文化人類学

『野生の思考』とは?ブリコラージュ・与えた影響をわかりやすく解説

野生の思考とは

『野生の思考』(The Savage Mind(英);La Pensée sauvage(仏))とは、「未開人」のトーテム的思考や神話的思考が文明人の科学的思考に対して独立したものであることを指摘し、さらにそれが科学的思考と同様に合理的な理論に基づくことを主張したものです。

『野生の思考』はフランス人人類学者のレヴィ=ストロースが1962年に発表したもので、構造主義の勃興を促した有名な本です。日本でレヴィ=ストロースは大変人気ですから、一度はタイトルを聞いたことがある方が多いのではないでしょうか。

『野生の思考』は人類学という学問を軽々飛び越えて、さまざまな領域に影響を与えました。事実、NHKの「100分de名著」で紹介されるほど、多くの人にとって重要な書物とされています。

そこで、この記事では、

  • 著者のレヴィ=ストロースに関する情報
  • 『野生の思考』の内容
  • 『野生の思考』が与えた影響

をそれぞれを解説していきます。

興味のある箇所から読み進めてください。

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1章:『野生の思考』とは

まず1章では、レヴィ=ストロースの伝記的情報や『野生の思考』の内容を紹介します。『野生の思考』の影響に興味のある方は2章から読み進めてください。

このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。

1-1: 『野生の思考』とレヴィ=ストロース

構造主義とはなにか?クロード・レヴィ=ストロース(Claude Lévi-Strauss 1908年 – 2009年)

冒頭で説明したように、レヴィ=ストロースは1962年に『野生の思考』を発表しました。ここでは『野生の思考』が「どんな人物によって、どんな時代に書かれたのか」を解説します。

1-1-1: レヴィ=ストロースとは

レヴィ=ストロースはユダヤ系フランス人の人類学者で、構造主義の生みの親として大変有名です。

たいていの人類学者の場合、主要著作といわれるものが数冊あればいい方です。しかし、レヴィ=ストロースには、数多くの主要著作があります。

レヴィ=ストロースの主要著作

主要著作の多さは、レヴィ=ストロースの関心がいかに多岐にわたるものだったかを物語っています。それは彼が単に長生きだったという事情に還元されるものではないでしょう2太田 好信, 浜本 満 『メイキング文化人類学』世界思想社

多くの主要著作の中で、もっとも広く読まれたのは『悲しき熱帯です。旅行記でありながら民族誌でもある奇妙な著作ですが、1935年から1939年におけるブラジルでの体験が書かれています。

彼が実施した唯一のフィールドワークの経験が書かれており、レヴィ=ストロースを深く理解するためには非常に重要な本です。

1-1-2: 『野生の思考』と『今日のトーテミスム』

『野生の思考』との関連でいえば、特に重要なのは『今日のトーテミスム』です。

レヴィ=ストロースは『野生の思考』の最初の一行で、次のようなことを言及しています3レヴィ=ストロース『野生の思考』みすず書房 ⅲ頁

論ずる問題は、『今日のトーテミスム』と題する近著の中で簡略的に検討したものと密接な関係をもつ。(中略)前著『今日のトーテミスム』は本書にとっての歴史的批判的序説とでも言うべきものである。

つまり、『野生の思考』で議論される内容は『今日のトーテミスム』の延長線上にあるのです。

『今日のトーテミスム』は機能主義者のラドクリフ=ブラウンの先行研究を土台に、トーテミズムとは「人類がおこなう分類の一体系であること」を主張したものです。

話が脱線してしまうため、トーテミズムに関しては次の記事を参照ください。→より詳しくはこちら



1-2: 『野生の思考』の解説

それでは『野生の思考』でポイントとなる「近代ヨーロッパ文明批判」「野生の思考」「ブリコラージュ」「具体の科学」を解説してきます。

再度確認すると、『野生の思考』とは、

「未開人」のトーテム的思考や神話的思考が文明人の科学的思考に対して独立したものであることを指摘し、さらにそれが科学的思考と同様に合理的な理論に基づくことを主張したもの

です。

この記事ではレヴィ=ストロース(大橋保夫 翻訳)の『野生の思考』(みすず書房)を参照しています。

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1-2-1: 近代ヨーロッパ文明批判

そもそも、レヴィ=ストロースはここ数百年の間に人類文化に対して好き勝手やってきた近代ヨーロッパ文明を中心にして、ものを捉えたり考えたりすることをやめようと主張します。

