・向上をめざす」2横山正博(2005)『人的資源管理の基礎と展開』中央経済社 2頁ことにあります。
この記事では、
- 人的資源管理の歴史・要素
- 人的資源管理の具体的な事例
などをそれぞれ解説していきます。
好きな箇所から読み進めてください。
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1章:人的資源管理とは
まず、1章では人的資源管理を概説します。2章以降では人的資源管理の具体例を解説しますので、用途に沿って読み進めてください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注3ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1:人的資源管理の歴史
冒頭にて、人的資源管理とは労働力の管理であると説明しましたが、労務管理が意識的かつ組織体系的におこなわれるようになったのは産業革命以降であると考えられています。
産業革命以前
- 従業員を雇用し、業務に従事させる企業という組織体系は数多く存在していた
- しかし、そのほとんどがいまのような大規模なものではなく、雇い主である資本家や資本家のもとで働く親方のような存在が、自分の目の届く範囲で、極めて自由な裁量をもって労務管理をおこなっていた
その後、産業革命が起こり、大規模な生産がおこなわれるようになると、管理しなければならない従業員の数も大幅に増え、産業革命以前の感覚的かつ属人的な労務管理では対応しきれない事態が増えるようになりました。
そのような背景のなかで、19世紀後半のアメリカにて、機械技師であったフレデリック・W・テイラー(1856-1915)によって「科学的管理法」と呼ばれる世界初の労務管理理論が生まれます。
科学的管理法の概要と影響
- テイラーの科学的管理法では、科学的な動作研究を用いることで、作業の標準化や、献身的な労働者に対する差別的出来高給制度を実現し、労務管理の大幅の近代化を進めた
- 1900年代に入ると、テイラーの功績は多くの研究者によって引き継がれ、ティードやメトカーフらによる人事管理論が生まれた
- テイラーの「科学的管理法」が労働力を機械的に管理することに重点が置かれていたのに対して、この頃になると労働者の適正分析や能力開発といった労働者の人間的な側面にも注目が集まるようになった
さらに、アメリカでおこなわれたホーソン実験(1924-1932)によって、仕事の能率に対して、仕事とは関係のない非公式なグループの存在が影響を及ぼすことが明らかになりました。具体的には、人間は企業内での立場や人間関係によって生産性が変化するという前提に立つ人間関係論が新たに提唱されました。
そして、1950年以降にはバーナード(1886-1961)らによる近代組織論や、マズロー(1908-1970)の欲求階層説などが根拠となり、人間の行動科学に基づく新たな労務管理論が展開されるようになりました。
この新たな労務管理論はハーズバーグ(1923-2000)やマグレガー(1906-1964)などのさまざまな研究者による研究結果の発表を経て、1970年代なると、労務管理は単なる労働者の管理・監督の域を超えたもの認知されるようになります。
つまり、経営者が労働者自身のモチベーションやモラールを高める配慮をおこない、労働生産性を向上させるべきであるという、現代にも続く戦略的人的資源管理という考え方が定着するようになりました。
1-2:人的資源管理の要素
人的資源管理とは、労働力の管理に関するさまざまな論点を総称した用語です。ここでは人的資源管理のなかでも、特に「労務管理」と「人材開発」に関わる4つの要素である「雇用」「人事・評価」「賃金・報酬」「教育」に関する概要を説明していきます4人的資源管理では、他にも「モチベーション」や「リーダーシップ」といった論点も含まれています。。
1-2-1:雇用
雇用とは、労働者の採用と退職に関する論点です。採用とは、量的、質的、時間的に企業が必要とする労働力を確保することであり、また、退職とは、企業と労働者の合意による雇用契約の解除のことと定義します5横山正博(2005)『人的資源管理の基礎と展開』中央経済社 10頁。それぞれ解説していきます。
採用には、正規従業員の採用と非正規従業員の採用の2つの要素が存在します。
- 正規従業員の採用
→雇用期間の定めのないフルタイムで勤務する従業員を採用することです。正規従業員の採用には一般的に「新規採用」と「中途採用」の2つの選択肢が存在し、新規採用では就業経験のない新規学卒者を採用し、中途採用では就業経験のある転職者を採用します。 - 非正規従業員の採用
→アルバイト6アルバイトは法律上の正式な呼称ではなく、学生の短時間勤務や有期雇用やフリーターなどの総称です。のような短時間労働者や雇用期間の定めのある有期労働者を採用することを指します。(→非正規雇用に関する問題はこちらの記事)
退職には、労働者の意思による退職(自己都合退職:たとえば転職など)と企業の意思による退職(会社都合退職:解雇、倒産など)という2つの要素が存在します。さらに、退職の種類は、一般的には下記のようにも分けられます。
- 定年退職・・・一定の年齢になったら企業が退職を促すことのできるもの
