RCEP(Regional Comprehensive Economic Partnership/東アジア地域包括的経済連携)とは、日本、中国、ASEAN、オーストラリア、ニュージーランド、インドなどのアジア太平洋地域の各国で経済的結びつきを強化する経済協定のことです。
近年、TPPを中心としたさまざまなFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)が注目されていますが、日本が参加する協定の中でもっとも規模の大きなものがこのRCEPです。「アールセップ」と読みます。
構想は2005年ごろからはじめられましたが、交渉が長期化しており2020年に署名されることが目指されています。
RCEPは、実は経済面の取り組みではありますが、中国を意識した政治的理由からも構想が進められた過程があります。
この記事では、
- RCEPのポイント、交渉内容、これまでの過程
- RCEPをめぐる政治、経済の動き
などについて詳しく解説します。
関心のあるところからお読みください。
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1章:RCEPとは
繰り返しになりますが、RCEP(Regional Comprehensive Economic Partnership/東アジア地域包括的経済連携)とは、アジア太平洋のASEAN+6と言われる枠組みで構想・交渉されている協定のことです。
2章で成立の過程を詳しく解説しますので、まずはRCEPとはどういうものかポイントを解説します。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1:RCEPの参加国
RCEPは、東南アジア(ASEAN)の10か国と東アジアの日本、中国、韓国の3か国、それにより地域を拡大して、インドとオーストラリア、ニュージーランドの3か国を加えた、16か国で構想されている経済連携構想です。
2章で解説しますが、RCEP構想が固まる前は、中国の主導するASEAN+3(日中韓)と日本の主導するASEAN+6が並列していましたが、2012年に16か国で推進する形になりました。
1-2:RCEPの交渉範囲
RCEPの交渉範囲は以下の通りです。
- 冒頭・一般的定義
- 物品貿易
- 原産地規則(品目別
規則附属書を含む) - 税関手続・貿易円滑化
- 衛生植物検疫措置
- 任意規格・強制規格・適合性評価手続
- 貿易救済
- サービス貿易(金融サービス,電気通信サービス,自由職業サービス附属書を含む)
- 自然人の移動
- 投資
- 知的財産
- 電子商取引
- 競争
- 中小企業
- 経済技術協力
- 政府調達
- 一般規定・例外
- 制度的事項
- 紛争解決
- 最終規定
従来からFTA(自由貿易協定)という複数国間の協定によって、国家観の貿易の自由化が推進されてきましたが、近年は貿易にとどまらず、広い分野の経済連携が推進されるようになっています。
RCEPはモノやサービスの取引、人の移動、技術や知的財産など幅広い項目が交渉の対象になっています。これは、TPPにも見られた幅広い経済連携です。
近年の協定締結による地域間での経済連携の強化は「地域主義」とも言われ、国際政治学でも活発に研究されています。
→【地域主義】について詳しくはこちら
1-3:RCEPの意義
「なんでこんな大きな規模の協定が交渉されているの?」と疑問に思われるかもしれません。
RCEPの意義について、外務省は以下のように説明しています2参考:外務省資料「東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉。
- 世界の保護主義の高まりに対して、自由貿易推進のメッセージを発信する
- 日本企業がアジア太平洋地域で自由に活動し、日本経済を成長させる
- 域内の貿易、投資に関連するルール整備によって、日本企業の活動を支援する
しかし、後に解説しますが、日本がRCEPの交渉に参加する意義は上記の経済的側面だけではありません。
「インド」「オーストラリア」「ニュージーランド」を含めて構想したことからも明らかなように、アジアの経済面にとどまらないルール作りを日本が主導する意図も考えられます。「中国脅威論」から生まれた政治的側面の目的もあるのです。
- RCEPとは、ASEAN10か国と日本、中国、韓国にインド、オーストラリア、ニュージーランドも加えた経済連携の構想
- RCEPは貿易にとどまらず、人の移動や知財、電子商取引なども含めた広範囲のルール作り
