ドイツ文学

【カフカの『審判』とは】あらすじ・背景・考察をわかりやすく解説

カフカ『審判』とは

フランツ・カフカの『審判』(英; The Trial, 独; Der Processとは、死後に発表された長編小説です。同じくカフカ没後に発表された『アメリカ(失踪者)』『城』とともに「孤独の三部作」と呼ばれる長編三部作の一つです。

『審判』はカフカの代表作の一つですが、カフカの死後に発表されたものであり、実際には友人マックス・ブロートの手によって編集・出版されています。

ブロートの編集に対しては批判があるため、実際に読む際には注意が必要です。

この記事では、

  • カフカ『審判』の背景
  • カフカ『審判』のあらすじ
  • カフカ『審判』の学術的な考察

をそれぞれ解説していきます。

好きな箇所から読み進めてください。

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1章:カフカ『審判』のあらすじ

1章ではカフカの『審判』を「背景」「あらすじ」から概観します。2章ではカフカの『審判』に関する文学的な考察を解説しますので、あなたの関心に沿って読み進めてください。

このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。

1-1: カフカ『審判』の背景

まず、あらすじを紹介する前に、簡単に『審判』の背景をしましょう。

そもそも、『審判』はカフカ没後の1925年にドイツ・ベルリンの出版社から刊行された小説です。作者のフランツ・カフカ(1883年〜1924年)はオーストリア=ハンガリー帝国、現在のチェコ・プラハ生まれのユダヤ人で、ドイツ語で創作を行った作家です。

具体的にいえば、以下のような事情がありました。

  • 『審判』は1914年8月、カフカが31歳の時に執筆が開始された
  • 最初に作品の冒頭と結末部分が書かれ、その後断続的に間を埋めるような形で執筆が続けられていた
  • しかし、結局、翌年の1915年1月にカフカは『審判』を書くことを中断している
  • そしてそのままカフカは1924年に亡くなってしまった

そういった意味で『審判』は未完成であるといえますが、実際にはそういった印象を読者に抱かせず、最初から最後まで一つの完成した作品として読むことが可能です。

事実、『審判』は現在まで多くの読者や学者に多大な影響を与えているカフカの代表作の一つと評価されています。(→カフカの『変身』に関してはこちら

また『審判』が刊行される背景には、カフカの友人であるマックス・ブロートという人物が大事です。それはブロートがいなければ世に知られることなく葬り去られていたかもしれないと言われているためです。

ブロートの存在はカフカ文学を語る上で欠かすことができないのは、

  • カフカの遺言では『審判』の原稿などは破棄するようにいわれていたが、カフカの遺稿の整理にあたっていたブロートがカフカの作品の素晴らしさにいち早く気づいたこと
  • カフカの遺言を半ば無視する形で、『審判』の原稿の整理と編集を行なって、出版にまでこぎつけてたこと

があるためです。

そのため、カフカの作品を世に知らしめた点で、ブロートの功績は大きいといえます。しかし、ブロートの編集をめぐってはこれまでに多くの疑問・問題点が提起されていることも事実です。

※カフカに関してより詳しくはこちらの記事を参照ください。→【フランツ・カフカとは】作品・評価・影響からわかりやすく解説



1-2: カフカ『審判』のあらすじ

前置きはここまでにして、カフカの『審判』のあらすじを紹介しましょう。以下のあらすじは辻 瑆(訳)の『審判』(1966年, 岩波文庫版)を参照しています。

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物語の冒頭

  • 30歳の誕生日の朝、ヨーゼフ・Kは目を覚ますと不審な様子を感じとる
  • 彼はいつの間にか、見ず知らずの罪で逮捕されていたのである。その日から罪状を知らされないまま、彼は秘密裁判所から被告として裁判を受けることになった
  • しかし、彼は自由に生活することが許されていた。現に裁判がない日には特に何の拘束もされず、彼はこれまでの生活を続けていくことができたのである

