認知的不協和(cognitive dissonance)とは、①人間が自分の中にふたつの相反する認知と、②その認知によって不快感を感じることを意味する社会心理学の用語です。
認知的不協和は日常にありふれたものというよりも、人間なら誰しも経験している心理状態です。
そのため、マーケティングに活用されることもあり、心理学の学生だけでなく幅広い方々にとって有効な概念です。
そこで、この記事では、
- 認知的不協和の意味、具体例、解消
- 認知的不協和の心理学的な議論
をそれぞれ解説します。
あなたの関心に沿って読み進めてください。
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1章:認知的不協和とは
1章では認知的不協和を「意味」「具体例」「解消」から簡潔に概観します。
2章では認知的不協和の学術的な議論について解説しますので、あなたの関心に沿って読み進めてください。
1-1: 認知的不協和の意味
まずは冒頭の説明を確認しますが、
認知的不協和とは、①人間が自分の中にふたつの相反する認知と、②その認知によって不快感を感じることを意味する社会心理学の用語
です。
一見わかりにくかもしれませんが、認知的不協和は日常生活のなかで起こりうる心理状態です。
たとえば、目の前にケーキがあるとします。甘いものが好きなあなたは「食べたい!」と感じるでしょう。しかしケーキはカロリーが非常に高いため、「食べると太る(=食べない方が良い)」と同時に感じます。
すると、「食べたい」と「食べない方が良い」という矛盾した方向性の認知が発生します。このような認知の不適合状態を「認知的不協和」といいます。
また、「食べると太る」と思いながらケーキを食べた時はどうでしょうか?あなたは「素直に美味しい!と喜べない」、つまり罪悪感を感じながら食べるのではないでしょうか。この矛盾した認知から覚える不快感も「認知的不協和」です。
1-2: 認知的不協和の例
認知的不協和の例としてよく挙げられるのは「たばこ」「恋愛」「マーケティング」です。それぞれを解説していきます。
1-2-1: たばこ
まずは、たばこに関する認知的不協和の事例です。
たばこの事例
- 喫煙者はたばこが体に悪いことを知っているにも関わらず、吸い続けるという矛盾行為がある
- すると、そこには「たばこが吸いたい」↔「たばこは体に悪いからやめた方が良い」という認知的不協和が生じている
このような認知的不協和が生じたとき、喫煙者はたばこを吸い続けるために、自らの行為を「正当化」する理論をつくりあげます。たとえば、
- 「たばこを吸わないことでイライラしてしまい、人に八つ当たりをして迷惑をかけてしまう。それは良くないからたばこを吸おう」
- 「健康に悪影響があるというが、それは研究で実証されるものより重大ではないはず。だからたばこを吸おう」
- 「たばこをやめると体重が急増するとよく聞くから、やはりたばこは吸い続けよう」
などの理由付けです。
つまり、他人からみると矛盾行為にみえるものを正当化(合理化)することによって認知的不協和を低減しようとするのです。
1-2-2: 恋愛
また、恋愛の場面でも認知的不協和は生じます。
たとえば、あなたの好きな相手に、断られないギリギリの少し面倒なことをお願いした場合を想定してください。すると、相手には「面倒だな」↔「頼まれたからやらなくちゃ」という認知的不協和が起きます。
たばこの事例と同様に、認知的不協和が起こるとそれを低減しようという心理が働きます。この場合では、
恋愛の場面における認知的不協和
- 不協和を低減するときに「この人のことが好きだから」という理由づけがされる可能性がある
- つまり、「この人のことが好きだから、少し面倒だけどやろう」と認知的不協和を「合理的」に説明する方向に向かう
「こんな恋愛の場面が実際にあるわけない!」と思う方が多いかもしれません。私も同感です。
しかし、ここで大事なのは、そのような場面が実際にあるかどうかではなく、認知的不協和の状態を無意識的に正当化することがあり得るということです。
「認知的不協和は恋愛で使える」と主張するサイトがありますが、実際にここまで極端に働くかはわかりません。この記事ではあくまでも認知的不協和の一例として考えてください。
1-2-3: マーケティング
そして、マーケティングの場面でも認知的不協和が利用される場合があります。
たとえば、甘いものが好きなあなたの目の前にふたつの同じケーキ並んでいるとします。左のケーキには「ショートケーキ」のラベルが、右には「太らないショートケーキ」というラベルが貼ってあります。見た目は全く同じです。どちらのケーキが気になりますか?
