心理学

【公正世界仮説とは】その意味をいじめ・努力の具体例から解説

公正世界仮説とは

公正世界仮説(just-world hypothesis)とは、良いことをした人には良い結果が、悪い事をした人には悪い結果がもたらされる、と考える心理的バイアスのことです。

私たちは公正世界仮説に基づいて考えることによって、危険だらけの未来を「自分の行動で変化させることができる存在」と捉える傾向があります。

しかし、公正世界仮説的な考えによって過度な自己責任論や被害者叩きといった現象が起こることもあり、ポジティブな効果だけではありません。

そこで、この記事では、

  • 公正世界仮説の意味
  • 公正世界仮説の心理学的実験
  • 公正世界仮説の具体例

をそれぞれ解説します。

好きな箇所から読み進めてください。

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1章:公正世界仮説とは

まず、1章では公正世界仮説の「意味」「心理学的実験」を解説します。2章では公正世界仮説を具体的な例から紹介しますので、あなたの関心に沿って読んでみてください。

このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。

1-1: 公正世界仮説の意味

まず、冒頭の確認となりますが、

公正世界仮説とは良いことをした人には良い結果が、悪い事をした人には悪い結果がもたらされる、と考える心理的バイアスのこと

です。

具体的にいえば、以下のような考えを示した概念です。

  • 公正世界仮説では自分の生きる世界は分け隔てのない「公正な世界」であるという「公正世界信念」を基に作られた、物事の解釈方法・理論のこと
  • 人間は日々の生活を、公正世界仮説に基づいて考えることで、安心してのびのびと生きることができるようになる

提唱者のメルビル・ラーナーは、公正世界仮説について「世界は突然の不運に見舞われることのない公正で安全な場所であり,人はその人にふさわしいものを手にしているとする信念」と定義しました2村山・三浦「被害者非難と加害者の非人間化」『心理学研究』 86(1) 1-9頁を参照

簡単にいえば、人間が自らの生きる世界に対して抱く捉え方や価値観を示す理論といえるでしょう。ちなみに、公正世界仮説はその意味から、しばしば「公正世界誤謬(just-world fallacy)」と呼ばれます。

1-1-1: 公正世界仮説の基本的な考え

公正世界仮説をより詳しくみていきましょう。まず、基本的な考え方として、次の3つがあります。

  1. この世界は平等で安全な、公正な場所であること
  2. 人間は平等で公正な世界で生きているため、その人に相応しい成果を必ず手にすることができること
  3. 未来を自分の行動によってコントロールできる存在と捉えること

①は、自分自身が生きている世界に関する価値観です。公正世界仮説に基づくと、この世界は「正義は必ず勝つ」「悪事は暴かれる」世界であり、正しいことは必ず正しいと証明される公正な世界です。つまり、「正義」「努力」などは必ず勝利する存在だといえます。

ラーナーは、「公正な世界」に生きる人間は世界における「正しいこと」である正義に基づいて行動することによって、必ず理想を実現できると考えました。このラーナーの考えが、公正世界仮説を構成する②の考え方です。つまり、「努力は報われる」「悪いことをした人には災厄が訪れる」という信念が存在します。

そして、公正世界仮説はまだ訪れぬ未来についても「公正な世界」であることを定義しており、良いことをする人には幸せが、悪いことをする人には不幸な未来が訪れると考えます。

言い換えれば、公正世界仮説は未来について「自分の行動によってコントロールできる存在」と理解しているといえます。



1-1-2: 公正世界仮説の起源

現在を生きる人間は、未来がどんな場所であるのかを知ることができません。そのような不安や恐怖に晒された人間は、実際に自分の周囲で危険なことが起こっていない場合でも、周囲を警戒しながら行動する可能性があります。

この人間が自然と抱く、不透明な未来への恐怖心を克服するために打ちたてられた仮説が、未来を「公正な世界」と定義する「公正世界仮説」です。

つまり、公正世界仮説によって、

  • 人間の行いに対する「公正な」結果を信じることで、人間は必要以上の警戒をせずに生きることができるようになる
  • 世界や未来についてのポジティブなイメージを与え、人間が生き生きと行動し未来に期待を寄せることができるようになる

といった心理的効果があるとされています。

1-1-3: 不幸せの解釈

また、公正世界仮説的にいえば、悪い行いはその人の行動に原因があると解釈されます。

たとえば、交通事故を起こしてしまった人がいたとします。この場合は、以下の考え方がされます。

  • 事故の原因が、運転手のスピード超過や前方不注意等に還元される(運転者のミスによって、交通事故という「悪いこと」が起こったとされる)
  • そのため、運転者が十分に気を付けていても事故にあってしまうリスクは検討されにくい

