社会的手抜き(Social loafing)は、人間が集団で作業を行うとき、それより少ない人数や個人で作業をするときよりも1人あたりの生産性が低くなる現象です。
社会的手抜きが起こると、集団として成果を上げることが困難になってしまうため、その対策まで理解することが大事です。
そこで、この記事では、
- 社会的手抜きの意味・原因
- 社会的手抜きの具体例
- 社会的手抜きの対策
について解説していきます。
好きな箇所から読み進めてください。
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1章:社会的手抜きとは
1章では社会的手抜きの「意味」「例」「原因」を紹介します。2章では心理学的実験、3章では対策を解説しますので、用途に合わせて読み進めてください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1: 社会的手抜きの意味
まず、冒頭の確認となりますが、社会的手抜きは、
人間が集団で作業を行うとき、それより少ない人数や個人で作業をするときよりも1人あたりの生産性が低くなる現象のこと
です。
簡単にいえば、1人で作業をするときよりも集団で作業を行うときの方が、つい怠けてしまったり手を抜いたりしてしまうことです。
実際にあなたは集団の中の一員となったとき、「誰かが代わりにやってくれるだろう」と考えてしまい、結果として作業を怠けてしまうことはないでしょうか?社会的手抜きは、経験的にも理解しやすいと思います。
ちなみに、社会的手抜きは、別の言い方で「フリーライダー(ただ乗り)現象」「リンゲルマン効果」「社会的怠惰」とも呼ばれます。
社会的手抜きは、20世紀初めのフランスの農学者である、マクシミリアン・リンゲルマン(Maximilien Ringelmann)によって示された心理現象です(正式に「社会的手抜き」と名付けたのは、後世の心理学者であるビブ・ラタネ(Bibb Latané)です)。
社会心理学者の釘原直樹は、著書『人はなぜ集団になると怠けるのか「社会的手抜き」の心理学』において、リンゲルマンの行った実験について解説しています。概要は以下の通りです2釘原直樹『人はなぜ集団になると怠けるのか 「社会的手抜き」の心理学』中公新書,5頁)。
- リンゲルマンは、被験者を各個人で綱引きや荷車を引くというような力仕事に参加させて、参加人数の総合計に対する1人当たりの力の量の違いを測定した
- 実験の結果、1人が綱引きや荷車を引くのに用いる力100%とするとき、集団で作業を行ったときには、1人当たりが用いた力が低下していることが示された
- 具体的に、集団で作業を行ったときの1人当たりの力の量は、2人のときは93%、3人のときは85%、8人のときには49%まで低下した
リンゲルマンはこの実験を通して、人間は十分な能力を持っていたとしても、自分の能力や力を集団の中で100%発揮することができなくなってしまう特性を持つのではないか、と考えるに至りました。(※より詳しい実験は2章で解説します)
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1-2: 社会的手抜きの例
さて、上述したリンゲルマンの実験は20世紀のことですが、社会的手抜きは21世紀の現在でも私たちの身の周りでもよく見かける現象です。
社会的手抜きが生じやすい場面として、集団でスポーツを行う場合を挙げることができます。たとえば、以下の場面を想定してみてください。
- 綱引きや玉入れなどの集団で行う競技では、多くの選手が1本の縄を引っ張ったり1つの籠に玉を集めたりする
- たった1人で綱を弾いたり玉を集めたりしなければならない場合、自分が動かなければ競技に勝つことができない
- しかし、集団競技になると、自分が必死にならなくともたくさんの仲間がいる
- その結果として、自分の100%の力を出して競技に参加する人は少なくなり、周囲が頑張って取り組んでくれることを期待する人が増える可能性がある
このように、社会的手抜きは他者に頼ることができる状況下で発生する心理現象です。簡単な例ですが、社会的手抜きが生じる場面を想定できたと思います。
1-3: 社会的手抜きの原因
