クラ交易(kula)とは、パプアニューギニアの東に広がる海域の島々を結ぶ交換(exchange)制度です。
「そんな交換制度を調べて何の意味があるんだ?」と多くの方は考えると思います。確かに、一見私たちの生活とは関係ないようにみえますよね。
しかし実は、クラ交易でおこなわれるような「交換」を私たちは日常的にしています。当たり前すぎて、気づかないだけなんです。
そこで、この記事では、
- クラ交易の概要
- クラ交易の交換とこれまでの交換概念の違い
- クラ交易の交換と私たちの生活における交換
- クラ交易と互酬性
をそれぞれ順番に解説します。
興味のある箇所からでも構いませんので、ぜひ読み進めてください。
このサイトは人文社会科学系学問をより多くの人が学び、楽しみ、支えるようになることを目指して運営している学術メディアです。
ぜひブックマーク&フォローしてこれからもご覧ください。→Twitterのフォローはこちら
1章:クラ交易とはなにか?
1章では、クラ交易を「概要」「特徴」から概説します。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1: クラ交易の概要
まず確認として、冒頭の定義を繰り返します。
クラ交易とは、
パプアニューギニアの東に広がる海域の島々を結ぶ交換(exchange)制度
です。
「交換、交換っていったい何が交換されるの?」という疑問が当然あると思いますので、次にクラ交易で交換される財を確認しましょう。
1-1-1: クラ交易におけるソウラヴァとムワリ
(国立民族博物館で撮影)
写真にあるように、クラ交易で交換されるのは、ソウラヴァ(赤色の貝の首飾り)とムワリ(白い貝の腕輪)です。
そして、それぞれの財は、次のように交換されます。
(国立民族博物館で撮影)
つまり、首飾りと腕輪が島々を回り続ける交換制度がクラ交易、と呼ばれるものです。では次に、どのようにそれぞれの財が交換されるのかをみていきましょう。
ちなみに、クラ交易とは人類学者のマリノフスキーが『西太平洋の遠洋航海者』で示したです。詳細な議論に、興味のある方はぜひ原典を参照ください。
1-2: クラ交易の特徴
クラ交易で財が交換される際、いくつかの押さえておきたい特徴があります。端的にいえば、それらの特徴は以下のものです。
クラの特徴
- それぞれの財の引き渡しは、同時ではなく、時間をあけておこなわれること
- その都度、財を受ける側が相手のところまで出向いて取りにいかなければならないこと
- 人びとは何人かの決まったパートナーをもっていて、この関係は終生続くこと
- 島々のあいだの航海は、大がかりで命の危険を伴うこと
- 苦労して手に入れた財であるが、いつまでも手元に置いておくことはできないこと
- 財を求めてやってくるパートナーに与えなければならない運命にあること
- 2年〜10年かけてクラの輪を1周すること
これだけではわかりにくいので、これらの特徴を地図をみながら確認してみてみましょう。そして、たとえば、あなたがトロブリアンド諸島の住人であると仮定してみます。すると、以下のような過程で、財が交換されます。
- 特別に建造したカヌーで船団を組み、ソウラヴァを受け取りにウッドラーク島にいく(たどり着く保証のない命懸けの航海)
- 浜辺で儀礼的な歓迎をうけると、それぞれのパートナーと取り引きをおこなう(取り引きといっても一方的に与えられるだけで、その財に文句はいえない)
- 与えるホスト側は、財を怒ったような態度で投げ出す。受ける側は冷淡に関心のなさそうに受け取る
- 3〜4日の滞在でソウラヴァを受け取ると、トロブリアンド諸島に帰る
- 半年もたつと、今度はウッドラーク島の人びとがムワリを受け取りにトロブリアンド諸島を訪れる
- 同じ手続きが繰り返され、海をはさんだソウラヴァとムワリの交換が成立する
以上のような手順で、それぞれの財が交換されます。
1-2-1: ソウラヴァとムワリはほとんど使用されない!