(*上述したように、あなたには「ケーキが食べたい」↔「ケーキを食べると太る」という認知的不協和がある)
たばこと恋愛の事例と同じく、認知的不協和は「合理的」に説明される必要があります。その「合理的」な説明に重要なのが「太らない」というラベルです。
なぜならば、
- とにかく、あなたは認知の不適合状態を何らかの理由で解消する必要がある
- その際、「太らない」という謳い文句は不適合状態を解消する道筋を与えてくる
- つまり、購買意欲を刺激する方向に認知が向かう心理的な仕掛けがある
からです。
このように認知的不協和は人の心をうまく誘惑するといった意味で、マーケティングに応用される場合があります。
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1-3: 認知的不協和の解消
では一体、認知的不協和はどのように解消されるのでしょうか?よく使われるのが「すっぱいブドウ」と「甘いレモン」というたとえ話です。それぞれを解説してきます。
(後述するフェスティンガーの実験は、この甘いレモンの解消法を使用してることで有名)
1-3-1: すっぱいブドウ:脱価値化
まず、認知的不協和の解消には「脱価値化」があります。下記のようなイソップ童話をご存じですか?
あるイソップ童話
- キツネが木においしそうなブドウを見つけ、それを取ろうと奮闘するという話がある
- キツネは奮闘するが、結局はブドウを取ることができない
- その結果、キツネは「食べたい」↔「取れない」という認知的不協和に陥る
ここで、この状況を打開するためにキツネは「あれはすっぱいブドウだからやめておこう」と思考の転換をします。
つまり、欲しかったブドウの脱価値化を図るのです。この脱価値化によって、キツネは自らの行動を正当化し、認知的不協和の解消していきました。
ちなみに、この解消法は恋愛場面でもみられます。たとえば、あたなの想いが成就しない時に「もっと自分に合った人が現れる(あの人は自分にすごく合う人ではなかった)」と考えることがあるのではないでしょうか。この過程は認知的不協和を脱価値化によって解消するものといえます。
1-3-2: 甘いレモン:価値の付与
認知的不協和の解消は、「価値の付与」によってもされます。
たとえば、あなたが「本当は甘いリンゴが欲しかったけど、すっぱいレモンしか手に入らなかった」という認知的不協和の状態に陥ったとします。
そうような時に、「これは甘いレモンだ」と思い込むことで「本当は甘いリンゴが欲しかった」という本来の認知に少しでも近づけようと心が働く場合があります。
すこし極端な例ですが、これが認知を変化させるための価値の付与です。つまり、不協和を解消するために新しい認知要素を付与することによって不協和の総量を低減させるのです。
いったん、これまでの内容をまとめてます。
- 認知的不協和とは、人間が自分の中にふたつの相反する認知を抱えた時に不快感を感じるようになることを意味する用語である
- 認知的不協和の例には「たばこ」「恋愛」「マーケティング」がある
- 認知的不協和の解消には「すっぱいブドウ(脱価値化)」と「甘いレモン(価値の付与)」がある
2章:認知的不協和とフェスティンガー
さて、「認知的不協和」を見出したのはアメリカ人心理学者のレオン・フェスティンガー(Leon Festinger 1919- 1989)です。
彼のもっとも有名な著作は『認知的不協和の理論―社会心理学序説』(1965)です。
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専門家でもない限りフェスティンガーの不協和理論を詳細に覚える必要はありませんが、不協和理論の全体像を掴むことは大事です。
その点に関して、経営学者である阿部の「フェスティンガーの認知的不協和理論に関する一考察」(青森公立大学経営経済学研究 2(2), 144-153頁)は有益です。ここでは阿部の議論を中心に解説してきましょう。
2-1: 認知的不協和とフェスティンガー
そもそも、フェスティンガーのいう「不協和理論」とは何を意味するのでしょうか?阿部によると、それは以下のような理論です1阿部敏哉 1997 青森公立大学経営経済学研究 2(2), 144頁。
個人が自らの意思決定の結果に基づいて行為を行った場合でも、何らかの理由によってそれが自らの持つ考え、信条に反するような行為であった場合、個人は矛盾に直面し、不快な状態におかれることになる。そうした状態に直面した個人は、しばしばその不快な状態から逃れようとする。そしてそれが動機付けとなって、新たな行為(あるいは自らの意見の変更)が起こるのである。このような個人の認知からその行為を論じるものが不協和理論に他ならない。
どうでしょう?少しわかりにくかもしれませんが、基本的には上述した内容を学術的に説明してることがわかると思います。
ここで注目して欲しいのは、フェスティンガーが不協和理論から述べようとした基本的仮説です(同書 145頁)。
