パノプティコン(panopticon)とは、「あまねく(pan)」「見る(optic)」というギリシャ語の語源から「一望監視施設」と呼ばれる監獄施設です。18世紀に功利主義のベンサムが提唱した建築プランであり、現在ではフーコーが権力一般を説明するモデルとして用いたことで有名です。
「パノプティコン」という言葉の意味や誕生する歴史を知ることは大事でしょう。しかし、パノプティコンから近代を代表するベンサムの議論やフーコーの権力論を理解することも重要です。
特に、フーコーの議論は近代資本主義社会における人間がどのように、身体と精神から内部から、鋳造されたのかを理解する上で欠かせないものとなっています。
そこで、この記事では、
- ベンサムの刑罰論とパノプティコンの関係
- パノプティコンとフーコーの権力論
をそれぞれ解説していきます。
あなたの関心のある箇所から、ぜひ読み進めてください。
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1章:パノプティコンとベンサム
まず、1章では「ベンサムの功利主義」と「刑罰論とパノプティコン」を概観します。フーコーの議論は2章で紹介します。
ベンサムの功利主義は次の記事で解説していますので、ここでは要点を絞って紹介します。詳しい内容は次の記事を読んでみてください。関連記事と読むと、理解が深まるはずです。
1-1: ベンサムの功利主義
さっそくですが、ベンサムの功利主義とは、
人間は快楽と苦痛を計算して行動する存在であることを前提に、社会全体の幸福量が最大になる(最大多数の最大幸福)ように法律を作るべきと考えた思想
です。
この定義からわかるように、ベンサムの功利主義には「どんな法律を作れば社会の幸福が最大になるのか?」という実社会と結びついた目的がありました。
その際、最も特徴的な考え方だったのは「最大多数の最大幸福」です。
最大多数の最大幸福というのは、
社会を構成するメンバーの幸福の総量を計算し、その総量が最大になるような仕組みがもっとも優れている
という考え方です。
思考の遊びとして、次の税制に幸福度の変化を考えてみてください。
- ある国家のメンバーは5人で、4人は貧乏人、1人はお金持ち
- この状況下でお金持ちが100万円ずつ貧乏人にお金を渡した場合、貧乏人の幸福度が5→10、お金持ちの幸福度は10→5になると仮定する
- 実際にお金の再分配がされた場合の社会全体の幸福量は、お金を配った後の方が大きくる
お金を配る前…10+(5×4)=30
お金を配った後…5+(10×4)=45
ベンサムの功利主義ではこのような「最大多数の最大幸福」を法律によって実現すべきである、と考えました。
1-2: 刑罰論とパノプティコン
さて、「最大多数の最大幸福」を追求するベンサムの功利主義は刑罰制度に関しても論じています。その際に「パノプティコン」が提示されます。
順番にみていきましょう。
まず、ベンサムは刑罰を正当化する理由として、次の理由を挙げます。
- 刑罰を与えることが「社会の最大幸福に結ぶつく」のであれば、刑罰は正当化できる
- たとえば、刑罰を与えることには、犯罪が抑止され被害者が減る、加害者が更生するといった社会全体へのメリットがある
一方で功利主義的な考え方において、死刑を正当化する理由はありません。
なぜならば「社会の最大幸福」を目指すとき、加害者の更生が不可欠だからです。にもかかわらず、死刑制度を採用した場合、
- 死刑すれば加害者の更生は望めない
- 「自分も死ぬから巻き添えに殺す」という殺人者に対しては、抑止どころか殺人の動機を与えてしまう
- 被害者に対する賠償もできなくなる
という難点があるからです。
そこで登場するのが、「パノプティコン」という監獄の建築プランです(写真1)。
(写真1)Wikimedia Commonsより
日本語では「一望監視施設」または「全展望監視システム」といわれたりします。
施設の特徴は中央に監視塔があり、その周辺を円形に配置された独房があることです(写真2)。
(写真2)Wikimedia Commonsより
中央に建てられた監視塔からは、囚人に見られることなくすべての囚人を監視することができます。
ベンサムは、囚人は常に監視されながら行動するため、勤勉に働き、更生し、社会復帰するのだと考えました。そして、更生した囚人が社会復帰することで、社会の幸福の総量が増大するというわけです。
- ベンサムの功利主義とは、人間は快楽と苦痛を計算して行動する存在であることを前提に、社会全体の幸福量が最大になる(最大多数の最大幸福)ように法律を作るべきと考えた思想
- ベンサムの功利主義の立場から考えると、社会の幸福の総量を増大させるような刑罰は正当化できる
