自然人類学(biological anthropology)とは、「生物としてのヒト」を総合的に研究する学問で,ヒトとは何かを科学的に偏りなく理解し,実証的で妥当性のある人間観を確立することを目標としています1「人類学とは」『日本人類学会ホームページ』より引用。
人類学は4つの分野から構成され、自然人類学はその一つの分野となっています(詳細な分野の説明は後述)。
日本の人類学部では4つの分野をまとめて学ぶことはありませんが、アメリカの人類学部では4つの分野を総合的に学びます。ですので、人類学に対する関心をより深めるためには、総合的に学ぶ必要があります。
そこで、この記事では、
- 自然人類学の研究概要
- 自然人類学と関連分野との関係
などをそれぞれの解説します。
あなたの興味関心に沿って、好きなところから読み進めてください。
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1章:自然人類学とはなにか?
1章では、自然人類学を概説します。自然人類学と関連分野の関係に関心のある方は、2章から読んでみてください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注2ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1: 自然人類学の研究概要
冒頭の確認となりますが、自然人類学という学問とは、
「生物としてのヒト」を総合的に研究する学問で,ヒトとは何かを科学的に偏りなく理解し,実証的で妥当性のある人間観を確立することを目標とする学問
です。
自然人類学は英語の「biological anthropology」の訳語です。しばしば、「形質人類学(physical anthropology)」や「 生物人類学 (bioanthropology)」といわれたりします。それぞれの分野を区別する論者もいますが、研究領域は極めて近いです。
冒頭でいったように、人類学は4つの分野から構成されており、1つの研究分野が自然人類学です。
自然人類学では、以下のような様々な問題を、主に生物学の方法で解明しています。
- 生物界の中での人間の特殊性
- 人類の起源と進化
- 先史人の生活と環境
- 現代人の多様性(民族差)
- 民族グループの成立過程
- 人間の生態系
1-2: 自然人類学の対象
自然人類学が対象とする資料は、主に人骨です。
具体的には、自然人類学は、人類進化の歴史を解明することを目的に、古くは700万年以上の化石人類やヒト科の祖先の化石から近現代までの人骨を研究対象とします。
それに加え、霊長類の研究から、人類の進化史について研究もされますし、また、骨だけでなく、時には生体も扱う場合があります。
これらの研究をとおして、ヒトに関する生物学的な様々な視点から、人類史の復元を目指す学問とされます。
1-3: 自然人類学の方法論
自然人類学の方法論は、主に「計測」「観察」「化学分析」です。それぞれの方法論を詳しくみていきましょう。
1-3-1: 自然人類学の方法論:計測
計測とは、
- 頭蓋骨や四肢骨などの骨を計り、その骨の特徴を明らかにする
- そして、個体間や集団間の比較から、比較する個体や集団の特徴を明らかにするもの
です。
たとえば、頭蓋骨や歯牙は主に遺伝的な影響を強く受けると考えられており、四肢骨や下顎骨は後天的な生活環境の影響も強く受けることが知られています。
そのため、頭蓋骨の計測値の比較から集団間の類似性について明らかにできたり、四肢骨の計測値の比較から集団による生業や生活環境について明らかにすることができたりします。
特に、計測方法については自然人類学のルドルフ・マーティンが設定した計測の方法に則って世界中で研究されています。同じ方法で計測すれば世界中の集団との計測値の比較が可能です。
現在の自然人類学では、
- 世界中の様々な集団の計測値を公表している研究者もおり、そのビッグデータを用いて研究が進んでいる
- それに加え、3次元スキャナーなどを用いた計測も行われており、これまでの計測方法では表現が難しかった形態や角度などの計測が可能になっている
- また、現代に生きる人の生体の計測も行われいる
といった特徴があります。
ルドルフ・マーティンの研究は『Lehrbuch der Anthropologie, 3. Aufl. G. Fischer, Stuttgart』(1957)をあたってください。日本語訳は馬場悠男による『人体計測法 Ⅱ人骨計測法 人類学講座別巻1』(雄山閣出版)があります。