言い換えると、レヴィ=ストロースは近代ヨーロッパ文明を人類文化全体のなかに謙虚に位置づけようとしました。そのためにまずおこなったのは近代ヨーロッパ批判です4橋爪『はじめての構造主義』講談社現代新書

レヴィ=ストロースは『野生の思考』の冒頭で、次の主張をします。

  • 「未開人」の客観的知識に対する意欲や弁別的な思考は、文明人によってもっとも軽視されてきた側面の一つと指摘する
  • たとえば、概念の豊富さは「現実のもつ諸特性にどれだけ綿密な注意を払い、そこに導入しうる弁別に対してどれだけ目覚めた関心」5レヴィ=ストロース(大橋保夫 翻訳)の『野生の思考』(みすず書房)3頁をもつか示すものであるが、これまで軽視されてきた
  • 「未開人」の思考の対象(神話、呪術、儀礼など)が近代科学と同じ場合は少ないが、その知的操作と観察方法は同質であると主張する
  • そして、この客観的知識の目的は実用性や物的欲求の満たすことでなく、知的欲求を充足させることであると主張。つまり、「物と人間をまとめることによって世界に一つの秩序を導入するきっかけができるかどうかを知ること」6レヴィ=ストロース(大橋保夫 翻訳)の『野生の思考』(みすず書房)13頁が目的である
  • そのため、レヴィ=ストロースは「未開思考と呼ぶものの根底には、このような秩序づけの欲求が存在する。ただしそれはまったく同じ程度にあらゆる思考の根底をなす7レヴィ=ストロース(大橋保夫 翻訳)の『野生の思考』(みすず書房)13頁と述べる

ここで大事な点は、「未開人」思考は技術や科学の発展の一段階ではないことです。

レヴィ=ストロースによると、「未開人」の「思考はまだ実現していない一つの全体の発端、冒頭、下書、ないし部分ではない。それ自体で諸要素をまとめた一つの体系を構成」8レヴィ=ストロース(大橋保夫 翻訳)の『野生の思考』(みすず書房)16頁するからです。

つまり、「未開人」の思考は科学的思考とは別の体系を成しており、両者を対立させるのでなく「認識の二様式」9レヴィ=ストロース(大橋保夫 翻訳)の『野生の思考』(みすず書房)16頁として捉えるべきなのです。それは知的操作の性質が異なるのでなくて、それが適用される現象のタイプに応じて変わるものなのです。

この説明だけではわかりにくいので、トーテミズムの事例から考えてみましょう。



1-2-2: 野生の思考とは

レヴィ=ストロースによると、トーテミズムは具体的な動植物を知的に操作する「野生の思考」です。

たとえば、トーテミズムの解釈には次のような事例があります。

  • オーストラリアのある部族は「タカ」と「カラス」に、北米のハイダ族では「ワシ」と「大ガラス」と呼ばれる(母系)集団にわかれている
  • その理由は、それぞれの集団の人びとが「タカ」や「カラス」に似ているのではなく、それぞれの集団の関係が「タカ」と「カラス」の関係に似ているから
  • 「タカ」と「カラス」は両者とも肉食だが、タカは自ら狩りをする狩人であるのに対して、カラスは腐肉をあさるという違いがある
  • 今度は「タカ」と「カラス」の違いを人間集団間の違いに当てはめ、異なった集団を構成する

つまり、トーテミズムとは一方は自然の中に、他方は人間の中に位置する二つの関係間の相同性です。わかりやすく図にあらわしてみましょう。

トーテミズムとはなにか?トーテミズムを示した図(動物種と社会集団間の相同性ではなく、社会集団における差異と動植物における差異との間にある相同性)

このように考えるレヴィ=ストロースは、以下のような主張をしました。

  • 「食べるのに適している」からトーテムとしてある動植物は選ばれるのではない
  • むしろ「考えるのに適している」からある動植物は選ばれる

レヴィ=ストロースはこのような「未開人」の思考を、「野生の思考」と呼びました。



1-2-3: 具体の科学

たしかに、動物種に関する客観的知識や弁別的な思考にもとづいて、それを分類していき、さらにそれを使って考えることは、科学的思考に毒された文明人には奇妙にみえるかもしれません。

