アメリカの大統領制は、大統領が行政府のトップとして省庁の長官などの指名、大統領命令の発令、米軍の最高指揮官といった権限を持つ仕組みです。
アメリカ大統領は大きな権限を持ち、またメディアに登場することも多く大きな存在感を持つ一方、国内政治においては議会と協調しなければ政策立案をリードできない面も持っています。
アメリカ大統領を理解することは、アメリカと強い関係を持つ日本の政治を考える上でも非常に重要なことです。
そこでこの記事では、
- アメリカ大統領制の仕組み
- アメリカ大統領選挙の仕組み
- アメリカ大統領制が成立した歴史
について詳しく解説します。
ぜひ読みたい所から読んで勉強に役立ててみてください。
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1章:アメリカ大統領制の仕組み
アメリカ大統領制について説明するためには、アメリカの政治制度の全体像について簡単に知っておく必要があります。そこでこれから、アメリカの政治制度の全体像、大統領の役割や権限について詳しく説明していきます。
大統領選の仕組みから知りたい場合は、2章からお読みください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1:アメリカの政治制度
そもそも、アメリカの政治制度は、大きく「連邦制」と「三権分立(権力分立制)」という2つの仕組みによって成り立っています。
1-1-1:政治制度の全体像
- 連邦制:アメリカの連邦政府(中央政府)と州政府がそれぞれ権限を持ち分業している仕組みのこと。連邦政府は国防、外交、州間の商取引、国家財政・税制などの州を超えて行わなければならないことを役割とし、それ以外は州に権限がある
- 三権分立:連邦政府の中で、「立法府=議会」「行政府=大統領」「司法=連邦裁判所」という3つの権力が分立している仕組み
連邦制という仕組みも、アメリカ政治を理解する上では非常に重要ですが、大統領制を理解する上では三権分立について理解する必要があります。
三権分立については後ほど詳しく説明しますが、簡単に言えば連邦政府(中央政府)内で、特定の機関が強い権力を持ち特定の人物や組織の利害を政治に置いて優先しないように、3つの権力が監視、抑制し合う仕組みのことです。
中央政府が三権分立の仕組みをとっているのは多くの民主主義国家で同様ですが、その形態が国によって異なります。
1-1-2:日本とアメリカの三権分立の違い
アメリカの連邦制、三権分立制の特徴を理解するには、日本の三権分立との違いから知ると分かりやすいです。
※三権分立は理解しているという場合は、1-1-3に飛んでください。
結論から言えば、日本の三権分立制はアメリカほど権力が分立していない点が特徴です。
日本の中央政府は、議院内閣制という仕組みを持っています。議院内閣制の特徴を簡単にまとめると以下のようになります。
- 国民が直接選ぶのは国会議員のみ、国会が持つのは立法権。
- 法律に基づいて具体的な政策を決定し、実行を指揮するのは内閣(行政権)だが、内閣を国民が直接選ぶことはできない。
- 国会で、まずは内閣総理大臣が指名され(それを天皇陛下が任命)、その総理大臣によって内閣の各国務大臣が選ばれるという仕組みが議院内閣制。
政治において、国民は自らの意見を政治に反映する権利を持っていますが、議院内閣制の場合は、立法権には「議員を選挙で選ぶ」という方法を通じて、意見を反映できます。
一方、行政権(内閣)には、国会を通じて間接的に反映することしかできない、というのが議院内閣制です。
国民が意見を反映できる経路が1つに限られていることから「一元代表制」とも言われます。
議院内閣制について、詳しくは下記の記事や書籍をご覧ください。
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アメリカ大統領制については下記の本も参考にしてください。
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■大統領制の特徴
これに対し、大統領制は「二元代表制」と言われます。
これは、立法権を担う議員を選挙で選ぶ(これは日本と同じ)というだけでなく、行政権のトップである大統領も選挙によって公選されるということです。
簡単に言えば、議院内閣制の場合、立法権を持つ議会が行政権を持つ内閣の組閣に力を及ぼせるという点で、大統領制よりも三権分立が曖昧であると言えます。大統領制は、権力がより明確に分立しているのが特徴なのです。
