心理学におけるスキーマ(schema)とは、外界の知覚や言語の使用、思考などの認知的な活動を支える、構造化された知識のことです1森敏昭・中條和光 『認知心理学キーワード』(有斐閣)106頁。
あなたが外界を認知するとき、スキーマに頼っています。そのため、スキーマを理解することは日常的な生活に影響するという意味で重要です。
そこで、この記事では、
- 心理学でのスキーマの定義
- 認知・学習の仕組みとは
- スキーマの意味・学術的議論
- スキーマの具体例
を解説していきます。
興味がある所から読み進めてください。
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1章:心理学のスキーマとは
1章では、心理学のスキーマを概説します。具体例を知りたい方は、2章から読み進めてください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注2ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1:認知・学習の仕組みとは
私たちは物事を理解するときに外界をそのまま理解するのではなく、もともとある脳の知識を活用して理解しています。
何かを理解するためには、そのことに関連してどのような知識をもっているかが非常に重要となります。この理解に先行して、持っている知識のことを心理学では「既有知識」と呼びます。
たとえば、以下のような事例を考えてみてください。
- あなたが自分のあまりよく知らない学問分野の専門書を開いてみたとする
- おそらく、読むことはできても内容はよく理解できない
- 専門書はその分野の既有知識をもった人が読むという前提で書かれているものが多く、既有知識がないとよく理解できないからである
- もっと身近な例なら、使ったことのない機械の取扱説明書でも同様で、業務用のものなら特に日常生活で触れる機会が少なく理解しにくいはずである
また、たとえ内容について既有知識があったとしても、それを正しく活性化(情報をすぐ検索できる状態にすること)できなければ、やはり理解は妨げられます。
では、次の文章はどうでしょう?
彼は窓口に千円札を3枚放り投げた。彼女は彼に1500円を渡そうとした。しかし彼は受け取らなかった。そこで2人が中に入ったとき、彼女は、大きなポップコーンの袋を彼に買ってあげた。
理解できましたか?
これは彼と彼女が2人で映画館に入る時の様子を述べたものです。映画館で映画を見るときのことについて知識をもっていたとしても、この文章を読んでいる間にそれを活性化できなければ納得のいく理解には至らないと思います。
さらに、同じ情報でも、活性化する既有知識が異なれば理解内容も異なってきます。
たとえば、上の文章の最初の1文「彼は窓口に千円札を3枚放り投げた」だけが提示されたときを考えてみてください。
- 映画館の知識を活性化するか
- 競馬場の知識を活性化するか
- あるいは宝くじ売り場の知識を活性化するか
このような文から思い描く状況、すなわち理解内容は、それぞれ異なります3森敏昭・中條和光『認知心理学キーワード』(有斐閣)108頁。
スキーマとは、
活性化する既有知識の中でもネットワークのように構造化されたもの
を指します。
映画館の例でいえば、窓口がある、映画のチケットを買う、ポップコーンを買うという知識が私たちの中にあると思います。上記の文章を読む前に「映画館」というタイトルが提示されていたら、窓口でチケットを買う光景やポップコーン売り場が目に浮かんだはずです。
これは「映画館」と聞いて、私たちの映画に関するスキーマ(構造化された知識)が活性化したためです。
ちなみに、外界を理解する枠組み、あるいは内的な知識を使用する枠組みを心理学では「スキーマ」、人工知能研究では「フレーム」、社会行動の研究では「スクリプト」と呼びます4道又爾・北崎充晃・大久保街亜・今井久登・山川恵子・黒沢学編著『認知心理学 知のアーキテクチャを探る』(有斐閣)157頁。
