ヒューリスティクス(Heuristics)とは、必ずしも正解が得られるわけではないが、正解に近い解が得られる方法のことです。
ヒューリスティクスはほとんど日常的に行うものですから、その意味だけでなく、メリット・デメリットをしっかりと理解するべきでしょう。
この記事では、
- ヒューリスティクスの意味・例・メリット・デメリット
- ヒューリスティクスの心理学的実験
をそれぞれ解説していきます。
好きな箇所から読み進めてください。
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1章:ヒューリスティクスとは
1章では、ヒューリスティクスの全体像を提示します。ヒューリスティクスの心理学的実験に関心のある方は、2章から読んでみてください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1:ヒューリスティクスの意味
冒頭の確認となりますが、ヒューリスティクスとは、
必ずしも正解が得られるわけではないが、正解に近い解が得られる方法のこと
です。
このヒューリスティクスという用語は、計算機科学などのプログラムなどの用語としても利用されますが、この記事では特に心理学の分野におけるヒューリスティクスについて概説していきます。
ちなみに、ヒューリスティク「ス」とは、heuristicsの日本語訳ですが、ヒューリスティクスという場合には、さまざまなヒューリスティックの集合を指しています。単体のヒューリスティクスを指すときにはヒューリスティック(heuristic)という単数形で使用します。
基本的に、この言葉はアルゴリズムと対比的に使用されます。
- アルゴリズムとは、問題解決のための一連の規則的な手続きのこと
- 解決までに至る方法をしらみつぶしに試したり、計算によって解を求めたりするような方法
たとえば、ニューヨークの人口がアメリカの都市の中で何位かを推定するような場面を考えてみましょう。
アルゴリズム的にこの問題を解くのであれば、アメリカの都市の人口をすべて調べて、それを大きい者から順番に並び替えることで、ニューヨークが1位であることを正確に求めることが出来ます。このような、確実に正解にたどり着けるのがアルゴリズムです。
それに対して、ニューヨークはアメリカの首都なのでかなり上位に来るだろうから1位ではないか、というように順位を推定するのがヒューリスティクスです。
- このような方法は、必ずしも正解を得られるわけではありませんが、首都の人口は軒並み高い傾向があることを知っていればまったくとんちんかんな方略とは言えない
- それどころか、アルゴリズムに比べて、非常に早くしかも労力をかけずに正解に近い解を得られる
一方で、ヒューリスティクスは必ずしも正解を得られるわけではないため、時として判断の誤りにつながります。
たとえば、北京は中国の都市の中で人口は何位でしょうという質問に答えるとします。先ほどと同じようにヒューリスティクスを使用する場合、北京は中国の首都なので1位と予測するでしょう。しかし、実際には中国の都市における人口1位は上海であり、北京は2位です。このように、ヒューリスティクスの使用には常に間違えるリスクが生じます。
ではなぜ、このようなヒューリスティクスを私たちは使用するのでしょうか?ここでキーワードになるのは認知資源です。私たちは頭の中でさまざまなことを考えることが出来ますが、一度に同時に色々なことをやるのはあまり得意ではありません。
たとえば、数学の問題を解きながら作文を行うことはなかなかできないでしょう。私たちは、一度に考えたり、覚えたり、処理したりすることが出来る量に制限があります。このような考えるために必要なリソースのことを認知に使うことのできる資源ということで認知資源といいます。
認知資源には限りがあるため、すべての物事をアルゴリズム的に考えていたら、処理が追いつきません。一方、ヒューリスティクスは、考えるための労力もかからず、しかも素早く判断を下せるという点で非常に倹約的です。つまり、ヒューリスティクスは、認知資源が限られている人間にとって非常に有効な方略なのです。
1-2:ヒューリスティクスの例
どのような状況で我々は、ヒューリスティクスを使用するのでしょうか?実はその場面というのは決して、限定的なものではありません。私たちは、日常的にさまざまな場面でこのようなショートカット方略を使用して、判断や問題解決を行っています。
1-2-1: 代表性ヒューリスティック
1つ目の例として、代表性ヒューリスティックというヒューリスティックが使われるような場面を紹介します。
代表性ヒューリスティクスとは、ある事例の起こりやすさを、自身の持つ典型的な知識に類似している程度に基づいて判断するというヒューリスティックです。
たとえば、コイン投げをしたときに、『表表表表表』と『表表裏表裏』ではどちらのほうが起こりやすいか判断するような状況を想定してください。
- 私たちにとって典型的なコイン投げの結果は、表と裏がある一定の割合で混在しているような状況である
- そのため、代表性ヒューリスティック基づくと、典型的な状況と一致するため、『表表裏表裏』のほうが起こりやすいと判断される
これが代表性ヒューリスティックです。つまり、この代表性ヒューリスティックは、ある物事がどの程度起こりやすいですかという質問を、その現象がどの程度自分の持っているイメージと似ているかという質問に置き換えることで判断を用意にする方法というわけです。
ちなみに、アルゴリズムに基づいて、この問題を考えると、コインの表と裏がこの順序で出る確率は、どちらも(1/2)5なのでどちらの起こりやすさも同じになります。つまり、この例では代表性ヒューリスティックによって判断を誤っていることになります。
