心理学

【ワーキングメモリとは】意味からテストまでわかりやすく解説

ワーキングメモリとは

ワーキングメモリ(Working memory)とは、課題を達成するために必要な情報を意識の上で操作できるような状態で保持しておく記憶の貯蔵システムのことです。

記憶の働きは思い出であったり知識であったりを貯蔵しているものだけでなく、情報を操作することも含まれます。ワーキングメモリはその代表例の一つですから、しっかりと理解する必要があります 。

この記事では、

  • ワーキングメモリの意味・例
  • ワーキングメモリの心理学的実験

をそれぞれ解説していきます。

好きな箇所から読み進めてください。

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1章:ワーキングメモリとは

1章では、ワーキングメモリの全体像を提示します。ワーキングメモリの心理学的実験に関心のある方は、2章から読んでみてください。

このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。

1-1: ワーキングメモリの意味

冒頭の確認となりますが、ワーキングメモリとは、

課題を達成するために必要な情報を意識の上で操作できるような状態で保持しておく機能のこと

です。

たとえば、「12×3+11×5=」という計算を行うような場面を想像してみてください。掛け算はどの順番で行わなくてはいけないという規則はありませんが、今回は前から順に計算を進めましょう。すると、以下のような過程で答えを得るはずです。

  1. まず、「12×3=36」という計算結果が得られる
  2. その後、この36という数字を記憶にとどめておいて、「11×5=55」という計算を行う
  3. そして最後に、頭の中で保持しておいた36という数字と、55という数字を足して「91」という答えを得る

このような、ある数字を意識の上にとどめておいたり、それを操作したりすることを可能にしているのがこのワーキングメモリだといわれています。

情報を操作するのが記憶の働きといわれるとピンとこない方も多いと思います。おそらく多くの方にとって、記憶というのは、思い出であったり知識であったりを貯蔵しているものという認識でしょう。心理学の分野では、このような長期にわたって記憶を保存する貯蔵庫のことを「長期記憶」と呼んでいます。

長期記憶に関しては次の記事で詳しいです。→【長期記憶とは】短期記憶との関係からその性質をわかりやすく解説

また、記憶研究について網羅的に学びたい方には、こちらの教科書がとてもわかりやすいです。

ここでは簡単なイメージを通じてこの長期記憶とワーキングメモリの役割の違いを説明したいと思います。自室の机で勉強しているところを考えてみてください。

  • 部屋には本棚と机だけが存在する非常に勉強しやすい空間である。この状況における本棚が人間の記憶でいうところの長期記憶にあたる
  • 本棚が大きくて、たくさん本が詰まっていれば、たくさんのことを記憶しているという意味になる
  • 対して、ワーキングメモリは机の大きさにあたる。どれだけ本棚が大きくても、机の上においておける本(つまりは記憶された情報)の量は限られている
  • 机が大きければ、いくつもの作業を並行して出来ますし、小さければ1つの作業もままならないであろう

つまり、勉強といったような情報の操作を考えたときに、本棚のようなたくさんの情報を貯蔵するものだけではなく、情報を操作する場としてのメモリの大きさも重要になってくるというわけです。

さて、このようなワーキングメモリですが具体的にはどのような機能を持っているのでしょうか?バドリーは、ワーキングメモリを「中央実行系」「視覚・空間的スケッチパット」「エピソードバッファ」「音韻ループ」の4つの要素からなると説明しています。

「中央実行系」は、ワーキングメモリのさまざまな処理を制御する機能を持っています。イメージとしてはワーキングメモリで行われる作業に対して指示を出す司令官です。

対して、「視覚・空間的スケッチパット」「エピソードバッファ」「音韻ループ」は、作業記憶内で扱う情報を保持するための貯蔵庫です。先ほどの単語記憶の実験でもある単語や文字列を覚えるとき、頭の中で音声として繰り返して覚えるという経験はだれしもあると思います。

  • 音韻ループ
    →頭の中で、言語情報を繰り返すことで、言語に関する情報を貯蔵する役割を担っているのが音韻ループです。
  • 視覚・空間的スケッチパット
    →言語化できない情報も処理をする必要があります。そのような非言語的な情報を保存する場合には、視覚・空間的スケッチパットに情報が保存されます。
  • エピソードバッファ
    →長期記憶に保存されている情報とのやりとりをするための機能です。過去に1度覚えた情報に関連する知識は覚えやすかったりするのはこのエピソードバッファにより、長期記憶にある知識とやり取りをしているためだといわれています。