3章で説明しますが、このような制度になったのは、大統領がもともと議会を抑制する役割として形成された歴史があるためです。
1-2:大統領の役割・権限
ここでは、アメリカの大統領が持つ具体的な権限を説明します。実態的な面については3章で説明します。
1-2-1:アメリカ大統領が持つ権限
アメリカの大統領は一般的に、強大な権限を持っているようなイメージがあると思います。確かに多くの権限がアメリカ合衆国憲法で規定されているのですが、実はその権限には一定の制限もあるのです。
①行政権
まず大統領は行政権を統轄するため、巨大な行政組織を動かす力を持っているということです。そして、三権分立の仕組みの中でその他の権力を抑制する力も持ちます。
大統領が実務を行う上ではさまざまな専門家の力を借りる必要があるため、大統領は各省庁の長官を指名し、閣僚(14の省の長官が集まる諮問会議)を集めることができます。
アメリカの大統領の元に集まる閣僚については、特に憲法で規定があるわけではありません。そのため、大統領が自由に必要に応じて集めるのです。
また、大統領が入れ替わるときは閣僚を中心に3000人もの職員が入れ替わるのも特徴的です3職員は政府と民間企業やシンクタンクを渡り歩くことから、その仕組みは「回転ドア」とも言われています。。
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➁立法権
立法権は議会が持つ、法律を作る権利のことですが、大統領も立法に影響を及ぼすことができます。
- 拒否権
議会が可決した法案に対して、大統領は拒否権を発動できる。拒否権を議会が覆すためには、上院・下院が3分の2以上の票で覆さなければならない - 立法措置の提案、世論への影響
大統領は議会に立法措置を提案でき、議会がその提案を決議しなかった場合は、特別会議を招集できる。また、大統領は演説、メディア出演などを通じて世論を左右することも可能であり、議会の立法に影響を与えられる
教科書的には、立法権は議会が持つものとされますが、大統領も一定の影響力を与えることが可能になっているのです。
③司法権
大統領は、司法権にも一定の影響を及ぼすことができます。
- 任命権
最高裁判事(裁判官)の任命(上院が承認する必要がある) - 恩赦
連邦法で有罪判決を受けた者に恩赦(刑期短縮、罰金の減額など)を与えることができる
④外交
大統領の主要な仕事の1つが外交であり、外交権について大きな力を持っています。また、一般的にも大統領は国家の顔として報道で目にすることも多いでしょう。
- 任命権
大使、公使、領事といった外交官を任命する(上院の承認が必要) - 接待、外交活動
海外の閣僚の接待や、接待を通じての各国首脳との外交活動 - 条約、協定の交渉
条約を交渉、締結できるが上院の3分の2の賛成を得る必要がある。行政協定については、交渉だけでなく上院の承認なしに締結できる
これを見ると「大統領って権力を持ちすぎでは?」と思われるかもしれません。しかし、三権分立とは特定の機関が権力を持ちすぎないように抑制、監視しあう仕組みのことですので、大統領は他の権力を上記の形で抑制しているのです。
三権分立について、詳しくは下記の記事をご覧ください。
さらに歴史を見ると、そもそも大統領は議会を抑制する存在として形成されてきました。そのため、現在でも実は憲法上の権限の制限が大きく、それが問題を引き起こしていることが指摘されています。
この問題点を理解するには、アメリカ政治の歴史から知る必要がありますので、詳しくは3章で説明します。その前に、アメリカ大統領がどのようにして選ばれるのか、2章で説明します。
- アメリカの大統領制とは、大統領も国民から公選される「二元代表制」であり、大統領命令や米軍最高司令官、省庁長官の指名権などを持つ仕組み
- アメリカの大統領は三権分立の仕組みによって抑制、監視される存在でもある
2章:大統領選挙の仕組み
アメリカの大統領選は、日本でもよく報道され注目を集めます。それは、日本がアメリカと他の国より強く結びつきを持っているからであり、アメリカ大統領選は日本政治にも大きな影響を与えるものだからです。
しかし、アメリカ大統領選について、その仕組みがよく理解できないという方も少なくないと思います。
そこでこれから、アメリカ大統領選挙の仕組みを分かりやすく説明していきます。
最初に全体のスケジュールを言えば下記のようになります。
- 2月~6月:アメリカの大統領選は予備選挙と党員集会(党ごとの候補者を絞り込む)が本選挙前にある
- 7月~8月:予備選挙が全国党大会において7月、8月ごろに行われ各党の候補者が1人に絞り込まれる
- 11月:本選挙が11月に行われる