さて、苦労して取りに行った財はさぞかし大切に使われると思われる方が多いのではないでしょうか?
しかし、ソウラヴァとムワリは儀礼用の装飾品ですので、日常的に使われることはありません。あまりにも貴重なため十年に一度ほどの頻度でしか使用されないのです。
そのため、本質的に装飾品なのかもわからないです。そもそも、腕輪として着用するには小さすぎます。
つまり、クラ交易は次のような特徴があります。
- 実用的な値打ちがほとんどないにもかかわらず、命懸けの航海をへて、人びとはソウラヴァとムワリをただ受け取りにいく
- 受け取った財は、いずれパートナーに渡す運命にあるため、長い保有することはできない(1年間保有するだけで、「欲深い」と非難される)
- つまり、右から左に手渡すために苦労して財を手にいれてきたようなもの
「なんでそんな交換をするんだ?」という疑問があると思います。事実、クラ交易における交換は、これまでの交換のイメージからは理解不能なものでした。
これまでの交換概念とクラ交易における交換の相違は、2章で詳しく解説します。
これまでの内容をまとめます。
- クラ交易とは、パプアニューギニアの東に広がる海域の島々を円環状に結ぶ交換制度
- 実用的な値打ちはないにもかかわらず、命をかけて財を受け取りにいく
- これまでの交換概念からは説明不可能な交換制度
2章:クラ交易における交換の意味とは?
さて、2章ではクラ交易における交換の意味を解説していきます。
2-1: これまでの交換概念とクラ交易における交換との違い
ここでは、『人類学のコモンセンス』に沿って解説していきます。
(2024/12/03 13:40:08時点 Amazon調べ-詳細)
かの有名な経済学者のアダム・スミスは、交換こそが私たちの社会を成り立たせる基本原理だといいました。彼のポイントは次のとおりです。
- 「私の欲しいものをください、そしたらあなたの欲しいものをあげますよ」という原理が私たちの社会の根底にある
- 自分の生活に必要なモノをすべて作れる人はいないから、誰から手にいれるしかない
- そのためには、取り引き、つまり「交換」が不可欠である
- 人びとは交換によって生活をし、社会そのものも、商業社会へと成長していく
たしかに、私たちはモノを買うとき、貨幣と引き換えに必要なものを手に入れるですから、それは交換に違いありません。
2-1-1: これまでの交換概念とは?
そのため、交換とは相手に何かを与えることで、自分の必要とするものを手に入れる手段といえるでしょう。
コンビニで「私の欲しいもの(コーヒー)をください、そしたらあなたの欲しいもの(お金)をあげますよ」とはいちいちやりませんが、これも交換です。
そして交換するときは、誰でもできるだけ損を少なくして得を多くしようとするはずです。たとえば、余分にもっているビックリマンシールと引き換えに、友達から新しいビックリマンシールを手に入れることがあるでしょう。
つまり、これまで考えられていた交換とは、以下のような概念といえます。
- 相手に何かを与えることで、自分の必要とするものを手に入れる手段
- お互いの利益を最大にするもの
- この原理に従って振る舞うと仮定することで、多くの経済的現象が説明可能になる
ここまでくると、これまでの交換概念からはクラ交易における交換が理解困難なわけがわかるのではないでしょうか。
なぜならば、クラ交易では、
- 命懸けで手に入れた財は、他人に同様の交換をとおして渡してしまう(つまり、交換によって利益は得られない)
- そもそも与えられたものに文句をつけれないから、自分が以前に与えたものに相応しい財を手に入れる保証はない
- ソウラヴァはムワリとしか交換できないから(反対も同様)、貨幣のように他の何かを手に入れる手段として用いることはできない
- つまり、経済的にほとんど無意味な交換
といった特徴があるからです。
「これだから未開人は知識がない」とか「未開人のすることは意味不明だ」と考える方がいるとしたら、大きな間違いです。
別の社会の出来事を説明するのに、自分たちの社会の概念を適用することはしばしば誤解を生む原因になります。まず「現地の人びとの視点から」クラ交易の意義をみてみましょう。