1-2: ワーキングメモリの能力と学習支援

ワーキングメモリを机の大きさといったように、ワーキングメモリにおいて一度に扱える容量には限りがあります。

  • たとえば、皆さん「A-Z」までのアルファベットを口に出しながら、ノートに九九の式と答えを書いてみてください
  • たったこれだけで、「A~Z」までのアルファベットを口に出したり、ノートに九九の式と答えを書いたりといった非常に簡単な行為が非常に難しくなる
  • これは、1つの作業に利用できるワーキングメモリが減るためである

このことは、非常に簡単なことをする際にもワーキングメモリが使われていることを示しています。

さて、机の大きさという比喩を用いたように、このワーキングメモリの能力には個人差があります。また、年齢によっても変化するといわれています。つまり、同じような作業でも、ワーキングメモリの小さい人にとっては大きな負荷となってしまう場合があるということです。

このようなワーキングメモリの能力ですが、子どもの知的発達における重要な側面としてWISC-Ⅳにおいて、ワーキングメモリ指標が採用されています。

WISCとは、

「Wechsler Intelligence Scale for Children」の略で、ウェスクラーによって開発された、児童の知能を検査するためのテスト

です。このスコアは学習障害の判定などにも使用されます。

ただし、ワーキングメモリの能力が低いというだけで必ずしも学習障害につながるわけではありません。ワーキングメモリが低くても、一度に提示する情報を減らす等工夫をすることで、学習を進めることが出来ます。

一方で、このようなワーキングメモリの性質を理解せず、ワーキングメモリの能力の低い子に対して、一度にたくさんの情報を提示するとそれをワーキングメモリ上で処理できず、学習の困難感につながったり、失敗経験の増加による自己評価の低下につながることが知られています2湯澤 正道『知的発達の理論と支援 : ワーキングメモリと教育支援』金子書房

つまり、たとえワーキングメモリが低くても、適切な学習機会を与えることで、学習の困難を回避できる可能性もあるといえます。

ワーキングメモリには、さまざまな領域があり単にワーキングメモリの能力が低いといっても、さまざまな状態があります。

  • 先述したように、我々は、音韻ループにおいて、言語情報を保持しており、視空間スケッチパットにおいて、非言語的な視覚、空間的な情報を保持している
  • そのため、言語的―非言語的のどちらにワーキングメモリの弱さがあるのかによって、その子どもの抱える学習の遅れや適切な支援の方法が異なることが知られている3湯沢正通、 & 湯沢美紀。 (2017)。 ワーキングメモリを生かす効果的な学習支援: 学習困難な子どもの指導方法がわかる!。 学研プラス

たとえば、言語性ワーキングメモリに弱さがある場合、口頭で発せられた内容を頭の中に保持しておくのは非常に難しくなります。なぜなら、その内容を音韻ループで保持できないためです。

そのような場合には、重要な内容を板書したり、あらかじめレジュメを用意したり、視覚的に参照できるようにしてやることで、音韻ループで言語情報を繰り返す負荷を減らしてあげることが大切です。

つまり、ワーキングメモリが弱い子どもに対する学習支援を考えるときには、適切なアセスメントを行いそれに応じた支援を行うことが非常に重要なのです。

1章のまとめ
  • ワーキングメモリとは、課題を達成するために必要な情報を意識の上で操作できるような状態で保持しておく機能のことである
  • たとえワーキングメモリが低くても、適切な学習機会を与えることで、学習の困難を回避できる可能性もある
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2章:ワーキングメモリの心理学的実験

さて、2章ではワーキングメモリに関する学術的な議論を紹介します。

2-1: ワーキングメモリスパンのテストと測定

ここでは、ワーキングメモリの能力が心理学の実験上どのように測定されたのかということを実験の内容とともに紹介したいと思います。ここまで、説明してきたように、ワーキングメモリには、どれだけ多くの情報を処理できるかという能力の違いがあります。

  • この能力には、単純に多くの情報を保持できるという貯蔵能力だけではなく、処理の速さや正確性といった処理能力の2つの能力が関連している
  • つまり、ワーキングメモリを測定するためには、この2つの観点を組み合わせて測定する必要がある
  • このような、2つの観点を組み合わせた課題によって測定されるのが「ワーキングメモリスパン」と呼ばれるものである4バドリー 2007

ワーキングメモリスパンの測定にあたって、参加者はある文章を読むことを求められます。そして同時に文章の中の特定の単語を記憶しながら読むように求められます。この、特定の単語を幾つ覚えていられるかがその人のワーキングメモリスパンの大きさとされます。

たとえば、次のような問題です。皆さんも一度試してみてください。(※以下の「」で示された箇所が問題です)

「今からいくつかの文章を口に出しながら読んでもらいます。文章には下線部が引かれている部分がありますので、それを記憶しながら読むようにしてください。文章を読んだ後、単語を覚えているかをテストします。

