先住民

【イヌイットとエスキモーとは】両者の違い・概要をわかりやすく解説

イヌイットとエスキモーとは

イヌイットとエスキモー(Inuit and Eskimo)とはカナダ、グリーンランド、アラスカ、シベリアの極北地域に住む民族を指す用語です。しかし、この用語は地域ごとで用法が異なり、実際には極北地域に住み、似た言語を話す人々全体を指す名称はありません。

地球上でもっとも過酷な環境に暮らしてきた先住民たちの世界を知りたいのに、「イヌイット」と「エスキモー」という用語がどの集団を指すのかわかりにくいと思っている方が多いのではないのでしょうか。

実際、学問分野によって用法が異なる場合があり、とてもわかりにく用語となっています。

そこで、この記事では、

  • イヌイットとエスキモーの違い
  • イヌイットとエスキモーは差別用語なのか?
  • イヌイットとエスキモーの概要(人口・起源・法的根拠)

をそれぞれ解説していきます。

あなたの関心に沿って読み進めてください。

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1章:イヌイットとエスキモーとは

まず、1章では「イヌイットとエスキモーの違い」「用語の歴史」などを説明します。2章ではイヌイットとエスキモーを概観しますので、関心のある方はそちらから読み進めてください。

このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。

1-1: イヌイットとエスキモーの違い

ここでは、極北地域に住む民族がいる「カナダ」と「ロシア・アラスカ・グリーンランド」を比較しながら説明します。

1-1-1: カナダの場合

結論からいえば、もともと「エスキモー」が極北地域に住む民族を説明する言葉として使用されていましたが、1970年代以降のカナダでは「イヌイット」が使われるようになったという歴史があります2岸上伸啓『イヌイット』(中公新書)

冒頭でも説明したように、「エスキモー」はカナダ、グリーンランド、アラスカ、シベリアの極北地域に住む民族を指す用語として使用されてきました。

しかし、次第に「エスキモー」に内在する差別的な意味が問題となっていきます。それは具体的に、下記のような問題がありました。

「エスキモー」の差別的な意味

  • 「エスキモー」はカナダ先住民のクリー族やオジブワ族の言葉で、「生肉を食べる輩」という意味があるとされる
  • 欧米の価値観を中心にすると、料理をしないで生の肉をそのまま食べることは非文明的だと考えられた
  • そのため、そのような意味をもつ「エスキモー」を、民族名称に使うことは差別的であると認識が広まりをみせる
  • さらに悪いことに、「エスキモー」は自称ではなく、他称であった

このような問題が1970年代に顕在化した背景には、1950年代〜60年にかけてアメリカ合衆国で展開されたネイティブ・アメリカンの社会運動があります(詳しくはこちら→【ネイティブ・アメリカンとは】部族・歴史・居留地をわかりやすく解説)。

1970年代のカナダでは、アメリカ合衆国での公民権運動に強く影響を受けた先住民運動が展開され、社会政治的権利が先住民側から要求されていました。

その際、彼らの言葉で「人々」を意味する用語である「イヌイット」が政府文章やメディアでが使われるようになったのです。

ちなみに、日本の先住民である「アイヌ」も「人間」を意味する言葉です。先住民の名称には「人間」や「人々」を意味する言葉が使われる傾向があります。



1-1-2: ロシア・アラスカ・グリーンランドの場合

しかしながら、カナダ極北地域の民族を研究する岸上伸啓が『イヌイット』(中公新書)で指摘するように、ロシア・アラスカ・グリーンランドで「イヌイット」は民族名称ではないことに注意が必要です。

岸上伸啓によると、それぞれの地域における名称には、以下のような事情があります。

  • ロシアのチュコト半島沿岸地域の民族…自称「ユピート」/公称「エスキモー」
  • アラスカの民族…北西部では自称「イヌピアート」、中西部から南西部では自称「ユピート」。彼らは他称の「イヌイット」を嫌うため、総称として「アラスカ・エスキモー」が使われる場合がある
  • グリーンランドの民族…西部で自称「イヌイット」、東部で自称「イット」。現在では「カラーリット」というグリーンランド人を意味する民族名称が採用されている

こうしてみると、冒頭でも説明したように、実際には極北地域に住み、似た言語を話す人々全体を指す名称はないことがわかると思います。



1-2: イヌイットとエスキモーは差別用語?