1-2-2: 利用可能性ヒューリスティック
2つ目の例として、利用可能性ヒューリスティックというヒューリスティックを紹介します。
利用可能性ヒューリスティックとは、ある出来事の起こりやすさやカテゴリーの大きさを判断するときに、「その出来事が頭に思い浮かびやすいかどうか」に基づいて判断するというヒューリスティックです。
たとえば、アメリカ、タイ、シンガポールのどの国がよくニュースに取り上げられていたかを考えるような場面で、このヒューリスティックは有効です。
- おそらく多くの皆さんがアメリカと答えることが出来たのではず。それは基本的に記憶の思い出しやすさは目に触れた頻度と相関するためである
- そのため、3つの国の中では最も報道されているアメリカが最も思い出しやすくなる
その結果として、この利用可能性ヒューリスティックは正しくニュースに取り上げられた頻度を推定できるわけです。
つまり、この利用可能性ヒューリスティックは、ある出来事の起こりやすさやカテゴリーの広さはどのくらいですかという質問を、その出来事はどの程度思いつきやすいですかという質問に置き換えることで判断を用意にしているといえます。
※利用可能性ヒューリスティックに関してより詳しくはこちらの記事
1-3:ヒューリスティクスのメリット・デメリット
1-2で紹介した、ヒューリスティクスはたくさんあるヒューリスティクスの中の1つでしかありません。しかし、2つの方略を比べてみてわかるように、いくつかの共通した特徴や、性質がみられるのが分かると思います。この節では、そのような共通したメリット・デメリットを整理したいと思います。
まず、ヒューリスティクスのメリットは、以下のようになります。
メリット
- 速さと必要な認知資源の少なさ
- 多くのヒューリスティクスはほとんど労力をかけることなく行える
先ほどの例でも少し触れたが、ヒューリスティクスは答えるべき質問をより簡単な質問に置き換えることでこれを実現しています。たとえば、利用可能性ヒューリスティックでは、物事の頻度がどれくらいかという質問を、単純にその物事が思い出しやすいかといったものに変えていました。
また、ヒューリスティックのメリットは、速さや倹約性だけではありません。その予測精度の高さにあります。ギーゲレンツァー(2007)は、人間が熟考して物事を考えるよりも、ヒューリスティックに従って直観的に判断を行ったほうが多くの場面で、より良い意思決定を下せると説明しています2Gigerenzer, G. (2007). Gut Feelings: The Intelligence of the Unconscious.(ギーゲレアンツァー, G. 小松淳子(訳)(2010).なぜ直感のほうが上手くいくのか?─「無意識の知性」が決めている─ インターシフト)。
対して、ヒューリスティクスのデメリットは特定の限られた状況において、誤った判断であるバイアス判断につながってしまうという点です。カーネマン(2012)では、ヒューリスティクスが、多くのバイアス判断原因となることを多くの心理学の実験とともに示されています3Kahneman, D. (2011). Thinking, fast and slow. New York: Farrar, Strauss, Giroux. (カーネマン,D.友野典男(解説)・村井章子(訳) (2012).ファスト&スロー(上・下):あなたの意志はどのように決まるか? 早川書房)。
- ヒューリスティクスとは、必ずしも正解が得られるわけではないが、正解に近い解が得られる方法のことである
- ヒューリスティクスは、認知資源が限られている人間にとって非常に有効な方略である
2章:ヒューリスティクスに関する心理学的な実験
ヒューリスティクスは心理学において、バイアス判断との関係の中で検討されてきました。そこでここでは1-2の例の中で紹介した利用可能性ヒューリスティックと代表性ヒューリスティックの2つのヒューリスティックに関連する実験を紹介したいと思います。
2-1:代表性ヒューリスティックに関連する実験~リンダ問題~
説明をする前にまずは一度、この問題について考えてみてください。
リンダは31歳の独身で、はっきりものの言える非常に賢い女性である。彼女は大学時代に哲学を専攻していた。当時、彼女は差別や社会的公正の問題に関心があり、反核デモにも参加していた。
現在のリンダの状況について、下のa、bのうち確率が大きいのはどちらでしょうか。
a. リンダは現在銀行の窓口係をしている。
b. リンダは現在銀行の窓口係をしていて,フェミニズムの活動に積極的である。
さて、どちらの選択肢を選びましたか。実はこの問題はaが正しい答えです。この問題では、bの選択肢はaの選択肢の部分集合となっています。
部分集合となっているというのは、銀行の窓口係をしている人の中に、銀行の窓口係をしていて、フェミニズムの活動に積極的な人がいるという包含関係になっているということです。
規範的に、包含するものよりも包含されるものの方が確率が高くなることは決してありません。たとえば、トランプのカードを考えてみてください。
- 1箱の中にある、スペードの2のカードの枚数は、スペードのカードの枚数よりも大きくならない
- これと同じ関係が、銀行の窓口係とフェミニズムの活動に積極的だという2つの要素の間にある
- つまり、bの確率がaの確率よりも大きくなることは規範的に決してないない