当初のK

  • そのため、当初Kは裁判に関して無関心で、いつかは終わりが来るであろうと気楽に考えていた。Kは銀行員であり、ある程度の高い地位にいた。小使が二人おり、自分の執務室まであった
  • 馬鹿げた裁判には特に向き合う必要もないほど、自分の生活を謳歌できたのである。そして、裁判の日にはKは被告にもかかわらず高慢に演説をし、裁判に出席した人々から後ろ指を刺されるようになった

物語の展開

  • しかし、事態はだんだんと変化していく。K自身もいつしか裁判の行方が気になってき、またこの裁判の強引なやり方に不信感と嫌気が指して、裁判のことを考えると気が散って仕事が手につかなくなる始末
  • そこで、Kは裁判所という巨大な組織と徹底的に戦おうと決心するまでになった。自分の弁護を頼むため、彼は他の人を利用し尽くしてやろうと考える。弁護士、女たち、画家……。特に女たちは、不思議と彼女たちの方からKに好意を寄せてきた。その過程で裁判所の実態がだんだんと暴かれていく
  • だが裁判はいつまで経っても進んでいないように見え、一向にどうなるかわからない。そこでKは、役に立たない弁護士との契約を解除しようとする。Kは傲慢さを捨てず、裁判官や弁護士など、常に他の人たちより自分を高い位置に置こうとしたのであった

物語の最後

  • そうして迎えた31歳の誕生日前日の夜、見知らぬ二人の男たちがKのオフィスにやってくる。彼ら二人はKをオフィスから連れ出し、ある町外れの石切場へと連行する。そして様々な考えがKの頭で行き巡るなか、ついにKは最後を迎える。
  • 「「犬のようだ!」と彼は言い、恥辱だけが生き残っていくようだった。」

どうでしょう?大まかに物語の展開をつかむことはできたでしょうか?

1章のまとめ
  • カフカの『審判』はカフカ没後の1925年にドイツ・ベルリンの出版社から刊行された小説である
  • しかし、最初から最後まで一つの完成した作品として読むことが可能である
  • ブロートがいなければ世に知られることなく葬り去られていたかもしれないと言われている
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2章:カフカ『審判』の考察

あらすじをもとに、2章ではこれまでに議論されてきた『審判』の学術的な見解・解釈について紹介していきます。

そもそも日本では、この作品の題名が1940年に『審判』と訳されてから、長らく同作品は『審判』として周知されています。しかし、ドイツ語原文の題名(Der Process)を直訳すれば『訴訟』と訳すことが可能です。

そのため、たとえば最近の多和田葉子編『カフカ(ポケットマスターピース01)』(集英社、2015年)に収録されているものでは、訳者の川島隆が『審判』を『訴訟』と訳しています。

この記事ではこれまでの通例にならって同作品を『審判』と呼び、解説を行なっていきます。

2-1: カフカ『審判』の作家論的観点からの考察

『審判』という作品に対しては多くの見解がありますが、まず作家論的な観点から見た場合、この作品にはカフカという作家自身のあるいくつかの経験が現れているという見解があります。ここでは「カフカの女性関係」「カフカと彼の父親との関係」という二点について紹介します。

作家論とは、ある作家の作品すべてから(主に全集を利用して)、ある作家が考えていたことは何だったのか、真に言いたかったことは何だったのかを明らかにすることです

2-1-1: カフカの婚約者フェリーツェ・バウアーとの関係

まずは、『審判』にはカフカの婚約者フェリーツェ・バウアーとの関係が反映されているという指摘です。

具体的に、作家カネッティはカフカとバウアーの間に起きた一連の出来事を「もう一つの訴訟」と呼び、『審判』の内容との連続性を指摘しました。

「もう一つの訴訟」と『審判』の連続性

  • カフカは生涯において何度か、結婚と離婚を繰り返している
  • フェリーツェ・バウアーという女性とは二度の婚約とその解消をしているが、『審判』執筆の少し前、1914年6月、フェリーツェ・バウアーと一度目の婚約をしている
  • 作中に登場するビュルストナー嬢は、原稿においてF・Bと書かれていることもあり、自らの婚約者フェリーツェ・バウアーの姿と重ねてビュルストナー嬢を描いた部分もあるのかもしれない
  • カフカは結婚に対する違和感からフェリーツェ・バウアーの女友達に多くの手紙を送っていたようである。その女友達はカフカが自分に好意を寄せていることを手紙から感じ、悩みつつも、その手紙をフェリーツェ・バウアーに渡した
  • その手紙などが元になり、カフカとバウアーは婚約を解消することになるが、カフカは31歳の誕生日の前夜に婚約解消のためにベルリンへ行く決心をしたという。作中、ヨーゼフ・Kが31歳の誕生日前日に殺されており、この点で一致する部分もある

