文化人類学

【5分で読める】『ヌアー族』とは?内容を要約してわかりやすく解説

ヌアー族とは

『ヌアー族』(The Nuer)とは、ナイル川の支流を居住地域とするナイル系の一民族であるヌアー族の政治体系を生態学的環境、親族関係、年齢組体系などの諸要素から明らかにしたものです。

社会人類学者のエヴァンズ=プリチャードが提示した『ヌアー族』(1940)は、民族誌的資料における観点からだけでなく、社会人類学的な理論としても極めて重要です。

その証に、1940年に刊行された書物にもかかわらず、人類学の学徒の必読書の一つとなってきました。

この記事では、

  • ヌアー族の概要
  • 『ヌアー族』の要約

をそれぞれ解説していきます。

好きな箇所から読み進めてください。

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1章:『ヌアー族』とは

1章では、『ヌアー族』(岩波書店)で提示された内容を要約していきます。

この記事では、岩波書店から1978年に刊行された『ヌアー族』を参照しています。以下の提示される頁数は、全てこの書物を指します。

1-1: ヌアー族とは

冒頭の確認となりますが、『ヌアー族』とは、

ヌアー族の政治体系を生態学的環境、親族関係、年齢組体系などの諸要素から明らかにしたもの

です。

そして、こちらも上述したように、ヌアー族はナイル川の支流を居住地域とするナイル系一民族です。生活形態の特徴を、簡潔にまとめると以下のようになります。

  • しばしば農作や漁業もおこなうが、牧畜民である
  • 「牛は何よりも貴重な財産であり、基本的な食料供給源であると同時にもっとも重要な社会的資産でもあるから、儀礼において最高の役割」(27頁)を果たす
  • 雨季、乾季の自然の変化に対応しながら経済的な諸活動をおこなう
  • 牛のもつ社会的価値と雨季・乾季という環境上の条件が、ヌアー族の生活様式や社会関係を規定する

1-1-1: 部族と地域分節

ヌアー族を政治単位でみれば、最大の政治単位は部族で、地域共同体としての明瞭な自己意識を抱く集団となります。

後に重要となってくるため、先に記述しますが、部族は多くの地域分節に分けられるという特徴があります。

著者のエヴァンズ=プリチャードは、

  • 部族における最大の分節を「一次セクション」、一次セクションの最大の分節を「二次セクション」、二次セクションの最大の分節を「三次セクション」と分節化する
  • 三次セクションは多くの村から構成されており、村は最小の政治単位となる
  • この地域分節は単なる地理的な区分ではなく、その成員が明確な共同体を構成していると意識をもった区分である

と説明します。

1-1-2: 父系制のリニッジ

加えて、重要なのはヌアー族のリニッジが父系制であることです。

リニッジとは「死者・生者にかかわりなく、系譜的に親族の関係を辿りうる最大の父系集団」(8頁)を指します。そして、諸リニッジを統合した外婚単位を「クラン」と呼びます。

あるクランはさらに細かい分節があります。つまり、あるクランにおける最大の分節を「最大リニッジ」、その諸分節を「大リニッジ」、大リニッジの諸分節を「小リニッジ」、小リニッジの諸分節を「最小リニッジ」と呼びます。



1-2: 『ヌアー族』の要約

上述のような部族の分節体系や親族体系をもつヌアー族の政治体系を調査した書物が、『ヌアー族』です。先にもっとも重要な要点をまとめると、以下のようになります。

  • ヌアー族は「行政機関や司法制度、発達した指導体制、そして一般的にいって、組織化された政治活動」1エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』280−281頁が欠如している
  • それにもかかわらず、「秩序ある無政府状態」2エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』281頁が保たれている
  • そのような政治体系は、親族体系と部族の分節体系が相互依存したものである

文化人類学だけでなく、政治学を含めた多様な学問分野に影響を与えた『ヌアー族』を2章では詳しく解説してきます。

一旦、ここまでをまとめます。

1章のまとめ
  • 『ヌアー族』とは、ヌアー族の政治体系を生態学的環境、親族関係、年齢組体系などの諸要素から明らかにしたものである
  • ヌアー族の部族は多くの地域分節に分けられる。リニッジは父系制である
  • 行政機関や司法制度、発達した指導体制、そして一般的にいって、組織化された政治活動が欠如しているにもかかわらず、「秩序ある無政府状態」が保たれている

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2章:『ヌアー族』の解説

さて、2章では『ヌアー族』を詳しく解説してきますが、重要なのは「時間」「優先クラン」「親族体系と部族の分節体系」です。

2-1: 時間

まず、ヌアー族の時間に関してです。1-1で提示したヌアー族の生態学的条件は、社会関係に影響を与えます。そして、ヌアー族の時間の概念を考察するとき、「生態学的諸関係そのものに付与されている価値」3エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』153頁が明らかになります。

