倫理学

【ミルの功利主義とは】特徴から批判までわかりやすく解説

ミルの功利主義とは

ミルの功利主義とは、ベンサムが創設した功利主義を、その後継者であるJ.S.ミルが修正・発展させたものです。ベンサムの功利主義に対して、快楽の質を考慮する「質的功利主義」とも呼ばれています。

ミルは現代に続く功利主義の基礎を気づいた、古典的功利主義者の一人にも数えられます。

そしてミルの功利主義は、ベンサムの功利主義と現代の功利主義の架け橋としての意義があるほか、今日まで続くさまざまな論争の種ともなっています。

そこで、この記事では、

  • ミルの功利主義の特徴
  • ミルの功利主義に関する学術的議論

をそれぞれ解説していきます。

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1章:ミルの功利主義とは

1章では、そもそも功利主義がどのようなものかを解説し、それからミルの功利主義の特徴を見ていきます。2章では、ミルの功利主義に関する具体的な学術的議論を解説しますので、用途に合わせて読み進めてください。

このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。

1-1:功利主義とは

ミルの功利主義を解説する前に、そもそも功利主義がどのような思想なのかを、簡単に解説します。以下の解説は、カタジナ・デ・ラザリ=ラデク/ピーター・シンガーの『功利主義とは何か』(岩波書店)を参照しています。

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功利主義とは

  • 18-19世紀イギリスの思想家であるジェレミー・ベンサムが提唱した理論である
  • その内容は、物事の正・不正を、それが社会の幸福の総量を増大させるかどうかで判断しようとするものであった
  • ベンサムはこの理論を基礎として、さまざまな法制度や社会制度の改革を主張していった

そして、それに共鳴する若者たちが彼の周りに集まり、ベンサム主義(哲学的急進主義)という派閥を形成します。彼らは少数ながらも、19世紀のイギリス議会で大きな存在感を見せ、さまざまな改革を実現していきます。このように功利主義は、改革の思想であると言えます。

※ベンサムの功利主義に関して詳しくはこちらの記事を参照ください。→【ベンサムの功利主義とは】最大幸福からパノプティコンまでわかりやすく解説

そして、功利主義はベンサムの後継者であるJ.S.ミルに引き継がれます。詳しくは次の項で述べますが、ミルはさまざまな点でベンサムの功利主義を修正・発展させました。

そしてもう一人、重要な人物として、ヘンリー・シジウィックが挙げられます。

シジウィックとは

  • シジウィックはベンサムやミルと直接的な関係はなかったものの、ほぼ同時代に功利主義を探求した人物である
  • 彼は、カントの義務論にも影響を受けつつ、ミルの功利主義をさらに発展させた(→義務論に関してはこちらの記事

以上の3人を、古典的功利主義と呼ぶことが多いです。

そしてその後も、さまざまな思想家によって、功利主義は継承・発展させられてきました。ここで詳しく述べることはできませんが、今日ではさまざまなバリエーションが存在します。

しかし、主に共通する特徴として、以下の三つが考えられます。

  • 幸福主義・・・人間にとっての善や正は、すなわち幸福であると考える
  • 帰結主義・・・行為の正・不正を、その結果によってのみ判断する
  • 総和主義・・・社会の幸福は足し合わせることができると考え、その最大化を目指す

以上が、功利主義の大まかな説明です。次の項では、その中でのミルの功利主義の特徴を解説していきます。



1-2:ミルの功利主義の特徴

ここではミルの功利主義の特徴をつかむために、重要であると考えられる1838年の「ベンサム」と、1861年の「功利主義」という2つの論文を紹介します。

以下の解説は、川名雄一郎/山本圭一郎訳の『功利主義論集』(京都大学学術出版会)に収められている「ベンサム」「功利主義」をそれぞれ参照しています。

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1-2-1:「ベンサム」

ベンサムの死後、ミルは「ベンサム」と題した論文を発表し、ベンサムの功利主義を批判しました。それまでのミルは善かれ悪しかれベンサムの絶大な影響力の下にありましたが、この論文を機に自らの功利主義を発展させることができるようになったと言えます。

そのため、ベンサムの功利主義とミルの功利主義との違いを理解するために、この論文が非常に参考になります。

ミルのベンサム批判は、主に以下の2点に向けられています。

  1. 自分と意見を異にする学派や思想家を軽蔑し、彼らから学ぶことがなかった
  2. 想像力の欠如のために、人間本性に関する理解が乏しかった

①は、ベンサムの研究方法に向けられたものです。ミルによれば、独創性に加えて、「過去の思想家や人類の集合的知性」2川名/山本・前掲書119頁に敬意を払うことが、哲学者に不可欠な要素とされます。

しかし、ベンサムは功利主義という独創的な理論を作り上げた点で偉大でしたが、他の思想家を理解しようとしなかったことが弱点であるということです。言い換えれば、この点から、ミルの功利主義はベンサムのものに比べてオープンな性質のものであると言えます。

