オートポイエーシス(autopoiesis)とは、チリの生物学者が発案した生命の本質をとらえる理論です。ギリシャ語の「自己・制作」が語源で、自分で自分を再帰的・自己準拠的に創り出すことを意味します。
定義だけだと抽象的でなかなか理解しにくい理論ですが、ルーマンの社会システム論から近年話題の人工知能の捉え方まで、さまざまな領域に大きな影響を与えている理論です(ルーマンの社会システム論には、3章から飛べます)。
この記事では、
- オートポイエーシスの意味
- オートポイエーシス論の変遷
- オートポイエーシスの展開
をそれぞれ解説していきます。
あなたの関心に沿って読み進めてください。
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1章:オートポイエーシスとは
まず、1章ではオートポイエーシスの「定義・意味」「変遷」を紹介します。2章ではオートポイエーシス理論の影響をうけたさまざまな学問分野を解説しますので、関心に沿って読み進めてください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1: オートポイエーシスの定義・意味
オートポイエーシスの定義を振り返ることから始めます。
- 定義・・・生命体がいかに世界を認知観察しているかという生命の本質を考察するための理論
- 名称の由来・・・ギリシャ語の「自己・制作」が語源で、自分で自分を再帰的・循環的に創り出す(自己創出)という観点から見た生命体
重要なのは、ここでいう生命体が「自律的な閉鎖系システム」であるとしている点です。この「自律的」や「閉鎖系」とは何を意味するのでしょうか?
1-1-1: 自律的
「自律的」の意味を理解するよりも、その反対の意味である「他律的」を経由するほうがわかりやすいため「他律的」から説明します。
まず、他律的とは、
- 設計図の通りに作動するということであり、機械やプログラムなどがこれに当たる
- 外界からの刺激(入力)に対して、決められたルール(設計図)に則って、作動(出力)する存在であり、ここにははっきりとした因果関係がある
ことを意味します。
一方で、自律的とは、
- 作動の仕方(設計図)がなく自生するということであり、勝手に自分で自分を創りあげる自己言及的なもの
- 生命体がまさにこれに当たる。生命体は本質的に他律的ではなく自律的な存在であり、機械などとは作動原理が異なること
を指します。
もちろん、生命体の反応に再現性があり、刺激に対する因果関係があるように見えることもあります。
しかし、これは機械が人間によって制作されたルールに従うように、外部から与えられたルールに従っているわけではなく、生命体がその固有の歴史に依存しながら、再帰的・自己創出的に作動していることを示していると考えられます。
ここから、生命体の反応はある程度は予測することは可能であるが、そのダイナミクスを完全に把握し操作することはできないと言えるのです。
1-1-2: 閉鎖系
このように生命体が自律的な存在であることがわかると、「閉鎖系」という言葉の意味がわかります。
生命体は明確で客観的な作動のルールに従うわけではなく、自ら観察し自らに即した世界を構成しつつ生きているため、他の生命体はその世界を直接認知することはできないのです。
たとえば、ジェットコースターで怖くてフラフラしてしまう人と、楽しみでワクワクする人がいたときに、ワクワクしている人は怖がっている人の感覚をそのまま共有することは不可能です。こうした不可知性こそが、生命体が閉鎖系システムであることを示しています。
こうして「自律的な閉鎖系システム」を前提にすることで、身体を持つ生命体が持つ主観的、暗黙的な部分にまで着目することができるようになったのです。
ちなみに、オートポイエーシスは素朴実在論的な世界観を否定しているともいえます。
素朴実在論とは、現実世界がわれわれ人間とは関係なく客観的に実在していて、そこでのあらゆる物事を説明することができる普遍的な知性があるとするもの
そういった意味でいえば、オートポイエーシスは唯一絶対の真理として科学を捉え、人間的・主観的な部分を排除してきた近代的な知のあり方を乗り越えるものとしても捉えることができます。
1-2:オートポイエーシス論の変遷
さて、では一体、オートポイエーシス理論はどのように生まれ、展開されていったのでしょうか?ここでは、オートポイエーシス理論の総論的な解説をします。
1-2-1: 生物学における起源
そもそも、オートポイエーシス理論とは、
