音韻論(phonology)とは、言語がどんな音から成り立っているのかを調べる研究を指します。
音韻論を身近に感じる方は少ないと思いますが、20世紀でもっとも影響力のあった思想の一つである「構造主義」に大きな影響を与えた研究、といえばイメージが変わるのではないでしょうか?
また、私たちは普段使う日本語の「音」について知る機会が、あまりありませんよね。音韻論を知ることで、当たり前すぎて気づかなかった日本語の特徴を学ぶことができます。
そこで、この記事では、
- 音韻論の定義・意味
- 音韻論の具体的な研究内容
- 音韻論と構造主義との関係
などをわかりやすく解説します。
興味関心のある箇所だけ構いませんので、読んでみてください。。
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1章:音韻論とはなにか?
1章では、音韻論を「定義・意味」「歴史(音素の発見)」から概説します。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1: 音韻論の定義・意味
まず、言語学について説明します。大きく言語学は、一般的に統語論、意味論、音韻論の3部門に分けられます。
それぞれの部門を簡潔に解説すると、以下のようになります。
- 統語論・・・言葉のつながり・配列がどのような規則に従うかを研究する部門
- 意味論・・・ある文がその意味に理解できるのはなぜなんだ?という仕組みを研究する部門
- 音韻論・・・言語がどんな音から成り立っているのかを調べる研究する部門
そして、具体的にこの記事で対象となる音韻論は、日本語の母音や子音も一つ一つ調べてそれらの関係や規則を研究したりしています。そして、最終的に、その言語の音組織を解明したりしてきました。
実際のところ、統語論、意味論、音韻論の3部門を勉強することで、言語の成り立ちをほとんど解明することができる、といえます。
では、そもそも音韻論はどこから、だれによって発展したのでしょうか?そして音韻論の業績とはなんだったのでしょうか?
1-2: 音韻論の歴史
さて、ここからは橋爪大三郎の『はじめての構造主義』に沿って、音韻論の歴史から特徴まで見ていきましょう。
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音韻論の原型は、プラーグ学派と呼ばれる東欧の言語学者のサークルで発展したものです。
1920年代から30年代にかけて活発に活動した言語学者のサークルは、非常にセンスの良い人ばかりでした。それはとても早い段階からソシュールに注目していたからです。
名前を覚える必要はありませんが、プラーグ学派の代表的な言語学者は、
- ヴィレーム・マテジウス
- ヤン・ムカジョフスキー
- ニコライ・トルベツコイ
- セルゲイ・カルチェフスキー
といった人びとです。興味があれば、チェックしてみてください。
1-2-1: プラーグ学派による音素の発見
さて、プラーグ学派の最大の功績は「音素(phoneme)」を発見したことでした。
音素とは、
単語を成立させる、音の最小単位
です。化学でいうと、元素にみたいなものですね。
日本語でいうなら、日本語をローマ字で表記したとき一字がだいたい音素です。たとえば、「犬」/inu/という言葉は、3つ音素から成り立っています。
「単語の音の最小単位なんか発見して何の意味があるだ」と考える方もいると思いますが、音素は歴史的な大発見でした。その意義をみてみましょう。
1-2-2: 音素は物理学的な音ではない
当初、言語の音を研究していた人たちは、音素を物理学的に扱おうとして失敗しました。
この点は、音素の重要な点なのでしっかり理解しましょう。
たとえば、「いぬ」という言葉を、
- 男性
- 女性
- 子ども
- 老人
- 明石家さんま
が発音していることをイメージしてみてください。
すると、
- 声の高さや声の特徴は違うが、誰が発音しても「いぬ」は「犬」を意味する
- つまり、「いぬ」という言葉と、そうでない言葉を区別する決め手になるのは物理学的な音ではない
といったことがわかります。
ちなみに、人間の音声を波数、周波数、音圧レベルなどの物理学的側面から研究する学問を、音響音声学といいます。
音響音声学の研究をしてわかったのは、
- 「いぬ」のさまざまな言い方がどう違うかということと、「いぬ」と別の言葉とがどう違うのかということは、物理学的に突き止められない
- つまり、人びとが「いぬ」という言葉を別の言葉から聞き分けていることを、物理的に理解することはできない
ということでした。
1-2-3: 置換テストによる音素の探求