ではなぜ、集団内では社会的手抜きが発生してしまうのでしょうか?上述の社会心理学者釘原は、社会的手抜きが発生しやすい集団に以下の4つの特徴があるとしています3釘原直樹『人はなぜ集団になると怠けるのか 「社会的手抜き」の心理学』中公新書,17頁)。
- 周囲に自分と同じ作業に従事する人が多くいて、個人の作業の様子について他の集団構成員の注目が小さい状態にあること
- 優秀な集団構成員がいるため、自分が特別努力しなくても集団の良い成果が期待できる状態にあること
- 自分の努力の量にかかわらず報酬が変わらないなど、個々人の努力が不要な状態にあること
- 集団の中である構成員だけが評価される可能性が低い状態にあること
それぞれ解説していきます。
①の特徴が見られるとき、集団に属する個人は自分の存在が集団に埋没している状態と認識します。
釘原によると、人間は自分の作業の様子を誰かが見ているときとそうでないときで、作業で発揮できるパフォーマンスの質が変化します。誰も見ていない、と思うと、無意識に手抜きをしてしまうからです。
②の特徴が見られるとき、集団に属する個人は自分が特別頑張らなくても作業は終わるだろうと考えるようになります。
優秀に見える一部分の集団構成員のはたらきに期待を沿え、自分自身は怠けてしまう可能性があります。
個人で作業をするときには、この作業は自分がやらなければならないという責任感を持って作業に取り組むことができますが、集団で行うことで1人あたりの責任感にばらつきが生じます。
③や④の特徴が見られるとき、集団に属する全ての個人は平等に扱われている状態であるといえます。どれだけ頑張ったとしても報酬は変わらず、どれだけ作業に貢献したとしても評価されることのない状況にあるとき、人間は集団作業について、最低限のパフォーマンスを行えば十分だろうと考えるようになります。
このようにみると、「自分が行動することで損をしたくない」という思いが生じたときに、人間は社会的手抜きを引き起こしやすくなることがわかると思います。
- 社会的手抜きは、人間が集団で作業を行うとき、それより少ない人数や個人で作業をするときよりも1人あたりの生産性が低くなる現象である
- 「自分が行動することで損をしたくない」という思いが生じたときに、人間は社会的手抜きを引き起こしやすくなる
2章:社会的手抜きの心理学的実験
さて、2章では社会的手抜きに関する心理学的な実験を紹介していきます。
2-1: 社会的手抜きは起きる状況
社会的手抜きの名付け親であるアメリカの心理学者のビブ・ラタネ(Bibb Latané)と、同じくアメリカの心理学者であるチャールズ・J・ハーディ(Charles J. Hardy)は、社会的手抜きが起こるときの環境の特徴や人間の心理状態について実験を行いました。
その実験の1つに、1988年に行われた社会的手抜きが無意識に起こるものなのかどうかを検討する実験があります。実験の概要は以下のとおりです。
- この実験は、人間が誰かを大声を出して応援するとき、仲間と一緒に応援したときの方が1人当たりの声が小さくなるのかどうか(社会的手抜きが起こるのか)を検討する実験
- ラタネとハーディは、被験者としてチアリーダーを用いた
- 2人のチアリーダーには、アイマスクとヘッドホンを付けてもらい、お互いに周囲の状態がわからないようにする
- 被験者たちは衝立を挟んで、それぞれ指示があるまで待機するように指示された
- 被験者をそれぞれA・Bとし、実験者はそれぞれの被験者に異なった指示を出した
- 被験者Aには、先に被験者Bだけが応援をするからあなたは静かに待っていてほしい、という指示を行い、被験者Bには、実験者が合図をしたら被験者Aと2人で応援をして欲しい、という指示を出した
- 被験者たちは周囲の音や景色がわからない状態になっているため、実際には被験者Bだけが応援を行い、被験者Aは待機している状態になる
このような実験の結果、被験者Aが共に応援を行っていると思い込んでいた被験者Bは、1人で応援を行うときの94%の声量で応援を行ったことが示されました。つまり、被験者Bが1人で応援を行うときに比べて、指示された状況下では声が小さくなることがわかったのです。
また、人間は無意識のうちに社会的手抜きをすべきかどうかを判断しており、誰か他の人の存在を思い込むだけでも社会的手抜きが起こることが同時に示されました。
2-2: 集団の規模に比例するのか?