1970年代から1980年代に生物学者ウンベルト・マトゥラーナとその弟子のフランシスコ・ヴァレラによって提唱されたのが始まり
とされています。
ここでは、マトゥラーナがオートポイエーシス理論を構想したきっかけをご紹介します。
マトゥラーナはもともと生物の視覚の研究者でした。1964年にハトの色覚の神経活動を研究している時、ハトの目にいろいろな波長の光を当てて脳の視神経の興奮パターンを調べていると、いくらデータをとっても因果関係が明らかにならないことに気がつきます。
つまり、
- 同じ波長の光を当てても、異なる反応が現れた
- もしハトが機械のように他律的な開放系システムであれば、作動の仕方が決められているため、入力(光)と出力(神経の興奮パターン)に関するはっきりとした因果関係があるはず
- この瞬間、マトゥラーナはハトの反応が過去の記憶に基づきながら内部的に決まってくることに気づいた
のです。
つまり、ハトの神経系システムがただ過去の反応を再現するだけの機械的なものではなく、時々刻々と世界を認知し、自分の記憶を更新し続けていく自律的かつ閉鎖的な存在であることに気づいたのです。
これがオートポイエーシス理論を構想するきっかけとなりました。こうして、自律的な閉鎖系システムとしての神経系システムがあるからこそ、生物は生命システムとして存続することができることを示されていきます。
1-2-2: 他の学問への展開
この生物学起源のオートポイエーシス理論は、社会学者のニクラス・ルーマンによって社会科学の領域に本格的に導入されていきます。
具体的に、ルーマンは、1980年代になるとオートポイエーシス理論を導入し「機能的分化社会理論」と呼ばれる斬新な社会理論を提唱しました。(2章で詳しく説明)
ルーマンの理論はあくまで社会が対象であるため、生命体の世界認知とは直接の関係は薄いです。しかし、ルーマンの努力によって、社会学に限らず人文社会科学をはじめとして多くの領域における人々に注目されるようになりました。
しかし、2次サイバネティクスやオートポイエーシス理論などによる生命体の世界認知は、その後は世間に受け入れられませんでした。20世紀の終わり頃から21世紀にかけて、生命体をめぐる科学理論としては、自己組織理論や複雑系科学といったものが脚光を浴びるようになりました。
しかし近年、メディア学者のマーク・ハンセンや文学者のブルース・クラークを中心に「ネオ・サイバネティクス」と呼ばれる潮流が現れてきています。オートポイエーシス理論や2次サイバネティクス、機能的分化社会理論など閉鎖系システムの議論をまとめたもので、21世紀を担う重要な知の一つと位置付けられています。
- オートポイエーシスとは、生命体がいかに世界を認知観察しているかという生命の本質を考察するための理論に由来するもの
- 生物学者ウンベルト・マトゥラーナとその弟子のフランシスコ・ヴァレラによって提唱された
- 社会学者のニクラス・ルーマンによって社会科学の領域に本格的に導入されている
2章:オートポイエーシス理論の展開
さて、2章ではオートポイエーシス理論の展開を「社会理論」「組織理論」「シンギュラリティ仮説」から深掘りしていきます。
2-1: 社会理論への展開
まずは、生物学起源のオートポイエーシス理論がルーマンによって機能的分化社会理論へと導入される過程を紹介します。
結論からいえば、ルーマンは、
- 近代以降の社会を、政治・経済・教育・科学などの機能システムごとに分化した社会(機能分化社会)として捉え直した
- その際に、オートポイエーシス理論から機能的分化社会理論への影響があった
といえます。
ルーマンが想定した近代国家は、一元的な原理や支配的機能といったものは存在しなく、脱中心的・多中心的な社会です。そのため、多元的なシステムはそれぞれが関係しながらも、自立し上下関係がなく、それぞれが生命体のように自己創出していくとされました。
たとえば、政治システムと経済システムを例にとってみると、互いに税によって関係づけられていますが、自律的なシステム同士が相手のシステム内部で行われる作動に干渉することはない、とルーマンは考えます。
政策の実現可能性は税収に依存するものの、政治システム内部でどのような政策がとられるかについては依然、政治システムの作動の問題であるのです。このような多元的で自律的な閉鎖系システムをルーマンは想定していました。
2-2: 組織理論への展開
次に、組織理論ではオートポイエーシス理論を活用することによって、組織内の当事者にとって共有された文脈、関係性、意味合いとしての「場」をいかに構築していくかが重要であることが示されました。