このように、心理学では、スキーマは人間の認知活動ひいては一般日常活動の基礎であると考えます。スキーマによって知覚や言語に関する理解が可能になり、種々の技能的行為も滑らかに遂行できるようになります。
つまり、現代の認知心理学的人間観において考えられているスキーマの役割は、日常的にとても大きいものです。
しかし、脳内でスキーマが一度出来上がってしまうと、思考が型にはまって新しい情報を受け付けなかったり、また別の情報を想起してしまうこともあるのも事実です5戸田正直『認知科学入門「知」の構造へのアプローチ』(サイエンス社)131頁。
1-2:スキーマの意味・学術的議論
さて、ここでは、学術的な議論を簡潔にみていきましょう。
1-2-1: バートレット
イギリスの心理学者バートレットは、事象が認知され記憶されるときに、組織化された全体としての過去の経験に強く支配されることを指摘しました。
その際、このような働きを表す語として「スキーマ」を用いています6森敏昭・井上毅・松井孝雄『グラフィック認知心理学』(サイエンス社)92頁。
具体的に、バートレットは人々が有意味な記憶材料をどのように覚えるかについて調べる一連の研究を行いました。その中の一つの実験に、以下のようなものがあります。
- 実験参加者にとって馴染みのない物語を提示し、それを再生させた
- すると、実験参加者がもっている知識に整合するように、物語の内容が一部欠落したり、更新されたりすることを見いだした
バートレットは、こういった現象が起きるのは、
- 人が自分の認識の枠組みを用いて物語を理解するため
- さらに、その物語の内容を思い出すときも、自分の認識の枠組みに基づいて想起するため
と考えました。
バートレットのこの研究が発表されたころ、行動主義心理学が主流の時代でした。当時の行動主義心理学では客観的であることが重要視され、観察の対象となるのは行動のみとされていました7森敏昭・中條和光『認知心理学キーワード』(有斐閣)140頁。
言い換えると、学習の本質は刺激と反応の結合とされ、人間の内部で起こっていることに関心が向けられることはありませんでした。
そのため、バートレットの研究は評価されることがありませんでした。しかしその後、学習の本質は認知構造の変化であると言う考え方が登場し、認知構造に焦点が当てられるようになります。その過程で、バートレットのスキーマの考えが見直されました8子安増生・二宮克美編著『キーワードコレクション認知心理学』(新曜社)126-127頁。
1-2-2: ジャン・ピアジェ
バートレットの20年後、1950年代には発達心理学の分野でも、スイスのピアジェが子供の認知発達において生じる変化を理解するのに、「シェマ」という一種のスキーマの概念を用いています。
ピアジェの基本的な考え方は、環境(外界)の論理構造が「同化」と「調節」を通して認知構造(シェマ)に取り入れられるというものです。
- 「同化」とは、外界の情報をシェマに取り入れる。そして、同化がうまくいかない場合には、シェマは外界に合わせて「調節」される
- こうして子どもがもつシェマは成長とともに外界の論理構造に近づいていくが、その発達の仕方に段階がある
認知の各発達段階はそれぞれ異なった構造を持っており、各発達段階の始まる年齢は個人や文化によって変動するが、生起する順序は普遍的であるとピアジェは考えました。
ピアジェの発達段階説に対して疑問を投げかけるような研究が、1970年代以降たくさん行われました。また西欧とは異なった文化で育った子どもや大人にピアジェの標準的な課題を行うと、成績がよくないことが判明しています。
一方、その文化における身近な材料や状況で課題を行うと成績がよくなることから、異文化の子どもや大人が、課題解決に必要な知識構造をもっていないわけではないようです。
ピアジェの発達段階説に対しては批判があるものの、子どもが環境との相互作用を通して知識をみずから構成していくとするピアジェの見方は、学習や発達に関する理論にその後大きな影響を与えました9森敏昭・中條和光『認知心理学キーワード』(有斐閣)172-173頁。
1-3:スキーマの種類
では、私たちの日常を支えるスキーマはどのような種類があるのでしょうか?
