言語人類学

【サピア=ウォーフ仮説とは】意味・例・批判からわかりやすく解説

サピア=ウォーフ仮説とは

サピア=ウォーフ仮説(Sapir-Whorf hypothesis)とは、異なる言語を使うと、認識する世界観や概念のあり方が変化するという仮説です。

日本語以外の言語を流暢に話す方には、経験的に理解できる仮説かもしれません。しかし、サピア=ウォーフ仮説はあくまでも「仮説」であって、批判を含めてさまざまな議論があります。

そこで、この記事では、

  • サピア=ウォーフ仮説の意味や例
  • サピア=ウォーフ仮説の批判

などをそれぞれ解説していきます。

好きな箇所から読み進めてください。

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1章:サピア=ウォーフ仮説とは

まず、1章ではサピア=ウォーフ仮説を概観します。サピア=ウォーフ仮説の事例研究に関心のある方は2章から読み進めてください。

このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。

1-1: サピア=ウォーフ仮説の意味

冒頭の確認となりますが、サピア=ウォーフ仮説とは、

異なる言語を使うと、認識する世界観や概念のあり方が変化するという仮説

です。

この仮説にある前提の考え方として、「人は言語を通してのみ思考するのだから、異なる言語を使えば認識する世界観が変わるだろう」というものがあります。

その意味で、「サピア=ウォーフ仮説」は「言語相対論(Linguistic relativity theory)」とほぼ同義で使われます。実際、言語学者の江村が示した「言語相対説」の定義では以下のように書かれています2江村裕文 2007 「サピア=ウォーフの仮説について–文化(その3)」『異文化』26頁

母語によって、その話者の思考や概念のあり方が影響を受けるという仮説。言語が異なれば認識や経験の仕方も異なるとされる。言語が文化の形式を規定する、という議論のされ方もある。(中略)さらにこれを強く推し進めて、人間の思考や認識のあり方を言語が決定することを強調し「言語決定論」(liguisitc determinism)と呼ぶこともある。

このように、「サピア=ウォーフ仮説」と「言語相対論」がほとんど同じ意味をもつことがわかると思います。

「サピア=ウォーフ仮説」という名称は、言語人類学者のエドワード・サピア(Edward Sapir)と、サピアの学徒であったベンジャミン・リー・ウォーフ(Benjamin Lee Whorf)の業績に併せて作られた用語であって、彼らがこの理論を名付けてたわけでありません。

1-1-1:サピア=ウォーフ仮説の学術的な流れ

さて、ここでは『言語学人類学への招待』(ひつじ書房)に従って、簡単にサピア=ウォーフ仮説の学術的な位置を紹介します。

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結論からいえば、サピア=ウォーフ仮説はアメリカ人類学の父であるフランツ・ボアズによる文化相対主義の流れにあります。(→文化相対主義に関してはこちらの記事

ボアズの言語観

  • ボアズは、北米先住民の言語を調査するなかで、言語を欧米諸語を基準とした「型」にはめて「比較」するのではなく、先住民言語その内部からそのロジックを理解する必要性を説いた
  • つまり、欧米諸語を頂点としたヒエラルキー的な言語文化観を否定して、すべての言語と文化は同様に複雑かつ論理的なものだと主張した

このような北米先住民研究のなかから、言語は実に多様で、その多様に異なる言語にはそれぞれの思考様式と世界観が反映されているという考えが生まれてきます。このボアズ以降の流れに、サピア=ウォーフ仮説はあります。

そもそも、サピアはボアズのもとで人類学を学んだ学生の一人であり、ボアズのような世界観をもっていたのは当然だったのかもしれません。

ボアズの学生の一人には、日本で大変有名な『菊と刀』の著者であるルース・ベネディクトもいます。(→『菊と刀』に関してはこちら)ボアズの人類学への貢献は教育という側面からもみえます。



1-2:サピア=ウォーフ仮説の着想

では、具体的に、言語と思考の結びつきはどのような発想から生まれたのでしょうか?これにはウォーフの大変有名な逸話があります。

火災保険会社で働いていたウォーフは、ある日、ガソリンの発火原因には満タンのドラム缶より、空のドラム缶の方が発火する率が高いことに気づきました。

空のドラム缶が発火した原因は気化したガソリンに引火することでしたが、そのような火災事故の原因の一つに「ことば」を見いだしたのです。それは次の理由があったからです。