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1-3-2: 自然人類学の方法論:観察
観察では、
実際に骨の観察から、骨の性別や年齢といった基本情報に加え、骨に残る病変や非計測的形質(または形態小変異)の観察
が行われます。
実際に、どのような特徴から「性別」「年齢」「病変」「非計測的形質」を観察するのかをみていきましょう。
性別について
性別については、性差がより顕著にあらわれる頭蓋骨や寛骨(骨盤)の形態から判定することができる
年齢について
- 年齢については、未成年の個体については歯の萌出状況や四肢骨の骨端の癒合状況のような成長の度合いから推定できる
- 成年以上の個体については特に骨盤の関節面(恥骨結合面、耳状面)などの老年性の変化から推定することができる
病変について
- 骨に残る病変については、栄養不良などの様々な要因によって起こるいわゆるストレスマーカーと呼ばれるものから、現代人でも馴染みのある虫歯や歯周病などの口腔疾患、結核や梅毒、ハンセン氏病などの特異的疾患などを挙げる
- それらの病変の出現頻度や有無から、その集団の生活歴や生活環境について考察することができる
非計測的形質について
- 非計測的形質というのは、その名の通り計測値では表現できないような骨にあらわれる形質のこと
- 集団によって出現頻度が異なることから、集団の類似度を推定するのに用いられる
1-3-3: 自然人類学の方法論:化学分析
化学分析とは、
- 実際に骨の化学分析から、その個体の生前食べていたものや育った場所などを推定する
- また、骨のDNA分析から、個体間の血縁関係や集団間の近縁関係についても明らかにする
という作業です。
DNAについても母系遺伝するミトコンドリアDNAや父系遺伝するY染色体、母方と父方両方から伝わる核DNAがあります。
これまでの研究では母方の系譜をたどる、分析が行いやすいミトコンドリアDNAの研究が多くなされてきました。しかし現在では技術の進歩に伴い、ミトコンドリアDNAの数万倍の情報量を持つ核DNAの分析も行われ、より詳細な研究が進んでいます。
人骨の研究からわかることについては、人類学者の片山一道がわかりやすい一覧表を提示しています。その表を確認しましょう。
(片山 1990; 2018『古人骨は語る:骨考古学ことはじめ』より一部改変)
どうでしょう?自然人類学の研究概要について理解を深めることはできましたか?
ここでいったんこれまでの内容をまとめます。
- 自然人類学とは、「生物としてのヒト」を総合的に研究する学問で,ヒトとは何かを科学的に偏りなく理解し,実証的で妥当性のある人間観を確立することを目標とする
- 自然人類学の主な対象は人骨で、ヒトに関する生物学的様々な視点から人類史の復元を目的
- 自然人類学の方法論は、主に「計測」「観察」「化学分析」
2章:自然人類学と関連分野との関係
1章でみてきたように、自然人類学は生物学的方法を用いて人類史を明らかにする人類学の分野です。
人類学について関連する学問分野としては、文化人類学、考古学、言語学が挙げられます。
実際にアメリカの大学の人類学部では、4フィールドアプローチといって「自然人類学(生物人類学)」「文化人類学」「考古学」「言語学」が教えられ、4分野について学んだ上でそれぞれの専門の研究を行っていくというスタイルをとっています。
ここからは、自然人類学とこれらの関連分野の関係を解説します。
2-1: 自然人類学と文化人類学との関係
関連する学問である文化人類学は、
生物学的側面から人類を捉える自然人類学とは異なり、人類の文化的、社会的側面について研究を行う学問
です。(→より詳しくはこちら)
研究方法としては、研究対象となる集団の構成員となって、一緒に生活する「参与観察」や「フィールド調査」を行います。
フィールド調査と参与観察を簡単に説明すると、以下のようになります。
- フィールド調査とは、実際に現地を訪れて、特定の目的に沿った調査をすること(ex: 現地の人びとにインタビューをして、地域コミュニティの安全性に関して調べる)
- 参与観察とは、現場に参与しながら、同時に観察をすること(ex: 儀礼に参加しながら、その儀礼を観察する)
→フィールドワークについて詳しくは、こちらの記事を参照ください。
文化人類学と自然人類学の日本での関係性をいえば、自然人類学の主な学会である日本人類学会が1936年から日本民族学会(現:日本文化人類学会)とともに合同で大会が行われていました。しかし、1996年の50回大会を境に専門領域の多様化によって、合同大会はなくなっています。