つまり、このようなカフカの身に現実に起きた経緯を作家であるカネッティは「もう一つの訴訟」と呼び、『審判』の内容との連続性を指摘しているのです。

2-1-2: カフカと彼の父親の微妙な関係

そして、他のカフカの著作にも共通していますが、『審判』には父親と子供(=カフカ)の関係が作品の中に暗示されているという見解があります。

たとえば、カフカと父親の実際の関係から、以下のような解釈も可能です。

  • 宗教的な解釈・・・作中、正体不明の裁判所の全貌が最後まで明らかにされることなく、最終的に巨大な存在から主人公のヨーゼフ・Kは裁かれるに至る。この巨大な存在を神の存在とみなすならば、神から裁かれる人物、自らの罪を自覚できない人間を体現している人物がヨーゼフ・Kである
  • 精神分析的解釈・・・巨大な存在(=神)を父親に置き換えれば、精神分析的解釈によってエディプス・コンプレックスから逃れられない息子の物語として読み解いていくことも可能である

このように、カフカの伝記的事実を加味して作品を読んでいけば、作品中の何気ないことば一つ一つにも違った意味を与えることができるでしょう。

その点に関しては、作者に関する伝記や手紙(マックス・ブロート『フランツ・カフカ』(みすず書房、1972年)やカフカの書いた「父への手紙」(『決定版カフカ全集』3(新潮社、1981年)に収録)など)と一緒に読んでいくことをおすすめします。

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2-2: テクスト論的解釈

また伝記的事実を重視した解釈だけではなく、『審判』という作品にはテクスト自体により注目してテクスト論的に様々な解釈を施すこともできます。(→テクスト論に関してはこちら)ここでは「実存主義的解釈」「脱構築的解釈」の二つを紹介します。

2-2-1: 実存主義的解釈

まず、サルトルやカミュら第二次大戦前後のフランス知識人による実存主義的解釈です。

  • 不条理な社会システム(=権力)にヨーゼフ・Kという孤独な個人が戦いを挑むという構図が『審判』に見られる
  • そのため、カフカの『審判』などはカミュの『異邦人』と並んで、「不条理の文学」と呼ばれたりもする
  • またカミュ自身、『異邦人』の主人公ムルソーを描く際に、カフカ『審判』のヨーゼフ・Kを意識して書いたとも言われている

2-2-2: 脱構築的解釈

次に、ジャック・デリダによる脱構築的解釈です21986『カフカ論——「掟の門前」をめぐって』参照

  • 作中、「掟の門」(訳によっては「掟の門前」、「法律の前」と訳される)という寓話的なエピソードが挿入されている
  • その寓話に注目したデリダは、自らの由来を隠蔽することによって「掟=法」というものが権威を帯びると述べ、こうした意味の開示をひたすら引き延ばす点がテクストの特徴であると指摘する



2-3: 今後の展開

ブロートの編集をめぐって、今後、『審判』の読み方が変わるかもしれない可能性に開かれています。つまり、研究の進展によっては大筋のストーリーは変わらないとしても、『審判』という作品自体・読み方や筋の変動があるかもしれないのです。

その最大の理由は『審判』が出版された背景にあります。しかし、上述したように、マックス・ブロートはカフカの遺稿を整理し、カフカの死後に彼の作品を発表しています。

カフカの死後、カフカの机の中からブロートはブロート宛のメモをブロートは見つけ、ある限りすべての遺稿や日記等は全て焼却することが書いてあったといいます。

ブロートは『審判』ほかカフカの言葉に背いた理由として、

  1. カフカの生前、そのようなカフカの願いはあらかじめ拒否しておいたということ
  2. カフカに自己嫌悪やニヒリズム的な傾向があり、先のメモはその自己批判的傾向が最高に達した時期に書かれたが、晩年にはそのような傾向がなくなり出版の方向に向かっていたということ