- 囚人の更生と社会復帰は社会の幸福を増大させるため、パノプティコンが構想された
2章:パノプティコンとフーコー
さて冒頭で話したように、フーコーはパノプティコンを権力一般を説明するモデルとして用いました。そのモデルは1975年に刊行された『監獄の誕生』において提示されました。
簡単にいえば、『監獄の誕生』はフランス革命前後の数十年における処罰メカニズムの近代化に関する分析です。現在、この書物はフーコーの権力論を理解する上で、最も重要な書物の一つと位置づけられています。
それは外部からの権力的に強制される従来の権力論とは異なり、人は身体と精神の内部から社会に適合した主体として形成される過程を描き出したからです。
さっそく解説してきます。
フランス革命について理解があると、読みやすいかもしれません。ぜひ参照ください。
2-1: 古典主義時代といわれる前近代システムでの処罰
『監獄の誕生』における、時代設定は「古典主義時代といわれる前近代システム」と「フランス革命以降の近代システム」です。
フーコーによると、前近代における処罰システムと、近代におけるそれとは明確な違いがあります。まず、古典主義時代(またはアンシャンレジーム)と呼ばれる時代の処罰システムをみていきましょう。
2-1-1: 王の権力と民衆
端的にいえば、古典主義時代における処罰とは、王の権力を誇示するための身体刑でした。言い換えると、主権者である王の権力は「自らを見せる権力」です。
たとえば、次のような儀礼において、王は自らの権力を誇示します。
- 王位に就く際の戴冠式
- 征服した都市への入城式
- 年間を通して執り行われる宗教祭礼など
特に、犯罪は絶対的な法の保障者である王の権利侵害と考えられたため、王権は犯罪者の身体を跡形もなく、一種の政治的な儀礼として処罰する必要がありました。
つまり、身体刑という処罰は君主の権力を民衆にみせつけてる一つの方法だったのです。
そのため、たとえば公開処刑がされる際、民衆の存在は大変重要でした。なぜならば、
- 民衆に処刑の恐怖を植えつけ、王の権力を絶対的なものと理解させる必要があった
- また、処刑の残酷さや付随する出来事を伝達するメディアとしての役割を民衆に担わせる必要があった
からです。
つまり、古典主義時代において、王権がおこなった処罰システムとは、
- 真理を探索するより、真理を生産する方が重要とされたもの(どう犯罪が起きたかを探究するより、犯人を決めることが重要)
- 拷問や処刑という実践とともに、真理の生産がされていくもの
- そしてそのような真理を語るのは、身体である
といったものでした。
2-2: パノプティコンと規律権力
その一方で、フランス革命以降の近代おける処罰とは身体刑から拘禁刑へとシフトしたことが特徴です。この拘禁刑を発展させたものとして、「監獄」が誕生します。
大事な点からいえば、絶対王政の見せる権力とは異なった権力がフランス革命以降に誕生しますが、これは監獄に限らず、近代現代社会に存在する権力形態であったことです。これは「規制権力」といわれます。
哲学者の中山元がいうように、フーコーのこの権力論は「身体と精神の関係についての二つの向き合ったベクトル」で学ぶと理解しやすいです1中山元『フーコー入門』p139。
- 身体から精神に向かうベクトル…身体を調教することで人間の精神を支配する
- 精神から身体へのベクトル…精神を規制し、道徳的な主体とすることで、身体をコントロールする
ちなみに、①は『監獄の誕生』の第三部第一章「従順な主体」のテーマ、②は第三部第三章「一望監視施設(パノプティコン)」のテーマです。
2-2-1: 従順な身体
まず、身体を調教することで精神を支配する「従順な身体」ですが、この身体は規制テクニックの3つの側面によって形成されます。
規制テクニックの3つの側面
- 空間…学校の校舎、兵舎、工場などの閉鎖的な空間を設置して、この空間をそれぞれの活動や集団ごとに区切る
- 時間…起床から就寝までの時間を細かく振り分ける
- 身体…道具や機械と一体化した身体をつくりあげる
たとえば、あなたは学校で身体動作の細かい規則を学び、運動会のために行進練習をしたことがあると思います。身体を調教することで精神を支配する「従順な身体」とはそのようなことです。
重要なのは、従順な身体は監獄における囚人だけでなく、学校、兵舎、工場、病院などにおける身体を対象とし、近代社会に適合する人間を作り上げるための権力だったということです。
2-2-2: パノプティコン
そして、この従順な身体に対するまなざしは「監視」という形態をとります。精神から身体へのベクトルである「パノプティコン」はここで登場します。
まず、上述したパノプティコンの特徴を思い出してください。
パノプティコンの特徴