- 任意退職・・・労働者が職業選択の自由に基づいて退職を決めるもの
また、近年では企業が労働者に対して割増の退職金を支払うことで、定年退職前に自主的な退職を促す「早期退職」や「希望退職」もよく見られるようになりました。
1-2-2:人事・評価
人事とは、従業員に仕事を与え、賃金を決め、あるいは評価により昇進や昇給をおこなうことです。一般的に、従業員の配置を決める「人事異動」、職務や賃金を体系的に決める「人事制度」、職務の成果を評価する「人事考課」にわけることができ、それぞれ次のような論点があります。
人事異動には、縦の異動(昇進)と横の異動(配置転換)があります。昇進7昇進昇格とは、職務等級制度における職能資格が上がることですとは、組織の下位から上位の職位へ異動することであり、逆に上位の職種から下位の職位へ異動することは降格と呼ばれます。
代表的な人事制度には、「職務等級制度」と「職能資格制度」があげられます。
- 職務等級制度・・・主にアメリカで採用されている人事制度であり、職務の難易度や責任の度合いによって職務を格付けする制度である
- 職能資格制度・・・日本固有とも言える人事制度であり、同等の職務のなかに異なる職能資格を設けることで、長期的な能力開発へのインセンティブを与えるものである8たとえば、同じ事務という職務であっても、主任やチーフといった職能によって差をつけることで細かい人事異動が可能となります。
これらの日本と海外の人事制度の違いなどについて、下記の本で概要やその背景にある社会的要因まで知ることができますので、おすすめです。
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また近年、導入の事例が増えてきている成果主義と呼ばれる出来高制賃金制度も人事制度のひとつとしてあげることができます。
最後に、人事考課とは、仕事に対する評価であり、その評価の結果をフィードバックするために実施されるものです。人事考課は、通常、人事制度に基づいた評価をおこなわれるのが一般的です。
- 職務等級制度においては、職務の業績への貢献が評価される
- 職能資格制度においては、従業員の職務遂行能力が評価される
職務等級制度では主に、仕事の結果を中心に評価されるのに対して、職能資格制度では仕事の結果対する過程を重視している点に違いがあります。そのため、職能資格制度では勤務態度や性格など、本来の仕事には関係のない事柄に対しても評価項目が設けられる傾向があります。
1-2-3:賃金・報酬
賃金・報酬とは言うまでもなく、労働の対価として企業から労働者に支払われるものです。労働者に対する賃金・報酬は、一般的な企業であれば、賃金体系と呼ばれる一定の枠組みに乗っ取って定められており、図1にように分類されます。
図1 賃金体系9横山正博(2005)『人的資源管理の基礎と展開』中央経済社 69頁
賃金には大きく分けて、「月例賃金(決まって支給される賃金)」と「特別賃金(ボーナスや決算賞与など時期や金額に変動がある賃金)」が存在しています。
月例賃金はさらに「所定内賃金」と「所定外賃金」にわけることができます。所定内賃金の主な項目は「基本給」と「各種手当」であり、基本給には「年功給(定期昇給)」「職務給」「職能給」などが存在します。
日本特有の雇用の仕組みについて、詳しくは下記の記事をご覧ください。
1-2-4:教育
ここでいう教育とは、職業訓練や能力開発を含めた人材育成のことです。一般的な企業では、学校のような教育機関で実施されている学問的・社会的な教育はおこなわれず、その企業の経営戦略や人事戦略に基づいた実務的な教育がおこなわれます。
横山(2005)は、企業の人材育成について次のように述べて、人的資源の価値を高める人材育成の重要性を指摘しています1010横山正博(2005)『人的資源管理の基礎と展開』中央経済社 123頁[/mfn]。
他の経営資源を生かす経営戦略の担い手となるよう『知識』や創造力が育成の中心となること、従業員が主体的に人材育成へのモチベーションを(意欲)をもつこと、さらにコミュニケーション能力を高め、こられにより組織全体の能力を高めることが大切といえる。
教育には、職場内研修であるOJT(On-the-Job=Training)と職場外研修であるOff-JT(Off-the-Job-Training)があり、企業はそれぞれの特性を生かしながら、人材育成を行っていきます。
OJTは、仕事をしながら教育をすすめることであり、企業においてもっとも一般的な教育方法です。
OJTの概要
- OJTが重視される理由には、仕事のそのものが教材となることである。上司が部下の仕事の遂行にあたって、わからないところや困ったところについて逐次、アドバイスしたり、部下の話を聞くことによって、知識、技能、態度などを高めることができる点があげられる
- また、言葉では表すことのできない暗黙知を習得することや、部下のレベルに応じてマンツーマンで個別に教育がおこなえること、さらに社内の従業員同士の教育であるため費用がそれほどかからないといったメリットもある
一方で、Off-JTには集合研修や派遣研修、そのほかにネットを使ったEラーニングが存在します。
Off-JTの概要
- Off-JTでは、参加者が一定時間仕事から離れ、集合して研修を受けることで、研修内容について集中的な教育をおこなうことができる