- 不協和の存在は、心理学的に不快であるから、この不協和を低減し協和を獲得することを試みるように、人を動機づける
- 不協和が存在しているときには、それを低減しようと試みるだけでなく、さらに人は不協和を増大させると思われる状況や情報をすすんで回避しようとする
つまり、フェスティンガーは「認知的不適合の存在は、それ自体一つの動機づけ要因となる」と考えていたのです。
2-2: フェスティンガーの実験
そして、フェスティンガーは上述の仮説を次のような実験から検証します。ここでは簡潔にフェスティンガーの実験を紹介します。
フェスティンガーの実験
- AとBのふたつのグループに無作為に大学生を分け、どちらのグループにもシャベルで土をすくうだけという単純な作業を課す。そして作業が終わったら、次の人にいかにこの作業が楽しいかを伝達する指示を出す
- AグループとBグループの違いは報酬の多さ。Aグループには十分な報酬を与え、Bグループには作業量に全く見合わない少額の報酬を与えた
あなたはどちらのグループが作業の楽しさをうまく伝えたと思いますか?「十分な報酬をもらったAグループのほうが上手に伝えたのではないか」と思う方が多いかもしれません。
ところが実際は、報酬の少ないBグループの方が報酬の多いAグループよりも作業自体の楽しさを見出して一所懸命にその楽しさを伝えたのです。
端的にいえば、それは以下のような認知的不協和の解消があったからです。
- Bグループは「作業をしなくてはならない」↔「楽しさを伝達しなければならない」という相反する認知の間で不協和を低減するために「作業は楽しいものであったかもしれない」と価値を付与した
- 逆に、Aグループは報酬が十分にあったため、「楽しさを伝達しなければならない」という指示との間に認知的不協和が生じなかった
- つまり、Aグループは作業自体に楽しさを見出す必要はなかった
このようにみると、認知的不適合の存在はそれ自体が一つの動機づけ要因となることがよくわかると思います。
また、上述した「甘いレモン」の解消法によって、学生が認知的不協和を克服していったことも理解できると思います。
2-3: 認知的不協和の発生
最後に、認知的不協和の発生に関するフェスティンガーの考えを紹介します。
結論からいえば、フェスティンガーは不協和が生じるごく日常的な状況をあげています(同書 146頁)。
- 新しい事象が起こるや新しい情報を得ると、既存の知識、意見、行動に関する認知とそれらの聞に、 少なくとも一時的な不協和が発生する
- 予想もしない事件や情報がないときでさえも、明白な状況はきわめてまれであるため、不協和が存在するということは日常茶飯のことである
つまり、決定が下されなくてはならない場合、遂行される行為についての認知と、別な行為を指示する意見や知識との間には、ほとんど不可避的に何らかの不協和が生じます。
そのため、不協和は決定に伴うほとんど不可避の結果であるといえるでしょう。冒頭で触れたように、「人間なら誰しも経験してる心理状態である」とはまさにこの意味を指しています。
- 認知的不適合の存在は、それ自体一つの動機づけ要因となる
- 「作業をしなくてはならない」↔「楽しさを伝達しなければならない」という相反する認知の間で不協和を低減する方法から、フェスティンガーは仮説を実証
- 不協和は決定に伴うほとんど不可避の結果である
3章:認知的不協和について学べるおすすめ本
認知的不協和について理解することはできましたか?
認知的不協和は社会心理学の一概念であり、他の心理学の研究と合わせて学ぶことをおすすめします。以下のものがオススメですので、ぜひ参考にしてください。
L.フェスティンガー(著)『認知的不協和の理論―社会心理学序説』(誠信書房)
言わずと知れたフェスティンガーの古典本です。日本語が古く読みにくいかもしれませんが、認知的不協和を学びたい方はまず読みたい本です。
L.フェスティンガー他(著)『予言がはずれるとき~この世の破滅を予知した現代のある集団を解明する』(勁草書房)
いつの世にも、世界が終わるという予言が存在しています。そういった予言と認知的不協和がどうかかわっているのかについて書かれているとても面白い本です。
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池谷裕二 『脳は何かと言い訳する~人は幸せになるように出来ていた!?』(新潮社)
認知的不協和だけでなく、脳には様々な面白い仕組みがあります。専門書は難しいですが、この本は分厚くても読みやすく脳の仕組みにとても興味をかきたてられる名著です。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- 認知的不協和とは、人間が自分の中にふたつの相反する認知を抱えた時に不快感を感じるようになることを意味する用語である
- 認知的不適合の存在は、それ自体一つの動機づけ要因となる
- 不協和は決定に伴うほとんど不可避の結果である
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