そのような価値を理解することは、ヌアー族を理解するために不可欠ですので、しっかり理解する必要があります。

ここで、著者が指摘した「生態学的時間」と「構造的時間」をそれぞれ解説していきます。

2-1-1: 生態学的時間

著者が生態学的時間と呼ぶのは、「環境との関係を反映した時間4エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』153頁です。

具体的には、

  • 生態学的時間の周期は一年
  • 数字によって時間を表すのではなく「夕方の搾乳する時間」5エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』162頁や「キャンプの開始の頃」6エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』160頁という具合に一日、またはその月におこなわれる経済的活動を引き合いに出すもの

です。

このように、生態学的時間とは「諸活動そのものや諸活動を示すのに便利な照合点となる自然の変化、あるいは、彼らにとって特別な意味をもつ生態学的なリズムの諸様相、を概念化したもの」7エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』210-211頁です。

2-1-2: 構造的時間

次に、構造的時間と呼ばれる「社会集団間の相互作用の反映をした」8エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』166頁ものがあります。構造的時間は一年を超える時間を表す際に用いられ、時間の計算方法は3つ存在します。

まずは、「地域集団全体に共通し、それに独自の歴史を与えている重要事項を照合点として」9エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』168頁時間を述べる方法です。

  • 照合点となるのは結婚式、儀式、争い、襲撃などである
  • 地域集団全体に共通した出来事が照合点となるため、「時間は構造的空間によって決められ、地域的性格」10エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』167頁をもつ

次に、「出来事と出来事のあいだの距離」11エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』168頁を「集団と集団のあいだの関係を示す構造的距離によって測る」12エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』168頁方法があります。

  • その際、用いられるのは年齢組である。年齢組はおよそ十年の間隔で次の年齢組がつくられる。年齢組は六つほど存在し、その名称は繰り返されない
  • ヌアー族はある出来事と「年齢組体系における特定の年齢組間の距離に言及」13エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』169頁することで時間を測る
  • それによっておおまかではあるが、ある出来事が起きた時間を測ることが可能になる

最後に、親族やリニッジ間の構造上の距離に言及する方法があります。

  • 小さな親族の場合は祖父、父、息子、孫といった親族集団の諸関係の距離を用いて時間に深度を与えていく。しかし小さな親族関係における、成員の共通の祖先の時間的深度は限定される
  • そこで、親族関係を最小リニッジから小リニッジ・大リニッジ・最大リニッジへと集団の枠を広げ、構造上における共通の祖先の時間的深度を深めていく
  • それによって、小さな親族集団の時間深度を超える出来事を、リニッジ体系からを測定することが可能になる

以上のように、構造的時間とは「構造的諸関係の概念化」14エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』121頁つまり、構造的な距離を用いて時間を表す方法です。著者は「そこにおける時間の単位は、構造的空間の単位と整合」15エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』121頁すると指摘しています。



2-2: 政治的関係と報復闘争

さて、上述したように、ヌアー族には特定の権力者が存在しなければ、部族を統合する中央政府も存在しません。

では、ヌアー族の諸部族に政治的な関係はどのように保たれるのでしょうか?特徴的な点からいえば、ヌアー族における集団の「政治的諸関係は相対的かつ動的」16エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』124頁なことです。

なぜならば、ヌアー族は、

  • 関与する集団間の構造的な距離によって、他集団の成員との関係が決定されるためである
  • 政治集団は「内部諸分節がつねに分裂・対立する傾向」をもち、また「隣接したより大きな政治分節と対立する時には、同列にある他集団と融合する」17エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』123頁
  • つまり、対立する他集団との関係においてのみ、自らをある集団の成員として認識する

のです。

このとき、重要なのは報復闘争です。報復闘争とは、殺人による両当事者の親族間の敵対関係を指します。

報復闘争が大事なのは、

  • 「より大きな単位との関連では政治的に融合しているにもかかわらず、相互の関係では対立しあっている部族分節間の構造的均衡関係を維持する」18エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』246頁機能をもつからである
  • つまり、報復闘争は暴力行為によって集団間を引き離すが、同時に仲介者(豹皮首長)によって集団間の決定的な分裂を防がれる

のです。

そういった意味で、報復闘争は「敵対関係を維持できるぐらいお互いに十分近く、かつ、こうした敵対関係がもっと平和的な性格の基本的社会交流を妨げない程度に」19エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』246頁離れている集団間において機能します。

また、報復闘争で登場する仲介者(豹皮首長)は、政治集団を支配する権力者でないことに注意してください。

著者によれば、豹皮首長はある社会状況における調停者であり、「報復闘争という制度を通して、これら政治集団が相互に交流し、構造的な距離を保つためのメカニズム」20エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』273頁を働かせる者として存在しています。



2-3: 優越クラン

では一体、ヌアー族は「中央政府が存在せず、したがって部族の各分節を一つに統合する政治制度が欠けている」21エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』360頁とき、どのように部族の独自性と統一性を担保しているのでしょうか?

