観光人類学

【観光人類学とは】観光研究の歴史から研究事例までわかりやすく解説

観光人類学とは

観光人類学(Anthropology of Tourism)とは、「観光」に関する人類学的研究です。具体的に、①観光を生み出す経済的・社会的・文化的なメカニズムを研究すること、②観光がある社会に与える影響を分析すること、③観光が作り出す文化の研究すること、の3つの分野に区別できます1鈴木涼太郎「観光研究としての「観光人類学」の展望」観光研究 2005 .9/ Vo.17/ No.1 日本観光研究学会機関紙

人類学者の山下晋司は、観光に関する人類学的研究をこれら3つの領域で示しています。観光人類学が立ち上がる背景には、第二次世界大戦後以降の余暇と遊びに生きがいを見出すという社会的な流れがあります。

今日、日本においても労働時間の短縮と休暇の長期化がトレンドとなっており、「観光」は社会を分析する視点としてますます重要になるでしょう。

そこで、この記事では、

  • 観光研究の歴史
  • 観光人類学の対象や意義
  • 観光人類学の研究

をそれぞれ解説していきます。

興味のある箇所からぜひ読み進めてください。

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1章:観光人類学とは

1章では観光人類学の概要を「歴史」「対象」「意義」というカテゴリーから紹介します。研究事例から知りたい方は2章から読み進めてください。

このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注2ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。

1-1: 観光研究の歴史

観光人類学の意義を解説するために、少し遠回りかもしれませんが、まずは観光研究の歴史を簡潔に振り返ります。それによって、どう「観光人類学」は「観光研究」に貢献できるのかを理解できるはずです。

1-1-1: 観光とは

さて、そもそも「観光(tourism)」とは何でしょうか?「旅(travel)」とどのように違うのでしょうか?これから説明するように、「観光」とは極めて近代的な産物です。

  • さまざまな必要性に要請されて、苦痛を伴いながら、人びとは古来から「旅」をしてきた
  • たとえば、『おくのほそ道』などの古典的な文学は「旅」をしばしば主題としている
  • しかし、快楽を目的とした「観光」は、産業革命による生活の変化と交通技術の発達によって生まれた現象である
  • 19世紀以前には上流階級の以外の者が労働に関係ない理由で出かけることはまずなかったが、観光は一般的な現象となっていった
  • 特に、第二次世界大戦後以降における西洋社会では「勤労」という労働哲学が衰退して、「余暇」や「遊び」が自己実現のために重要になった
  • 日本でも、労働時間の短縮や休暇の長期化はますます普遍的な傾向となっている

世界観光機関(UNWTO)によると、2018年には世界で年間14億人を突破、2030年には18億人に拡大すると予測されています。

一般的に、第二次世界大戦後以降、観光現象が大衆化したことを「マスツーリズム」といいます。詳しくは→【マスツーリズムとはなにか】の記事

1-1-2: 観光研究の芽生え

近代的な観光現象に関する研究は1930年代から始まります。たとえば、以下のような研究がありました。

  • 観光は経済的な現象であると捉えた、イタリアの経済学的な研究
  • ホテルなどのホスピタリティに関するアメリカにおける観光研究

しかし、1960年代以降は経済発展を背景に大衆まで観光現象が広がり(マス・ツーリズム)、多角的な観光研究が蓄積されていきました。それは大きく4つにわけることができます。

  1. 擁護の土台…経済発展に好意的な産業的研究
  2. 警告の土台…マス・ツーリズムのネガティブな影響を警告する研究
  3. 適合の土台…ネガティブな影響を是正し、より良い観光開発を目指す研究
  4. 知識ベースの土台…観光に関する科学的基礎の集積を目指す研究

これら4つ分野はそれぞれ独立しているわけでも、どれか一つが主流の研究であるわけでもありません。むしろ、4つの立場が混在しながら観光研究はおこなわれています。



1-2: 観光人類学の意義と役割

上のような「観光研究」に、人類学的アプローチがされたのは1980年代からです3鈴木涼太郎「観光研究としての「観光人類学」の展望」観光研究

1-2-1: ホストとゲスト

そのなかでも、古典として有名なのは、『Hosts and Guests: The Anthropology of Tourism』(1977)です。邦訳は『ホスト・アンド・ゲスト:観光人類学とはなにか』です。

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この書籍における対象事例は多様ですが、人類学的な理論的枠組みを用いながら、観光現象を分析しています。特に、観光を単なる送り出し側の社会問題としてではなく、受け手側社会との相互問題として捉えた点は革新的でした。