これから具体的に説明していきます。
2-1:大統領選挙に出る資格
まず、大統領選に出る資格から簡単に説明します。アメリカの大統領選に出ることができるのは、以下の資格を満たす人です。
- アメリカ生まれ
- 35歳以上
- アメリカに14年以上住んだ人
この資格を満たせば誰でも選挙に出ることができます。ただし、実際にはアメリカの大統領選挙は共和党と民主党の二大政党のどちらかに所属していなければ、勝ち上がることが困難です。
大統領の任期は4年であるため、大統領選挙は4年に1回行われます。次回の選挙は2020年の11月であり、2021年の1月から新大統領(もしくは現大統領の2期)の政権が開始するのです。
2-2:大統領選・予備選挙
アメリカは共和党、民主党の二大政党が政治の中心であるため、議員はほぼどちらかの政党に属し、各政党が1人ずつ候補者を決めて、その2人のどちらかを大統領に選ぶ選挙(本選挙)をする、という形になっています。
つまり、「政党の中で候補者を絞るプロセス(党員集会や予備選挙)」と「絞られた候補者の中から大統領を選ぶ本選挙」の大きく2つの段階で行われるのです。
アメリカの場合、特に近年は共和党と民主党で掲げられる政策やイデオロギー、支持者の層も分極化しており、大まかには下記のように分かれています。
予備選挙では、大統領に名乗りを上げる候補者の中から、党員による話し合いや投票で候補を絞り込んでいき、予備選挙で最も支持された候補者が、正統な候補者となり本選挙に出ることができます。
時系列で整理しましょう。
- 2月ごろ~党員集会
党員集会がはじめられて党の中で候補者が絞り込まれる - 3月3日(スーパーチューズデー)
これは、人口が多いカリフォリニア州、テキサス州などで党員集会や党内の投票が集中する日のことで、予備選における1つの山場。 - その後の3月から6月まで
引き続き党員集会などが行われる - 7月に民主党の全国党大会、8月に共和党の全国党大会
ここで正式に党ごとに1人ずつの候補者が絞られる。予備選で選ばれた人が、公認候補となる
このような段階を経て候補者が絞り込まれるのですが、実際には、その前の党員集会などの段階でほぼ絞り込まれ、公認が事実上決まっていることもあります。2020年大統領選では、民主党候補バイデンが早い段階で絞り込まれていました。
候補者が選ばれた後は、11月の本選挙までは2人の候補者がアピールを続け、11月3日に本選挙、翌年1月20日に就任式が行われます。
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2-3:大統領選・本選挙
大まかな流れは上記の通りですが、大統領選の本選挙は、実は国民の投票によって直接に大統領が選ばれるわけではありません。アメリカの大統領選は、「選挙人」によって代理投票される「選挙人団方式」という特徴的な仕組みがあるのです。
2-3-1:選挙人とは
選挙人とは、州ごとに人口に比例して割り振られている大統領を選ぶ権限を持つ人のことで、アメリカ全土で538名がいます。
本選挙では、まず一般の有権者が選挙人を選びます。大統領本選挙では、選挙人が大統領を選ぶため、過半数の選挙人(270人)を獲得した方の候補者が大統領になることができます。
とは言え、選挙人は有権者の意向と独立的に投票するわけではありません。
選挙人は、事前に有権者との間で誰に投票するかを約束しており、実際には、有権者が投票するときには、投票用紙には大統領候補者の名前しか書かれていません。そのため、実際には有権者が直接大統領を選んでいるのとそれほど違いはないのです。
とはいえ、日本の報道でも選挙人について触れられることが多いため、このような仕組みになっている、ということは理解していおくことが大事です。さらに、選挙人という仕組みを採用しているために、次に紹介するような問題も起きます。
2-3-2:得票数が少なくても大統領になれることもある
大統領は獲得した選挙人の数(過半数の270人以上で勝利)で当選が決まるため、得票数と獲得選挙人数が逆転し、当選してしまうことが稀にあります。
これは、多くの州(48州)で、その州で票を多く獲得した候補者が、その州に割り当てられている選挙人を総取りするという「勝者総取り方式」が採用されているために起こる現象です。
選挙人は人口に比例して割り当てられるため、人口が多い州には多くの選挙人がいます。そのため、人口が多い州で勝って多くの選挙人を獲得できれば、人口が少ない州での負けが多く、トータルの得票数が対立候補者に負けていても、大統領に当選できるということがあるのです。