- また、Off-JTでは外部の専門の講師による研修がおこなわれることが多いため、社内のルールや価値観に捕らわれない研修が期待できることで、従業員の意識変化や、組織風土の変化に大きな効果がある
しかし、Off-JTは、実務から離れて一律的に行わるため、実務に即したOJTに比べ即効性や仕事との関連性が少なく、参加者の関心も低くなりやすいという問題もあります。
また、OJTと比べて費用も高くなる傾向にあることから、Off-JTの実施にあたっては、参加者の選抜や参加者の研修内容に対する満足度調査などといった取り組みが求められます。
※企業内における「知識」の活用については下記の記事も参考にしてください。
【ナレッジマネジメントとは】理論・手法・具体例をわかりやすく解説
【知識創造理論とは】基本的な概念やSECIモデルをわかりやすく解説
- 人的資源管理とは、「労働者に対して、人的資源を効果的かつ効率的に発揮できるように管理すること」11横山正博(2005)『人的資源管理の基礎と展開』中央経済社 2頁である
- 人的資源管理の「労務管理」と「人材開発」には、「雇用」「人事・評価」「賃金・報酬」「教育」が関係してくる
2章:人的資源管理の具体的な事例
2章では、総合小売業の大手である「株式会社イトーヨーカ堂」の人的資源管理に関する具体的な取り組みを紹介します。
株式会社イトーヨーカ堂について12株式会社イトーヨーカ堂「会社概要」
- イトーヨーカ堂は、日本全国にショッピングセンター「イトーヨーカ堂」等を展開する企業で、売上高1兆円超、グループ従業員数約3万人を誇る日本最大級の総合小売業である
- イトーヨーカ堂は、3万人を超す従業員を管理するために人的資源に関するさまざまな取り組みをしている
図2はイトーヨーカ堂の人的資源管理の取り組みをまとめた図表です。
図2 イトーヨーカ堂の人的資源管理の取り組み13日本経済団体連合会(2010)「経営環境の変化にともなう企業と従業員のあり方~新たな人事労務マネジメント上の課題と対応策~ 事例編」8頁
イトーヨーカ堂では、従業員の仕事に対する価値観や働き方のニーズの多様化に対応するために、一律的な人事制度から従業員が選択できる社員群制度を採用しています。具体的には、以下のいずれかを自己選択できる人事制度が用意されています。
- ナショナル社員群・・・全国勤務が可能な社員群
- エリア社員群・・・通勤できる範囲・事業所を限定して勤務する社員群
- ストア社員群・・・従業員の生活や事情に合わせて一つの事業所限定で勤務する社員群
また、少子高齢化や労働環境の急速な変化のなかで安定的に人員を確保するために、社員群制度の「ストア社員群」の中に、各人のライフスタイルに合わせて働き方を選べるパートタイマーのための「ステップアップ選択制度」を導入しています。
この制度では、従業員本人が希望し業務評価が認められた場合に「レギュラー」⇒「キャリア」⇒「リーダー」へとステップアップを可能とする一方で、ステップアップを希望しないこともできるようにするなど、従業員の価値観に合わせた柔軟な運用が行われています。
教育の面については、「パートタイマー自らが問題を発見し、目標を立て、これらを解決・達成していくこと」を奨励しています。そして、入社時の研修やキャリアに応じたOJTを充実させるとともに、担当部門で求められる商品知識や接客に関する技能、食品の加工技術などを身に付ける教育・研修がおこなわれています。
また評価の面については、「セルフチェック制度」を導入しています。
セルフチェック制度の概要
- 職場で果たすべき役割や、必要な知識、技能の習得度、従業員として守るべきルールの実践などをパートタイマー本人と上長のそれぞれが評価する
- そして、面接を通じて本人と上長の評価のギャップなどを確認・指導する機会を設ける
このようにして、評価に客観性を持たせるとともに、改善すべき点や今後の課題・ 目標などを明確にしています。
3章:人的資源管理について学べるおすすめ本
人的資源管理について理解を深めることはできましたか?
この記事で紹介した内容はあくまで概要です。人的資源管理をしっかり学ぶために、これから紹介する本をあなた自身で読んでみることが重要です。
オススメ度★★★ 横山正博『人的資源管理の基礎と展開』(中央経済社)
人的資源管理に関する各種論点がわかりやすくまとめられている1冊です。人的資源管理について、まずは網羅的に学びたい方にはオススメの著書です。
オススメ度★★ 榊原清則『経営学入門[上]』(日本経済新聞出版社)
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- 人的資源管理とは、「労働者に対して、人的資源を効果的かつ効率的に発揮できるように管理すること」14横山正博(2005)『人的資源管理の基礎と展開』中央経済社 2頁である
- 人的資源管理の「労務管理」と「人材開発」には、「雇用」「人事・評価」「賃金・報酬」「教育」が関係してくる
- 総合小売業の大手である「株式会社イトーヨーカ堂」の人的資源管理に関するさまざまな取り組みをしている
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