②は、ベンサムの人間本性観に向けられたものです。ベンサムは、人間の行為の動機を、すべて利己的な快・不快の感情に還元しました。しかし、ミルによれば、人間は必ずしも利己的な感情だけで動いているわけではない、といいます。

ベンサムには想像力が欠如していたために、人間の内面の感情について不十分な理解しかできず、このことに気づかなかったというのです。

このように、この時期のミルは、それまでの功利主義が見落としていた人間の感情的側面の重要性を主張しはじめます。これが、後の質的功利主義の議論につながっていくと考えられます。

1-2-2:「功利主義」

ミルの功利主義を理解するうえで最も重要な著作は、最晩年である1861年に発表された「功利主義」です。この論文はその名の通り、ミルの功利主義が正面から論じられたものです。

まず、「功利主義」第2章の冒頭における、功利主義の定義を以下に引用します。

功利性、あるいは最大幸福原理を道徳の基礎として承認している理論においては、行為はそれが幸福を増進させる傾向に比例して正しく、幸福とは反対のことを生み出す傾向に比例して不正である。幸福によって快楽と、苦痛の欠如が意味され、不幸によって苦痛と、快楽の欠如が意味されている。

これは、ベンサムやその他の功利主義者の定義と一致します。その意味で、ミルは功利主義の大まかな基礎はこれをベンサムから引き継いでいると言えます。

※功利主義におけるさまざまな思想に関しては次の記事が詳しいです→【功利主義とは】義務論との違いやベンサム~現代の理論までわかりやすく解説

続いて、ミルはここで言う「快楽とは何か?」を明らかにしようとします。これに関しては功利主義への反論の一つをみるとわかりやいです。

  • 功利主義への反論・・・人間には快楽の他にも追求すべき目的があり、快楽だけを目的とするのは獣と同じである
  • それに対するミルの再反論・・・人間は獣と同じ快楽だけでなく、より高尚な人間特有の快楽を感じることができる

すなわち、快楽には高次の快楽と低次の快楽が存在する、ということです。そして、以下のように述べます3川名/山本・前掲書267頁

ある種の快楽は他の快楽に比べてより望ましくより価値があるという事実を認めることは功利性の原理と完全に両立しうる。快楽以外のあらゆるものを評価するときにはその量だけでなく質も考慮しているのに、快楽は量によってのみ評価されなければならないとするのはおかしなことである。

ここが、ベンサムの功利主義と最も異なる点であり、ミルの功利主義が質的功利主義と呼ばれる所以です。そして、ミルの最も有名な一節が出てきます4川名/山本・前掲書269頁

満足した豚よりも不満を抱えた人間の方がよく、満足した愚か者よりも不満を抱えたソクラテスの方がよい。

さらにミルは、高次の快楽を追求するために、精神的な修養が必要であるとも主張します。これは、先ほど述べた、人間の感情的側面の重視とつながります。

ベンサムは人間の利己的感情だけを考慮に入れて、これをなんとか利用しようとしました。

一方でミルは、人間は精神的な修養を積むとこで、利己的でない人類愛的な、高貴な感情を手に入れることができると主張します。そして、このような高貴な感情から得られる快楽こそが、ミルが言うところの高次の快楽なのです。

1章のまとめ
  • ミルの功利主義とは、ベンサムが創設した功利主義を、その後継者であるJ.S.ミルが修正・発展させたものである
  • ミルの功利主義の特徴をつかむためには1838年の「ベンサム」と、1861年の「功利主義」という2つの論文が重要である
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2章:ミルの功利主義に関する学術的議論

2章では、ミルの功利主義に関する学術的議論を解説します。ここでは、ミルの功利主義の形式的な面と、より内在的な面から2つの論点を紹介します。具体的な内容は以下の通りです。

  1. ミルの功利主義の分類の問題
  2. 高次の快楽と低次の快楽の判別方法の問題

2-1:ミルの功利主義はどのように分類されるか

先ほども少し述べましたが、功利主義はベンサムからミル、シジウィックまでの古典的功利主義と、それ以降の現代功利主義とに大別されます。さらに、現代功利主義はさまざまな形に細分化されてきています。

それに伴って、ミルの功利主義をどのように理解するかという問題も、多様なものになっています。この点に関して、川名雄一郎の2015年の論文に非常にわかりやすくまとめられているので、以下ではこれを参照します5川名雄一郎「J.S.ミル研究の現在」『ヴィクトリア朝文化研究』(2015年、日本ヴィクトリア朝文化研究学会)102-128頁

まず、現代功利主義の主要な形態を以下に整理します。

  • 規則功利主義・・・個々の行為の帰結を功利計算の対象とする
  • 行為功利主義・・・個々の行為ではなく、規則を功利計算の対象とする
  • 直接功利主義・・・行為に際して、功利性をつねに考慮すべきであると考える
  • 間接功利主義・・・功利性を考慮しながら行為することを必ずしも要求しない