実際、2016年の大統領選では、トランプは290人の候補者を獲得して当選したものの、対立候補であったヒラリー・クリントンよりも得票数で33万人も少なかったのです。
選挙人団の仕組みは、これまでもこうした逆転現象を生じさせておりそのたびに批判も招いています。しかし、選挙人団方式は、それぞれの州が植民地という国家に近い別の存在としてはじまり、その連合体にアメリカ合衆国の起源があるという歴史から生まれたものであるため、憲法にも明記されているものです。
選挙人団方式を変えるには憲法を変えなければならないため、変更するのは非常に難しいのが現状です。
さて、ここまで読んで「なんでこんなに日本と違う仕組みが作られたんだろう?」という疑問も出てきたかもしれません。そこで3章では、アメリカの政治の仕組みが作られた歴史を簡単に説明します。
- アメリカ大統領選は、予備選挙(7~8月)と本選挙(11月)の2段階で行われる
- 大統領選は選挙人団方式という仕組みで行われるため、得票数と獲得選挙人数が逆転し、当選してしまうことがある
3章:アメリカ大統領制の歴史
これからアメリカ大統領制を中心に、アメリカの政治の仕組みができた歴史を簡単に説明しますが、結論から言えば、
- アメリカの大統領は議会を抑制する存在として形成された
- そのため、大統領が政策を主導するには議会と協調する必要があり、それができない場合はリーダーシップを発揮できず大きな改革ができなくなる問題がある
ということです。
まずは歴史をたどり、それから現在の大統領制が抱える問題点について触れていきます。
3-1:大統領制形成の歴史①13植民地の時代
アメリカ合衆国はそもそも、ネイティブ・アメリカンの住む北アメリカ大陸にイングランドをはじめとするヨーロッパ諸国からの移民によって作られた国家です。この歴史から独自の政治制度が作られました。
3-1-1:別個に成立した初期植民都市
イングランド人の入植は、一般的にイギリス本国における宗教政策やイギリス国教会に反発して移住したピューリタンらによってはじめられたと言われます。確かに彼らピューリタンの建国期の宗教的・思想的な影響力は大きかった4久保文明『アメリカ政治史』(有斐閣)12頁ものの、移住者の数で言えば経済的な理由から移住した者の方が多かったことが分かっています5川北稔『民衆の大英帝国―近世イギリス社会とアメリカ移民』 (岩波現代文庫) など。
→ピューリタンについて詳しくはこちら
宗教的理由、経済的理由などさまざまな動機で、アメリカ東海岸の異なる地域に植民地が別個に建設されていきました。こうしてアメリカ合衆国の初期には13の植民地が成立し、それぞれ別個の国家のような存在でありつつも、交通の発達や経済的交流などから「アメリカ人」という我々意識が少しずつ生まれていったと考えられます。
3-1-2:アメリカとイギリスの対立
こうして建設されたアメリカの13植民地ですが、これはあくまでイギリス本国の植民地という従属的な立場に置かれたものでした。
イギリスは、ヨーロッパにおける七年戦争やアメリカ大陸におけるフレンチ・インディアンジュエリー戦争を戦い、その戦費の負担をアメリカにも課税という形で求めました。これがアメリカとイギリスの対立になります。
なぜなら、アメリカの植民地からはイギリス本国の議会に議員を送ることができないのに、イギリスは一方的に課税しようとしてきた、と考えられたからです。アメリカは「代表なくして課税なし」とイギリスと対立を深めていきます。
こうして、アメリカとイギリスは独立戦争に突入するのです。
3-2:大統領制形成の歴史➁当初の問題と憲法の制定
独立宣言、独立戦争をきっかけに憲法が作られていくのですが、その過程で現代のアメリカ政治の原型となる仕組みや思想が作られていきました。
3-2-1:「邦」の抱えた問題
独立戦争中、独立後どういう政体にするのか規定するために、各邦で憲法が制定されました。独立宣言後~合衆国憲法前に制定された、各植民地独自の憲法の事を政治学では「邦憲法」と言います。
当初、アメリカは植民地(邦)同士の独立性が強く、1つのまとまりのある「アメリカ」という国家というよりも、半分国家のような存在の13の邦が連合体を取るような状態だったのです。
しかし、この独立性の高さが独立戦争後、新たな問題を生むことになりました。
独立戦争後、アメリカは「アメリカ連合」という独立した邦の連合体となったため、アメリカ全体として対応しなければならない問題が、「連合体」のままでは解決できないということが明らかになったのです。具体的には以下の問題がありました。
-
独立戦争で巨額の対外債務(他の国への借金)を抱えたが、その返済のために課税する方法を連合議会は持たなかった