結論は1-2で提示したように、ヌアー族には親族体系と部族の分節体系が相互依存した政治体系が存在します。そのとき、重要となるが、「優越クラン」です。

優越クランとは、

  • そのクランの諸分節と部族の諸分節が相互依存的に一致する傾向を示すクラン
  • つまり、「優越クランが骨格を形作り、複雑な親族関係のつながりによってその上に部族の政治体系が」22エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』323頁形成されるもの

です。

このようにして、著者が指摘するように、「一つの父系構造を共有する人々のあいだで、リニッジとしての価値を地域体系の諸分節に結びつけることによって、部族に構造的な独自性と統一を与え」23エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』360頁られます。

2-3-1: 外来者とディンガ族

ここで問題となるのは、優越クランの成員以外の外来者やディンガ族をいかに優越クランに結びつけるかというものです。

著者によると、「ヌアー族はすべての社会関係を親族用語で表現するから、相互に何らかの親族関係の絆を認め合うこと」24エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』337頁で優越クランに結びつけます。

その方法は以下のとおりです。

  • 養取という制度を用いる方法・・・これは養取の儀式を経て、ディンガ族の少年たちに家族関係、リニッジ構造内における息子の位置を与える方法
  • 非父系の系譜を辿る方法・・・外婚規則は「自立的な父系集団が形成されることを阻止し、部族構造全体に及ぶ、そしてそれを超えた広範囲な親族関係」25エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』346頁の形成を可能にする。それによって諸リニッジは非父系の関係で結ばれ、共同体の成員は全員何らかの非父系、姻族関係で結ばれる
  • 神話の創造・・・集団規模が大きく、また居住地域に明確な境界線が存在する場合は、「神話によって虚構の親族集団」26エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』350頁を創造する。これによって、「外来者やディンガ族の大きな集まりを部族の概念的な大きな枠組のなかへ編入する」27エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』350頁

2-3-2: 単一の社会体系へ

このように部族分節における全ての住民は何らかの親族関係となりますが、部族分節それ自体も何らかの親族関係をもつことが重要です。

著者の言葉を借りれば、つまり、

「外婚規制のある諸クランのあいだには父系関係を、父系関係の存在しないと思われる諸クランのあいだには非父系の親族関係や神話上のつながりを認めることによって、政治的価値は親族関係の価値へと同化され、すべてのヌアーの部族は概念的に単一の社会体系」

となります28エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』360頁

そして、地域分節はリニッジに、クランは部族に明確な対応がみられます。それは優越クランのリニッジ間の構造上の距離は、部族分節間の構造的距離に対応することを意味します。

それらの構造をとおして、「政治体系と優越クランのリニッジ体系は相互依存の関係」29エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』396頁にあることが明らかになるのです。

2章のまとめ
  • ヌアー族の時間の概念には、「生態学的時間」と「構造的時間」がある
  • ヌアー族における集団の政治的諸関係は相対的かつ動的である
  • ヌアー族には親族体系と部族の分節体系が相互依存した政治体系が存在する

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3章:『ヌアー族』と文化人類学を学ぶ本

最後に、『ヌアー族』と文化人類学を深く理解するための書籍を紹介します。

まず、何よりも文化人類学という学問自体に興味をもった場合は、こちら記事を参照ください。初学者用から上級者用まで紹介しつつ、さまざまな書籍の良い点と悪い点を解説しながら、紹介しています。

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以下は、『ヌアー族』を深く理解するための書籍です。

おすすめ書籍

E.E.エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族』(平凡社)

とにかく、『ヌアー族』をまず読んでみることをオススメします。内容はそれほど難しくないので、本書で示された図解とともに読めば理解できるはずです。

太田好信・浜本満(編)『メイキング文化人類学』 (世界思想社)

文化人類学の歴史と未来を学べて、一石二鳥な本です。エヴァンズ=プリチャードに関する章があるわけではありませんが、人類学とフィールドワークの関係を議論しているという点で極めて有益です。

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まとめ

最後にこの記事の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • 『ヌアー族』とは、ヌアー族の政治体系を生態学的環境、親族関係、年齢組体系などの諸要素から明らかにしたものである
  • 行政機関や司法制度、発達した指導体制、そして一般的にいって、組織化された政治活動が欠如しているにもかかわらず、「秩序ある無政府状態」が保たれている
  • ヌアー族には親族体系と部族の分節体系が相互依存した政治体系が存在する

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