これら四つの主な形態をもとに、それらを組み合わせて実にさまざまな功利主義が提唱されているのが現状です。

ミルの功利主義に関して言えば、研究者の間で立場が異なります。それは以下のようなミルの主張があるためです。

  • 「功利主義」第2章では行為功利主義的な議論がなされている
  • 一方で、第5章では規則功利主義的な議論がなされている

そのため、ミルの功利主義はどの形態を適用することができるか、ミル研究者の間でも意見がわかれています。

加えて、ミルの功利主義に関しては、次のような解釈も提示されています。

  • 伝統的な立場・・・行為功利主義的な解釈
  • アームソン・・・規則功利主義的な解釈
  • グレイ・・・間接功利主義的な解釈

これらの動向に対して、現代功利主義の区分を古典的功利主義者であるミルの議論に読み込むことはできないとする立場もあります。

以上のように、ミルの功利主義をどのように解釈するべきかという論点は、現代でも大きな論点の一つであり、論争が続いているのが現状です。



2-2:高次の快楽と低次の快楽の判別方法

ミルの功利主義に対する批判として最も頻繁になされるものの一つは、ミルが高次の快楽と低次の快楽とを分けた、その仕方に対するものです。つまり、これら二つの次元の快楽はどのように判別されるのかという問題です。

この点に関して、ミルの回答は以下の通りです6川名/山本・前掲書267頁

二つの快楽のうち、両方を経験した人のすべてあるいはほとんどすべてが道徳的義務の感情とは関係なしにはっきりと選び取るものがあるとすれば、それがより望ましい快楽である。

このように、ミルは高次の快楽と低次の快楽の判別について、必ずしも明確な基準を提示してはいません。その基準を、一般的な常識に求めているようにも読み取れます。

この点について、さまざまなな批判がなされてきました。ここではその一つとして、ミルの幸福主義に対する立場に関する論点を紹介します。まず、功利主義の要素である幸福主義には、主に以下の三つの説が考えられています。

  • 快楽説・・・幸福とは快い心的状態であるとする、主観説
  • 欲求充足説・・・幸福とは欲求対象となる客観的事態の成立であるとする、主観と客観の折衷説
  • 客観説・・・心的状態や欲求対象に関係なく、幸福とは客観的な善であるとする説

先ほども述べたように、ミルは幸福とは快楽であると明言しているため、快楽説をとっていることは明白なようにも考えられます。

しかし、快楽には高次のものと低次のものがあるとする一方でその基準を明確にしていない以上、ミルは実際には快楽説を捨てて客観説の立場に立っているのではないか、とも考えられるのです。

つまり、ミルは快楽だけが幸福であると考えているのではなく、「洗練」や「知的」や「高貴」といった別の基準で幸福を考えているのではないかという批判があるのです。このように、ミルの功利主義は論理的に一貫していないとする解釈があります。

以上が、ミルの功利主義に関する主な2つの論点です。功利主義は現代にも続く大きな力をもった理論であり、その基礎となっているミルの功利主義は、今日においても数多くの議論がなされているのです。

2章のまとめ
  • ミルの功利主義をどのように解釈するべきかという論点は、現代でも大きな論点の一つであり、論争が続いている
  • ミルは快楽だけが幸福であると考えているのではなく、「洗練」や「知的」や「高貴」といった別の基準で幸福を考えているのではないかという批判がある
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3章:ミルの功利主義に関するおすすめ本

最後に、ミルの功利主義をより深く理解するための書籍を紹介します。

おすすめ書籍

J.S.ミル『功利主義論集』(京都大学学術出版会)

この記事で紹介した「ベンサム」と「功利主義」に加え、ミルの功利主義を理解するうえで重要な、ミル自身の論文が収録されています。

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カタジナ・デ・ラザリ=ラデク/ピーター・シンガー『功利主義とは何か』(岩波書店)

現代の著名な功利主義思想家が、古典的功利主義から現代功利主義までの論点を整理し検証している書籍です。具体例も多く非常に平明に書かれており、功利主義の入門に最適です。

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児玉聡『功利主義入門―はじめての倫理学』(ちくま新書)

日本の功利主義研究者によって書かれている、功利主義の解説書です。新書で入手もしやすく、広く倫理学一般への入門書としてもおすすめです。

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まとめ

この記事の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • ミルの功利主義とは、ベンサムが創設した功利主義を、その後継者であるJ.S.ミルが修正・発展させたものである
  • ミルの功利主義をどのように解釈するべきかという論点は、現代でも大きな論点の一つであり、論争が続いている
  • ミルは快楽だけが幸福であると考えているのではなく、「洗練」や「知的」や「高貴」といった別の基準で幸福を考えているのではないかという批判がある