-
邦がそれぞれ自由に、自分たちの利益を優先して関税などを設定したため、アメリカ連合全体としての経済発展の障害となった(連合議会はそのような行為をやめさせられない)
3-2-2:多数者の専制という問題
上述のような問題が生まれた原因は、選挙権の拡大と民主主義の仕組みにあると考えられました6久保文明 前掲書18頁。民主主義と言えば、現代では政治の大前提のように考えられがちですが、この時代は民主主義が否定的にも捉えられていたのです。
- 本来なら独立後、対外債務の返済のために国民に課税して財源を確保する必要があったが、それは多くの国民にとって負担になるものだった
- それは選挙権の拡大によって、さまざまな人が政治参加したために、議会が議員による利益重視の行動を行う場となった
- その結果、債務返済のための課税が難しくなるなど、中央政府が強く政策を推進することが難しくなった
簡単に言えば、さまざまな利害を持つ人々が自らの意見を議会を通じて政治に反映できるようになったために、自分たちの損になるような政策ができなくなったということです。
民主主義におけるこのような状態のことを「多数者の専制」と言います。
→多数者の専制について詳しくはこちら
換言すれば、独立戦争直後のアメリカ連合は議会をいかにコントロールして国家としてまとまりのある政策を行っていくか、ということが課題になっていったのです。これは、もともと「邦」の集まりでありそれぞれの自立性を重視する国家観から、新たな国家観を打ち出す必要に迫られたということでもあります。
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3-2-3:合衆国憲法の制定
こうした、「アメリカ連合」が抱えた問題を解決するために制定されたのが「合衆国憲法」であり、これが現代アメリカの基本的な政治の仕組みを規定しているものです。
合衆国憲法では、主に下記のことが規定されました。
- 議会が議員の個別利益を追求する場にならないように、議会を抑える手段として大統領の役割を規定すること(大統領制・権力分立制)
- 「邦」というそれぞれが主権国家に近い存在から、「州」という自立性を抑えたものに転換し中央政府(連邦政府)の役割を拡大すること(連邦制)
大統領は、公民的道徳を持たない議員が勝手に権限を行使する(多数者の専制)ことがないように、抑制する存在として以下の権限が与えられました。
-
立法を勧告する権限
-
議会の立法に対する拒否権
これは、1章でも説明した現代の大統領が持つ権限と同じ権限であることが分かると思います。このように、アメリカの政治は議会を中心としつつも、その暴走を抑える存在として大統領という役割が規定されたのでした。
別の言い方をすれば、大統領はアメリカ政治をけん引する強い存在として生まれたわけではなかったのです。この点は現在の憲法の規定でも変わっておらず、ゆえに憲法上の大統領の権限は限られているのです。
「じゃあ、なんでアメリカの大統領はあんなに大きな存在感を持つの?」「大統領はよく表に出るからイメージが強いだけで、実際には権限が弱かったの?」と思われるかもしれません。
実は、上記の理解も正しくありません。実際、アメリカ大統領が政策過程でリーダーシップをとることができた時代が長く続いたのです。これから説明します。
3-3:大統領制形成の歴史③大統領と議会の協調
大統領の役割は時代によって変わり、まだそのリーダーシップは政治情勢によっても左右されてきました。その変遷を説明します。
3-3-1:大統領に期待される役割の変化
当初限定的な役割が規定されたアメリカ大統領でしたが、時代の変化に伴って期待される役割が変化しました。
アメリカは独立戦争後、領土の拡大と新しい州の誕生(→こちらも参考)、工業化の進展、移民の急増、労働環境の悪化、独占企業の誕生、格差拡大などのさまざまな問題を生みました。これらの問題は州政府が各自で対処することが難しく、連邦政府のリードが求められるようになります。
さらに1929年には世界恐慌が勃発し、連邦政府が主導して危機に対処しようとしていきました。こうして、アメリカの連邦政府は、最小限の役割のみを担う存在から「大きな政府=政府が積極的に社会経済的問題に介入する」へと変化していくのです。
こうして、連邦政府および行政府のトップとしての大統領に対して求められる役割が変わり、大統領は単に議会を抑制する存在ではなく、積極的に政策を立案し議会と協調しながら立法へ導くような存在へと変化していったのでした。
このアメリカ政治の転換について、詳しくは下記の記事をご覧ください。
3-3-2:議会との協調