しかし、トーテミズムの事例でみたように、「未開人」の思考は非合理的・非科学的なものではないです。繰り返しますが、「未開人」思考と科学的思考は別の体系を成しており、両者を対立させるのでなく「認識の二様式」として捉えるべきなのです。

レヴィ=ストロースは、科学的思考のように抽象的概念ではなく、感覚から切り離されない具体的なもの(動植物)を使って考えることを「具体の科学」と呼びました。

他にもレヴィ=ストロースは具体の科学の成果として、神話や儀礼を挙げています。

1-2-4: ブリコラージュ

加えて、レヴィ=ストロースは、持ち合わせた材料を用いて物を作る知的な器用仕事を「ブリコラージュ」を呼びます。

ブリコラージュはもともとフランス語で、次の意味を指す言葉です。

  • 器用仕事
  • 日曜大工

しかしレヴィ=ストロースは、「未開人」の思考を特徴づけるのは目の前にありあわせの記号(たとえば、自然界にある動植物)を用いることだと主張し、これを「ブリコラージュ」と呼びました。

たとえば、神話的思考は「雑多な要素からなり、かつたくさんありとはいっても限度のある材料を用いて自分の考えを表現」10レヴィ=ストロース(大橋保夫 翻訳)の『野生の思考』(みすず書房)22頁するものと考えられます。

1-2-5: 野生の思考と科学的思考

上記のように、レヴィ=ストロースは「野生の思考」と「科学的思考」を区別された認識様式と捉えています。

「野生の思考」と「科学的思考」の特徴を、レヴィ=ストロースは以下のように指摘してます。

  • 「未開人」の野生の思考は「効率を高めるために栽培種化されたり家畜化された思考とは異なる、野生状態の思考である」11レヴィ=ストロース(大橋保夫 翻訳)の『野生の思考』(みすず書房)262頁
  • 栽培化された思考とは効率性を追求したエンジニアのようなものであり、歴史上のある地域のある地点の思考である
  • それに対して野生の思考は「激しい象徴意欲であり、同時に、全面的に具体性へ向けられた詳細の注意力」12レヴィ=ストロース(大橋保夫 翻訳)の『野生の思考』(みすず書房)263頁という「具体の科学」である
  • つまり、「未開人」のトーテム的思考や神話的思考は科学的思考に劣った思考ではなく、合理的な理論に基礎を置いた一つの科学である
  • そして、野生の思考は消滅したものでなく、今日も芸術の分野で栽培思考と共存をしている
  • しかし、なんといっても野生の思考は神話や儀礼といった無文字社会で花開いている

どうでしょう?『野生の思考』のポイントを理解することはできましたか?

これまでの内容をまとめます。

1章のまとめ
  • 『野生の思考』で議論される内容は『今日のトーテミスム』の延長線上にある
  • 『野生の思考』でポイントとなるのは「近代ヨーロッパ文明批判」「野生の思考」「ブリコラージュ」「具体の科学」である
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2章:『野生の思考』の与えた影響

さて、冒頭で述べたように、『野生の思考』は人類学という学問を軽々飛び越えて、さまざまな領域に影響を与えました。ここでは『野生の思考』が与えた影響を紹介します。

2-1: 『野生の思考』によるサルトル批判

なんといっても『野生の思考』の影響を語るとき、ジャン=ポール・サルトルとの派手な論争に触れないわけにはいけません。

サルトルとの論争とは、言語学をモデルとして「未開社会」を研究するマイナーな人類学という学問が、スーパースターであるサルトルの実存主義を、粉砕したことは衝撃的な出来事を意味します13橋爪『はじめての構造主義』講談社現代新書

結論からいえば、レヴィ=ストロースは『野生の思考』(1962)で、サルトルの実存主義に死亡宣告をしました。

実存主義の要点とは、以下の点です。

  • 人間社会には歴史的流れの法則性(マルクス主義)があり、私たちは特定の歴史的状況に投げ込まれている
  • もしマルクス主義のいうように歴史的流れに法則があるなら、人間主体は政治的に間違った判断をするはずがない(→実存主義について詳しくはこちら