という二点を挙げています。

ブロートは1920年にカフカから『審判』の原稿を預かった後、編集作業をおこないました。その作業は以下のようなものだったそうです3全集版の『審判』に収録されたマックス・ブロートの「あとがき」による(日本語訳:『決定版カフカ全集』5(新潮社、1981年)を参照

  • 原稿自体にはもともと題名がついていなかったが、カフカはこの小説の内容を話す際にいつも『審判』(Process)という表現をしていたので、『審判』と名付けた
  • また各章の見出しはカフカの手によって名付けられたものであるが、各章の配列に関しては、以前カフカから聞いていた小説の話をもとにマックス・ブロート自身の「感じをあてにして」並べられた

このような経緯があったため、ブロートの編集には批判の声もあります。ブロートは当初、完成したと思われる章と未完で終わっている部分(断片)とにわけ、完成したとみなせる章のみを編集して1925年に出版しました。

しかし、その後、1935年には未完成の断片部分や修正・削除した箇所なども収録した第二版が出版されています(これをショッケン書店から出たため、ショッケン版という)。

またそのほか、ブロートの編集に疑問を持った研究者らによって、これまでに二つの『審判』が発表され、現在でも研究が続けられています。

これらはストーリー配列を見るとブロートの編集になるものとほぼ同じものであるが、カフカの生の原稿などを収録していることで、カフカの創作の後をより鮮明に目にすることができます。そして、これらをもとにして、研究が現在でも世界中で続けられています。

たとえば、批判版『審判』(1990年に出版)はマルコム・ペイズリーという専門の研究者による原稿の批判研究の成果をもとにして発表されたものです。(以下のは、批判版をもとにした文庫本)

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そして、史的批判版『審判』(1997年に出版)はカフカの手書きの原稿写真とその文字起こししたものを収録しています(こちらは翻訳がない?お分かりの方は教えてください)。

批判版では、ペイズリーはブロートの配列した大筋のストーリー配列が正しいことを認めています。そのため、これまでの研究によってブロートの編集が正しいことはある程度世間的に認められていますが、今後、研究に何らかの進展がある場合、『審判』の読み方が変わっていくかもしれないことに注意が必要です。

2章のまとめ
  • 作家論的には、「カフカの女性関係」と「カフカと彼の父親との関係」が見て取れる
  • テクスト論的には「実存主義的解釈」「脱構築的解釈」が可能である
  • 今後、『審判』という作品自体・読み方や筋の変動があるかもしれない
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3章:カフカ『審判』の学び方

どうでしょう?カフカの『審判』に関して理解を深めることはできましたか?

ぜひ、この記事をきっかけに原著に挑戦してみてください。

おすすめ本

フランツ・カフカ(多和田葉子編)『カフカ: ポケットマスターピース 01』(集英社文庫)

最新版の新訳で、多くの主要作品を含み、カフカのラブレターも収録。解説も充実しています。これ一冊を読めば、ある程度、カフカ文学の全体像を掴むことができます。翻訳も読みやすく、手に取りやすい一冊。

有村隆広『カフカとその文学』(郁文堂)

カフカの生い立ちやこれまでにカフカが世界中でどのように論じられてきたのか、分かりやすくまとめられています。少し古い本であるが、読書案内などもついており、本格的に勉強したい方は手に取りたい一冊。

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城山良彦『カフカ』(同学社)

カフカ研究の流れがわかる「カフカ論の系譜」が収録されており、カフカがどのように議論されてきたのかを一望することができます。卒論などでカフカを扱おうとする人にもおすすめ。

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まとめ

最後にこの記事の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • カフカの『審判』はカフカ没後の1925年にドイツ・ベルリンの出版社から刊行された小説である
  • 作家論的には、「カフカの女性関係」と「カフカと彼の父親との関係」が見て取れる
  • テクスト論的には「実存主義的解釈」「脱構築的解釈」が可能である

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