また、長期のフィールドワークをもとに研究する人類学者は「マス・ツーリズムの負の影響」を異議申し立てする「警告の土台」の代表格としての役割を担いました。

ちなみに、フィールドワークという方法論や人類学という学問分野については次の記事を参照ください。

1-2-2: 観光人類学の役割

『ホスト・アンド・ゲスト』以降、さまざまな観光人類学の研究が実施されてきました。そのなかで、観光現象に対する人類学の役割は、以下のように指摘されていきます4鈴木涼太郎「観光研究としての「観光人類学」の展望」観光研究

  1. 観光現象は経済的な現象であると同時に、文化的な現象であるため、人間文化の一要素として観光を分析する必要がある。その際、人類学は有効な理論的枠組みをもつ
  2. 当該社会への深い理解をもつ人類学者は、「警告の土台」や「適合の土台」として役割を担う
  3. 長期のフィールドワークを研究方法論とする人類学者は、無視されがちな「現地の人びとの声」をすくい取る利点がある

特に、3番目の点は重要です。それは「誰のための誰による観光開発なのか」は第三世界や周辺地域で社会問題になっているからです。

いずれにせよ、当該社会のケースにもよりますが、政府機関や産業界と連帯していく応用的な人類学の必要性はますます増しています。

1章のまとめ
  • 「観光人類学(Anthropology of Tourism)」とは、「観光」に関する人類学的研究
  • 「観光」とは極めて近代的な産物で、1930年代から研究の蓄積がある
  • 人類学者は「マス・ツーリズムの負の影響」を異議申し立てする「警告の土台」の代表格として役割を担ってきた
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2章:観光人類学の研究と問題

さて、観光人類学の成果として代表的なものに、山下晋司の「バリ島に関する研究」があります。山下の「観光をとおした伝統文化の再創造」は広く影響を与え、その後、多く論者により個別の事例研究が報告されるようになりました。

ここでは山下のバリ島を研究事例を紹介し、その後観光人類学の問題を解説します。

2-1: バリ島における伝統の創造

バリが注目されたのは、「伝統の創造(invention of tradition)」という概念をうまく説明するためです。→【創られた伝統とは】ホブズボーム・天皇制・観光からわかりやすく解説

2-1-1: 観光地としてのバリ

ご存じのように、バリは観光地としてとても人気のある場所です。「最後の楽園」「神々の島」「芸術の島」などキャッチフーズが用いられ、年間100万人を超す外国人観光客が集まっています。

そもそも、バリの観光地としての歴史は、

当時オランダ植民地下にあったバリはキリスト教の影響を強く受けた他の南太平洋と異なり、土着文化が残る「最後の楽園」として「発見」されたこと

に由来します。

この歴史からもわかるとおり、「神々の島」「芸術の島」というイメージはもともと他者の文化観に強く影響を受けています。具体的にいうと、このバリの文化観はメキシコ人画家のコバルビアスの『バリ島』(1937)で提示されたイメージに由来しています。

2-1-2: バリにおける伝統の創造の具体例

1930年代になると、西洋の芸術家、人類学者、観光客が多く押し寄せました。このような外部者との接触から生まれたのが、バリの「伝統」です。

たとえば、今日有名なバリの伝統芸能である「ケチャ」は、以下のようなものです。

  • もともとケチャはシャーマニズムの一種であるトランス儀礼で歌われるコーラスだった
  • しかし当時バリに住んでいたドイツ人画家のシュピースがバリと人びとと共同で、新たな振り付けや関係のない物語と結びつけ、観光客も満足する劇に作りなおした

その他にも、悪魔払いの儀礼劇が観光客向けに圧縮されて1930年代に始まっています。

つまり、私たちが見るバリの伝統芸能は、バリで生まれたものの、観光客のまなざしをうけて新たに創造されたものなのです。

言い換えれば、バリの人びとは観光開発によって近代化を果たすと同時に、バリの伝統を守るために1930年代のイメージをあえて取り入れたといえます。

このように、現地の人びとは観光客のまなざしに対応することで、①経済的利益を得たり搾取されたりする、②観光に関わることで自分たちのアイデンティティを形成していく、③観光の圧力から自分たちの生活を守っていくという側面があります。

②の側面で山下と同様に影響力をもったのは、文化人類学者の太田好信が提示した「文化の客体化」論です。

人類学者の鈴木は、以下のように述べています5鈴木涼太郎「観光研究としての「観光人類学」の展望」観光研究 2005 .9/ Vo.17/ No.1 日本観光研究学会機関紙