スキーマにはさまざまな種類がありますが、ここでは社会的事象に関わる4つのスキーマを紹介します。一部は、先行研究を交えながら紹介していきます10池上知子・遠藤由美著『グラフィック社会心理学』(サイエンス社)62頁。
1-3-1: パーソン・スキーマ
パーソン・スキーマとは、
人の行動を規定している人格特性や目標に関する知識
を指します。
たとえば、親しい友達Aさんがいるとしましょう。親しくない、よく知らない人に比べて、親しい友達の行動パターンや思考は予測が出来ると思います。
それは、あなたの中にAに関するスキーマが構成されているからです。パーソンスキーマはそれぞれの他者に対して持つスキーマだといえます。
1-3-2: 役割スキーマ
役割スキーマとは、
年齢、性、人種、職業など社会的カテゴリーや役割によって区分される、集団やその成員に関する知識
です。
偏見や差別に繋がってしまうステレオタイプもこれに含まれますが、一定程度の合理的判断を可能にするという肯定的側面もあります11森敏昭・中條和光『認知心理学キーワード』(有斐閣)200頁。
パーソンスキーマが個々人に対するスキーマならば、役割スキーマは集団全体に対するスキーマであり、いずれも対人の認知の過程を支える重要なスキーマであると考えられます。
1-3-3: イベントスキーマ(スクリプト)
イベントスキーマ(スクリプト)とは、
ある状況下で人がとる行動の手順やそこで生じる事象の系列に関する知識
です。
社会行動の研究で「スクリプト」と呼称されるものを、心理学の分野ではイベントスキーマとも呼びます。
アメリカの心理学者シャンクとエイベルソンは1975年の研究で、繰り返し経験した出来事に関する一連の行動の記憶を「スクリプト」と名付けました12Roger C. Schank and Robert P. Abelson「Scripts, plans, and knowledge」IJCAI’75: Proceedings of the 4th international joint conference on Artificial intelligence – Volume 1September 1975 151–157頁。
スクリプトとは、言うならば脚本です。レストランに行く、医者に行く、電車に乗る……などの慣れ親しんだ行為には、決まりきった脚本としてのレストランスクリプト、医者スクリプト、電車スクリプトがあるという具合です。
そして、それを応用することで、私たちは行ったことのない場所でも迷わず行動することができます。たとえば、あなたが見知らぬ街に観光に行ったとします。ふとお腹が空き、その旅行先にしかないお店に入るかもしれません。
そうして初めて来たお店でも、以下のような行動を取れるはずです。
入店する→座席を決める→料理を決める→注文する→料理が運ばれてくる→食べる→お金を払う
このように初めて訪れた場所でも迷いなく行動できるのは、私たちが基礎となるイベントスキーマを持っており、レストランスクリプトや映画館スクリプトが形成されているからとされます13道又爾・北崎充晃・大久保街亜・今井久登・山川恵子・黒沢学編著『認知心理学 知のアーキテクチャを探る』(有斐閣)157頁。
1-3-4: セルフスキーマ(自己スキーマ)
セルフスキーマ(自己スキーマ)とは、
パーソンスキーマが他者に関するスキーマであるのに対し、セルフスキーマは文字通り自己に関するスキーマ
です。
私たちは、自分の身長は何センチか、自分はどこで生まれたか、自分はどのような性格の持ち主かなど、自分について実にさまざまな知識をもっています。
それらはばらばらな状態で貯蔵されているのではなく、他のスキーマと同じように関連のあるもの同士がまとまり、しかも相互に連絡路をもつ構造化された状態で貯蔵されていると考えられています。これを「セルフスキーマ」と言います。
セルフスキーマはこれまで自己概念といわれてきたものを、情報処理論的見地から構造的な特徴を想定してとらえなおしたものであると言えます14池上知子・遠藤由美著『グラフィック社会心理学』(サイエンス社)120頁。
- 心理学においてのスキーマとは、外界の知覚や言語の使用、思考などの認知的な活動を支える、構造化された知識のことである
- スキーマには社会的事象に関わる4つのスキーマがある
2章:心理学のスキーマの具体例
さて、2章では先行研究の中でも身近なものを題材にした2つの実験を取り上げてスキーマについて更に解説していきます。
2-1: ブランスフォードとジョンソンの実験
アメリカの心理学者ブランスフォードとジョンソンは、1973年の研究で適切なスキーマが活性化されたとき、そのスキーマが文章の理解や記憶を促すことを実験で明らかにしました。
彼らの実験で、実験参加者は次のような意味のわかりにくい文章を読むことが求められました。少し長いですが、引用します15戸田正直『認知科学入門 「知」の構造へのアプローチ』(サイエンス社)135頁。