ウォーフの逸話

  • 「ガソリン缶(gasoline drums)」と記された缶の周りでは、人々はとても火の取り扱いに注意をする
  • しかし、「空のドラム缶(empty gasoline drums)」と書かれた缶の周りでは、たばこを吸うなど火の取り扱いに不注意であった
  • これには英語の「empty」という言葉が「空」だけでなく、「ゼロ(zero)」や「不活性(inert)」という「無害」というニュアンスがあることが要因である、とウォーフは考えた

このような発想から、ウォーフは「empty」という用語がガソリン缶の危険性を見えにくくして、火災事故の原因になっていると考えたのでした。

ウォーフのように「ことば」に着目して現実世界を理解しようとした映画に、「メッセージ」があります。映画のなかで、サピア=ウォーフ仮説も実際に言及されていますし、作品的に面白いのでおすすめです。

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1-3:強い仮説と弱い仮説

以上の発想から生み出されたサピア=ウォーフ仮説には、「強い仮説」「弱い仮説」があるため注意が必要です。

  • 強い仮説・・・言語が思考を全面的に決定づけるという仮説
  • 弱い仮説・・・言語が思考に何らかの影響を与えるという仮説

このような両者の違いを、上記した江村の論文は以下のように説明されています3江村裕文 2007 「サピア=ウォーフの仮説について–文化(その3)」『異文化』27頁

一方に言語という項を立て、他方に思考なり行動様式、または文化という項を立て、両者の関係を前者の後者に対するごく弱い意味での影響の可能性の存在ととるか、前者が後者に対して「強制的な支配力」を及ぼすととるか、その二つの間には大きな違いがある。

このように、言語が思考にどの程度影響力を及ぼすのかといった問題に関しては、立場が分かれるところでもあります。強い仮説はウォーフ主導、弱い仮説はサピア主導といわれています。

1章のまとめ
  • サピア=ウォーフ仮説とは、異なる言語(母語以外の言葉)を使うと、認識する世界観や概念のあり方が変化するという仮説である
  • サピア=ウォーフ仮説には、「強い仮説」と「弱い仮説」といった立場の違いがある
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2章:サピア=ウォーフ仮説の例

さて、サピア=ウォーフ仮説を具体的な言語で検証するための研究もおこなわれてきています。2章では『言語学人類学への招待』に沿って、そのような研究を紹介していきます。

2-1:ルーシーの研究

ジョン・ルーシー(J.Lucy)はメキシコユカタン半島におけるユカテク・マヤ語とシカゴの英語話者との比較をおこなって、文法が人間の生活に与える影響を調査しています。

たとえば、次のような研究があります。

  • 無生名詞でも複数形をとる英語と、無生名詞では複数形をもたないユカテク語では、話者の無生名詞の数に対する関心度の度合いが異なることが明らかになった
  • ユカテク語の話者は英語話者に比べて、物の形よりもその材質への認知が高くなることが明らかになった

このような研究をベースに、さらにルーシーは以下のような研究結果を出しています。

  • 名詞を数えられない塊として認識するユカテク語話者は、「材料」に注意を払う傾向がある
  • 名詞を数える英語話者は、境界線が明確な名詞の指示物の「形」に注意を払う

少しわかりにくいかもしれませんが、要するに習慣的な言葉づかいは習慣的な思考パターンを形作るということを、ルーシーの研究では明らかにしています。



2-2:「破壊」に関する研究

ここでは、ことばによる事物のカテゴリー化がいかにその言語体系の内部で組織的に関連しているかを示唆する研究を紹介します4井出里咲子、 砂川千穂、山口征孝、大崎善治『言語学人類学への招待』30-32頁

言語学者の藤井によると、「破壊」という概念を英語では「break」であわわすことができるところ、日本語では異なる動詞が使われます。

  1. 骨をおる(break a bone)
  2. 窓ガラスをわる(break a window)
  3. バリケードをやぶる(break a barricade)
  4. 砂山をくずす(break a sandhill)
  5. おもちゃをこわす(break a toy)

