後知恵バイアス(Hindsight bias)とは、何らかの出来事や物事の結果について、その結果が最初から予見できたものだと考えてしまう傾向を指します。簡単にいえば、「最初から結果はわかっていた」「やっぱりこうなると思っていた」と思考の傾向性を意味します。
あなたにも、既に終了した物事や出来事の結果を耳にしたときに、物事の詳細をよく知らないにも関わらず、その結果を予見していたかのように振舞ってしまった経験があるのではないでしょうか?
この記事では、
- 後知恵バイアスの意味・例
- 後知恵バイアスの心理学的実験
- をそれぞれ解説していきます。
関心のあるところから読んでみてください。
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1章:後知恵バイアスとは
まず、1章では、後知恵バイアスの「意味」「例」から解説していきます。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1: 後知恵バイアスの意味
冒頭の確認となりますが、後知恵バイアスとは、
何らかの出来事や物事の結果について、その結果が最初から予見できたものだと考えてしまう傾向のこと
です。
自分が何らかの物事の渦中にいるとき、この先どうなってしまうのかが分からず不安になったり、ネガティブな予想を立ててしまったりする人は少なくないと思います。また、出来事の中にいるときには、情報が不足し、必要以上に不安を抱えてしまうことがあります。
そんな心境を抱えていたにも関わらず、物事が解決すると「やっぱりこうなると思っていた」と感じてしまうことはありませんか?
認知心理学において、人間は物事や出来事が結末を迎えるやいなや、その結果が想像できたものだと考える傾向があるとされます。つまり、物事の渦中にいたときの認識と、物事や出来事が終わったあとの認識が変化してしまうのです。
そのため、認知心理学者である服部雅史らは、後知恵バイアスとは「こうなることは最初からわかっていた、といった思いを生む傾向」2服部雅史, 小島治幸, 北神慎司『基礎から学ぶ認知心理学』(有斐閣, 18頁)であると解説しています。
1-1-1: 後知恵バイアスの原因
では一体、なぜ後知恵バイアスは発生するのでしょうか?後知恵バイアスの原因として、以下の2点が挙げられます。
- 人間は、自分が信じたものを正しいと思いたい傾向を持っていること
- 人間が物事を認知するときに、いったん知識を持ってしまうと持っていなかったときのことを想起するのが難しくなる心理的現象(知識の呪縛)が起こること
まず、①に関してです。認知心理学において、人間は自ら直観的に信じたものを正しいと思いこみたい傾向を持っているといわれています。この傾向によって、人間は、多少論理的な説明が曖昧なものだったとしても自分が信じたものの方が信じやすくなるとされています。
出来事が結末を迎えた後は、その出来事の原因が、進行中のときに比べて傍から見ても理解しやすい状態になっています。この場合、その物事の原因が理解しやすいため、「この結果になるのも必然だろう」と直観的な結びつきを考えてしまいます。
このような直観的な考えを信用してしまうことによって、「もともと結果を知っていた」「こうなると思っていた」というような後知恵バイアスが発生するのです。
次に、②についてです。人間が物事を認知するときに、いったん知識を持ってしまうと持っていなかったときのことを想起するのが難しくなる場合があります。後知恵バイアスの原因を説明する際、この「知識の呪縛(Curse of Knowledge)」という心理的現象がしばしば援用されれます。
ちなみに、知識の呪縛から後知恵バイアスを生じることを防ぐためには、その情報は物事や出来事が結末を迎えたからこそ得ることができたものかどうか見定めることが有効です。
1-2: 後知恵バイアスの例
後知恵バイアスは、実際に自分が巻き込まれている物事や出来事ではない場合にも発生します。つまり、自分が他者の行動を見ている傍観者の立場であった場合にも、後知恵バイアスがはたらくのです。
1-2-1: スポーツにおける例
たとえば、
- 応援していたサッカーチームが勝ったときには「優秀なプレイヤーがいるから、勝つと確信していた」と考えること
- 負けたときには「監督の采配が悪いから、負けると思っていた」と考えてしまうこと
が挙げられるでしょう。
スポーツ観戦で後知恵バイアスに影響されると、冷静な周囲からは高慢な態度を取っているように映る可能性があります。
1-2-2: ビジネスにおける例
他にも、後知恵バイアスが生じる代表例として、学校や会社における評価の場面が挙げられます。部下の失敗を知った上司が「こうなる(その部下が失敗する)と思っていた」や「自分ならもっと上手くできた」といった場面は、後知恵バイアスの例でしょう。
後知恵バイアスが発生した詳しいプロセスは、以下のようになります。
- 前提として、上司が部下の失敗を叱責する場面において、部下の失敗は既に引き起こされたもの(既に終了した事柄)である
- つまり、この時上司は、部下が失敗した事柄の全体像や失敗したという結末を知ってる
