組織におけるエンパワーメントとは、「現場の裁量を拡大し、自主的な意思決定を促すとともに、行動を支援すること」1野村総合研究所(2008)『経営用語の基礎知識(第3版)』ダイヤモンド社 132頁です。
エンパワーメントという用語自体は経営学から生まれたものではなく、もともとは市民運動や介護福祉の分野で用いられていた用語です。
経営学においては人間の持つ潜在能力を最大限に発揮できるような社会や環境の構築を目指すことを目的に「エンパワーメント」という言葉が用いられていました。
そこで、この記事では、
- 組織におけるエンパワーメントが求められる背景
- 組織におけるエンパワーメントの理論・実践
などをそれぞれ解説していきます。
好きな箇所から読み進めてください。
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1章:組織におけるエンパワーメントとは
まず、1章では組織におけるエンパワーメントを概説します。2章以降では組織におけるエンパワーメントの理論や実践を解説しますので、用途に沿って読み進めてください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注2ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1:エンパワーメントとは
冒頭の定義をもう少し具体的に説明すると、エンパワーメントとは、
組織内部の意思決定と行動の統合を図り、従業員の判断に仕事の遂行を委ねる仕組みである
といえます。
最も初期の経営管理論において、次のような考え方が主流であったことから、意思決定と行動は分離するものとして認識されていました。
- 意思決定とは組織の上位層が行うべき仕事である
- 下位層である現場は意思決定に基づく行動のみに徹するべきである
なぜなら、現場とは仕事に関する知識や経験を持たない労働者が働いている場所であり、彼らに意思決定をさせることは経営面で非常にリスクが大きいと考えられていたためです。
確かに、上位層の管理や指示が現場の隅々まで行き届くほどの小さな職場であったり、仕事の内容が非常に単純で、そもそも現場の裁量を必要としないものであったならば、このような経営管理には一定の合理性があると言えます。
しかし企業の規模が拡大し、仕事の内容の複雑性が増していくと、伝統的な管理手法にはさまざまな不都合が生まれるようになります。たとえば、以下のようなものが考えられます。
- 上位層が現場のすべての仕事を把握できなくなり、常に的確な指示を現場に出すことが難しくなった
- そして、予測のできない事態が現場で起きた際に、迅速に対応することができず、さまざまなトラブルに繋がることも多くなった
この問題を解決するために、経営管理とは経営の上位層がすべてを管理・統制するのではなく、意思決定のルールやプロセスを決めたうえで現場に一定の裁量を与える方向に転換することが議論されるようになました。
現代において、上記のような伝統的な管理手法は極めて小規模な企業や、一部の特殊な業種や業態を除いて積極的に導入されることは少なくなっています。そして、エンパワーメントという発想もこの伝統的な管理手法からの脱却のひとつにあたるものです。
エンパワーメントを進める、つまりは現場への権限委譲や現場の裁量を拡大することで、組織の上位層は仕事に関わるさまざまな意思決定を一から考える必要が無くなり、その負担は大きく軽減され、上位層以下のスタッフは裁量の拡大によって仕事に対する責任感やモチベーションの向上が期待できるようになりました。
1-2:エンパワーメントが求められる背景
エンパワーメントという考え方が急速な広まりを見せたのは、企業が伝統的な経営管理からの脱却を目指すとともに、従業員の本来持つ力を信じ、それを引き出すことで生産性の向上に結びつけることが重要であるという認識が広がったためです。
しかし、この他にもエンパワーメントが求められるようになった背景には、「労働者の職務意識の変化」と「ビジネス環境の変化」の2つの大きな要因があったと考えられます。
1-2-1: 労働者の職務意識の変化
労働者の職務意識の変化とは、
労働者の仕事に対する価値観が変化したことで、伝統的な管理手法が通用しなくなったという考え方
を意味します。
伝統的な管理手法では、労働者とはあくまで決められたことを実行するだけの存在に過ぎず、そこにやりがいや充実感などは考慮されていませんでした。しかし、この管理手法では従業員の満足度が高まるはずもなく、企業の生産性の伸びにも限界がありました。
労働者の職務意識の変化はデータでも確認することができます。内閣府の「国民生活に関する世論調査」による国民の生活における豊かさの優先度を尋ねた調査によると、昭和50年ごろまでは物の豊かさが心の豊かさよりも優先度が高かったのに対して、昭和60年以降は急速に心の豊かさを求める回答が増加していることがわかります(図1)。
図1 これからは心の豊かさか、まだ物の豊かさか3内閣府「令和元年国民生活に関する世論調査」