すると、どんな音が言葉を区別してるのでしょうか?その答えは音素です。
次の実験をみていきましょう。次の実験では、日本語話者を連れてきて色んな発音を(日本人に)聞いてもらいます。
たとえば、「いぬ/inu/」に対して「いす/isu/」という言葉を話してもらいます。そして、どういう発音のときに「犬」という意味ではなくなってしまうか調べます(これを置換テストという)。
そして、置換テストの成果は、次のようなものでした。
- /inu/という発音に含まれる/n/がどの程度の範囲がある音なのかを客観的に解明できる
- 同様に他の音で実験すれば、意味を識別するための最小単位の音素リストを作ることができる
これだけではわかりにくいので、日本語の例をみていきましょう。
- 日本人に、sing(発音記号síŋ)とthing(発音記号θíŋ)の違いを聞き分けることは難しい(物理学的には違う音だが、同じ音に聞こえる)
- 同じ音に聞こえるのは、日本語において[s]と[θ]との間に意味の違いがないため、その区別を識別しないから
- そのため、[s]と[θ]という物理音は、/s/という一つの音素に最終的に還元される
いかがでしょうか?
物理学的に異なる音は、必ずしも音素として区別されません。音素となる決め手は、文化的に決まっているのです。そして、その音素こそが言葉の意味を成立させる最小単位になります。
つまり、言語学にとって大切なのは、
- 言葉の音がどう物理学的に成り立つのかを解明することではない
- 大切なのはその音が人びとによって、どう区別されているか解明すること
- 音の区別は、恣意的だから自然科学の方法では解明できない
- 区別は言語ごとに異なる、文化制度であることを理解すること
といえるでしょう。
いかがですか?音韻論の概要を理解することができましたか?
ここで、これまでの内容をまとめます。
- 音韻論とは、言語がどんな音から成り立っているのかを調べる研究
- 音素とは、単語を成立させる、音の最小単位
- 音素は物理学的にではなく、文化的にしか解明できない
2章:音韻論と構造主義
さて、何度も繰り返したように、音韻論は構造主義に大きな影響を与えました。以下では音韻論と構造主義の関係を解説していきます。
2-1: 音素の二項対立
何よりもまず、音韻論の発展にソシュールの言語思想は不可欠だったことを理解しましょう。
ソシュールの言語思想について、詳しくはこちらの記事をご覧ください。→ソシュールの記事へとぶ
2-1-2: ソシュールとヤコブソンの共通点
ここでは、ソシュールの言語思想と音韻論の共通点を簡潔に説明します。
音韻論との関係で、ソシュールが重要なのは、
言葉がなにを指して、なにを意味するかは、物質世界のあり方と独立し、言語システムの内部で対立的に決まっている
と主張したからです。
プラーグ学派に入りたてのヤコブソンは、ソシュールのこのアイデアをうまく使い、音韻論の分析方法を「二項対立の原理」で説明・整理しました(元素の周期律表みたいなもの)。
「二項対立の原理」が生み出される以前は、以下のような問題がありました。
- 音素は元素と違い、他の言語に共通するものではない
- たとえば、日本語の音素「あいうえお」は、日本語だけの音素である
- そのため、研究が進めば進むほど、音素が増えて収拾がつかなくなる
つまり、「音素増加しすぎ問題」があったのです。
そこで、ヤコブソンは、
- 音素は互いに対立関係にあること
- 音組織とは、つまり対立のシステムであること
- 対立の網の目のどこにどんな音素が場所を占めるかは、言語によって異なること
- しかし、対立軸それ自体は常に一定であること
を考え出します。
要するに、ヤコブソンはどんな音素の対立も二項対立で説明できると考えました。
2-2-2: 音素の二項対立の具体例
ここでは、ヤコブソンの二項対立の例をみていきましょう。以下の図は、「p」「b」「t」「d」という言語音の対立を表しています。
(文化人類学キーワード(1997)から参照)
ヤコブソンは「p」「b」「t」「d」という音が、以下のような対立関係をもつと主張しました。
- それぞれ独立した実体として存在するのではない
- 「p」と「b」、「t」と「d」は無声・有声(声帯が震えないか、震えるか)で対立
- 「p」と「t」、「b」と「d」は両唇音・歯茎音(唇で音を出すか、歯茎で出すか)で対立
ちなみに、このような対立軸は弁別特性または示差的特徴といわれます。のちにヤコブソンは、弁別特性は12対あるといいました。
さて、「こんな音素の問題がどう構造主義と関係あるのか?」と疑問があると思います。音素と人間社会は全くかけ離れたものに聞こえますよね?
