政治思想・政治哲学

【熟議民主主義とは】事例から批判までわかりやすく解説

熟議民主主義とは

熟議民主主義(Deliberative democracy)とは、「人々が対話や相互作用の中で見解、判断、選好を変化させていくことを重視する民主主義の考え方」1田村哲樹(2008)『熟議の理由——民主主義の政治理論』勁草書房 ii頁です。

社会の分断が進む今日、対話を通した議論の熟成は特に重要になっているかもしれません。

この記事は、

  • 熟議民主主義の起源
  • 熟議民主主義の特徴
  • 熟議民主主義への批判

をそれぞれ解説していきます。

好きな箇所から読み進めてください。

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1章:熟議民主主義とは

1章では熟議民主主義の成り立ちや特徴を解説します。

このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注2ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。

1-1:集計民主主義に対する批判からみる成り立ち

冒頭の確認となりますが、熟議民主主義とは、

「人々が対話や相互作用の中で見解、判断、選好を変化させていくことを重視する民主主義の考え方」3田村哲樹(2008)『熟議の理由——民主主義の政治理論』勁草書房 ii頁

です。

熟議民主主義は、それまで主流だった民主主義の考え方である集計型民主主義に対する理論として注目されるようになりました。集計型民主主義の代表的な著作として、経済学者であるヨゼフ・シュンペーターの『資本主義・社会主義・民主主義』が挙げられます。

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具体的には、集計型民主主義の特徴として、以下の3つが挙げられます。

  1. 政治的意思決定の際、各人の「利益」が入力される
  2. 各人の利益は、所与のものである
  3. 利益が集計された結果、多数派になった意見に正当性が付与される

この民主主義の理解は、選挙を中心とする現代の民主主義をよく表しているようにも思われます。グループでなにかを決めるときに誰かが「民主主義で決めよう」と言った場合、それが多数決を意味していると捉える人が多いのではないでしょうか。

それでは、熟議民主主義は集計民主主義のなにを問題だと捉えているのか、齋藤(2012)を参考にしながら、以下の3点を順番に見ていきましょう4齋藤純一(2012)「デモクラシーにおける理性と感情」『アクセスデモクラシー論』齋藤純一、田村哲樹(編)日本経済評論社

1-1-1:第1の批判

第1に、市民の合理性の問題があります。集計型民主主義は、有権者に知識がないことを前提としています。これを表しているのが、「合理的無知」です。

合理的無知

政治的な問題について学んだり、考えたりするコストを他のことに当てた方がより大きな利得を得ることができるため、無知でいることは合理的であるという考え方を指す

このように、集計型民主主義は市民の無知や、それ故に非合理的な判断をすることを問題だと考えず、むしろ正当化する傾向を持っています。

1-1-2:第2の批判

第2に、「何が合理的な自己利益であるかあらかじめ各人に知られているという想定」5齋藤純一(2012)「デモクラシーにおける理性と感情」『アクセスデモクラシー論』齋藤純一、田村哲樹(編)日本経済評論社 181頁にも批判を向けます。

集計型民主主義においては、各人の利益があらかじめランク付けされていることが前提とされています。熟議民主主義は、この想定を問題だと考えます。なぜならば、政治的な問題においては、複雑に利益関係が入り混じっています。

したがって、「バナナよりもイチゴが好き」といったように、単純にランク付けをすることはできないのではないでしょう。熟議民主主義は、集計民主主義の「各人の利益が所与のものである」という想定を非現実的であるとして批判します。

1-1-3:第3の批判

第3に、多元的競争の問題があります。集計型民主主義においては、「利益をめぐる競争は十分に多元的である」6齋藤純一(2012)「デモクラシーにおける理性と感情」『アクセスデモクラシー論』齋藤純一、田村哲樹(編)日本経済評論社 181頁という想定がなされています。

しかし、現実の政治においては、フェアな競争が行われていないことがほとんどでしょう。たとえば、一般市民と、大企業が平等な力を持っていると考えることはできるでしょうか?