ここでいう「豊かさ」とは些か抽象的な表現ではありますが、いずれにしても人々が物質的な豊かさよりも、心理的な豊かさを求めていることは調査の結果から確かです。
これは仕事に置き換えるのであれば、報酬や賃金など金銭的な欲求に対して、やりがいや貢献など心理的な欲求を重視している労働者が増えていることが想像できます。
つまり、労働者の金銭的欲求だけでなく、心理的な欲求を満たせるような職務内容でないと、企業は優秀な人材を集めにくい状況になっています。そのため、労働者のモチベーションやモラールを高める効果のあるエンパワーメントが注目されたと考えられます。
1-2-2: ビジネス環境の変化
ビジネス環境の変化とは、
企業が社会や経済の急速な環境変化に対応し、競争力を維持・向上させるためにエンパワーメントが必要不可欠であるという考え方
です。
経済の高度化に伴い、多様化する顧客ニーズにスピーディに対応していくために、顧客と最も近いところに位置する現場の判断や感覚はますます重要になっています。
このような市場に対する情報のアンテナを常に意識し、大きなビジネスチャンスを見つけるために現場に対するエンパワーメントは非常に重要となります。
- 組織におけるエンパワーメントとは、「現場の裁量を拡大し、自主的な意思決定を促すとともに、行動を支援すること」4野村総合研究所(2008)『経営用語の基礎知識(第3版)』ダイヤモンド社 132頁である
- エンパワーメントが求められるようになった背景には、「労働者の職務意識の変化」と「ビジネス環境の変化」がある
2章:組織におけるエンパワーメントの理論
さて、経営学においてエンパワーメントという概念をいち早く体系化したコンガーとカヌンゴによると、エンパワーメントには、以下の2つがあります5Conger & Kanungo(1988)「The Empowerment Process: Integrating Theory and Practice」The Academy of Management Review Vol. 13, No. 3。
- 関係概念としての捉え方である「構造的アプローチ」
- モティベーショナルな概念としての捉え方である「心理的アプローチ」
それぞれ解説していきます。
2-1:構造的アプローチ
構造的アプローチとは、
相対的にパワーを持つ者がパワーを持たない者にパワーを与えること
を指します6ここで言う「パワー」とは権限や決定権の意味を持っており、意思決定をおこなえる範囲の大きさを示しています。。これはエンパワーメントのなかでも社会学的あるいは経営学的なパワーに焦点を当てたアプローチです。
具体的には、従業員に対する大幅な権限の付与、管理者から部下に対する権限の委譲、従業員が重要な意思決定に参加するための仕組みの構築などが挙げられます。
構造的アプローチで重要となるのは、組織の規定や構造といった公式に定められているものを整理・再設計し、エンパワーメントが高まるような仕組みを整えていくことです。
たとえば、管理者が部下に新たに権限を委譲するために最終的な責任をだれが負うのか、あるいは部下への権限の付与に対する報酬をどのように規定するのか、などといった制度の構築が必要不可欠となります。
2-2:心理的アプローチ
心理的アプローチとは、
人間の心に内在するエネルギーや意欲を高めることで、仕事に対するモチベーションを高めようとすること
です。
これはエンパワーメントのなかでも心理学的なパワーに焦点を当てたアプローチです。具体的には、仕事に対する自己効力感や有意味感の養成、意思決定に対するフィードバックの実施といった施策の整備が挙げられます。
心理的アプローチで重要となるのは、構造的アプローチとあわせて複合的に制度として取り入れていくことです。たとえば、仕事に対する自己効力感を高めようとしても、そもそも権限移譲がされてなく、仕事に対するやりがいを感じる機会を持つことができなければ、エンパワーメントを高めることはできません。
ゆえに、構造的な制度の整備を前提として、心理的エンパワーメントと高める取り組みをおこなうことができれば、人々のモチベーションは向上し、生産性は大きく向上するとコンガーとカヌンゴは指摘しています。
- 構造的アプローチとは、相対的にパワーを持つ者がパワーを持たない者にパワーを与えることである
- 心理的アプローチとは、人間の心に内在するエネルギーや意欲を高めることで、仕事に対するモチベーションを高めようとすることである
3章:組織におけるエンパワーメントの実践
エンパワーメントを実践する企業の例として、ここでは京セラ株式会社の「アメーバ経営」を紹介します7京セラコミュニケーション株式会社「アメーバ経営とは」。
- アメーバ経営は、京セラの創業者である稲盛和夫氏によって発案された経営管理手法である
- 近年では、日本航空(JAL)の再建や医療・介護分野へ導入・運用されるなど、大学といった機関からも着目され、学術的な見地からも研究が進められている
3-1:アメーバ経営とは
端的にいえば、アメーバ経営とは、以下のようなものです8京セラコミュニケーション株式会社「アメーバ経営とは」。