なぜ日本語ではこのような動詞の違いがでるのでしょうか?これには「分類辞(classifier)」が関係してきます。分類辞とは特質によって名詞の分類するために用いられる接辞で、日本語には「○○本」「○○枚」「○○個」などがあります。

次元/形 もの 分類辞 動詞
1D 柔軟性(ー) 鉛筆、傘、骨など おる
1D 柔軟性(+) ひも、縄など (きる)
2D 柔軟性(ー) ガラス、めがねなど わる
2D 柔軟性(+) 紙、本など やぶく
3D 積み上げられたもの 砂山など くずす
3D 機能性に焦点があるもの ラジオ、テレビなど 台、個、件など こわす

堅いをあらわす動詞・分類辞・ものの関係5井出里咲子、 砂川千穂、山口征孝、大崎善治『言語学人類学への招待』31頁

このようにみると、「おる(折る)」という動詞が「破壊」を意味するとき、それは細く、長く、固いもの(骨、枝、バットなど)だとわかります。特徴的には、一次元的でかつ柔軟性はなく、分類辞は「○○本」が採用されているものです。

しかし、細くて、長く、かつ柔軟性があるものは「おる」ではなく、「きる(切る)」によって「破壊」を意味しています。このように、日本語の「破壊」は対象の柔軟性、次元、機能性によって動詞が異なります。

つまり、「ものの物理的な側面や機能性に着目して、人間との関わりからそれを分類辞という形でカテゴリー化する言語は、その認識を保ちながら、破壊という行為の仕方をそのカテゴリーに関連させている」6井出里咲子、 砂川千穂、山口征孝、大崎善治『言語学人類学への招待』32頁のです。

事実、分類辞をもつ言語ともたない言語を比べたところ、以下のような違いがでています。

  • 分類辞をもたない言語(英語やポルトガル語など)・・・破壊の動詞が2-4種類ある
  • 分類辞をもつ言語(中国語や日本語など)・・・破壊の動詞が6-7種類ある

ここからいえるのは、分類辞をもつ言語はもたない言語と比較して、より多くの動詞を使って破壊という経験を言語化していることです。

2章のまとめ
  • ルーシーの研究から習慣的な言葉づかいは習慣的な思考パターンを形作ることが示唆された
  • 藤井の研究からことばによる事物のカテゴリー化がいかにその言語体系の内部で組織的に関連しているかが示唆された
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3章:サピア=ウォーフ仮説への批判

最後に、サピア=ウォーフ仮説への批判に触れておきましょう。この仮説への強い批判として、認知科学者からの指摘があります7桑山敬己、綾部真雄 (編)『詳論 文化人類学』24-25頁

たとえば、認知科学者は言語が異なれば色彩が異なるという仮説に対して、人類の色の認識は異なった波長に反応する3種類の錐体細胞をとおしており、そのような制約を超えることはできないと批判してます。

確かに、こうした批判は色というドメインを通文化的に考える限り、非常に妥当な指摘です。しかし、この批判も、そもそも基本色彩語を出発点にしてる点で、やはり批判の対象となっています。

4章:サピア=ウォーフ仮説を学ぶための本

サピア=ウォーフ仮説に関する理解を深めることはできましたか?

最後に、サピア=ウォーフ仮説を学んでみたいという方に向けて解説本から学術本まで紹介していきます。

おすすめ書籍

E. サピア、B. ウォーフ『文化人類学と言語学』(弘文堂)

サピア=ウォーフ仮説を学びたいという方は、絶対読むべき書物です。この本を読まずして、サピア=ウォーフ仮説を語ることはできません。

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井出里咲子、 砂川千穂、山口征孝、大崎善治『言語学人類学への招待』(ひつじ書房)

言語学人類学の基礎的な概念から学史まで学べる、初学者向けの本です。サピア=ウォーフ仮説についてもわかりやすく解説しています。

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まとめ

この記事のまとめ
  • サピア=ウォーフ仮説とは、異なる言語を使うと、認識する世界観や概念のあり方が変化するという仮説である
  • サピア=ウォーフ仮説には、「強い仮説」と「弱い仮説」といった立場の違いがある
  • 藤井の研究からことばによる事物のカテゴリー化がいかにその言語体系の内部で組織的に関連しているかが示唆された

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