この課題は、トベルスキーとカーネマンという心理学者によって考案されたもので、リンダ問題と呼ばれています4Tversky, A., & Kahneman, D. (1983). Extensional versus intuitive reasoning: The conjunction fallacy in probability judgment. Psychological Review, 90, 293-315.。トベルスキーとカーネマンは、これに類似した実験を行い、代表性ヒューリスティックに基づく判断を我々が行っているのかを検証しました。
その結果、8割近くの人がaの選択肢よりもbの選択肢のほうが確率が高いという判断をしてしまうことが示されました。つまり、約8割の実験参加者がこのような状況に追い込まれると代表性ヒューリスティックをしようして判断していたということです。
2-2:利用可能性ヒューリスティックに関連する実験~家事の貢献度について~
ここでは、利用可能性ヒューリスティックによる判断を下してしまうことを非常にユニークな状況を用いて示した研究を紹介します。ロスとシコリー(1979)は夫婦に対して、次のような実験をおこないました。
実験概要
- 家事への貢献度を、夫婦の合計が100%になるように、数字で記述することを求めた
- この時、夫婦の間で話し合いはせず、各自で判断した
- 実験の結果、実験に参加した37組のカップルの内、27組カップルが、夫婦の合計が100%を超えていた
もし、それぞれが正しく貢献度を評価できていれば、100%になるはずなので、多くの人が自分の貢献度を過大評価したことになります。この結果は、利用可能性ヒューリスティックによって解釈できます。
多くの場合、自分の行ったことのほうが他人が行ったことよりも記憶の想起が容易になることが知られています。つまり、家事の貢献度の判断をする際に、自分のしたことのほうが思い出しやすいため、利用可能性ヒューリスティックによってその度合いが高く見積もられたといえます。
実際に、この評定の際に具体的にどのような貢献があったかを具体的に箇条書きにしたときに、相手の貢献よりも自分自身の貢献のほうが多く記述しているという結果も示されました。この結果は、この貢献度の過大評価が、自身の貢献の思い出しやすさ、すなわち利用可能性の高さによるものだということを裏付けています。
- 代表性ヒューリスティックの実験では、約8割の実験参加者がこのような状況に追い込まれると代表性ヒューリスティックをしようして判断していた
- 貢献度の過大評価が、自身の貢献の思い出しやすさ、すなわち利用可能性の高さによるものとする実験がある
3章:ヒューリスティクスについて詳しく学べる本
ヒューリスティックスを理解することはできましたか?最後に、あなたの学びを深めるためのおすすめ書物を紹介します。
G・ギーゲレアンツァー『なぜ直感のほうが上手くいくのか?─「無意識の知性」が決めている─』(インターシフト)
ヒューリスティクスは、バイアスと結びつくという点で、デメリットばかりに目が向きがちですが、私たちが複雑な世界で生きるうえで必要不可欠です。この本では、ヒューリスティクスが、うまく働くような場面やうまく働く理由について説明されています。
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D・カーネマン『ファスト&スロー(上・下):あなたの意志はどのように決まるか?』(早川書房)
直観的な思考と分析的な思考の2つの思考という考えのもと、ヒューリスティクスやそれによって生じるバイアスがどのように起こるのかをさまざまな心理学的知見とともに概説しています。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- ヒューリスティクスとは、必ずしも正解が得られるわけではないが、正解に近い解が得られる方法のことである
- ヒューリスティクスは、認知資源が限られている人間にとって非常に有効な方略である
このサイトは人文社会科学系学問をより多くの人が学び、楽しみ、支えるようになることを目指して運営している学術メディアです。
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参考文献
- Gigerenzer, G. (2007). Gut Feelings: The Intelligence of the Unconscious.(ギーゲレアンツァー, G. 小松淳子(訳)(2010).なぜ直感のほうが上手くいくのか?─「無意識の知性」が決めている─ インターシフト)
- Kahneman, D. (2011). Thinking, fast and slow. New York: Farrar, Strauss, Giroux.
- (カーネマン,D.友野典男(解説)・村井章子(訳) (2012).ファスト&スロー(上・下):あなたの意志はどのように決まるか? 早川書房)
- Ross, M., & Sicoly, F. (1979). Egocentric biases in availability and attribution. Journal of Personality and Social Psychology, 37(3), 322–336. https://doi.org/10.1037/0022-3514.37.3.322
- Tversky, A., & Kahneman, D. (1983). Extensional versus intuitive reasoning: The conjunction fallacy in probability judgment. Psychological Review, 90, 293-315.