利用可能性ヒューリスティック(Availability heuristic)とは、人間が意思決定を行うときに、よく見るものや印象に残りやすいものを基準に選択を行う思考方法のことです。
人間は、意思決定を行う際に、思い出しやすいものに引っ張られた非論理的な判断を下してしまうことがあります。人間が持つこの傾向性を理解しておくことは、社会生活する上でもとても重要です。
そこで、この記事では、
- 利用可能性ヒューリスティックの意味・例
- 利用可能性ヒューリスティックの心理学的実験
をそれぞれ解説していきます。
好きな箇所から読み進めてください。
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1章:利用可能性ヒューリスティックとは
1章では、利用可能性ヒューリスティックの意味・例を解説します。心理学的実験に関心のある方は、2章から読んでみてください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1: 利用可能性ヒューリスティックの意味
冒頭の確認となりますが、利用可能性ヒューリスティックは、
人間が意思決定を行うときに、よく見るものや印象に残りやすいものを基準に選択を行う思考方法のこと
です。
人間は日々、日常生活を送る中でさまざまな選択行動を行い、意思決定を行っています。意思決定を行う際、人間は、自らで意思決定を行う以上より良い判断や合理的な判断を下すと考えられていました。
しかし、意思決定を行う際に、ありとあらゆる可能性を検討することは困難です。それは物事の良し悪しや判断の正誤の基準は多種多様に存在するため、最も良いと思われる意思決定にいたるまでに膨大な時間がかかってしまうからです。
認知心理学では、人間は意思決定を行うときに、闇雲に良し悪しを検討しているのではなく、いくつかの代表的な方法を用いて、最終的な結論を出していると考えられています2たとえば、服部雅史・小島治幸・北神慎司『基礎から学ぶ認知心理学 — 人間の認識の不思議』(有斐閣ストゥディア)。
意思決定を行うための思考方法の中で、自分自身の成功・失敗体験等の経験から「たいていの場合うまくいく」と思われるものを選ぶ思考方法のことを、「ヒューリスティック(heuristic)」といいます。
そして、ヒューリスティックの中でも、
頻繁に目にしたり耳にしたりする情報など、その人にとって思い出しやすい事柄を基準にした思考方法を「利用可能性ヒューリスティック(availability heuristic)」
といいます。
利用可能性ヒューリスティックは、認知心理学者のエイモス・トベルスキー(Amos Tversky)と、ノーベル経済学賞受賞者である認知心理学者のダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)の共同研究によって発見された思考方法です。
カーネマンは著書『ファスト&スロー(上)あなたの意思はどのように決まるか』において、利用可能性ヒューリスティックは「思い出しやすさ、入手しやすさ」3ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー(上)あなたの意思はどのように決まるか』(早川書房, 21頁)に基づいた判断方法であると説明しています。
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実際、意思決定を行う際に、人間は無意識のうちにどの思考方法を用いるのか選んでいます。論理的な思考が必要な事柄を認知したときには、理論的に正しいと思われる思考方法「アルゴリズム(algorithm)」を選択して意思決定を行います。
しかし、通常時はより直観的な思考方法であるヒューリスティックを用いて意思決定を行っています4服部雅史・小島治幸・北神慎司『基礎から学ぶ認知心理学 — 人間の認識の不思議』(有斐閣ストゥディア)。それはヒューリスティックを用いて意思決定を行う方が、アルゴリズムを用いるときよりも反射的で素早い意思決定が可能になるからです。
たとえば、買い物でいつも使っているものを選びがちになったり、CMで見た商品に興味が向いたりするときは、利用可能性ヒューリスティック的に判断しています。
このように、利用可能性ヒューリスティックを含む多くのヒューリスティックは、買い物に代表される人間の経済活動における意思決定に深い関わりを持っています。このことから、利用可能性ヒューリスティックの研究は、行動経済学などで活発に研究され、マーケティング等のビジネスにおいて注目を集めています。
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1-2: 利用可能性ヒューリスティックの日常例
では、私たちはどのような場面で利用可能性ヒューリスティックを用い、意思決定を行っているのでしょうか?