ラタネは上記の実験以外にも、社会的手抜きに関する実験を行っています。1979年にラタネらが行った実験では、集団の規模の大きさによって社会的手抜きが起こりやすくなるのかが検討されました。
実験の概要は、以下のとおりです。
- 被験者である84名の大学生は、集団で拍手をしたり、ロープを引っ張ったりするなどの作業に参加した
- これらの作業を規模の異なった環境で行ってもらい、集団の大きさによって作業量に変化があるかどうかが測定された
その結果、集団のサイズが大きくなり、大人数で作業を行う環境下であればあるほど、1人当たりの作業量が小さくなることが示されました。
具体的には、
- 作業として拍手を行う場合、2人組で行うときの1人当たりの作業量(拍手をするとき:音の大きさ)は約2dynes/㎠であった
- しかし、6人組で行うときの1人当たりの作業量は2人組で行うときの約二分の一になった(約1 dynes/㎠)
ことが示されています。
つまり、この実験では集団が大きくなればなるほど、社会的手抜きが生じるリスクが高くなることが示されたといえます。
- 人間は無意識のうちに社会的手抜きをすべきかどうかを判断しており、誰か他の人の存在を思い込むだけでも社会的手抜きが起こる
- 集団のサイズが大きくなり、大人数で作業を行う環境下であればあるほど、1人当たりの作業量が小さくなる
3章:社会的手抜きの対策
社会的手抜きが生じると、集団全体のパフォーマンスが下がるばかりか、集団内の個人の能力が発揮される機会が失われてしまう可能性があります。
では、社会的手抜きを防止するためには、どのような努力ができるのでしょうか?多くの方法が考案されていますが、ここでは、2つの対策法を紹介します。
3-1: 賞罰
1つ目は、集団を構成する個人に対して、必ず賞罰を与えることです。前述したように、社会的手抜きの原因には、自分の努力の量にかかわらず報酬が変わらないなど、個々人の努力が不要な状態に集団があることが挙げられます。
作業者自身が評価者に注目されていると知ることによって、作業者の意識を集団としての成果よりも個人として成果を上げることに向けることができます。ビジネスの現場などでは、上司が部下の努力や成果を正当に評価する姿勢を見せることが有効なのではないでしょうか。
3-1: ターゲッティング
2つ目は、「ターゲッティング」という手法を用いることです。ターゲッティングとは、
マーケティングの分野で用いられる手法であり、特定の集団に対してアプローチしたいときに利用さるもの(例:商品を売る、サービスを利用させるなど)
です。
たとえば、「みなさん、この商品をぜひお試しください」といわれたときと、「30代の男性の方、この商品をぜひお試しください」と呼びかけられたときでは、商品に対する注目の具合が異なります。
集団の中のうち、30代の男性は自分に関係のある商品だと思って話をつい聞いてしまうようになります。このように、特定した小集団の名前で呼びかけることによって、個人の意識を集団構成員から浮かび上がらせることができます。
集団で作業を行うときに、作業の成果をより上げるためにターゲッティングを行う場合、特定の年齢層や所属するコミュニティを名指ししたりすることで、個人に注目を引く枕詞を添えたりして呼びかけるのが良いでしょう。
個人個人の作業を行うことや成果を出すことに対する注目を促すことによって、社会的手抜きを防ぐことができるのです。
- 集団を構成する個人に対して、必ず賞罰を与えること
- 「ターゲッティング」という手法を用いること
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4章:社会的手抜きを学ぶ本・論文
社会的手抜きについて理解できましたか?さらに深く知りたいという方は、以下のような本をご覧ください。
釘原直樹『人はなぜ集団になると怠けるのか – 「社会的手抜き」の心理学』(中公新書)
社会的手抜きが起こる状況や、集団心理がはたらきやすい状況について詳しく解説されています。社会的手抜きの起こる状況についてより詳しく知りたい人におすすめです。
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釘原直樹『グループ・ダイナミックス 集団と群集の心理学』(有斐閣)
社会心理学には、社会的手抜きをはじめとした集団において発生する様々な心理現象があります。集団心理がはたらくメリットやデメリットなど、多角的に社会心理学の心理現象を知ることができます。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- 社会的手抜きは、人間が集団で作業を行うとき、それより少ない人数や個人で作業をするときよりも1人あたりの生産性が低くなる現象である
- 人間は無意識のうちに社会的手抜きをすべきかどうかを判断しており、誰か他の人の存在を思い込むだけでも社会的手抜きが起こる
- 集団のサイズが大きくなり、大人数で作業を行う環境下であればあるほど、1人当たりの作業量が小さくなる
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