- 中央に監視塔があり、その周辺を円形に配置された独房があること
- 中央に建てられた監視塔からは、囚人に見られることなくすべての囚人を監視することができる
ここで重要なのは、パノプティコンで作用する次のような権力です。
- 中央の監視塔に、監視者は常駐する必要がない
- なぜならば、監視されている可能性があるだけで、囚人の内部には第二の監視者が生まれる
- その結果、「監視される囚人の内部にいる監視者」という構造が生まれる
- 言い換えれば、それは自己の欲望する主体を監視する構造である
つまり、王のように自らを誇示する権力ではなく、人間は常に権力からのまなざしを意識し、権力を内面化するのです。これが精神から身体を権力はコントロールすることを意味します。
ここまでくると、従順な身体とパノプティコンが規制権力を説明するモデルとして最適であったことが理解しやすいはずです。
- 「規制(discipline)」とは、ラテン語の「学童(discipulus)」と「学ぶ(discere)」にある
- 「規制」は、多くの学問分野で使われるが、行動全般の矯正をし、近代的人間を鋳造するために用いられたあらする枠組みを指す言葉として用いられる
2-3: 近代の再検討
さて、どうでしょうか?非常に大まかですが、フーコーの議論の全体像を掴むことはできたでしょうか?
これまでをまとめると、近代に登場した監獄、学校、工場等における戦略は従順な身体を形成すると同時に、個人に注がれる監視のまなざしによって道徳的な主体を鋳造するものでした。
この理由から、フーコーはこのような装置を近代資本主義社会の基本的モデルと考えたことに驚きはないでしょう。
そのため、「古典主義時代といわれる前近代システム」と「フランス革命以降の近代システム」の比較検討をとおして、フーコーが近代というより大きなシステムへの批判的考察を射程に入れていることもわかると思います。
それは、端的にいえば、近代の再検討です。
- フランス革命を代表とする政治における「近代化=啓蒙」は進歩と考えられがちであるが、近代における統治のあり方は、啓蒙主義者が主張する自由な個人を基盤としたものではない(→【啓蒙主義とは】意味・歴史・批判をわかりやすく解説)
- 言い換えると、自由な社会は自由な個人ではなく、身体を調教されて精神を監視された主体によって形成される
- そのような主体を形成する装置の代表的な例こそが、パノプティコンである
最後に、パノプティコンという装置を提唱したのが他ならぬ、近代人の代表であるベンサムであったことを思い出してください。
- 外部からの権力的に強制される従来の権力論とは異なり、人は身体と精神の内部から社会に適合した主体として形成される過程を描き出した
- 時代設定は「古典主義時代といわれる前近代システム」と「フランス革命以降の近代システム」である
- 近代に登場した監獄、学校、工場等における戦略は従順な身体を形成すると同時に、個人に注がれる監視のまなざしによって道徳的な主体を鋳造するものであった
3章:パノプティコンに関するオススメ本
パノプティコンに関して理解することはできましたか?
ベンサムの議論やフーコーの議論は大変奥が深く、この記事で解説できたことは本の一部です。この記事はあくまでも学習のきっかけにすぎませんので、あなた自身で原著を読んで理解を深めていってください。
ここでは初学者に向けてオススメの入門書を紹介します。ぜひ参考にしてください。
フィリップ・スコフィールド『ベンサム-功利主義入門-』(慶應義塾大学出版会)
ベンサムの功利主義について、詳しく、分かりやすく解説された良著です。より掘りさげて学びたい方はぜひ読んでください。
中山元
重田 園江
両者ともに、フーコーの入門書です。中山の著作はフーコーの多くの著作をカバーしている一方で、重田の著作は『監獄の誕生』に焦点が当てられながら議論が進みます。本記事でも参照してます。
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まとめ
この記事の内容をまとめます。
- ベンサムの功利主義とは、人間は快楽と苦痛を計算して行動する存在であることを前提に、社会全体の幸福量が最大になる(最大多数の最大幸福)ように法律を作るべきと考えた思想
- 囚人の更生と社会復帰は社会の幸福を増大させるため、パノプティコンが構想された
- 時代設定は「古典主義時代といわれる前近代システム」と「フランス革命以降の近代システム」である
- 近代に登場した監獄、学校、工場等における戦略は従順な身体を形成すると同時に、個人に注がれる監視のまなざしによって道徳的な主体を鋳造するものであった
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