- 上司は、部下の失敗した出来事について出来事の渦中にいた部下よりも離れた視点から見ていることに加えて、出来事の全体像を知っているため、部下が失敗してしまったのはさながら必然であったかのように感じてしまう
この後知恵バイアスによって、自分がやった方が部下よりも上手くできた(起こり得る障害を想定し、避けることができた)と考えたり、部下が無能であると決めつけたりしてしまう危険性が生まれます。
しかし、
- 出来事の結果を知っただけでは、部下がその失敗にいたるまでにどのような苦労をしたのか、部下が何を考えて行動したのかを理解することはできない
- そのような分析をせず、後知恵バイアスに影響されたまま叱責してしまうことは、部下へ不当な評価を押し付けてしまうことに繋がる
という悪循環に繋がります。
そのため、見てわかる結果だけを頼りに高慢な態度をとってしまうことは、上司であるその人は周囲からの信頼感を損なう可能性があります。
1-2-3: 報道における例
加えて、後知恵バイアスはメディアによる報道の以下のような場面にも見られます。
まず、ある出来事を紹介します。
- 2005年12月25日、山形県のJR羽越本線にて列車が脱線する事故があった
- それは突然の突風によって列車が脱線し、5人の犠牲者と33人の負傷者を出したという痛ましい事故であった
- 事故当時、現場は激しい横なぐりの雨が降っており、運転手は通常よりもスピードを抑えるなど、事故防止への努力をした上で走行していたことがわかっている
この事故に対し、毎日新聞は同年12月27日の朝刊において「突風とは言いながら、風の息づかいを感じていれば、事前に気配があったはずだ」3毎日新聞 2005年12月25日朝刊 社説という文章を発表しました。
つまり、運転手が風の気配を感じることができていたのなら事故は防げたはずだ、とする意見です。
しかし、この毎日新聞の意見については、
- 科学的に存在し得ない風の気配を感じ取れという非論理的なものであったため、広く批判を招いた
- 非論理的なものであっても、あたかも正論のように報道することができてしまったのは、新聞社にも後知恵バイアスがはたらいていたからである
と考察することができます。
このように、後知恵バイアスに影響されると、物事や出来事の本来の姿がわからなくなってしまったり、高慢な思い込みによって他者を見下したりしてしまうことがあります。
後知恵バイアスを防ぐためには、自分が物事や出来事が終了したからこそ得ることのできる知識に影響されていないか、注意して考察することが重要といえます。
- 後知恵バイアス(Hindsight bias)とは、何らかの出来事や物事の結果について、その結果が最初から予見できたものだと考えてしまう傾向を指す
- 自分が他者の行動を見ている傍観者の立場であった場合にも、後知恵バイアスがはたらく
2章:後知恵バイアスの心理学的実験
さて、2章では後知恵バイアスの心理学的な実験を紹介していきます。
2-1: ニクソン大統領の行動についての後知恵バイアス
後知恵バイアスを証明した実験として、1975年にアメリカの心理学者であるバルーフ・フィッシュホフ(Baruch Fischhoff)とラッシュ・ベイス(Ruth Beyth)の発表した研究があります。
この実権は、フィッシュホフとベイスの両名が、アメリカ大統領であるリチャード・ニクソンがモスクワと北京を訪問する際に取る行動について予想を求めたものです。1972年に実施されたこの実験の対象は、心理学を専攻する大学生でした。
被験者に求めた予想は、以下の項目です。被験者たちは、これらの行動が起こる確率がどのくらいか記述するよう求められました。
- ニクソン大統領は、北京訪問時に一度は毛沢東に会うだろう
- ニクソン大統領は中国の代表に対して、「アメリカは中国に常設の外交使節団を設置すること」を約束するだろう
- ニクソン大統領は、ソビエト連邦の代表との会談を通じて、アメリカとソビエト連邦の共同宇宙開発計画に同意するだろう
- ニクソン大統領はモスクワに訪問した際に、ユダヤ人のグループに話しかけられるだろう
- ニクソン大統領は、帰国後にモスクワと北京の訪問を振り返る際、とても有意義な訪問だったと述べるだろう
1972年当時、アメリカは中国(中華人民共和国)を国家として承認していなかったため、ニクソン大統領の北京訪問は多くの人たちにとって驚くべきニュースでした。
特に、①のニクソン大統領と毛沢東が顔を合わせるような事態は想定に難しいものであり、被験者のうち①(ニクソン大統領は、北京訪問時に一度は毛沢東に会うだろう)が実現するだろうと予想した人は4割程度でした。
実際には、ニクソン大統領は北京訪問時に毛沢東に会うことができました(①は実現した)。1972年のニクソン大統領による訪問によって、この後、アメリカと中国の関係は良好なものへと変わっていきます。
フィッシュホフとベイスは、ニクソン大統領の帰国後にもう一度同じ被験者を集め、以下のような実験を行いました。
- 実験では、被験者たちに、ニクソン大統領のモスクワ・北京訪問前に応えてもらった①~⑤の質問をもう一度提示する
- 自分が①~⑤の質問に対しどういった予想をつけていたのかを思い出すよう求めた
