『高地ビルマの政治体系』(Political systems of highland Burma)とは、イギリス社会人類学が前提とした安定的な均衡理論をビルマ北東部に住むカチン族、シャン族の政治構造から批判的に指摘したものです。
文化人類学における機能主義の限界を考えるとき、『高地ビルマの政治体系』は極めて有益な本ですから、ぜひ読んでおきたい本の一つです。
この記事では、
- 『高地ビルマの政治体系』の背景・要約
- 『高地ビルマの政治体系』の内容
をそれぞれ解説していきます。
好きな箇所から読み進めてください。
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1章:『高地ビルマの政治体系』とは
まず、1章では『高地ビルマの政治体系』を「背景」と「要約」から概観します。
この記事では、弘文堂から1987年に刊行された『高地ビルマの政治体系』を参照しています。以下の提示される頁数は、全てこの書物を指します。
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1-1:『高地ビルマの政治体系』が書かれた背景
冒頭でも説明したように、『高地ビルマの政治体系』には均衡的な理論への批判があります。前提であった均衡的な理論とは、「対象社会が時の経過にかかわらず安定して均衡」15頁を保つものを指します。(→機能主義とも呼ばれるこの理論に関してはこちら)
著者のエドマンド・リーチによると、均衡理論は以下のような条件から形成されます。
ここで重要なのが、上述のように書かれた民族誌において、明確に境界線が区分された「一個の文化、一個の部族なる単位」5321頁が想定されることです。
つまり、これは「『ひとつの部族』なる文化的実体が存在するにちがいないという公理に導かれて、そうした『部族』をさがし求め」6331頁た結果です。
そして、このような想定上に書かれた民族誌を、著者は「民族誌的虚構の産物に近い」7331頁と主張し、批判しています。
1-2:『高地ビルマの政治体系』の要約
上述のような「各文化集団を社会的孤立体としてあつかう古典的方法」868頁を乗り越えるために、著者のリーチはビルマ北東部に住むカチン族とシャン族を研究対象とします。
ビルマ北東部に住むカチン族とシャン族を選んだ理由は下記の通りです。
- 「カチン山地全体を通じて、文化的に大きくまたは部分的に異なりそれぞれの名称をもつ多くの集団が見出される」968頁ためである
- つまり、各集団はある場所では明確に区切られ、ある場所では混ざり合いながら生活を営む集団である
このような集団を通して、著者はこの地域に見られる多様な政治体系はたえず流転するもっとも大きな全体体系の一部であると結論づけるに至ります。
より具体的に、もっとも重要な要点をまとめると以下のようになります。
- カチン山地全体には、シャン、グムラオ、グムサという政治体系が存在する
- シャンは封建的階層制に類似した独裁政治、グムラオ平等主義的な民主主義、グムサはシャン理念とグムラオ理念とのあいだの一種の妥協の産物的な政治体系を指す
- 大多数のカチン地域社会はグムサ型であるが、その政治構造は不安定である
- そのため、カチン山地の政治体系はシャンとグムラオの二つの極型のあいだを振り子のようにゆれうごくものと著者は結論づける
このような動的な政治体系から、イギリス社会人類学が前提とした安定的な均衡理論が批判されていきます。
具体的な解説に入る前に、一旦、これまでの内容をまとめます。
- 『高地ビルマの政治体系』とは、ビルマ北東部に住むカチン族、シャン族の政治構造から批判的に指摘したものである
- イギリス社会人類学が前提とした安定的な均衡理論が、対象社会の政治体系から批判されている
2章:『高地ビルマの政治体系』の内容を解説
さて、2章では『高地ビルマの政治体系』を詳しく解説してきますが、以下の点を振り返っておきます。
- カチン山地全体には、「シャン」「グムラオ」「グムサ」という政治体系が存在する
- シャン・・・封建的階層制に類似した独裁政治
- グムラオ・・・平等主義的な民主主義
- グムサ・・・シャン理念とグムラオ理念とのあいだの一種の妥協の産物的な政治体系
- 大多数のカチン地域社会は不安定なグムサ型であり、シャンとグムラオの二つの極型のあいだを振り子のようにゆれうごくもの