前述したように、利用可能性ヒューリスティックは、ある事柄に関する思い出しやすさを基に意思決定を行うものです。思い出しやすいものとは「頻繁に目にするもの」「特徴的なもの」です。
たとえば、判断材料の少ない中でどちらかの店を選ばなければならない次の状況を考えてみてください。
- あなたがグルメ雑誌でよく目にするラーメン屋と知名度の低いラーメン屋のうち、あなたが美味しそうと思うラーメン店はどちらか選ぶとする
- あなたの前にはどちらのラーメン店の写真もないし、あなたは2店のラーメンを実際に食べたこともない
利用可能性ヒューリスティックを用いた意思決定に基づくと、前者のグルメ雑誌でよく目にするラーメン店が選ばれます。知名度の低いラーメン店よりも、店名を目にしたことのあるラーメン店の方が、その人にとって思い出しやすい(印象深い)ものだからからです。
そういった意味で、利用可能性ヒューリスティックは「単純接触効果」とも関わりのある思考方法といえるでしょう。※単純接触効果とは、何度も目にすることで、対象のものの好感が上がる心理現象をといいます。
つまり、
- 何度も店名を目にしているラーメン店は、たとえその店のラーメンを口にしたことがなくても、その他の店よりも選ばれやすい
- 企業がCMを用いて自社商品を何度も紹介するのは、利用可能性ヒューリスティックをより使って意思決定を行ってもらえるようにするためである
といえるでしょう。
また、利用可能性ヒューリスティックは必ずしも好意的な判断にのみ影響するわけではありません。
たとえば、
- 交通事故などの衝撃的な現場を目にしたりニュース映像を見たりしたときには、車に乗るのが嫌になる
- 飛行機事故のニュースが流れたときには、「頻繁に事故は起こるのではないか」「今飛行機に乗るのは危険そうだ」として認識されてしまう
可能性があります。
利用可能性ヒューリスティックを用いた意思決定では、思い出しやすい事柄の特徴を過度に一般化してしまうために、非論理的な結論が導かれてしまうといえるでしょう。
1-3: 利用可能性ヒューリスティックと確証バイアス
ちなみに、利用可能性ヒューリスティックに似た心理学の概念として、「確証バイアス(confirmation bias)」があります。
確証バイアスとは、
人間が思い込みから生じた仮説を検証するために、自分にとって都合の良い情報ばかりを集めてしまう傾向性
です。
確証バイアスと利用可能性ヒューリスティックは、自分の見聞きしたものから受け取ったある印象を信じてしまい、結果として偏った見方をしてしまうという点においてよく似た心理的な傾向です。
しかし、利用可能性ヒューリスティックと確証バイアスは、物事のどの部分に焦点を当てて意思決定を行うかという点について異なります。具体的には、以下の点で異なります。
- 利用可能性ヒューリスティックは、自身の体験のうち思い出しやすい事柄に焦点を当てて決定する「経験則」の意思決定である
- 確証バイアスは、自分の経験のうち、信憑性が高いと感じた1つの印象に固執してしまう「先入観」の意思決定である
つまり、利用可能性ヒューリスティックは意思決定を行う際の手法の一種である一方、確証バイアスは意思決定に干渉する心理的傾向の一種です。
両者の違いを理解することはできましたか?一旦、これまでの内容をまとめます。
- 利用可能性ヒューリスティックとは、人間が意思決定を行うときに、よく見るものや印象に残りやすいものを基準に選択を行う思考方法のことである
- 思い出しやすい事柄の特徴を過度に一般化してしまうために、非論理的な結論が導かれてしまう可能性がある
- 確証バイアスとは似て異なる概念である
2章:利用可能性ヒューリスティックの心理学的実験
さて、2章では利用可能性ヒューリスティックを語る上で欠かせない心理学的実験を紹介します。
2-1: 「K」を含む単語に関する実験
まずは、利用可能性ヒューリスティックを発見したトベルスキーとカーネマンの実験を紹介します。トベルスキーとカーネマンは、英語話者である152人の被験者に対し、英語の文章に関する以下のような質問をしました5ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー(上)あなたの意思はどのように決まるか』(早川書房, 21頁)。
「Kという文字を思い浮かべてください。Kは、単語の先頭にくるときと三番目にくるときでは、どちらが多いでしょうか?」
解答からいえば、Kが単語の先頭にくるときと3番目にくるときでは、3番目にくるときの方が多いです。しかし、被験者は英語話者だったにも関わらず、105人の被験者が、Kは単語の先頭にくるときの方が多いと答えました。
この結果についてカーネマンは、
- ある特定の文字で始まる単語を思い浮かべる方が、その文字が3番目にくる単語を思い浮かべるよりも簡単であり、思い出しやすいからである
- つまり、Kではじまる単語の方が思い出しやすいがゆえに、たくさんあるだろうと判断してしまう
と結論づけました。
また、この結果から、カーネマンは利用可能性ヒューリスティックを用いると素早い判断を下すことができるというメリットを認めながらも、非論理的だったり視野が狭まっていたりする判断を下してしまう可能性があることを指摘しています。
2-2: 思い出しづらさに関する実験