すると、「結局「イヌイット」や「エスキモー」は差別用語なの?」と混乱する方がいるかもしれません。

この問題はなかなか複雑です。なぜならば、他方で、デイビッド・ダマスという人類学者のように「エスキモー」は「かんじきをはく人々」を意味する言葉であり、差別を内包するものでないと主張する者もいるからです。

その一方で、語源はどうであれ、カナダ社会で「エスキモー」が蔑称として認識されて、「イヌイット」が定着したという社会的な事実があるからです。

ここで思い出して欲しいのは、アイヌ民族が「ウタリ」や「アイヌ」と民族名称を変えてきた歴史です。

民族名称の歴史

  • 長年の差別の結果、「アイヌ」=「未開」としてスティグマ化がおきたため、「アイヌ」と名乗ることができなくなったという問題が生まれた
  • そのため、彼らは1961年に「北海道ウタリ協会」に改称した
  • (2009年に「北海道アイヌ協会」に再度改称しています)

ここから理解できるのは、語源がどうであれ、一度蔑称として当該社会からラベリングされると、それを自ら名乗ることが極めて難しいということです。

「名付け・名乗り論」を深掘りすると話が脱線しますので、関心のある方は東村岳史「呼称から考える「アイヌ民族」と「日本人」の関係–名付けることと名乗ること」(国際開発研究フォ-ラム (34), 87-101, 2007-03, 名古屋大学)を参照ください。

ここでは語源の詳細な議論や「名付け・名乗り論」を覚える必要はありませんが、少なくともローカルな地域によって民族名称が異なることは理解しておいてもいいかもしれません。

そして、民族名称に差別が内在的に存在するというより、当該社会とその民族の歴史的な関係に依存すると考えておけば問題はないでしょう。

ちなみに、極北地域の民族を指す用語として言語学や考古学では「エスキモー」が、文化人類学では「イヌイット」が便宜的に採用される場合があります。

いったん、これまでの内容をまとめます。

1章のまとめ
  • イヌイットとエスキモー(Inuit and Eskimo)とはカナダ、グリーンランド、アラスカ、シベリアの極北地域に住む民族を指す用語である
  • 実際には極北地域に住み、似た言語を話す人々全体を指す名称はない
  • カナダ社会の事例からは一度蔑称として当該社会からラベリングされると、それを自ら名乗ることが極めて難しいことがわかる
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2章:イヌイットとエスキモーの概要

さて、2章ではイヌイットとエスキモーの人口や起源を紹介します。ここでは、カナダ社会における「イヌイット」を中心に紹介してきます。

2-1: カナダの先住民の定義

まず、そもそも、カナダの先住民には「インディアン」「イヌイット」「メティス」がいます。それぞれの集団は次のように定義されます。

  • インディアン…アメリカ大陸におけるインディアンを指す用語。そのため、「ネイティブ・アメリカン」と民族的な違いはない。便宜上「カナダ・インディアン」と言われる場合もある
  • イヌイット…以前は「エスキモー」と呼ばれた集団。アラスカからグリーンランドまで似たような言語を話す人々を指す
  • メティス…白人入植者とインディアンの混血から生まれた集団。平原地域に住み、独自の文化と歴史をもつとされる

言語的な観点からいえば、イヌイットやメティスは方言がある程度で、似たよう言葉を話す人々です。しかし、インディアンは明確な言語グループによって分類することが可能です。

2-2: イヌイットの人口

では、イヌイットの人口はどの程度なのでしょうか?長谷川の『先住・少数民族の言語保持と教育』によると、2011年の国勢調査における先住民人口は総人口の4.26%です3長谷川瑞穂『先住・少数民族の言語保持と教育』(明石書店, 2019)

先住民の内訳は、

  • インディアン…先住民の約60%(851,560人)
  • イヌイット…先住民の約4.4%(59,440人)
  • メティス…先住民の約32%(451,795人)