このように、資本主義社会においては、経済的な力を持つアクターが容易に政治的な力を手に入れてしまうという問題があります。集計型民主主義はこの点を見過ごしてしまっていると、熟議民主主義は批判を行うのです。

ここまで、熟議民主主義が集計型民主主義に向けておこなってきた批判を確認してきました。それでは、熟議民主主義とは実際にどのような考え方なのか、次節で詳しく見ていきましょう。



1-2:熟議民主主義の特徴

それでは、熟議民主主義とはどのような考え方なのでしょうか?結論からいえば、熟議民主主義の特徴としては、以下の3つが挙げられます。

  1. 政治的意思決定の際、各人の「理由」が入力される
  2. 各人の意見は、熟議を通じて形成される
  3. 熟議によって理由を検討した結果、意見形成が行われ、出来上がった意見に正当性が付与される

齋藤(2012)が指摘するように、集計型民主主義と熟議民主主義の違いは「前者においては諸個人の意思に求められるが、後者においては、諸個人の間で交わされる公共の議論(を通じて形成される意思)に求められる」7齋藤、前掲書、183頁という点にあります。

それでは、集計型民主主義と比べて、熟議民主主義が優れていると考えられる点は何なのかを確認していきましょう。

1-2-1:第1の点

第1に、集計型民主主義とは異なり、諸個人の選好が所与とみなされない点です。熟議民主主義は、相互の主張や理由を検討することを重視します。斉藤はこの点を以下のように指摘しています8齋藤、前掲書、183頁

相互の主張とその理由を検討する過程で、他者の提供する情報によって謝った事実認識が正されるだけでなく、他者の示すことなった観点から、自明なものと思い込まれていた自らの解釈枠組みにも反省が加えられ」る

その結果、諸個人の選好が変化していく可能性を秘めているのです。この効果を一般的に「選好の変容」と呼びます。このように、熟議民主主義においては、諸個人の選考は所与のものではなく、熟議を通じて変化するものであると捉えることができるのです。

1-2-2:第2の点

第2に、熟議が参加者の立場を不偏的なものに変えていくことができるという点です。「熟議においては、(意思決定の影響を被る)他者の立場にたった場合にも自らの示す主張と理由がなおも受容可能であるかいなかを検討することが要請され」9齋藤、前掲書、184頁ます。

熟議の過程を経ることで、参加者は他者の視点を獲得するようになるのです。その結果、より公共的なものの考え方ができるようになると言えます。

1-2-3:第3の点

第3に、「少数者が多数者に異論を提起し、多数者がこれまで依拠してきた理由を再検討する機会をひらく」10齋藤、前掲書、184頁という点が挙げられます。

集計型民主主義が想定する多数決の場合、少数派の意見は明るみに出ることがほとんどありません。

しかし熟議民主主義においては、主張や理由を平等に検討される機会を得ることができます。したがって、集計型民主主義においては無視されてしまうような少数者の異論を提起し、多数者に対してその応答を求めることができるのです。

以上で、熟議民主主義の考え方やそのメリットを確認してきました。次節では、熟議民主主義がどのように実践されているのかを確認していきましょう。



1-3:熟議民主主義の事例

では、現実の世界において熟議民主主義がどのように実践されているのでしょうか?ここでは「陪審制度」「ミニ・パブリックス」「熟議の日」からみていきます。

1-3-1:陪審制度

熟議の実践として、古くから行われてきたのが陪審制度です。陪審制度とは、

市民の中から無作為に選ばれた陪審員によって構成される合議体が、熟議によって事実認定を行う司法制度

です。

「十二人の怒れる男」という映画をご存知でしょうか?この映画は父親殺しの罪に問われた少年の裁判で、陪審員たちが結論に達するまでの熟議の顛末を描かれています。

この映画では、ほぼ全員の陪審員が有罪だと考えている中で、1人の男が熱心に疑問を投げかけ議論を行います。彼の提示する理由を検討していく過程で、陪審員たちの意見が徐々に変わっていきます。