提唱者の一人のヴァレラは、生命は自己に準拠して自己を創り出していく自律的なシステムであるという考え方を追求する中で、「身体化された心」という概念を提示しました。
- 人間の心とは、人間が環境の中で生存しながら、身体や環境との関係性の中から内部的に創発されるものである
- そのため、身体や環境から独立して存在するもの、または外部世界の表象を一定のルールに基づいて処理するものではない
これを踏まえると、組織における知識や技能といったものが、個々人の身体を通じた認知・経験・知識獲得などを通じて得られるものであり、環境(場)との関係性の中からしか生まれないことが分かります。
組織設計で重要なのは、組織の業務や職務分担ではなく、個を中心にしていかに彼らが組織内外の多様な知識にアクセスし、協業できるかといったことなのです。
2-3:シンギュラリティ仮説
最後に、近年話題のシンギュラリティ仮説を扱って、実際にどのようにオートポイエーシス理論が活用されるのか考えてみましょう。
シンギュラリティ(技術的特異点)仮説とは、カーツワイルが提唱した仮説で、2045年には機械(AI)によって人間を超える優れた知性が実現するというもの
オートポイエーシス理論から視点でいえば、シンギュラリティ仮説が人間と機械を区別する視点を持っていないことがわかります。
具体的には、以下の理由からです。
- シンギュラリティ仮説では、機械による人知の模倣が可能であり、いずれ機械(AI)が超知性や絶対的真理を実現することができるとされる
- しかし、本来人間の心とは人間主体が身体の内側から経験し、行動に伴ってダイナミックに創出するもの
ここまでを踏まえると、人間と機械を同一線上で比較し「人間VS機械」のような対立構造を立てること自体がナンセンスであることがわかります。
あえて述べるならば、これからの時代は機械(AI)を使える人間と機械(AI)を使えない人間の対立が二極化していくという図式で捉えるべきといえます。
- オートポイエーシス理論がルーマンによって機能的分化社会理論へと導入された
- 組織理論では組織内の当事者にとって共有された文脈、関係性、意味合いとしての「場」をいかに構築していくかが重要であることが示された
- オートポイエーシス理論から視点でいえば、シンギュラリティ仮説が人間と機械を区別する視点を持っていないことがわかる
3章:オートポイエーシスについて学べるおすすめ本
オートポイエーシス理論について理解を深めることができたでしょうか。
オートポイエーシス理論は難解ですが、21世紀のキーワードである人間中心(human-centered)の意味を考える上で重要な示唆を与えてくれます。とても奥が深く、また様々な領域に展開されているため、ここではその一端をお伝えするに留まってしまっています。
さらにオートポイエーシスについて学んでみたい方は、ぜひ以下の文献や今回の記事で参照した論文などにチャレンジしてみてください。
西垣通 『集合知とは何か』(中公新書)
西垣通は基礎情報学者で、ネオ・サイバネティクスの潮流に位置します。この本はオートポイエーシスの観点をベースに人間と機械の関係性を捉え直し、ITがますます普及する現代における知のあり方を考察しています。合わせて、西垣通『AI言論』(講談社)を読むと、思弁的実在論やキリスト教的な支配構造との関係性についても理解が深まります。
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河本英夫『オートポイエーシス』(青土社)
河本英夫は哲学者で日本にオートポイエーシスを初めて紹介した人物です。この本はシステム論の系譜からオートポイエーシスを説明し、様々な領域のあり方を根本から問い直しています。少々難しいですが、オートポイエーシスの奥深さを感じられるはずです。
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社会システム論の記事
一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- オートポイエーシスとは、生命体がいかに世界を認知観察しているかという生命の本質を考察するための理論に由来するもの
- 生物学者ウンベルト・マトゥラーナとその弟子のフランシスコ・ヴァレラによって提唱された
- オートポイエーシス理論は「社会理論」「組織理論」「シンギュラリティ仮説」へと展開をみせている
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