その手順は全く簡単である。まず、ものをいくつかのグループに分ける。もちろん。ひとまとめでもよいが、それはやらなければならないものの量による。もし設備がないためどこかよそに行かなければならない場合には、それが次の段階となる。そうでない場合は、準備はかなりよく整ったことになる。重要なことはやりすぎないことである。すなわち1度に多くやりすぎるよりも少なすぎる方がよい。この重要性はすぐにはわからないかもしれないが、めんどうなことはすぐに起こりやすいのだ。その上失敗は高価なものにつく。最初は、その全体の手順は複雑に思えるかもしれない。しかし、すぐにそれは生活のほんの一部になるであろう。近い将来この仕事の必要性がなくなるとは予想しにくいが、誰も何とも言えない。その手順がすべて終わったあとで、ものを再びいくつかのグループに分けて整理する。次にそれらは適当な場所にしまわれる。結局、それらは再び使用され、その全体のサイクルは繰り返されることになる。とにかくも、それは生活の一部である。
何についての文章かわかりましたか?実は、この文章は衣類の洗濯についての文章です。
しかし、最初に「洗濯について」とタイトルがないと、何の文章か判然としないのではないでしょうか?ブランフォードとジョンソンの実験でも、同様のことが起こりました。
実験の概要
- 実験参加者は、3群に分けられた
- 第1群は、読む前に文章のタイトルが「衣類の洗濯」であることを教えられた
- 第2群には、読んだ後にタイトルが与えられた
- 第3群には、一切タイトルが与えられなかった
そして、読後に文章の内容に関する再生テストが行われました。その結果は以下の通りです。
- 第1群は、第3群の2倍ほど内容を思い出すことができた
- 第2群の再生成績は、第3群と変わらなかった
これらの結果は、タイトルが与えられて、前もって適切なスキーマが活性化されてないと、同じように文章を読んでも内容を記憶することが困難になることを示していると考えられます。
言い換えれば、理解を促すためには、内容に合ったタイトルや見出しが有効であることがわかります16子安増生・二宮克美編著『キーワードコレクション認知心理学』(新曜社)p129。
2-2: ブリューワーとトレインズ
一方で先行して活性化したスキーマが虚偽の記憶を作り出し、なかったものがあったと再生されるケースもあります。ブリューワーとトレインズは、大学院生の部屋を再現し、参加者たちにそこにあったものを思い出してもらう実験を行いました。
まず、被験者は心理学を専攻する大学院生の部屋で待つよう指示されました。そして、この部屋にはあらかじめ、①どのくらい目立つかという「顕著性」と、②どれほど部屋にありそうかという「スキーマ予測性」が評定されたものだけがおかれていました。
「顕著性」と「スキーマ予測性」は、以下のように考えてみてください。
- 頭蓋骨…目立つため顕著性は高い。しかし、大学院生の部屋にふさわしくないのでスキーマ予測性は低い
- 消しゴム…消しゴムは目立たないので顕著性は低い。しかし、いかにも大学院生の部屋にありそうなのでスキーマ予測性は高い
その他にもさまざまな顕著性、スキーマ予測性を持つものが131個おかれていました。
加えて、書籍など大学生がもっているようなもの、電話や窓のようにたいていの部屋に置いてあるものが置かれていませんでした。つまり、非常にスキーマ予測性の高いものが、いくつかわざと用意されていませんでした。
参加者は大学院生の部屋にしばらくいた後、別の部屋に移され、大学院生の部屋にあったものをできるだけ思い出すよう求められました。実験の結果は、次のようなものでした。
- 被験者は、スキーマ予測性が高いもの、顕著性が高いものをそれぞれよく再生した
- さらに、顕著性の影響を除き、再生成績とスキーマ予測性の偏相関係数を出したところ比較的高い正の相関があった
- つまり、事物の顕著性にかかわらず、被験者は実際に部屋には置いてなかったスキーマ予測性が高い事物(本、窓、電話)を間違えて思い出すことが多かった
これらの結果は被験者の記憶が、「大学院生の部屋」という一般的な知識、つまり、スキーマに強く影響されることを示します。
被験者は再生にあたり、部屋のスキーマを活性化させ、それを利用して思い出したのだと考えられます。そのために、スキーマ予測性が高い「机」のような項目をよく思い出すことができたと解釈できます17道又爾・北崎充晃・大久保街亜・今井久登・山川恵子・黒沢学編著『認知心理学 知のアーキテクチャを探る』(有斐閣)155頁。
- タイトルが与えられて、前もって適切なスキーマが活性化されてないと、同じように文章を読んでも内容を記憶することが困難になる
- スキーマ予測性が高い項目をよく思い出すことができる
3章:心理学のスキーマに関連するおすすめ本
心理学のスキーマをについて理解できましたか?
以下では、心理学においてのスキーマをより深く学ぶための参考図書を紹介します。
オススメ度★★★ 戸田正直・阿部純一・桃内佳雄共著『認知科学入門「知」の構造へのアプローチ』(サイエンス社)
もっと深めたい方にはこちら。心理学を学ぶ学生向けに計算機科学における知識の表現を詳しく、かつわかりやすく解説しています。
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オススメ度★★★ 森敏昭・中條和光『認知心理学キーワード』(有斐閣)
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- 心理学においてのスキーマとは、外界の知覚や言語の使用、思考などの認知的な活動を支える、構造化された知識のことである
- スキーマには社会的事象に関わる4つのスキーマがある
- スキーマ予測性が高い項目をよく思い出すことができる
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