マスツーリズム(mass tourism)とは、観光の大衆化、または大量の観光客が発生することを意味します。カネとヒマを有する上流階級の特権であった観光が、第二次世界大戦後以降、大衆の経済力向上によって広く普及したことを指す場合が多いです。
もしあなたが観光現象に興味のあるのでしたら、「マスツーリズム」は必ず知っておきたいキーワードです。
それは「マスツーリズム」という用語を軸に、近代的な観光の歴史や発展過程、そしてそれが生み出した弊害まで学ぶことができるからです。
そこで、この記事では、
- マスツーリズムの意味
- マスツーリズムの起源
- マスツーリズムの弊害
をそれぞれ解説していきます。
興味のあるところから、ぜひ読んでみてください。
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1章:マスツーリズムとは
1章では、マスツーリズムを概説します。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1: マスツーリズムの意味
マスツーリズムの意味は「観光の登場と発展」「マスツーリズムの生成」「マスツーリズムの拡大」という項目から学ぶと理解できます。
1-1-1: 観光の登場と発展
要点からいうと、観光現象は近代化の典型的なものです。
簡単にいうと、近代化とは、
- 産業化や国民国家に特徴づけられる社会の進歩や発展を意味する
- 18・19世紀の西ヨーロッパに端を発したもので、19世紀までにアメリカや日本も近代化を達成した
ものです。
観光との関連で近代化が重要なのは、近代化は人類史上未曾有の経済的豊かさをもたらしたからです。
観光を実行する条件には、「カネ」と「ヒマ」、加えて、観光を許容する「社会的規範」が必要です。これらの条件は、経済的な豊かさが浸透することで初めて成立したものでした。
しかし、当時「カネ」と「ヒマ」を有したのは有閑階級のみです。そのため、もともと、観光は裕福な上流階級の特権だったのです。
ちなみに、近代化は、
- 交通に関する技術的な発達
- 宿泊施設の整備
- 観光産業の発展
- 観光に関する情報の普及
- 移動における危険性の低下
といった条件も整えていきました。
1-1-2: マスツーリズムの生成
上流階級の特権だった観光は、第二次世界大戦後の荒廃から復興した先進諸国において大衆まで広がります。具体的に、1960年代頃から「マスツーリズム」の時代を迎えることになります。
マスツーリズムの生成には、
- 大量生産・大量消費社会の実現によって、経済的な豊かさが大衆までの浸透した(1950年代におけるアメリカ、1960年代における日本と西ヨーロッパ諸国)
- レジャーは大衆まで広がり、最も人気のあるレジャー活動は観光であった
- この時期はジェット旅客機の幕開けであり、人びとの移動が容易になった
という背景がありました。
そして、初期のマスツーリズムの典型的な例は「北」から「南」へのパッケージ・ツアーです。主な特徴は、以下のとおりです。
- 国際的なマスツーリズムでは団体旅行のケースが多く、「北」の豊かな観光客が「南」の貧しい観光地を集中的に訪れた
- 「3S(Sun, Sand, Sex)」を求めて海を渡る「北」の豊かな観光客は、1950年代約225万人であったが、1967年までに約1600万人へと増加した
- 観光客の急増にともない、南における観光客の支出額は1950年代の約5億ドルから、1967年までに約30億ドルまで増加した
1960年代における国際観光の発展にともない、この時期における国際機関の活動が活発になります。たとえば、国連は1967年を「国際観光年」と定めて、国際観光の普及とそれに関する事業の振興を図りました。
1-1-3: マスツーリズムの拡大
1969年になると、ジャンボ・ジェット機が定期航空路線になり、さらにマスツーリズムが拡大します。この時期になると、アメリカや西ヨーロッパ諸国に加えて、日本も送り出し国となります。
1970年代からそれに続く時代における観光の特徴は、以下のようにまとめることができます。
- 国連や世界銀行による観光支援が盛んになる
- マスツーリズムに対する観光地の整備が世界中で進む
- ASEAN諸国を代表するアジアの経済発展は、新たな送り出し国を生み出した
どうでしょう?観光の生成からマスツーリズムの発展まで全体像をつかむことができたでしょうか?