しかしそれ対して、そもそもレヴィ=ストロースの調査してきた「未開」社会には「歴史」的状況はないし、主観的な「判断」も「参加」もないという特徴をもちます。

だからといって「未開」社会の人びとの考えは、決して迷信でも原始的でもないことは1章の説明でわかると思います。「未開人」の思考は立派で理性的であり、しっかりとした社会構造をもつのです。

このような理由から、レヴィ=ストロースは以下のような主張をします。

  • サルトルは「歴史」を規準に人間主体の営みを判定しますが、レヴィ=ストロースによると、その判断は「未開人」が独自の基準で「われわれ」と「かれら」を区別するのと同じである
  • つまり、西欧的な意味での「主体」や「歴史」は普遍的な考えではなく、むしろ西欧を中心とした近代ヨーロッパの偏見である

そして、レヴィ=ストロースはサルトルの世界観こそ、『野生の思考』が対象とすべき、限られた時代と地域の民族誌的資料であると指摘しました。



2-2: 構造主義の誕生

加えて、『野生の思考』は構造主義の勃興を促すものでした。簡単にいえば、構造主義とは、人間の社会的・文化的現象の背後には目に見えない構造があると考える思想を指します。

簡単にいうと、実は社会の深層に「目に見えない構造」があって、それが目に前にみえる「人間の社会的・文化的現象」を形作っているということです。

ちなみに、構造主義は言語学者のローマン・ヤコブソンが研究した音韻論に強く影響を受けたものです。音韻論や構造主義に関して次の記事で詳しく解説しています。

→音韻論についてはこちら

→ソシュールの言語学についてはこちら

→構造主義についてはこちら

さて、『野生の思考』のみで構造主義を語ることはできませんが、『野生の思考』を契機として構造主義的な考えが世界に広まったといえます。つまり、フランス思想最大の転換は『野生の思考』から起きたのです。

2章のまとめ
  • レヴィ=ストロースはサルトルの世界観こそ、『野生の思考』が対象とすべき、限られた時代と地域の民族誌的資料であると指摘した
  • フランス思想最大の転換は『野生の思考』から起きた
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3章:『野生の思考』と文化人類学を学ぶ本

最後に、『野生の思考』と文化人類学を深く理解するための書籍を紹介します。

まず、何よりも文化人類学という学問自体に興味をもった場合は、こちら記事を参照ください。初学者用から上級者用まで紹介しつつ、さまざまな書籍の良い点と悪い点を解説しながら、紹介しています。

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以下は、『野生の思考』を深く理解するための書籍です。

おすすめ書籍

クロード・レヴィ=ストロース『野生の思考』(みすず書房)

『野生の思考』はこれまで解説したきたように、人類にとって極めて大事な研究です。興味をもった方はぜひ読んでみてください。

クロード・レヴィ=ストロース『今日のトーテミスム』(みすず書房)

『野生の思考』と『今日のトーテミスム』はセットで読むと、理解しやすいです。レヴィ=ストロースを深く理解したい方にはおすすめです。

小田亮『レヴィ=ストロース入門』 (ちくま新書)

原著を読むことに抵抗のある方は、まず入門書を読んでみてください。レヴィ=ストロースの思想がわかりやすくコンパクトに集約されています。

太田好信・浜本満(編)『メイキング文化人類学』 (世界思想社)

文化人類学の歴史と未来を学べて、一石二鳥な本です。レヴィ=ストロースとフィールドワークとの関係を解説している章があります。レヴィ=ストロースを学ぶためには極めて有益。

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書物を電子版で読むこともオススメします。

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まとめ

いかがでしたか?最後に、この記事の要点をまとめます。

この記事のまとめ
  • 『野生の思考』で議論される内容は『今日のトーテミスム』の延長線上にある
  • 『野生の思考』でポイントとなるのは「近代ヨーロッパ文明批判」「野生の思考」「ブリコラージュ」「具体の科学」
  • 『野生の思考』はサルトルの実存主義に死亡宣告をし、構造主義というフランス思想最大の転換を引き起こした書籍

このサイトでは、これからもたくさんの名著を紹介していきます。ぜひブックマークして、これからも参考にしてください。

【引用】

Kirinuke成層圏様サイトから引用(http://kirinuke.com/portrait/)

  • レヴィ=ストロースのイラスト