これら異なる政治体系を不安定に動くカチン地域社会の考察が、『高地ビルマの政治体系』で実施されていきます。
2-1:グムサ・カチン
まず、グムサ型のカチンの特徴を解説していきます。繰り返しますが、グムサはシャン理念とグムラオ理念との妥協的な政治体系です。にもかかわらず、グムサ・カチン自身は自らが明確な権威体系をもつと考えていています。
2-1-1: 首長
たとえば、グムサ・カチンにおいて、首長に与えられた理念と実践には乖離があります。
2-1-1: 個人
グムサ・カチンにおける個人の位階でも、同様のような出来事がおきます。つまり、個人の位階は偶然生まれたリニージによって決定されるとされますが(理念)、実際には階級的地位の喪失や上昇が可能です(実践)。
まず、個人の位階に関する理念についてです。
個人の位階に関する理念
- 村内の各リニージの政治的地位を定めるのは、村を開祖した主リニージとのクラン所属および婚姻関係によってである
- 婚姻関係はマユ−ダマによって説明される。マユは自己リニージの男が嫁を迎えたリニージ、ダマは自己リニージの女が婚入したリニージである
- ダマはマユの政治的従属者であり、このような関係は村内における「各ティンゴー(世代距離の小さな外婚父系リニージ)・リニージ間の形式上の政治的地位関係を表す役割を果た」1392頁す
しかし、上述したように、実践において階級的地位の喪失や上昇は可能です。
たとえば、著者は、
- 地位の喪失は上位者が尊敬の表現として受け取ったもの以上のものを下位者に与えないときに、その可能性が生じる
- 地位の上昇は「儀礼的義務を果たす気前のよさによって名望を獲得する」14181頁方法と、自己リニージの系譜関係の伝承を都合よく読み替える方法が存在する
といいます。
グムサ・カチンではこれら方法を用いることによって、「理論の上では上の位づけが生まれによって厳格に決まっているとはいえ、実際の体系はほとんど無限の柔軟性」15183頁が生まれている、と著者はいいます。
そのため、著者は、グムサ・カチンという社会体系を以下のように結論づけています。
現実のカチン社会は固定した階級と明確に定まった役職からなる厳格に構造化されたヒエラルキーをもって構成されたものではなく、たえざる可動性をもち、時には急速に変動するような社会体系16212頁
2-2:グムサとグムラオの構造的欠陥
では一体、社会体系の変動はどのような要因によって引き越されるのでしょうか?結論からいえば、社会体系の変動は、グムサ体系とグムラオ体系に内在する構造的欠陥が問題となります。
まず、グムサ体系は、上述のように、位階づけられたリニージ関係が基本的な理念として存在します。しかし、以下のような欠陥をもっています。
- リニージの分裂が進むと「位階原理と親族原理のどちらを優先しなければならない分岐点」17230頁を迎える
- 成功した首長は自らの従属者と親族の絆を否定し、マヤム、つまり債務奴隷をとして彼らを扱う傾向に陥る
- そうすると革命に至る状況が生じ、すべてリニージが同じ地位であるグムラオ型の社会形成へとむかう
しかし、グムラオ型に問題がないわけではありません。具体的には、
といった展開をみせます。
このような、グムサとグムラオの「両体系ともある意味で構造的欠陥」20231頁が社会変動の一要因となると、著者は指定しています。
2-3: 政治的な要因
社会体系の変動は、上述したグムサ体系とグムラオ体系に内在する構造的欠陥だけでなく、外在する政治的な要因による場合があります。
2-3-1: グムラオ革命の発生
具体的には、
- 社会変動の可能性が生じるのは、シャン体系の勢力が衰え「カチン首長がサパオ権力に近い権力を握る機会を得た」21289頁とき(サパオとは、シャン族の世襲の王侯であり、絶対的な権力を行使しながら農民を支配する者)
- たとえば、シャンがイギリスの政策によって衰退したとき、グムサ・カチンの首長はシャンの王侯の役割を模倣する傾向にある
といいます。
その際、グムサとシャンの政治関係の相違がグムラオ反乱の可能性を発展させていきます。
上述したように、グムサ・カチンは地主と小作人の関係をマユ−ダマという婚姻上の地位として捉えています。しかし、シャンには「支配者が概念上絶対的な主人であり、小作人は彼の農奴」22288頁という関係があります。