1-2: マスツーリズムの起源
マスツーリズムを理解する上で触れたいのは、イギリス人のトーマス・クックによる旅行業の創設です。19世紀後半に観光業が発展したのは彼による貢献が大きく、観光の大衆化への流れはクックによって作られたと言われています。
1-2-1: トーマス・クック
クックはバプティスト派の宣教師であり、禁酒運動の活動家でした。この活動が観光業と基本的な要件をクックに与えます。
たとえば、
- 禁酒運動活動家のために、鉄道会社と契約し実施したエクスカーション(割引旅行券)
- イベントの広告、鉄道切符の大量販売による低価格化
はパッケージツアーの原型です。
また、クックは飲酒の治療には「楽しみ=レクリエーション」が役に立つとしてさまざまな事業を展開していきます。
1845年に初めて観光に関する営利事業を開始すると、息子のジョン・クックとともに「ハンドブック」「ホテル・クーポン制度」「現地のエージェント」といった今日の観光業にあるサービスを確立していきます。
トーマス・クックに関しては、次の書籍で詳しく知ることができます。興味のある方はぜひ読んでみてください。
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1-2-2: 日本の事例
日本における近代観光業の発展には、クックのような個人事業家はいませんでした。むしろ、江戸幕府崩壊後の明治政府に代表される国家機関主導の外客誘致が日本の近代観光業でした。
たとえば、1896年に設立された喜賓会は上流の外国人観光客を誘致するするものでしたし、1912年に発足したジャパン・ツーリスト・ビューロー(JTB)は欧米の国際観光ブームに対応するものでした。
その際、鉄道の発展や宿泊施設の充実といった条件が近代化とともに京成されたことは上で述べたとおりです。
いったんこれまでの内容をまとめます。
- 「マスツーリズム(mass tourism)」とは、観光の大衆化、または大量の観光客が発生することを意味する
- 観光は第二次世界大戦後の荒廃から復興した先進諸国において大衆まで広がる
- マスツーリズムの起源はトーマス・クックの観光業にあり、禁酒運動活動家が観光業の基本的な要件を提示した
2章:マスツーリズムの弊害
1章で解説したマスツーリズムという現象は、1970年代にまでにその弊害が顕著になり始めます。2章はこの弊害とそれに伴い登場した「エコツーリズム」を解説します。
「観光人類学」は観光によるネガティブな影響を研究する意義ももつ学問分野です。次の記事をマスツーリズムの弊害とともに読むと、理解が深まるはずです。
2-1: マスツーリズム弊害の実例
具体的に、マスツーリズムの弊害とは、
- 観光地の文化変容
- 犯罪や売春の発生
- 環境汚染
など意味します。
さらには、ホストとゲスト間にある社会経済的な不均衡は「ネオ植民地主義」や「ネオ帝国主義」などの批判を受けました。
2-1-1: 世界システムとしての不均衡
こうした問題を捉える視点の一つとして、近代が抱える不均衡構造を説明する「世界システム論」があります。世界システム論はマスツーリズムという地球規模の分析にはとても有効です。
簡単にいうと、世界システム論とは、
- 社会学者のウォーラステインが、近代世界の経済は15・16世紀のヨーロッパに誕生し、そこから跛行的に世界に広がった一つのシステムであることを論じたもの
- その特徴は「中核−半周辺−周辺」という3つ層からなる不平等な構造を提示したこと
です。
世界システム論の立場に立脚し、マスツーリズムの弊害を説明をすると、
- 南北問題に代表される経済格差の問題は、不平等な国際分業にある
- 環境問題は近代社会における経済的発展に、付随する副産物である
ということができます。
世界システム論に関しては次の記事で詳しく解説しています。ぜひ読んでみてください。
2-1-2: マスツーリズムへの古典的な批判
上で提示したマスツーリズムへの一連の批判は、1章で紹介したクックの時代にも似たようなものがありました。
ここでは代表的な例を、いくつかを紹介します。
マスツーリズムへの古典的な批判
- 観光客による下品な行為はマスツーリズムで頻繁に問題となるが、クックのツアーによってフランスを訪れたイギリス人観光客にも同様の批判があった
- 一部の上流階級が享受していたロマン主義的エキゾティシズムの特権が、大衆まで広がることへの批判があった
- パッケージツアーはじっと座ってショーを見ているだけで、慣れ親しんだ故郷を離れた経験とは言いがたいという批判
マスツーリズムに対する以上のような批判は、現代の観光現象にも当てはまることが多いのではないでしょうか?
