東洋哲学・東洋思想

【老荘思想とは】代表的な考え方から道教・仏教との関係までわかりやすく解説

老荘思想とは

老荘思想とは老子と荘子の教えの総称で、今から2500年~2300年ほど前に生まれました。儒家の礼や徳を人為的なとして否定し、不自然で作為的な行いをせず、自然体でいること(無為自然)でこの世が治まるということを説いた思想です。

しかし、一口に「老荘思想」と言っても日本人の私達にとってみると、馴染みがなく理解しにくい思想であると思います。

そこで、この記事では、

  • 老荘思想について
  • 老荘思想とその他の宗教との関係性
  • 老荘思想の考え方

について、詳しく解説をしていきます。

老荘思想と聞いて、よく分からない人や、漠然と道教や仙人をイメージしている方などは、気になるところだけでも構いませんので、ぜひこの記事を読んでみてください。

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1章:老荘思想とは?

最初に述べた通り、老荘思想とは老子と荘子の説いた思想をまとめて表現した言葉です。老子と荘子の思想は似通ってはいますが、全く同じという訳ではありません。

また、老子や荘子の思想が誕生した当時から「老荘思想」として認識されていた訳でもありません。

では、何故老子と荘子は、一緒に扱われるようになったのでしょうか。歴史を辿りながら確認していきましょう。

1-1:老子と荘子について

「老荘思想」とは老子と荘子の思想を合わせた名称で、一つの思想を指す言葉ではありません。そこで、まずは老子と荘子の思想を簡単に説明していきましょう。

老子老子

老子は出生が定かではなく、実在したのか神話の中での存在なのか、定かではありません。しかし、司馬遷が記した歴史書『史記』には楚という国(現在の湖北省~湖南省あたり)の出身で、李耳という名前だったとされています。

老子は「道」を何よりも重視し、五千文字余りの『老子道徳経』、俗に言う『老子』を著しました。

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荘氏荘氏

荘子は老子より後に登場する人物で、老子の思想をさらに発展させ、『荘子』を著しました。老子と荘子を比較した際の特徴としては、老子が主に社会の在り方や国家の事について言及しているのに対し、荘子はより個人の思想にフォーカスしている点が挙げられます。

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後に詳しく解説をしますが、まずは簡単に下記に老子と荘子の思想をまとめます。

■老子と荘子の思想概略

老子

人為を排除した「道」の状態を理想とし、一切をあるがままに捉えることでより良い社会になり、よりよく生きることができる

荘子

全ては相対的なものであり、認識や分別といった人為こそが対立事項を生み出しているので、人為を無くせば全ては同一である



1-2:老子と荘子が誕生した時代

老子や荘子が生きた当時の時代は、中国各地に諸侯が乱立し覇権を争っていました。

国の興亡が激しくなる時代だけあって、各地には多数の浪人が溢れました。その浪人たちの中には、次の仕官先求め、自分の主義主張を展開する思想家が多数存在しており、老子や荘子もその思想家浪人の内の一人だったのです。

これらの思想家を「諸子百家と言います。戦国乱世の様相を呈する社会で、いかに国を運営して勝ち抜くかが求められたため、諸子百家の思想は基本的には治国運営の術として、各国から重宝されます。

■諸子百家一覧

儒家 孔子
孟子
荀子
道家 老子
荘子
法家 商鞅
韓非
李斯
兵家 孫子
呉子
墨家 墨子

老荘思想は、当時各地で苛烈を極める戦乱に対し、嫌気がさした知識人や、隠棲したいと願う貴族階級の人から一定の支持を集めたと考えられています。

1-3:黄老思想の流行と『淮南子』

春秋戦国時代はによって統一され、その秦も前漢によって滅ぼされます。

代わって中国を統一した前漢は国教を儒教に制定して後の中国の基礎を築きます。しかし、前漢で儒教が国教化されたのは七代皇帝武帝の時で、それまでの80年余りは黄老思想が流行していました。

■黄老思想の概要

  • 中国の伝説上の人物である黄帝を始祖、老子を大成者とする思想
  • 国家の秩序維持のために無為に任せる政治を旨としている
  • 秦の時代が法家によって統治されていたため束縛が多かった。その反動として前漢初期に流行した

この黄老思想全盛の時代に、とある書物が著されます。淮南王劉安(わいなん王・りゅうあん)が編纂させた『淮南子』です。『淮南子』とは雑家の思想書に分類されますが、老子・荘子の道家思想を中心に儒家・法家等についても書かれた書物です。

この『淮南子』において、初めて老子と荘子の思想がまとめて扱われるようになります。これまで道家思想と言えば主に老子中心だったのですが、ここから荘子の思想も強く反映されるようになっていきます。

1-4:竹林の七賢と玄学

前漢の時代の初めに流行した黄老思想ですが、七代皇帝武帝以降は儒教が全盛の時代となります。前漢・後漢合わせて約400年の長き時代が終わりを告げると、再び道家の思想が活発になっていきます。