2章:RCEPと日本の東アジア地域構想の歴史
RCEP以前に日本の政府が中国に対抗して作ろうとした構想があったことは、あまり知られていません。
RCEPは一つの構想として独立的に捉えるよりも、広い意味での「アジア」における国家間の戦略のせめぎあいとして理解するべきです。もちろんそこにはTPPも含まれます。
これから、RCEPをより広くとらえるためにさまざまな構想を解説します。
2-1:東アジアサミットの開始
まず、日本の政府内では90年代末から東アジアにおける地域主義的構想が存在しました。それは、
- バブル崩壊以降の本格的な経済の停滞
- 東アジアにおける中国の経済的、政治的な影響力の増大(中国脅威論)
という理由から、東アジアにおいて経済的なルール作りを主導しなければならない、と考えられるようになったからです3この点は、たとえば90年代に中国大使であった國廣道彦の回顧録や外交完了の田中均の論考など、官僚らの言説から明らかです。。
そして、2000年代に入ると本格的にアジアにおける結びつきを強化する外交が行われます。
- 2000年~:森首相のインド外交が積極的に行われる
- 2004年:小泉政権の中川経産相が日本インドFTA(自由貿易協定)の開始に合意
- 2005年12月:麻生太郎によるインドに対する「戦略対話」を提案
- 2005年12月:「東アジアサミット」が発足され、ASEANと日中韓、さらにインド、オーストラリア、ニュージーランドが参加メンバーに加えられた(拡大東アジア)
こうした東南アジア(ASEAN)と東アジアの日中韓だけでなく、そこにインドはオーストラリア、ニュージーランドまで加える「拡大東アジア」という動きは、日本の政治家や官僚の動きによって作られたものです。
それは、東アジアでの地域的な枠組み作りには、「民主主義」「自由主義」といった西洋的な価値を共有するインド、オーストラリア、ニュージーランドが必要と考えられたためです(インドは世界最大の民主主義国です)。これは、そういった価値を共有しない脅威(中国)の存在が前提にあると思われます。
「東アジアサミット(東アジア首脳会議)」はその後、アメリカとロシアも加える枠組みとなりましたが、これが「拡大東アジア」の取り組みを強める一つのきっかけになりました。
2-2:16か国のFTA構想(CEPEA)
「拡大東アジア」での取り組みが進む中、日本が提案したのが後に「CEPEA(Comprehensive Economic Partnership in East Asia/東アジア包括的経済連携)」と呼ばれるようになった構想です。単に「東アジアFTA」とも言われます。
これが、現在のRCEPにもつながっています。
2-2-1:小泉政権による構想
まず、拡大東アジア16か国でのFTA(※)を作ろうと最初に発表したは2006年4月、二階俊博経済産業相(当時)です。
FTA(自由貿易協定)とは、国家と国家の間で関税を引き下げたり、貿易手続き・ルールを簡略化したりし、貿易を活発化することを目指す協定のことです。TPPやRCEPもFTAの一種です。また、日本が独自に使う「EPA」もほぼ同じ意味です。
これは、
- ASEAN、日中韓、インド、オーストラリア、ニュージーランドの16か国でのFTA
- 2008年の交渉入りを目指す
- 2006年4月に構想が発表され、同年8月のASEAN+6での経産相会議で提案された
というものでした。
一方、中国は東アジアにおける枠組み作りを「ASEAN+3」というASEANと日中韓だけに限って進めようという思惑を持っていました。こうして、ASEAN+3とASEAN+6による構想が対立する形になったのです。
2-2-2:安倍政権による構想の推進
さらASEAN+6でのFTAの構想は、第一次安倍政権によっても進められました。
まず、第一次安倍政権ではインドとオーストリアを重視した外交が行われました。
- 2006年12月:日印戦略的グローバル・パートナーシップの合意、日本インドFTA推進の声明
- 2007年3月:安全保障協力に関する日豪共同宣言の発表
また、安倍政権で外務大臣であった麻生太郎は、「ユーラシア大陸の外周」に沿った一円を「自由と繁栄の弧」と呼び、その中で「自由と民主主義、市場経済と法の支配」という価値観を共有する国家を増やそう、という構想を発表しました42006年11月30日麻生太郎演説。この構想は、後に安倍政権の外交理念の一つになりました。
これも、上記の価値観を共有できないと考えられた中国の存在を前提において、ASEAN+6の構想を推進しようとしていたことの現れと考えられるでしょう。