つまり、トラブルが起こった場合、状況よりも個人にトラブルの原因があると解釈しがちです。公正世界仮説に基づいた考え方が真実を示すとは限らないのです。言い換えれば、何が事実で何が仮説なのか、鋭く考察することが必要だといえます。

公正世界仮説の具体的な事例は、後述の2章で詳しく紹介します。



1-2: 公正世界仮説とメルビル・ラーナー

さて、そもそも、公正世界仮説とはメルビン・ラーナーによって提唱された社会心理学研究で証明されたものです。ラーナーは1960年代に公正世界信念を発見し、公正世界仮説についての理論を打ち立てました。

1-2-1: ラーナーの問題関心

ラーナーは当初、悪質な政党が政権を得ることの原因や民衆の行動などを研究していました。しかし、ラーナーは自身の研究の中で、

  • 普段は温厚な学生が、社会階層の影響で貧困にならざるを得ない人々を見て、蔑むような言葉を吐く
  • 優しく温和な性格なはずの医療従事者が、精神障害者を軽蔑するような態度を取る

というような光景を何度も目にします。

「暴力や疾患の犠牲者に対して、本来優しいはずの人が軽蔑的な態度を取る」ということは、これまでの社会心理学理論で説明できないような現象でした。ラーナーは「物事の犠牲者に対する第三者の批判的な態度」について疑問をもち、次第に研究の関心を移していきました。

1-2-2: ラーナーの実験内容

ラーナーは、自身の理論を説明するためにある実験を行います。端的にいえば、それは以下のようなものでした。

  • 実験には72人の女性が参加し、被験者たちは共同被験者が電気ショックを受ける様子を見るように指示される
  • 実は共同被験者は実験協力者(サクラ)であり、電気ショックも実際には与えられておらず、実験協力者は実験者に指示によって電気ショックに苦しむ演技を行っているだけ(→アイヒマン実験のようなもの
  • 苦しむ共同被験者の様子を見て、被験者は多かれ少なかれ動揺する様子を見せた
  • しかし、自分が電気ショックを止めることができないことを理解するにつれて、被験者は共同被験者に対して差別的な態度を取るようになった

ラーナーは、被験者たちの態度の変化について、彼女らが「共同被験者は何らかの悪いことをしたに違いない」「この苦しみはどうしようもないことなのだ」と解釈するようになったと考えました。

電気ショックが大きくなるほど共同被験者への差別的な態度は大きくなったとされています。また、「後ほど共同被験者は苦痛分の報酬を与えられる」という説明を受けたとき、被験者は共同被験者を軽蔑しなくなったと示されました。

1-2-3: 実験結果

ラーナーはこの現象について、

  • 人間には、人間の行動や状態によって、その人に相応しい結果が与えられるという信念がある
  • つまり、公正世界仮説的な考え方が存在する(「全ての人間には、その人の言動に見合った結果がもたらされる」「その人の置かれた状態は、その人の言動の結果である」)

と考えました。

また、人間が「物事の犠牲者に対する第三者の批判的な態度」を取る理由として、公正世界において、「その人が過去に悪いことをしたから」であり、今ここで苦しむ様子を見ているだけの自分には関係がない(非難されるべき存在である)と考えるためと結論づけました。

このようにみると、公正世界仮説とは、世界を人間にとって「都合の良い世界(正義や悪の価値観に基づき、それに見合った結果を授ける)」と解釈し、人間の未来への不安を払拭するための心理的な論理といえます。

1章のまとめ
  • 公正世界仮説(just-world hypothesis)とは、良いことをした人には良い結果が、悪い事をした人には悪い結果がもたらされる、と考える心理的バイアスのことである
  • トラブルが起こった場合、状況よりも個人にトラブルの原因があると解釈しがち
  • 公正世界仮説とは、世界を人間にとって「都合の良い世界(正義や悪の価値観に基づき、それに見合った結果を授ける)」と解釈し、人間の未来への不安を払拭するための心理的な論理ともいえる
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2章:公正世界仮説の具体例