会社経営とは一部の経営トップのみで行うものではなく、全社員が関わるものだとの考えに基づき、会社の組織をできるだけ細かく分割し、それぞれの組織の仕事の成果を分かりやすく示すことで全社員の経営参加を促す経営管理システム
稲盛氏は自身の著書で、アメーバ経営の目的を次の3つに大きく分けており、その実現のためにさまざまな取り組みをおこなっています。
- 市場に直結した部門別採算制度の確立
- 経営者意識を持つ人材の育成
- 全員参加経営の実現
図2 アメーバ経営9京セラコミュニケーション株式会社「アメーバ経営とは」
アメーバ経営のなかでも特に構造的な柱とも言えるのが、徹底した部門別採算制度です。部門別採算制度とは、企業内の部署を独立採算可能なユニットオペレーションとして分割し、それぞれのユニットがあたかも中小企業のように独立した運営をおこなうことで、会社全体をきめ細かく管理するシステムです。
各ユニットが独立した運営を可能にするために、すべてのユニットには大幅な権限が付与されており、まさに構造的なエンパワーメントを高める取り組みをおこなっています。
また、アメーバ経営では「全員参加経営の実現」を目指すことで、全従業員が生きがいや達成感をもって働くことのできる環境を整えています。
- 企業の経営状況に関する主要な情報は、朝礼などを通して全従業員にすべて開示されており、従業員は自らの責任を全うすることで、仕事の喜びや達成感を持つことができるようになっている
- 稲盛氏はこの仕組みについて、「全従業員が仕事に喜びや生きがいを見出し、一生懸命努力する。こうして、従業員は個人の能力を最大限に高め、人間として成長することができたのである。」10稲盛和夫『アメーバ経営 -ひとりひとりの社員が主役-』日本経済新聞出版社 57-58頁と評価している
ここでは「エンパワーメント」という言葉は使っていないものの、まさに心理的エンパワーメントの向上を体現するような施策を重視していると考えることができます。
3-2:アメーバ経営のポイント
さらに稲盛氏は、こうした仕組みを整えるうえで、もっとも大事となるのはリーダーによる経営哲学(フィロソフィ)であると指摘しています。アメーバ経営により部門別採算となった各ユニットでは、ときに他のユニットの利益を無視したり、利益を伸ばすために社会的に正しいとは言えない意思決定を行なってしまう可能性があります。
こうしたユニットの暴走を防ぐためには、企業として、そして人間として何が正しいのかという判断基準となる経営哲学を組織に浸透させ、ユニットに対して経営哲学を前提とした意思決定をさせなければならないと稲盛氏は述べています。
- エンパワーメントを実践する企業の例として、ここでは京セラ株式会社の「アメーバ経営」がある
- アメーバ経営において、もっとも大事となるのはリーダーによる経営哲学(フィロソフィ)である
4章:組織におけるエンパワーメントが学べるおすすめ本
組織におけるエンパワーメントについて理解を深めることはできましたか?
この記事で紹介した内容はあくまで概要です。組織におけるエンパワーメントをしっかり学ぶために、これから紹介する本をあなた自身で読んでみることが重要です。
オススメ度★★★ ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス編集部『エンパワーメント成功の法則』(ダイヤモンド社)
エンパワーメントの主要な研究者による論文集です。この記事では触れることができなかったエンパワーメントに関するさまざまな論点がまとめられており、実務でも取り入れられるようなポイントが挙げられています。
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オススメ度★★★ ケン・ブランチャード『社員の力で最高のチームをつくる―1分間エンパワーメント』(ダイヤモンド社)
世界で最も影響力のあるリーダーシップの権威の一人による名著です。星野リゾート経営者の星野佳路も推薦する1冊です。
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オススメ度★★ 稲盛和夫『アメーバ経営』(日本経済新聞出版社)
京セラ創業者であり、日本航空の経営再建にも関わった稲盛和夫氏によるアメーバ経営の解説書です。アメーバ経営の真髄がなにひとつ隠されることなく書かれており、すべての経営者の方が参考になる内容が書かれています。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- 組織におけるエンパワーメントとは、「現場の裁量を拡大し、自主的な意思決定を促すとともに、行動を支援すること」11野村総合研究所(2008)『経営用語の基礎知識(第3版)』ダイヤモンド社 132頁である
- エンパワーメントが求められるようになった背景には、「労働者の職務意識の変化」と「ビジネス環境の変化」がある
- エンパワーメントを実践する企業の例として、ここでは京セラ株式会社の「アメーバ経営」がある
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