さらに、第一次安倍政権において、ASEAN+6の16か国でのFTA(EPA)を締結することが、はじめて首相によって提唱されました(2007年1月)。こうして誕生したのが、「CEPEA(Comprehensive Economic Partnership in East Asia/東アジア包括的経済連携)」という枠組みです。
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2-3:RCEPの誕生
さて、この記事では深く触れませんが、同時期にアメリカはTPP(Trans-Pacific Partnership Agreement/環太平洋パートナーシップ協定)を構想し、日本にも参加を迫るようになりました。
こうしてアジア太平洋において、日本が推進するASEAN+6でのCEPEA、中国が推進するASEAN+3でのEAFTA(東アジア自由貿易協定)、アメリカがリードするTPPが並列する形になりました。
それぞれが自国に有利なルール作りを進めようとした結果です。
しかし、TTPはともかくCEPEAとEAFTAは参加国が丸被りしており、「インド、オーストラリア、ニュージーランドも加えるかどうか」という違いしかありません(交渉分野の違いはありますが)。
そこで、
- 2011年8月、二中両政府によって参加国の違いの問題は棚上げする
- 13か国と16か国の両構想での研究をはじめる
ということが合意されます。
その後2012年までに16か国で進めることが合意され、アジアにおける広域地域構想は16か国が基軸になりました。
こうしてはじまったのがRCEPなのです。
その後7年間交渉が続けられていますが、いまだに署名にはいたっておらず2020年の署名が目指されています。また、現在インドの参加が危ぶまれるという新たな問題も出ており、今後の成り行きに注目していく必要があります。
いずれにしろ、実現すれば巨大な経済的取り組みがアジアに生まれることになり、日本も経済面で大きな影響を受けるはずです。
日本は戦前から戦後、現代までアジアにおいて様々な地域的枠組みを構想してきました。戦前の構想は「アジア主義」と言われ、現代の構想にも「アジア主義」という言葉が使われることがあります。日本の外交・経済を理解する上でとても重要ですので、以下の記事で解説しています。
【アジア主義とは】戦前〜現代までの思想と構想をわかりやすく解説
また、貿易を中心としたルール作りは、さまざまな外交問題に発展しており、たとえば米中貿易戦争やイギリスのEU離脱(ブレグジット)問題も同じ問題です。それぞれ、以下の記事で解説しています。
- RCEP構想の前に、日本は中国脅威論や経済低迷の打破のために、アジアにおける広域構想を提唱していた
- 小泉政権や第一次安倍政権時に、ASEAN+6での拡大東アジア構想が推進された
- 中国のASEAN+3の構想と一時対立したが、その後ASEAN+6での推進にまとまった
3章:RCEPに関するおすすめ本
RCEPについて理解を深めることはできたでしょうか。
RCEPは現在進行形の取り組みですので、まだ書籍や論文も少ないです。しかし、日本の地域主義や経済外交という枠組みから学べば、理解を深めることができます。
外務省経済局『我が国の経済外交2019』(日本経済評論社)
外務省経済局は、RCEPなどのFTA・EPAに取り組んでいる現場の局です。この本はその当事者が書いた最新の経済外交の本ですので、勉強になるだけでなく大きな資料的価値があります。
寺田貴『東アジアとアジア太平洋: 競合する地域統合』 (東京大学出版会)
アジアにおける地域主義的構想は、さまざまな構想が重層的に入り乱れています。それは、アジアが世界最大の成長セクターであり日本、中国、アメリカ、ASEANなど政治が入り乱れているからです。この本は、そんな地域を論じたとても良い研究所ですので、地域主義・地域統合・FTAなどに興味があれは必読です。
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最後に、書物を電子版で読むこともオススメします。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- RCEPとは、ASEANと日中韓、インド、オーストラリア、ニュージーランドも含めた構想
- RCEPは日本が主導したASEAN+6でのCEPEA構想と、中国が主導したEAFTA構想とが合体し、16か国で進められるようになったもの
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