大統領がこのように積極的な役割を果たせるようになった背景には、アメリカ国内の政治に条件がそろっていたという理由もあります。
フランクリン・ルーズヴェルトが1930年代に「大きな政府」的な政策をはじめてから、社会・経済・文化の諸課題に政府が右派、左派などの党派を超えて取り組む「リベラルコンセンサス」が形成されました。つまり、議会が大統領と協調して問題に取り組む合意が生まれたのです。
また、民主党はニューディール連合を形成し議会で多数党を形成できるようになり、1932年から1964年の9回の大統領選挙で、負けたのはわずか2回(アイゼンハワ-(共和党)の52年、56年のみ負け)でした7久保文明 前掲書125頁。
このように、連邦政府内で民主党を中心に合意形成しやすい状況の中では、大統領の権限が憲法上限られていても、大統領が主導して政策を進めることができたのです。
3-4:大統領制の問題の顕在化
このように大統領は議会と協調することでリーダーシップを発揮できたのですが、ニューディール連合が崩壊し民主党が優位に立てなくなり、1970年代以降は大統領の政党(政権党)と議会多数党が一致しない分割政府状態が増えました。
分割政府とは、たとえば大統領が共和党なのに議会の多数党が民主党である、というような場合のことです。
こうした経緯から、大統領の権限が憲法上限られているという問題が顕在化したのです。
とくに、憲法の規定のままでは大統領の制度的権限が乏しいアメリカ大統領制の場合には、有権者の期待水準は引き続き高いにもかかわらず、議会での多数派形成ができないことによる政権側への成約は強く作用する。これは明らかに、憲法典の明文改正を伴わない憲法変革による大統領制の変化の帰結であった8待鳥聡史『アメリカ大統領制の現在』(NHK BOOKS)No.861。
近年では、オバマ政権が中間選挙後、分割政府状態になったことから革新的な政策が困難になったことが記憶に新しいです。このように、アメリカの大統領制は一般的なイメージとは異なり、特に議会と協調しにくくなった昨今は強く政治を牽引することが難しくなっているのです。
この現代のアメリカ大統領制が抱える問題について、詳しくは下記の本が詳しいです。
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このような問題が顕在化したのは、ある意味で三権分立が正しく働いているとも言えますが、国内外でさまざまな問題を抱えている中で、大胆な政策をとることができないという意味で、大きな問題でもあるのです。
- アメリカ大統領はもともと、議会を抑制する役割として成立した背景がある
- 1930年代から1960年代までは、大統領がリーダーシップを取りやすい環境があったが、それが崩れ出した1970年代以降は、大統領のリードが難しくなることも多い
4章:アメリカの大統領制について学べるおすすめ本
アメリカの大統領制について理解することはできたでしょうか。この記事で説明したのは初歩的な部分に過ぎませんので、より詳しくは下記の本を参考にさらに深く学んでみてください。
オススメ度★★★待鳥 聡史『アメリカ大統領制の現在 権限の弱さをどう乗り越えるか』 (NHKブックス)
この本はアメリカの大統領の憲法上の権限の弱さや、大統領が政策をリードするためにはどういう条件が必要なのか、といった問題を詳しく分析した本です。アメリカの大統領制が抱える問題について理解するために必読です。
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オススメ度★★久保 文明『アメリカ政治史』(有斐閣)
アメリカの政治史の流れを解説したテキストです。個々の出来事の掘り下げは少ないですが、アメリカ政治および大統領制の大きな流れを把握する上でとても良い本です。
一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- アメリカの大統領制とは、大統領も国民から公選される「二元代表制」であり、大統領命令や米軍最高司令官、省庁長官の指名権などを持つ仕組み
- アメリカ大統領選は、予備選挙(7~8月)と本選挙(11月)の2段階で行われる
- アメリカ大統領はもともと、議会を抑制する役割として成立した背景がある
このサイトは人文社会科学系学問をより多くの人が学び、楽しみ、支えるようになることを目指して運営している学術メディアです。
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参考画像
ヒラリー・クリントン:Wikipedia