特に三国時代から西晋にかけては『易経』『老子』『荘子』の三書を「三玄書」と呼び、その解釈を議論する思潮が流行した時代でした。

まず、三国時代の魏において、何晏・王弼などが儒教と老荘思想を交えて議論する学風が生まれ、竹林の七賢(阮籍・嵆康・山濤・劉伶・阮咸・向秀・王戎)が老荘思想に基づいた談論(清談)や行動を展開していきます。

老荘思想に生き、無為自然を旨とする何晏・王弼、竹林の七賢でしたが、彼らは同時に官吏でもあったため、時の権力者や政争に翻弄されます。彼らの言動や行動も、一部儒教に妥協した様な所が見受けられ、老荘思想を徹底できない時期でした。

ところが、西晋の時代になると、清談に対する風当りが弱まり、郭象により荘子の注が作られるなど老荘思想隆盛の時代を迎えます。

これまで、老荘というと主に老子中心に扱われてきたものが、この時代になると荘子が着目されるようになりました。郭象は自己の天分に満足する「自得」の思想を説き、今のあるがままに充足をする「自得」こそ荘子の根幹を成すと捉えたのです。

1章のまとめ
  • 老荘思想とは、今から2500年~2300年前に生まれた老子と荘子による教えのことで、老子と荘子は思想家浪人の一人だった
  • 黄老思想の時代に書かれた『淮南子』によって、老荘思想がまとめて扱われるようになった
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2章:老荘思想と道教・仏教の関係

老荘思想の流行と発展は次第に他の宗教にも大きな影響を与えていきます。

後漢時代末から流行した太平道五斗米道といった民間信仰と、中国に古くから根差す神仙説が結合して、道教の骨格を成します。

民間信仰や神仙説ではその起源を老子に求めることが多く、民間信仰と神仙説の結合によって生まれた道教も、老子を開祖とするようになりました。

神仙説と民間信仰

神仙説

不老不死の仙人が実在し、不老不死の存在に近づこうとする考え。修行によって到達する方法と、薬を服用して不老不死になろうとする方法があるとされた。秦の始皇帝も薬を服用して不老不死になろうとしていた。

民間信仰

後漢時代の末(2世紀頃)になると、呪術的な方法で病気治癒をうたった宗教団体が流行する。病気の根源は人の行いにあるとし、薬の服用と祈祷等で治癒するというもの。具体的には後漢末の「太平道」や「五斗米道」などがある。

 

また、六朝時代になると、中国では仏教が流行するようになります。この仏教にも老荘思想は大きな影響を与えます。それは老荘思想を通じて仏教を理解しようとしたからです。仏教と老荘思想には類似する考え方が数多くあります。



■仏教と老荘思想の類似点

仏教経典を漢文に翻訳する際に、老荘思想の概念が当てはめられました。具体的には下記の通りです。

仏教 老荘思想
涅槃 無為
菩提

元々、仏教はインド発祥の異国の宗教であったため、自分の国の思想や捉え方で再解釈しようという動きは自然の流れだったのかもしれません。この様に老荘思想を通じて解釈する仏教は格義仏教と呼ばれ、中国国内での仏教の普及に大きな影響を与えました。

この流れは、後に道安が仏教本来の教えを正確に把握しようと主張し、鳩摩羅什によって大量の訳経がもたらされるまで続きました。

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3章:老荘思想の代表的な思想

老荘思想は無為自然に主張されるように、自然の法則に身を委ねた社会や生き方を理想としていました。ここでは、老荘思想の代表的な考え方について、解説をしていきます。

3-1:無為自然

老荘思想と聞いた時に最初に出てくる考え方と言えば、間違いなく「無為自然」が挙げられます。これは、一言で表現をすると、自然のままであれという考えです。

しかし、現実社会は不自然な状態に陥っていると老子は捉えます。不自然な状態を作り出している原因を人為に求め、この人為をいかに排除するかが最も重要なテーマとなっているのです。

そのため、知識や欲望・技術などを否定し、原始的な小規模な農村を理想的な社会と位置付けています。

3-2:和光同塵

和光同塵とは、周囲に合わせて同調しなさい、という四字熟語として知られていますが、これも無為自然と近いニュアンスをもった考え方です。老子は、道徳もまた人為であると説き、これを相対的なものとして、善も悪も区別せず受容していきます。

この考え方は荘子が一切のものを同一と捉え、生も死も是認していく考えをとる基幹にもなっています。

3-3:「無」「一」「道」

無為自然、和光同塵の考え方をたどると、それはに行きつきます。無は何も生み出さないと一般的には思われがちですが、老子は全てのものが天地という何もない空間から生み出されていることから、無こそが有を生み出す根源であり、無こそが真理(道)だと説きました。