さて2章では、公正世界仮説の具体例を「努力」「いじめ」「自己責任」といった項目から紹介していきます。

2-1: 努力

まず、「努力は必ず報われる」という信念は公正世界仮説の影響を受けた典型的な考え方といえます。「努力」は時に「自分にはできないこと」と向き合う苦しみを伴う行為であり、人間にとって特に評価されたい願いともいえます。

公正世界仮説的な世界観に従うと、

  • 「私は努力という良いことをしたのだから、必ず成功できる、成果が発揮されるときが来る」
  • 成功した人は「努力が反映された人」であり、失敗した人は「努力が足りなかった人」

と解釈されます。

これは、努力が報われない苦痛や不安を抑えるだけでなく、「努力」という苦痛な行為が、良い未来を得るために確実なものだと信じたいために抱く信念といえます。



2-2: いじめ

「いじめられた側にも原因がある」という言葉は、公正世界仮説に基づいた考えともいえます。

なぜならば「いじめられた側にも原因がある」という考えは、

「いじめ」という結果を、いじめを受けた人の行為に還元して状況を説明する

だからです。

では、もしも自分がいじめ被害にあう可能性を考えた場合、どのような感情が沸き起こるでしょうか?

「自分は悪くないのに避けられる」「何もしていないのに、酷い言葉を吐かれる」ということを想像しただけで恐怖を感じたり、困惑したりした人も多いと思います。原因が分からないいじめに遭ってしまう可能性は誰しももっています。

そこで、この世界は「公正な世界」だと仮定し、「いじめられた人にはいじめられた原因があった」(悪いことをした人にはそれ相応の結果がもたらされる)と解釈します。裏を返せば、「自分は悪いことをしていないため、今後もいじめられることはないだろう」と考えることができます(*理論上の話で、実際にはここまで簡単ではありません)。

このように解釈することで、人間は「原因が分からないいじめに遭う」という不安から逃れることができるのです。上述したように、公正世界仮説を信じる人の幸福度が高いのはこのためです。

2-3: 自己責任

そして、端的にいえば、自己責任論は公正世界仮説的です。なぜならば「物事が起こった原因はその人の行動にある」と考えるからです。

たとえば、公正世界仮説的にいえば、

  • 事件や事故・・・「巻き込まれた人が周囲に気を配っていなかったから悪い」
  • 病気にかかった人・・・「患者自身が不摂生な生活を送っていたか、予防をしていなかったのが悪い」

と解釈されます。いじめと共通する部分もあると思います。

注意したいのは、公正世界仮説と密接に関連する自己責任論はときに重大な誤解を招く危険性をもつことです。一例をあげると以下のように事例があります。

  • 日本では長年、ハンセン病患者への根強い差別があった
  • ハンセン病は皮膚や体の一部に異常が生じる難病であり、患者は施設に収容され社会から隔絶された
  • 1950年代になると治療法も確立されたにも関わらず、患者は差別を受け続けていた
  • 差別の理由の一部には「患者は前世で悪いことをしたに違いない」「だからハンセン病にかかっても仕方がない」というものがあった

冷静に考えると、ハンセン病の原因が前世にあると解釈することは、あまりに非合理的であることが理解できると思います。

しかし、治癒の難しい疾患への罹患や、理不尽な災厄に見舞われることを「被害者のせい」にすることは、災厄に見舞われる恐怖を払拭するために「被害者をイレギュラーな存在」と解釈する行為だといえます。

公正世界仮説は、「未来は安全な場所である」として人間を勇気づける一面を持つ一方で、必要以上の差別や過度な自己責任への温床にもなる危険性を持っています。公正世界仮説を利用しそうなときには、「事実」と「仮定」を鋭く見分ける必要があるといえるでしょう。

2章のまとめ
  • 「努力は必ず報われる」という信念は公正世界仮説の影響を受けた典型的な考え方
  • 「いじめられた側にも原因がある」という言葉は、公正世界仮説に基づいた考え
  • 自己責任論は公正世界仮説的である
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3章:公正世界仮説を学べる本や論文

どうでしょう?公正世界仮説に関して理解を深めることはできましたか?

この記事で紹介した内容はあくまで理解を深めるための最初の一歩ですので、ぜひ以下の書物にあたりあなたの学びをより実りのあるものにしてください。

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まとめ

最後にこの記事の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • 公正世界仮説(just-world hypothesis)とは、良いことをした人には良い結果が、悪い事をした人には悪い結果がもたらされる、と考える心理的バイアスのことである
  • 「努力」「いじめ」「自己責任論」といった項目から公正世界仮説的な考えを理解することができる

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