文章:むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんがおりました。おじいさんはお魚を釣りに、おばあさんはへ山菜をとりに行きました。お爺さんは意気揚々と川へ向かうと自分がうっかり釣竿を忘れたことに気が付きました。これは困ったと思っていると、川上のほうからどんぶらこっこと、おじいさんの釣竿が桶に入って流れてきているではありませんか。不思議に思ったお爺さんですが、それを使って釣りをして、マスやアユ、ヤマメと大量の釣果を上げて帰宅しました。家に帰って判明したことですが、おばあさんが釣竿を忘れていることに気づき、山菜をとるついでに上流から釣竿を流したのでした。何とも、だいたんなおばあさんですね。

問1:下線が引かれていた単語を思い出せるだけ記述してください。」

この問題における問1がワーキングメモリスパンを測定する課題です。この課題では、口に出して読むという文章の処理を行いながら、どれだけの情報を保持できるかということを測定しています。

このように測定されるワーキングメモリスパンは、SATと呼ばれる大学適正テストなどによって測定される読解力と関連があることが知られています5Daneman, M., & Carpenter, P. A. (1980). Individual differences in working memory and reading. Journal of Memory and Language, 19(4), 450.。1-2でも論じたように、ワーキングメモリにさまざま々な機能があり、一口にワーキングメモリのスパンといってもさまざまなものがあります。

ここで紹介したものは一般的にリーディングスパンテストと呼ばれ、言語性のワーキングメモリと関連が大きいことが知られています。

一方で、空間的なワーキングメモリが必要とされる課題との関連がみられない、もしくは非常に小さいことが知られています。

このようにワーキングメモリは1つのテストでその全体を把握することが非常に難しいといわれています。そのため、リーディングスパンテストの他にもさまざまな種類のテストが開発されています。

このようなワーキングメモリを測定するテストは日本語版も開発されています6苧阪 満里子・苧阪 直行. (1994). 読みとワーキングメモリ容量. 心理学研究, 65(5), 339-345.7小林 晃洋・大久 保街亜. (2014). 日本語版オペレーションスパンテストによるワーキングメモリの測定. 心理学研究, 85(1), 60-68.。芋阪・芋阪は日本語版リーディングスパンテストを開発し、その指標は様々な研究で使用されています。また、小林・大久保(2014)では、オペレーションスパンテストと呼ばれるワーキングメモリを測定するテストの日本語版を開発しています。

上の例は説明用に簡易に作成したものですので、もしより正確なワーキングメモリを測定するテストの内容を知りたい場合にはこれらの論文を参照するとよいでしょう。

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3章:ワーキングメモリを学ぶ本・論文

ワーキングメモリを理解することはできましたか?最後に、あなたの学びを深めるためのおすすめ書物を紹介します。

おすすめ書籍

オススメ度★★★ アラン・バドリー『ワーキングメモリ:思考と行為の心理学的基盤』(誠信書房)

ワーキングメモリに関する代表的な研究者であるBaddeleyのワーキングメモリに関する本の訳本です。初学者には難易度が高いと思いますが、この分野について専門的に知りたい方には必読です。

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オススメ度★★ 湯澤正道『知的発達の理論と支援 : ワーキングメモリと教育支援』(金子書房)

ワーキングメモリと学習支援についての関係について概説している書籍です。初学者でも非常にわかりやすくアセスメント事例などを豊富に紹介しながら説明しています。ワーキングメモリの能力と学習障害の関係やその支援について知りたい人向けです。

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まとめ

最後にこの記事の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • ワーキングメモリとは、課題を達成するために必要な情報を意識の上で操作できるような状態で保持しておく機能のことである
  • たとえワーキングメモリが低くても、適切な学習機会を与えることで、学習の困難を回避できる可能性もある
  • ワーキングメモリは1つのテストでその全体を把握することが非常に難しい

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参考文献

  • Baddeley, A. (2007). Working memory, thought, and action (Vol. 45). OuP Oxford.(アラン・バドリー, 井関 竜太, 斉藤 智, 川崎 惠里子 (訳) (2012). ワーキングメモリ:思考と行為の心理学的基盤 誠信書房)
  • Daneman, M., & Carpenter, P. A. (1980). Individual differences in working memory and reading. Journal of Memory and Language19(4), 450.
  • 小林 晃洋・大久 保街亜. (2014). 日本語版オペレーションスパンテストによるワーキングメモリの測定. 心理学研究85(1), 60-68.
  • 苧阪 満里子・苧阪 直行. (1994). 読みとワーキングメモリ容量. 心理学研究65(5), 339-345.
  • 湯澤 正道(2018). 知的発達の理論と支援 : ワーキングメモリと教育支援. 金子書房.
  • 湯沢正通, & 湯沢美紀. (2017). ワーキングメモリを生かす効果的な学習支援: 学習困難な子どもの指導方法がわかる!. 学研プラス.