このように、少数派の意見が多数派の意見を変えていくというストーリーは、ここまで見てきた熟議の効果をよく表していると言えるでしょう。

1-3-2:ミニ・パブリックス

熟議民主主義の理論が実践に移された例としては、ミニ・パブリックスが挙げられます。これは、政策提言などに使われます。

ミニ・パブリックスは、

無作為に選ばれた参加者が、基礎知識のレクチャーを受けたのち、熟議を行うというもの

です。

有名な例として、アメリカの政治学者であるジェイムズ・フィシュキンによって行われた「討論型世論調査」が挙げられるでしょう。

これは、熟議をする前と後に世論調査を行い、意見が変化した割合を見るというものです。この調査において、フィシュキンは熟議によって選好や意見が変化する、と結論づけています11ジェイムズ・フィシュキン(2011)『人々の声が響き合うとき——熟議空間と民主主義』早川書房

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1-3-3:熟議の日

フィシュキンとアッカマンは、討論型世論調査だけでなく「熟議の日」という提案を行なっています。これは、重要な選挙(大統領選、国会議員選)の前に休日を設け、全市民が熟議に参加する機会を提供するというものです。

非常に大規模な提案であり、提案の中には150ドルの「参加手当」[9]を支給する、といったことまで含まれています。

1章のまとめ
  • 熟議民主主義とは、「人々が対話や相互作用の中で見解、判断、選好を変化させていくことを重視する民主主義の考え方」12田村哲樹(2008)『熟議の理由——民主主義の政治理論』勁草書房 ii頁である
  • 熟議民主主義は「陪審制度」「ミニ・パブリックス」「熟議の日」という形で実践されている
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2章:熟議民主主義の学術的議論

さて、2章では熟議民主主義の理論的源泉であるハーバーマスの議論を確認したのち、熟議民主主義に対する批判をみていきます。

2-1:ハーバーマスの熟議と公共圏

熟議民主主義の理論的源泉となった理論家は多数いますが、ここでは代表的なユルゲン・ハーバーマスについて見ていきます。彼は著書『事実性と妥当性』において、熟議民主主義の源泉となる理論を展開しました。

彼はまず、『公共性の構造転換』において、現代の公共圏が変化していることを指摘しました。

彼によると、近代以前における公共圏は、次のようなものでした。

近代以前における公共圏

  • 近代以前における公共圏は、「顕示的公共性」と呼ばれるものであった
  • これは「王や貴族等が、その領民である人々の前に姿をあらわすことでそこが『公の場』となり、そこに成立する公共性」13谷澤正嗣(2006)「公共性」『現代政治理論』川崎修・杉田敦(編) 有斐閣 221頁のことである
  • この公共性は市民のものではなく、王や貴族のものであるということになる

これに対し、近代以降は「市民的公共性」が出現します。これは、「封建的な身分制度の弱体化に伴って出現した、平等な『私的個人』の間に成立する関係」14谷澤正嗣(2006)「公共性」『現代政治理論』川崎修・杉田敦(編) 有斐閣 221頁を指します。

ハーバーマスは市民的公共性が選挙だけでなく、非公式な水準においても成立することを指摘しています。すなわち、18世紀イギリスにおける文化です。

「新聞、雑誌というメディアや、コーヒーハウスのような議論の『場』が発展することで、公共の事柄について『読書し議論する公衆』と呼ぶべき人々が増えた」15谷澤正嗣(2006)「公共性」『現代政治理論』川崎修・杉田敦(編) 有斐閣 228頁と指摘します。

彼らは公共圏における議論を通じて、世論という形で意見を形成し、市民の要求を国家へと向けるのです。ここにおいて、熟議民主主義のエッセンスを見いだすことができるでしょう。

そして、ハーバーマスは『事実性と妥当性』において、彼は熟議民主主義を定式化します。

彼はまず、公共圏を、さまざまな情報や観点をコミュニケートするためのネットワークであると彼は述べています。この公共圏は制度や組織に還元されるものではなく、コミュニケーションそのものを指しているのです。

この公共圏における熟議を経て世論が形成されます。ここで形成された世論が政府の政策へ影響を与えるのです。このように、ハーバーマスは公共性を熟議それ自体として提示しました。