ドイツの心理学者であるノーバート・シュワルツ(Norbert Schwarz)らは「思い出した数が多いほど利用可能性ヒューリスティックが強くなるのか」という問いを追求しました6Norbert Schwarz et al. 1991 Ease of Retrieval as Information – Another Look at the Availability Heuristic(Journal of Personality and Social Psychology Vol. 61, No. 2,195-202)。実験の概要は、以下の通りです。
- 実験には、ドイツの大学生の女性40人が参加した
- 最初に被験者は、4人ずつの小グループに分けられた
- 次に、自分自身が過去に強く自己主張をした経験を思い出すように求められた
- ただし、全体の半分のグループは自己主張をした経験を6個、もう半分のグループは12個思い出すように指示された
- 被験者は自己主張の経験を思い出し終えた後、過去の経験を振り返って、自分は自己主張の強い人間だと思うかどうか、10段階で評価するよう求めらた
実験の結果は、自己主張をした経験を12個思い出した被験者の方が、6個思い出した被験者よりも、自分自身の自己主張が弱いと評価したことが示されました。自己主張した経験を思い出した個数の多い方が、自己主張が弱いと判断したのです。
この結果を受けてシュワルツは、利用可能性ヒューリスティックは思い出した個数が多ければ多いほど強化されるわけではないと考えるに至ります。それには、以下のような過程があったためと考えられます。
- 自己主張をした経験を12個思い出す被験者の方が、6個思い出す被験者よりも、より多くの記憶を思い出して自己主張をした経験を探している
- 自己主張をした経験を12個思い出す被験者は、その思い出す過程で行き詰まったり、上手く見つからず悩んだりした
- じっくりと考えた上で12個の経験を絞り出しているうちに、「自分は思ったよりも自己主張をした経験を持っていないのかもしれない」「自分は自己主張の弱い人間なのかもしれない」という冷静な思考が行われた
- その結果、一生懸命考えて思い出すことは、直ぐに思い出すことができる状況よりも利用可能性ヒューリスティックが弱まり、冷静な判断を下しやすくなった
反射的に意思決定を行うことのできる利用可能性ヒューリスティックは、素早い判断を行うためには大切な仕組みです。
しかし、上記2つの実験から、利用可能性ヒューリスティックの思考方法は素早く反射的であるからこそ、論理的な思考を妨げてしまうことが示されています。
物事の良し悪しを決めるような意思決定を行う際には、自分の判断が利用可能性ヒューリスティックに影響されすぎたものではないか、注意することが必要だといえるでしょう。
- カーネマンは利用可能性ヒューリスティックを用いると素早い判断を下すことができるというメリットを認めながらも、非論理的だったり視野が狭まっていたりする判断を下してしまう可能性があることを指摘
- シュワルツの実験では、自己主張をした経験を12個思い出した被験者の方が、6個思い出した被験者よりも、自分自身の自己主張が弱いと評価した
3章:利用可能性ヒューリスティックを学ぶ本・論文
利用可能性ヒューリスティックを理解することはできましたか?最後に、あなたの学びを深めるためのおすすめ書物を紹介します。
ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか?』(早川書房)
利用可能性ヒューリスティックを発見したカーネマン自身が著した、人間の意思決定について詳しく解説された本です。ヒューリスティックの働く基本的なメカニズムを理解することができます。
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レイ・ハーバート『思い違いの法則: じぶんの脳にだまされない20の法則』(株式会社インターシフト)
利用可能性ヒューリスティックのような、人間の意思決定に関わる様々なヒューリスティックを解説した一冊です。自らの日常行動を振り返りながら、楽しくヒューリスティックを学ぶことができます。
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大竹文雄『行動経済学の使い方』(岩波新書)
行動経済学の観点からヒューリスティックを解説した本です。マーケティングなどのビジネスの手法において、ヒューリスティックがどのように理解されているのかを知ることができます。
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一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- 利用可能性ヒューリスティックとは、人間が意思決定を行うときに、よく見るものや印象に残りやすいものを基準に選択を行う思考方法のことである
- 思い出しやすい事柄の特徴を過度に一般化してしまうために生じる、非論理的な結論が導かれてしまう可能性がある
- 確証バイアスとは似て異なる概念である
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