その結果のうち、自分が過去に①の予想が実現すると答えたと思う人は6割に上がったのです。つまり、ニクソン大統領の訪問前、①の予想が実現すると答えた人は4割程度と前述しましたが、2割の被験者が自分のした予想を間違って想起してしまったのです。
この実験結果について、フィッシュホフとベイスは、
- ニクソン大統領が毛沢東に会うというニュースを耳にした人々に後知恵バイアスが働いた
- そのため、あたかも最初からニクソン大統領と毛沢東が会うことを自分が予想していたかのように感じさせた
と述べています。
フィッシュホフとベイスの研究は、歴史的な事実を扱って後知恵バイアスを証明した研究として広く知られています。
より詳しくは、以下の論文を参照ください。
Baruch Fischhoff and Ruth Beyth 1975 I Knew It Would Happen: Remembered Probabilities of Once-Future Things, ORGANIZATIONAL BEHAVIOR AND HUMAN PERFORMANCE 13 1-16
2-2: 水は本当に濁っていた?後知恵バイアスと裁判の判決
2つ目の実験は、日本の心理学者である山祐嗣、法律家の秋田真志と川﨑拓也によって行われた実験です。
この実験では、実際にあった以下のような裁判の事例が用いられました。
- 実験で扱われる事件は、2012年に実際に起こった「遊泳場所での突然の射流洪水によって遊泳中の園児が3名流され、うち1名が死亡した」4山祐嗣・秋田 真志・川﨑 拓也 2017「水の濁り判断と射流洪水の確率判断における後知恵バイアス―裁判の証言ための検証実験」『日本認知心理学会発表論文集 日本認知心理学会第15回大会』4-5頁という事件
- 引率の幼稚園教諭3名が過失致死で起訴され、刑事裁判となった。裁判では、幼稚園教諭たちが川の増水を予想できたか否かが焦点の1つとして注目された
そして、実験には、文学を専攻する大学生53名が参加しました。被験者たちには、事件のあった川の実際の写真がスライドで示されました。スライドの写真はすべて、実験発生の約20分前に川で遊泳していた人によって撮影されたものです。
被験者たちには、スライドの写真を観察して、川の濁り(被験者たちには事前に、川の濁りは増水の兆しであると説明された)がどの程度であるかを9段階で評価するよう求められました。
ただし、被験者のうち約半数の27名にはその川で泳いでいた幼稚園児3名が死亡した事実が伝えられた上でスライドが示され、残りの26名には伝えられませんでした。
実験の結果、
- 川で事件があったという結末を知る27名の被験者は、事件を知らない26名と比べて、川の濁りが強いと判断したことが示された
- 27名の被験者たちには、この後川が増水して事故が起こるという結末を知っていたゆえに、川の濁りが強く見られた
と考えられます。
この結果について、著者らは事件があったという結末を知る27名の被験者に後知恵バイアスがはたらいていた可能性を指摘しています。
実際の裁判では、後知恵バイアスが考慮されて、幼稚園教諭のうち2名の教諭が無罪となりました。
こうした実験から、後知恵バイアスは「過失事件の被告がその過失を予測可能だったかどうかという司法判断に影響を与える可能性がある」5山祐嗣・秋田 真志・川﨑 拓也 2017「水の濁り判断と射流洪水の確率判断における後知恵バイアス―裁判の証言ための検証実験」『日本認知心理学会発表論文集 日本認知心理学会第15回大会』4-5頁という心理的バイアスだと言えます。
- フィッシュホフとベイスの実験では、あたかも最初からニクソン大統領と毛沢東が会うことを自分が予想していたかのように感じさせる結果がでた
- 日本の心理学者である山祐嗣、法律家の秋田真志と川﨑拓也の実験では、後知恵バイアスが証明されただけでなく、司法判断に影響を与えるほどのバイアスであることが示された
3章:後知恵バイアスを学ぶ本・論文
後知恵バイアスに関して理解を深めることができましたか?
以下の書物は、あなたの学びを深めるためのオススメ書物です。
池谷裕二『自分では気づかない、ココロの盲点』(講談社)
後知恵バイアスを含む認知バイアスについて、詳しく解説された本です。認知バイアスを私たちが利用してしまいがちな場面を確認しながら、学ぶことができます。
マーク・フリーマン 『後知恵: 過去を振り返ることの希望と危うさ』(新曜社)
後知恵バイアスへの入門書としておすすめの本です。人間がなぜ後知恵バイアスに惑わされてしまうのか、後知恵バイアスにメリットはあるのかなど複合的な視点で理解できます。
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一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- 後知恵バイアス(Hindsight bias)とは、何らかの出来事や物事の結果について、その結果が最初から予見できたものだと考えてしまう傾向を指す
- 後知恵バイアスは自分が他者の行動を見ている傍観者の立場であった場合にもはたらく
- さまざまな心理学的実験から、後知恵バイアスが証明されている
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