次に、ヤコブソンと構造主義の発案者のレヴィ=ストロースの関係を解説します。
2-3: ヤコブソンとレヴィ=ストロース
構造主義を一言でまとめるのは難しいですが、簡単に定義するならば、人類学者のレヴィ=ストロースによって発展した、社会構造を分析する方法論といえます。
人類学者のレヴィ=ストロースは、ヤコブソンの理論を実際に文化や社会現象に当てはめていきました。
ここで、ヤコブソンの音韻論をおさらいすると、
- 音素を独立した実体として考えず、他の音素との対立関係においての意味をもつ
- 音組織構造全体のなかに組み込まれて初めて意味をもつ
といった特徴がありました。
ヤコブソンのこの理論を用いて、レヴィ=ストロースは次のような考えをしていきます。
- 「実体」としての個々の要素ではなく、要素と要素間の「関係」に注目する
- 表面的な「実体」にではなく、背後にありながらそれらの「関係」を支える「構造」があると主張した
つまり、レヴィ=ストロースが天才的だったのは、ヤコブソンの理論を人間社会に大胆に導入したことでした。その後、この思想は構造主義と呼ばれ、一世を風靡することになりました。
構造主義についてもっと知りたいという方は、次の記事を参照ください。→構造主義の記事へとぶ
- ヤコブソンはどんな音素の対立も二項対立で説明できると考えた
- レヴィ=ストロースが天才的だったのは、ヤコブソンの理論を人間社会に大胆に導入したことである
3章:音韻論を学ぶための書籍リスト
最後に、音韻論を学ぶ書籍リストを紹介します。
音韻論自体はたしかにマイナーかもしれませんが、構造主義を学ぶ上で不可欠な知識です。また、私たちが普段なんとくしか知らない言語に関する知識を増やすチャンスです。
ロマン・ヤコブソン『ヤコブソン・セレクション』 (平凡社ライブラリー)
構造言語学をさらに発展させたプラハ学派のヤコブソンの論集。レヴィ=ストロースに多大な影響を与えたヤコブソンの論考は、音韻論を真剣に学びたいと考える人に必須です。
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橋爪 大三郎『はじめての構造主義』 (講談社現代新書)
この記事で参照した本の一つです。音韻論やソシュールの解説だけでなく、構造主義についてわかりやすく解説してます。構造主義と音韻論の関係を学びたい人にはぴったりの一冊です。
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ニコライ・トルベツコイ『音韻論の原理』 (岩波書店)
音韻論の方法論を確立したトルベツコイの本。音韻論を真面目に学びたい人におすすめです。
一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
最初の1冊は無料でもらえますので、まずは1度試してみてください。
また、書籍を電子版で読むこともオススメします。
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まとめ
いかかでしたか?最後に、この記事の内容をまとめます。
- 音韻論とは、言語がどんな音から成り立っているのかを調べる研究
- 音素は二項対立のシステムから意味が生まれる
- 音素の二項対立のシステムは、構造主義の誕生に影響を与えた
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