山下がバリを事例に論じた「観光を触媒とした伝統文化の再構築・創造」という枠組みや、太田が提示した「観光によるアイデンティティの構築」という議論は、その後様々な国家や民族・エスニシティ・民俗などに関連して、多くの論者によって事例が積み重ねられていった。

興味のある方は、太田の『トランスポジションの思想』、山下の『バリ 観光人類学のレッスン』を読んでみてください。

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2-2: 文化の表象に関する問題

さて、観光人類学は人類学の一部として、1980年代以降の人類学が直面した文化表象をめぐる権力関係の問題から影響を受けています。

1980年代以降、調査者/被調査者の権力関係が問題化すると、観光のホスト/ゲストの関係が類似するものとして議論されるようになります。

1980年代以降の、表象をめぐる問題とは、

  • 誰が誰を何の目的で表象するのかが不明確である
  • 調査をする人とされる人は同じ民族ではないし、本当に人類学者が調査をする権利があるのかどうかが問題となる
  • 殆どの場合、人類学者は「勝手」にフィールドに赴き、呼ばれてもいないのに調査をする
  • 依頼された調査であっても、それは植民地的状況が可能にした調査であり、極めて政治的なものであった

といったものです。

観光人類学は「観光現象をいかに捉えるか」という問題を扱ってきましたが、「観光現象がどう人類学の再創造に意味をもつのか」が議論されていないとして批判の対象となりました。

人類学者の鈴木は、表象をめぐる問題でも第一人者である太田の議論を提示してます6鈴木涼太郎「観光研究としての「観光人類学」の展望」観光研究 2005 .9/ Vo.17/ No.1 日本観光研究学会機関紙

はやくから観光現象を人類学的研究の対象として取り上げる必要性を主張し、「観光人類学」に大きな影響を与えた太田は、同じく「観光人類学」の中心的な論者山下が提示した観光によるバリ島の芸能の再創造の事例に対し、その後批判的な見解を示した。

文化の表象をめぐる問題は後回しにしても「亡霊のごとく」復活してきています。太田は日本でこの問題を論じた代表格ですから、観光人類学の未来を考える上で、必ず読んでおきたいです。

2章のまとめ
  • 現地の人びとは観光客のまなざしに対応することで、①経済的利益を得たり搾取されたりする、②観光に関わることで自分たちのアイデンティティを形成していく、③観光の圧力から自分たちの生活を守っていくという側面がある
  • 「観光現象をいかに捉えるか」という問題を扱ってきましたが、「観光現象がどう人類学の再創造に意味をもつのか」が議論されていないとして批判の対象
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3章:観光人類学の学び方

観光人類学について理解を深めることはできたでしょうか?

まず、何よりも人類学という学問自体に興味をもった場合は、こちら記事を参照ください。さまざまな書籍の良い点と悪い点を解説しながら、紹介しています。

文化人類学的な視点を獲得できる本6選
【文化人類学的な視点を獲得できる本6選】隣接分野の重要文献も紹介文化人類学の知識は書籍から学びましょう。 文化人類学の大まかなイメージを理解し、次のステップとして文化人類学の概念や歴史を深く理解...

以下は観光人類学に関する書籍です。

おすすめ書籍

山下 晋司『観光人類学の挑戦 「新しい地球」の生き方』(講談社選書メチエ)

日本を初めとした世界中に観光の事例が集められています。山下の中心的な論文が集めれており、観光人類学を学ぶため極めて論集です。

山下 晋司『観光文化学』(新曜社)

より教科書的なものは、『観光文化学』です。観光人類学の一から学びたい方はこちらがおすすめです。

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鈴木涼太郎「観光研究としての「観光人類学」の展望」観光研究 2005 .9/ Vo.17/ No.1 日本観光研究学会機関紙

こちらは書籍ではなく、学術論文です。観光研究に関する人類学的アプローチの歴史や意義をわかりやすく概要しています。この記事でも参照しました。うまくまとめていますので、ぜひ参考してください。

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まとめ

この記事の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • 「観光人類学(Anthropology of Tourism)」とは、「観光」に関する人類学的研究
  • 人類学者は「マス・ツーリズムの負の影響」を異議申し立てする「警告の土台」の代表格として役割を担ってきた
  • 現地の人びとは観光客のまなざしに対応することで、①経済的利益を得たり搾取されたりする、②観光に関わることで自分たちのアイデンティティを形成していく、③観光の圧力から自分たちの生活を守っていくという側面がある

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