となります。

そして、年齢の割合は以下の表どおりです4長谷川瑞穂『先住・少数民族の言語保持と教育』(明石書店, 2019)22頁を参考に、筆者作成

先住民 インディアン メティス イヌイット 非先住民
全年齢 100 100 100 100 100
0-14歳 28 30.4 23.1 33.9 16.5
15-24歳 18.2 18.4 17.7 20.1 12.9
25-64歳 47.9 45.7 52.6 41.9 56.3
65歳以上 5.9 5.5 6.6 23 14.2
平均年齢 28 26 31 23 41

文化人類学という学問では、先住民はいずれ消滅することが前提に研究がされていました。しかし、実際は21世紀に入り、むしろ人口が増加していることがわかります。



2-3: イヌイットの起源

ではカナダの極北地域にはいつ頃から人々が生活を営んできたのでしょうか?考古学的研究によると、3千年〜4千年前から極北地域で人々は生活をしていたとされます。

しかし、ここで注意して欲しいのは3千年〜4千年前から極北地域で人々はイヌイットの直接的な祖先ではないことです。

なぜならば、考古学的研究によれば、

  • イヌイット文化とは紀元10世紀頃に登場した「チューレ文化」に由来する(「チューレ」の名は1920年代のグリーンランド北西部にあるチューレで発見された遺跡群に由来する)
  • チューレ文化の特徴は、ボートや狩猟用具を用いて捕鯨を生業としたことである
  • この文化はアラスカで発生したと考えられており、わずが200-300年の間にロシアのチュコト半島からグリーンランドまで広がったもの

だからです。

その後、チューレ文化は地域ごとに多様化し、アザラシ猟などの独自の文化へと変化してきました。

ちなみに、チューレ文化以前は「ドーセット文化」(紀元前500年〜紀元10世紀頃)が支配的な文化様式でした。住居の形式、交通集団、狩猟用具でチューレ文化と一線を画すものだったそうです。より詳しくは、次の書物を参考にしてください。

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いずれにせよ、イヌイットを太古から続く狩猟民として認識することは間違いであり、むしろ寒冷気候に適用しながら次第に独自の文化を形成していったと理解する必要があります。

2-4: イヌイットの法的地位

そして最後に、イヌイットの法的地位を紹介します。非常に大事なことですが、先進諸国で唯一カナダは先住民権を保障する憲法をもっています。

具体的に、1982年に発効した「カナダ法」(憲法)では、

  1. 先住民権(aboriginal rights)
  2. 条約権(treaty rights)

が保障されています。

①の先住民権に関しては法的内容が確定しておらず、専門家での議論が続いています。しかし大まかに、「自己決定権」「言語や宗教などの文化に関する権利」と理解しておいてください。

そして、②の条約権とはカナダ政府が条約で約束した権利を保障するものです。これは1763年に英国王室は特定地域における先住民の土地使用権を認めたことに由来します。これ以降、白人が先住民の土地を取り上げるには条約が必要となったためです。

2章のまとめ
  • カナダの先住民には「インディアン」「イヌイット」「メティス」がいる
  • 21世紀に入り、むしろ人口が増加している
  • イヌイットを太古から続く狩猟民として認識することは間違いであり、むしろ寒冷気候に適用しながら次第に独自の文化を形成していった
  • 先進諸国で唯一カナダは先住民権を保障する憲法がある
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3章:イヌイットとエスキモーに関するおすすめ本

どうでしょう?イヌイットとエスキモーの概要をつかめることができましたか?

イヌイットとエスキモーの違いを理解することを出発点として、それぞれの民族を学んでいってみてください。その際、これから紹介する書籍をぜひ参考にしてください。

おすすめ書籍

岸上伸啓『イヌイット―「極北の狩猟民」のいま』(中公新書)

岸上伸啓はイヌイット研究の第一人者です。この新書はイヌイットに関する概要がまとまっているので、とてもおすすめです。

浅井 晃『カナダ先住民の世界』(彩流社)

イヌイットに限らず、カナダ先住民に関して知ることができます。文体も非常に読みやすいので、初学者におすすめです。

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まとめ

この記事の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • イヌイットとエスキモー(Inuit and Eskimo)にはカナダ、グリーンランド、アラスカ、シベリアの極北地域に住む民族を指す用語である
  • 実際には極北地域に住み、似た言語を話す人々全体を指す名称はない
  • カナダ先住民には「インディアン」「イヌイット」「メティス」がいる

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