2-2:熟議民主主義に向けられた批判

ここまで、熟議民主主義の利点ばかりを挙げてきましたが、熟議民主主義にはまだ問題点が残されています。以下で3点から確認していきます。

2-2-1:第1の批判

第1に、熟議による逆効果が挙げられます。キャス・サンスティーンは、熟議によって「集団極化」がもたらされると主張しています16サンスティーン,C., 『熟議が壊れるとき:民主制と憲法解釈の統治理論』那須耕介訳,勁草書房

これは、一定の意見を持っている人々の間で熟議をすると、その結果グループ内の意見がより極端な方向へと変化してしまうというものです。

集団で意思形成を目指す熟議の理念からすると、この問題は深刻であると考えられます。実際、SNSでの意見が極端化する傾向がみられるのは、この集団極化によるものかもしれません。

2-2-2:第2の批判

第2に、実践面での問題があります。果たして、一般の人々は熟議に参加したいと思っているのでしょうか?我々は、仕事や学業などに追われ、日々忙しい生活を送っています。

このような人々を熟議のシステム(たとえば、討論型世論調査を想像してみましょう)に読んだとして、果たして参加してもらえるものか、疑問が提起されています。

また、「熟議の日」では手当として150ドルが支払われると提案がなされていました。全有権者に150ドルを払うとなると、莫大な費用がかかることになります。果たして、熟議はこのコストに見合うだけの結果をもたらすことができるでしょうか。

2-2-3:第3の批判

第3に、理性的な議論の過剰な重視が指摘されています。熟議のプロセスにおいては、自らの意見を述べるだけでなく、他人に受け入れてもらえるような理由を提示することが求められます。

このようなプロセスにおいては、論理的に話すことができる人の意見が優遇され、話すのが上手くない人(たとえば、すぐ感情的になってしまう人を想像しましょう)の意見は過小評価されてしまうことが想像できます。この点において、熟議民主主義理論は理性的な態度を優遇しすぎているのではないか、という批判がなされています。

以上のように、熟議民主主義も万能の理論ではないことが分かりました。このような批判を受け、熟議民主主義の論者はどのような熟議な望ましいのかについて、日々検討を重ねています。すなわち、熟議民主主義は未だ発展途上にあるのです。

2章のまとめ
  • ハーバーマスは公共圏における熟議を経て世論が形成されることを指摘した
  • 熟議民主主義には、熟議や実践面で問題がある
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3章:熟議民主主義を学べる本

熟議民主主義を理解することはできましたか?最後に、あなたの学びを深めるためのおすすめ書物を紹介します。

おすすめ書籍

篠原一『市民の政治学——討議デモクラシーとは何か』(岩波書店)

日本において熟議民主主義を紹介した最初期の書籍です。篠原一さんは、東京大学法学部で教授を務めていた著名な政治学者です。新書という形もあって手軽に手に取ることができ、最初の一歩に最適です。

田村哲樹『熟議の理由——民主主義の政治理論』(勁草書房)

日本における著名な熟議民主主義の研究者である、田村哲樹さんの著作です。熟議民主主義の理論的側面を中心に、理解を深めるのに適した文献です。

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ユルゲン・ハーバーマス『事実性と妥当性——法と民主的法治国家の討議理論にかんする研究』(未来社)

熟議民主主義の理論的源泉となったハーバーマスの著作です。現代国家が持つべき法的構造について、熟議民主主義をベースに明らかにしていきます。

ジェイムズ・フィシュキン(2011)『人々の声が響き合うとき——熟議空間と民主主義』(早川書房)

熟議民主主義の実践面について学びを深めたい方は、この本が最適です。彼独自の試みである討論型世論調査についての実践を学ぶことができます。

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まとめ

最後にこの記事の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • 熟議民主主義とは、「人々が対話や相互作用の中で見解、判断、選好を変化させていくことを重視する民主主義の考え方」17田村哲樹(2008)『熟議の理由——民主主義の政治理論』勁草書房 ii頁である
  • 熟議民主主義は「陪審制度」「ミニ・パブリックス」「熟議の日」という形で実践されている
  • ハーバーマスは公共圏における熟議を経て世論が形成されることを指摘した

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