2-2: クラ交易と意義
クラ交易は経済的にほとんど無意味な交換ですが、社会関係の観点からみると、きわめて重要な交換です。
なぜならば、クラ交易では、
- 相互のパートナー間の財の交換をとおしてこそ、恒久的な関係が生まれる
- 交換を通じてこの関係のネットワークが確認されて永続的になる
からです。
クラ交易の交換は特殊にみえるかもしれませんので、私たちの社会に引きつけて考えてみましょう。
2-2-1: クラ交易とトロフィーとの類似性
クラ交易における財と私たちの社会におけるトロフィーとの類似性があります。
- 非実用的なものであるにもかかわらず、所有者はそれを一定期間所有する資格をもつという点において独自の喜びを得ること
- トロフィーという品に歴史的な出来事が内包されている
- トロフィーはさまざまな人物によって歴史的に「交換」され続けた
- トロフィーにまつわる人物や出来事がトロフィーと共に継承されていった
そして、これらの特徴はクラ交易の財と類似してます。
つまり、クラ交易をおこなう人びとに働いている心理的・社会的な力は、私たちの社会のトロフィーと同質のものなのです。
どうやら経済学的な交換(物質的利益を求めるもの)と、物質的な利益を眼中におかず人びとのつながりを形成・維持する交換があるとわかります。
後者の交換を「誰かになにかを与えて、誰かからなにかを受け取ること」とすると、経済学的な交換はきわめて限られた範囲の交換であることがわかります。
人びとの関係を生み出す「誰かになにかを与えて、誰かからなにかを受け取ること」という広い意味の交換を、私たちは生活のなかで実践しています。
2-3: クラ交易と私たちの生活における交換
人類学者のレヴィ=ストロースが交換の儀礼と呼んだ場面を紹介します。その場面は、日本のどこかでありそうな光景です。
少し長いですが、レヴィ=ストロースの交換の儀礼を物語調に解説した文を引用します2『人類学のコモンセンス』(1994)から参照。
場所は南フランスのとある安レストラン、昼飯時で店が混んでいたためか、二人の男が見知らぬ者どうしで一つのテーブルに向かい合って腰をおろしている。それぞれの前には料理を載せた皿と、その量にセットで含まれているちょうどグラス一杯ほどの安ワインの小瓶。なんとなくぎこちない沈黙と装われた無関心。しかしれは一方の男の何気ない仕草で一変する。彼は「まあ、どうぞ」など言いながら自分のワインを相手のグラスになみなみと注いだのである。続いて何がおこるかはご想像のとおりである。相手は「いやあ、どうも申し訳ありません。恐縮します」なんで言いながら、すぐ相手に注ぎ返してやるだろう。ワインとワインの交換である。
どうでしょう?
日本の場合だと、飲み会の場でビールをお互いに注ぐ光景と似ていると思いませんか?
何がおきたのかを詳しくみてみると、
- ワインでもビールでも二人の注ぎあう飲み物は全く同じもの、同じ量
- 自分のグラスに自分の飲み物を注いで飲んだのとなんの違いもない
- 二人は互いになんの損も得もしていない
- 経済的には無意味な交換(しかも合理的ではない)
- そもそも、両者は相手の飲み物が欲しくて、自分の飲み物を与えるわけではない
といった出来事といえます。
この交換の前後で物質的な変化はなにもありません。交換しようとしまいと、二人はそれぞれの飲み物を飲むことになります。しかし、この交換は無関係な二人の間に関係を作り出しました。この変化こそ、交換の効果といえます。
これまでの内容をまとめましょう。
- これまでの交換の概念とは、「相手に何かを与えることで、自分の必要とするものを手に入れる手段」であり、自分の利益を最大にするように試みるもの
- クラ交易では、財の交換をとおしてこそ、恒久的な関係が形成・維持される
- 「誰かになにかを与えて、誰かからなにかを受け取ること」という広い意味の交換の方が実は普遍的。私たちは交換を日常的におこなっている
3章:クラ交易と互酬性の概念を解説
ここでは、クラ交易から浮上した互酬性の概念を簡潔にみていきましょう。
互酬性(recoprocity)という言葉を聞いたことはありますか?