このような政治関係の相違は、
- グムサ・カチン首長がサパオの地位を獲得するとき、「自分に従属する小作人を義理の息子(ダマ)の地位から農奴あるいは奴隷(マヤム)の地位に引き下げることを意味」23288頁する
- カチン首長がサパオの地位に権力を得る時、グムラオの革命が起きやすい状況を作り出す
ことになります。
2-3-2: グムラオ革命における中心人物
そして、グムラオ革命の神話的な祖型によると、出生の順序などによって低く位づけられた人物によってグムラオ革命は展開されていきます。たとえば、司祭はそのような人物です。
- 司祭は主に首長などの長子であり、末子相続によって不利益を被る人物であった
- そのため、司祭は革命を展開する中心人物となる傾向がある
- このような理由から、著者は革命者を「儀礼的理論より経済的事実を重んじる野心的な権力追求者」24295頁と捉えてる
言い換えれば、「グムサーグムラオの対立の根幹は、後者が生まれによる身分の差を否定するのにたいし、前者はその点を誇りにすること」25313頁ということができるでしょう。
このようにみると、カチン山地には、
がよくわかると思います。
2-3-2: 神話による正当化
最後に、グムラオ革命が神話によってその原理を正当化していく点に触れて起きます。その際、グムラオ革命者は「神話を構成する諸事実を争うのではなく、それらの諸事実を素材としてグムサが演繹的に導き出す論理を攻撃」28313頁します。
ここで重要なのは、神話は権利や地位を主張するものでも、矛盾なき統合された社会を表すことでもないことです。この点が重要なのは、以下のような背景があるためです。
- 当時の人類学者は社会体系内における対立や権利の主張は、全体として均衡を保つと帰着しがちであった(→たとえば、『ヌアー族』における調停者の役割)
- しかし、グムラオが神話と通して地位の正当化をするように、神話や儀礼は「分裂のメカニズムともなる」29316頁
こういった点をみると、文化人類学における既存の理論に批判を加える上で、『高地ビルマの政治体系』が重要な位置を占めていることがわかると思います。
- グムサ・カチン・・・理論の上では上の位づけが生まれによって厳格に決まっているとはいえ、実際の体系はほとんど無限の柔軟性をもっている
- 社会体系の変動は、グムサ体系とグムラオ体系に内在する構造的欠陥と外在する政治的な要因が引き金となる
3章:『高地ビルマの政治体系』と文化人類学を学ぶ本
最後に、『高地ビルマの政治体系』と文化人類学を深く理解するための書籍を紹介します。
まず、何よりも文化人類学という学問自体に興味をもった場合は、こちら記事を参照ください。初学者用から上級者用まで紹介しつつ、さまざまな書籍の良い点と悪い点を解説しながら、紹介しています。
以下は、『高地ビルマの政治体系』を深く理解するための書籍です。
オススメ度★★★ E.R. リーチ 『高地ビルマの政治体系』(弘文堂)
とにかく、『高地ビルマの政治体系』をまず読んでみることをオススメします。文化人類学の理論を前提に読めば、論点を掴みやすいと思います。
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オススメ度★★★ 太田好信・浜本満(編)『メイキング文化人類学』 (世界思想社)
文化人類学の歴史と未来を学べて、一石二鳥な本です。人類学の理論的な背景を議論していますので、原著と一緒に読みたい本です。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- 『高地ビルマの政治体系』とは、ビルマ北東部に住むカチン族、シャン族の政治構造から批判的に指摘したものである
- グムサ・カチン・・・理論の上では上の位づけが生まれによって厳格に決まっているとはいえ、実際の体系はほとんど無限の柔軟性をもっている
- 社会体系の変動は、グムサ体系とグムラオ体系に内在する構造的欠陥と外在する政治的な要因が引き金となる
このサイトは人文社会科学系学問をより多くの人が学び、楽しみ、支えるようになることを目指して運営している学術メディアです。
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