2-2: エコツーリズムの出現
19世紀後半に始まったマスツーリズムは環境へのインパクトが大きく、現在の観光業界は自然との調和を真剣に考えるようになりました。
具体的に、次のような動きが起きます。
- 国際世論…世界環境機関(WTO)は1983年に「観光と環境に関する共同宣言」を採択。さらに、1992年にはWTOとUNEPは共著で『ガイドラインー観光を目的とした国立公園と保護地域の開発』を出版した
- 自然保護…自然保護のためには観光を通じて運営資金を獲得する必要があるため、観光業を敵視しがちであるが、歩み寄りをみせている
このような流れから誕生したのが、ニューツリズムの一種である「エコツーリズム(Ecotourism)」です。
エコツーリズムとは、
- 自然や文化の地域資源を活かしながら、持続的に利用することを目指した観光
- この観光のかたちは「資源の持続的な利用」と「地域の振興」を必須条件とする
といったものです。
エコツーリズムについて詳しくは、次の記事を参考ください。
2-2-1: 日本の事例
日本では1990年になると、エコツーリズムの取り組みが始まります。
世界におけるエコツーリズムは絶滅の危惧に瀕する動植物の保護を目的とする場合が多いですが、日本は古くからの生活や文化の基盤として自然がありました。
そのため、日本の文脈でエコツーリズムを語るとき、人間(=文化)と自然が深く関わってきた歴史を尊重し、地域がそれを認識しながら観光に役立てるという意味をもちます。
そして、エコツーリズムの活動を支援するように、さまざまな調査や機関が立ち上がりました。
- 環境庁(現在の環境省)…1990年から国内外のエコツーリズムに関する調査
- 日本旅行業協会…1993年に「地球にやさしい旅人宣言」を発表
- 運輸省(現在の国土交通省)…1995年にエコツーリズム・ワーキンググループを設置
- NGO…1998年に全国組織の「エコツーリズム推進協議会」が発足
エコツーリズムの目的を達成するには、「観光客」「地域住民」「旅行業者」「研究者」「行政」の5者が、それぞれの役割を果たすことが極めて重要です。
いったんこれまでの内容をまとめます。
- マスツーリズムの弊害とは、「観光地の文化変容」「犯罪や売春の発生」「環境汚染」に代表される
- マスツーリズムは環境へのインパクトが大きく、自然との調和を目標にしたエコツーリズムが登場した
- エコツーリズムを実践するためには「観光客」「地域住民」「旅行業者」「研究者」「行政」の5者が、それぞれの役割を果たすことが極めて重要である
3章:マスツーリズムを学べる本
マスツーリズムについて理解を深めることができました?
マスツーリズムを理解するで重要な文献は、観光人類学または観光学から学ぶことができます。これから紹介する書籍を参考に、さらに理解を深めっていってください。
岡本伸之 (編)『観光学入門』(有斐閣アルマ)
観光学の基本となる考えや歴史をわかりやすく解説しています。観光現象に興味のある方は読んでおきたい本です。この記事でも多く参照しています。
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橋本和也『観光人類学の戦略―文化の売り方・売られ方』(世界思想社)
観光人類学の専門書です。今となっては時代を感じる概念もありますが、読んでおいて損はないです。観光現象がもたらすさまざまな文化変容を理解できます。
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一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
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まとめ
この記事の内容をまとめます。
- 「マスツーリズム(mass tourism)」とは、観光の大衆化、または大量の観光客が発生することを意味する
- 観光は第二次世界大戦後の荒廃から復興した先進諸国において大衆まで広がる
- マスツーリズムは環境へのインパクトが大きく、自然との調和を目標にしたエコツーリズムが登場した
- エコツーリズムを実践するためには「観光客」「地域住民」「旅行業者」「研究者」「行政」の5者が、それぞれの役割を果たすことが極めて重要である
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