そして、道は人為によって物事を分別した状態ではなく、一切を含む「一」であると説きました。

全てのものは、天と地の間にある空間から生まれている。

天と地の間には「無」という空間がある。

「無」(天地)という空間から全てのものが生まれている。

全てのもの(有)は「無」から生まれている。

「無」の状態は善悪の区別もなく、全てが混在して一つにまとまっている状態

「無」=「一」

3-4:万物斉同

万物斉同とは、道の境地に立ってみると、全てのものが等しく同一であるという捉え方です。

全ての物事は相対的なものであり、立場や見方によってその性質が異なってくるものと考えました。二つの対立する要素が無い訳ですから、物事は全て一つであり「無為」の状態になることが必要であると説きます。

ここまでは老子とさほど変わらないのですが、荘子はさらに踏み込みます。

老子が主張した無についても、有と対極に捉えているため、それすらも「人為」ではないかと考えます。最初に万物を生み出す「無」があり、そこから「有」が生じるのではなく、最初の「無」の更に最初に遡ることができるはずなので、永遠に最初のさらに最初を求めることができると説きました。これを無限として万物を生み出す根源としました。

固定された「無」は「有」を排除する対立要素であるのに対し、「無限」は「有」を包括する存在であり、分別や人為のない状態だと主張しました。

3-5:斉死生

万物の全ての包括する万物斉同の考え方は荘子の根幹を成すもので、それはそのまま運命の全てを受け入れるという思想的展開を見せます。

荘子にとっては、生死すらも分別なく是認する対象と捉えており、有名なエピソードとして妻の死去に際して、荘子がとった行動があります。

「あるとき荘子の妻が死んだ。友人の恵施が弔問に出かけたところ、荘子はあぐらをかいたまま、盆を叩いて歌をうたっていた。あまりのことに恵施もあきれ、これをたしなめたところ、荘子は答えた。『いや、妻が死んだばかりの時は、わしだって胸のつぶれる思いがしたよ。だが、よく考えてみると、人間は形のない世界から生まれて、やがてまた形のない世界に帰ってゆくのだ。それは春夏秋冬の四季が循環するのとまったく同じではないか。それに天地という広大な部屋の中でよい気持ちで眠りにつこうとしている人間を、泣きわめいて起こすのは、心ないわざに思われる。だから、わしは泣くのをやめたのだよ。」

『中国思想史(上)』(レグルス文庫/1978年)p160より

一見すると、死を賛美している様にも思われますが、郭象は「生においては生を安んじ、死においては死を安んじる」もであると説きました。

3章のまとめ
  • 「無為自然」とは、自然のままであれという教え
  • 「和光同塵」とは、「周囲に合わせて同調しなさい」という教えと言われるが、無為自然と近い教え
  • 「無」とは無為自然をたどると行き着く有を生み出す根源で、真理(道)のこと
  • 道は人為によって物事を分別した状態ではなく、一切を含む「一」
  • 「万物斉同」とは、道の境地に立ってみると、全てのものが等しく同一であるということ
  • 「斉死生」とは、運命のすべてを受け入れるということ

4章:老荘思想が学べるオススメ本

今回は老荘思想について、その概要と歴史的な背景、更にはその思想の内容について、簡単に説明をしていきました。

一口に老荘思想と言っても、その解釈は多岐に渡りますし、漢文で記されている『老子』や『荘子』を日本語で正確に把握するというのは至難の業です。

そこで、老荘思想を学ぶにあたって、初学者でも分かりやすく学べるおススメの書籍を紹介して終わりにしたいと思います。

興味のある方はぜひ一度読んでみてください。

オススメ書籍

オススメ度★★★『中国思想史』上・下(レグルス文庫/1978年)

思想史の大家である森樹三郎氏により、各時代の思想史、そして思想の内容が解説されています。平易で読みやすい文章になっているので、初めて中国思想を勉強する方にはもってこいです。各思想がどう関係し、どんな影響を与えたのかも触れています。

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オススメ度★★★『老子・荘子』 (講談社学術文庫/1994年)

こちらも森樹三郎氏の著書になります。原文の翻訳も載っており、一般書でありながらも学術的な話も盛り込まれており、バランスのとれた入門書です。上記『中国思想史』を読んだ後に、老荘思想についてもう少し知りたいと思ったのであれば、次にこちらを購入することをお勧めします。

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オススメ度★★『淮南子の思想 老荘的世界』(講談社学術文庫/1992年)

「老荘」という概念を生み出した『淮南子』についての解説書です。『淮南子』の歴史的背景と成立の過程が解説されており、老荘思想をより深く理解したい方にお勧めです。

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最後に、書物を電子版で読むこともオススメします。

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【参考文献】

森樹三郎『中国思想史』上・下(レグルス文庫/1978年)

貝塚茂樹・伊藤道治『古代中国』(講談社学術文庫/2000年)

西嶋定生『秦漢帝国』(講談社学術文庫/1997年)

川勝義雄『魏晋南北朝』(講談社学術文庫/2003年)