2-2: 自然人類学と考古学と関係
自然人類学と関連性が高いのは考古学です。考古学とは、
遺跡などから出土したモノを用いて、過去の歴史を復元する学問
です。
実際に過去の人々の骨が出土するのは遺跡の考古学的発掘によるものであるという理由から、自然人類学と非常に関係が近いです。
考古学の研究対象は、以下のように分類できます。
- 「遺構(遺跡そのもの、持ち運びできないもの)」と「遺物」に分けられる
- 遺物の中でも「人工遺物(土器や石器など)」と「自然遺物(人骨、動物骨、植物遺存体など)」に分けられる
お分かりのように、自然人類学と考古学が接近するのは自然遺物に関してです。実際に、自然人類学の細別分野には「生物考古学」という分野があり、考古学との距離が非常に近いものとなっています。
2-2-1: 生物考古学と考古学
生物考古学とは、
人骨や人類集団の様々な変化がその文化への適応によって起こっていると考え、人骨の生物学的な分析と社会の文化的な側面などとの相互作用について検証する学問
です。
たとえば、人骨の分析結果の集団間の比較から当時の生活環境について復元し、その生活環境を生み出した社会構造(階級、政治組織)や文化などについて言及するといった研究がなされています。
研究史上、この生物考古学の考え方は実際にプロセス考古学(60年代以降アメリカの考古学者であるビンフォードらによって提唱された、様々な分野を取り入れて学際的に遺物や遺構の検証を行う新しい考古学の方法論)の影響を受けて発達した学問といえます。
学際的な研究がされることからわかるように、考古学と自然人類学との間の関係性は発掘、人骨の資料化、研究にわたって深く関連しているといえます。。
- 人類学は自然人類学、文化人類学、考古学、言語学から構成される
- 生物学的側面から人類を捉える自然人類学とは異なり、文化人類学は人類の文化・社会的側面について研究を行う学問
- 考古学の研究対象や方法論は自然人類学と非常に近い距離にある
3章:自然人類学を学ぶための本
自然人類学という学問に対する理解は深まりましたか?
最後に、初学者に向けた自然人類学の書籍を紹介します。これから紹介される書籍が、あなたの自然人類学的関心を刺激することができれば幸いです。
鈴木尚(1963)『日本人の骨』(岩波新書)
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埴原和郎(1965)『骨を読む:ある人類学者の体験』(中央公論社)
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片山一道(1990)『古人骨は語る:骨考古学ことはじめ』(同朋舎出版)
Howelles,W.W (1973) Cranical variation in man. Pap. Peabody Mus.Archaeol,Ethnol., Vol67, Harvard University, Cambridge.
Ortner D, Putschar W. (1985) Identification of pathological conditions in human skeletal remains. Washington, DC, Smithsonian Institution Press
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Buikstra, J.E. and D. H. Ubelaker (editors) (1994) Standards for Data Collection from Human Skeletal Remains. Arkansas Archeological Service, Research Series, No. 44
まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- 自然人類学とは、「生物としてのヒト」を総合的に研究する学問で,ヒトとは何かを科学的に偏りなく理解し,実証的で妥当性のある人間観を確立することを目標とする
- 自然人類学の主な対象は人骨で、ヒトに関する生物学的様々な視点から人類史の復元を目的
- 考古学の研究対象や方法論は自然人類学と非常に近い距離にある
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