互酬性とは、「自分が受け取った贈り物、サービス行為、または損害に対して何らかの形でお返しをする行為」3『文化人類学キーワード』(1997)を参照です。
簡単にいうと、モノを受け取ったり与えたりするときに発生する社会的な意味です。
3-1-1: 互酬性の効力とはなにか?
クラ交易でのどこか贈り物に似たやり取りは、互酬性の一種として研究の対象となってきました。
互酬性に関する研究からわかってきたことは、
- 二人の間に友好関係をきずき、その関係を確認しあったりする手段
- 対立する二人の間を仲直りさせる方法
- 社会的な力関係を生み出す手段
として贈与や互酬性が使われるということです。
次のような例も、一種の互酬性です。
友人との飲み会で「割り勘」をするとき、お互いに負い目を感じることはないでしょう。しかし、いつも多く払う人やお返し不可能な贈り物をする人に対して、負い目を感じ始める。そして、ゆくゆくはその人の配下になるという関係ができてしまう。相手に贈り物をすることで、「親分/子分」の関係を作り出すのです。
非常に簡単なまとめですが、互酬性によって社会的関係が構築されることが何となく理解できると思います。
互酬性についてさらに詳しくは、次の記事を参照ください。
4章:クラ交易を知るための書籍リスト
最後に、クラ交易についてもっと知りたい!と感じる方に向けて書籍リストを紹介します。
まず、何よりも文化人類学という学問自体に興味をもった場合は、こちら記事を参照ください。さまざまな書籍の良い点と悪い点を解説しながら、紹介しています。
浜本満・浜本まり子(編)『人類学のコモンセンス』(学術図書出版社)
文化人類学者がする考え方をさまざまな事例からわかりやすく説明しています。当然、クラ交易も対象となっています。この記事の多くは、この本を参照し書かれています。ぜひ、手にとって読んでみてください。
(2024/12/03 14:50:09時点 Amazon調べ-詳細)
ブロニスワフ・マリノフスキ 『西太平洋の遠洋航海者』(講談社学術文庫)
クラ交易とはなにか?を調査したポーランド人の人類学者。近代人類学のフィールド調査を確立した人物でもあります。文章自体は難しくありませんので、原著にあたってみることをおすすめします。
(2023/05/12 11:24:21時点 Amazon調べ-詳細)
マルセル・モース 『贈与論 他二篇』(岩波文庫)
贈り物に関する詳細な研究が書かれた本です。互酬性を知りたい方にとてもおすすめです。
一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
最初の1冊は無料でもらえますので、まずは1度試してみてください。
また、書籍を電子版で読むこともオススメします。
Amazonプライムは、1ヶ月無料で利用することができますので非常に有益です。学生なら6ヶ月無料です。
数百冊の書物に加えて、
- 「映画見放題」
- 「お急ぎ便の送料無料」
- 「書籍のポイント還元最大10%(学生の場合)」
などの特典もあります。学術的感性は読書や映画鑑賞などの幅広い経験から鍛えられますので、ぜひお試しください。
まとめ
いかかでしたか?この記事の内容をまとめます。
- クラ交易では、財の交換をとおしてこそ、恒久的な関係が形成・維持される
- 「誰かになにかを与えて、誰かからなにかを受け取ること」という広い意味の交換の方が実は普遍的。私たちは交換を日常的におこなっている
- 互酬性によって社会的関係が構築される
このサイトは人文社会科学系学問をより多くの人が学び、楽しみ、支えるようになることを目指して運営している学術メディアです。
ぜひブックマーク&フォローしてこれからもご覧ください。→Twitterのフォローはこちら