オルタナティブツーリズム(alternative tourism)とは、観光地におけるマスツーリズムの弊害(自然・文化財・景観の破壊など)が顕著になって以降に取り組まれた、新たな観光の形態を指す用語です。
観光現象が1960年代から大衆化して以降、観光地ではさまざまな弊害が発生しました。この弊害を深く反省し、新たな観光の形態を模索したものがオルタナティブツーリズムです。
観光が広く一般に普及した今日、私たちは何らかの形で観光の経験があるはずです。21世紀における観光を考えるためにも、オルタナティブツーリズムの概要を知ることは大事です。
そのため、この記事では、
- オルタナティブツーリズムの意味
- オルタナティブツーリズムの定義
- オルタナティブツーリズムの具体例
- オルタナティブツーリズムの問題
をそれぞれ解説していきます。
関心のあるところから読んでみてください。
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1章:オルタナティブツーリズムとは
1章ではオルタナティブツーリズムのポイントを概観します。オルタナティブツーリズムの具体例に関心のある方は、2章から読み進めてください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1: オルタナティブツーリズムの意味
再度確認しますが、オルタナティブツーリズムとは、
観光地におけるマスツーリズムの弊害が顕著になって以降に取り組まれた、新たな観光の形態を指す用語
です。この定義を掘り下げていきます。
1-1-1: マスツーリズムの弊害
そもそも、マスツーリズムとは以下のものを指します。
- 観光の大衆化・大量の観光客が発生する現象を意味する
- 一般的に、カネとヒマを有する上流階級の特権であった観光が、第二次世界大戦後以降、大衆の経済力向上によって広く普及したことを指す
そして、マスツーリズムの弊害とは、
- 観光地の文化変容、犯罪や売春の発生、環境汚染
- 観光地外部の観光業者が経済的利益をあげる、無秩序な観光開発
などを意味します。(マスツーリズムに関して詳しくは次の記事を参照→【マスツーリズムとはなにか】の記事へ)
こうしたマスツーリズムの「悪い」観光を反省した観光業者や国際機関は、1980年代から新たな観光の形態を模索し始めました。その先導となったのは、世界観光機関(UNWTO: United Nations World Tourism Organization)です。
新たな観光で目指されたのは、住民主体の計画的で管理的な観光開発でした。その具体例は2章で説明しますが、代表的なものに「エコツーリズム」や「グリーンツーリズム」があります。
1-1-2: オルタナティブツーリズムの背景
オルタナティブツーリズムが推進されたのは、1980年代に環境問題や南北問題への関心が高まったという要因もあります。(→南北問題とは)
1980年代はグローバル規模の人類普遍の問題の解決を目的とした国際会議が頻繁に開催された時期です。たとえば、1987年に国連機関は「Our Common Future」という報告書で「持続可能な開発」のビジョンを発表しました。
このような国際世論に後押しされるように、オルタナティブツーリズムは観光地の環境問題や南北問題の解決を期待されたのでした。
1-1-3: オルタナティブツーリズムと適合の土台
オルタナティブツーリズムは「適合の土台」でもあります。この用語は観光研究の文献を整理する枠組みで使われるもので、観光を分析するために極めて有効です。
観光研究者のジャファリによると、次の4つ枠組みがあります。
- 擁護の土台…経済発展に好意的な産業的研究
- 警告の土台…マスツーリズムのネガティブな影響を警告する研究
- 適合の土台…マスツーリズムのネガティブな影響を是正し、より良い観光開発を目指す研究
- 知識ベースの土台…観光に関する科学的基礎の集積を目指す研究
警告の土台として有効な考え方を提示する観光人類学について→詳しくはこちら
見てわかるように、オルタナティブツーリズムは「適合の土台」に位置づけられます。「適合の土台」の特徴は、地域中心志向、地域資源の活用、文化や自然の尊重をした観光形態を目指していることです。
1-2: オルタナティブツーリズムの定義
さて、これまで「オルタナティブツーリズム」という言葉を使ってきましたが、実はこの用語は問題を含んだものです2安村 克己 「持続可能な観光の模索と実践」『よくわかる観光社会学』。
結論からいえば、オルタナティブツーリズムは「定義の曖昧さ」が指摘され、今では「サステイナブルツーリズム(持続可能な観光)」が一般的に使われるようになっています。
1-2-1: 定義の曖昧さ
「新しい観光形態」を意味する「オルタナティブツーリズム」は、1980年代当初からさまざまな呼び方がありました。
たとえば、オルタナティブツーリズムは次の観光形態を含みます。
- ソフトツーリズム(soft tourism)
- 適正な観光(appropriate tourism)
- 責任ある観光(resposible tourism)
どの言葉にも共通するのは、マスツーリズムに代わる「新たな観光形態」であるという意味合いが含まれることです。
そもそも、「オルタナティブツーリズム」という言葉は、
- キリスト教団体のECTWT(Ecumenical Coalition on Third World Tourism)が、開発途上国におけるマスツーリズムの弊害を批判したときに用いた用語である
- その後「オルタナティブツーリズム」は、1989年に国際観光研究の第1回会議の主題となるが、この会議で定義の曖昧さが批判される
- しかし皮肉なことに、この会議を契機に、「オルタナティブツーリズム」の用語が世界に広まった
という歴史をもつ言葉です。
1-2-2: サステイナブルツーリズム
「オルタナティブツーリズム」は学術用語としても不適切であると判断されると、「サステイナブルツーリズム(持続可能な観光)」が次第に普及していきました。
「サステイナブルツーリズム」を世界中に普及させたのは、上述の世界観光機関(UNWTO)です。
世界観光機関の活動を、以下のように要約することができます。
- 1990年代初めの報告書で「持続可能な観光開発(sustainable tourism development)」 を表記し、それ以降は「持続可能な観光(sustainable tourism)」が用いられた
- 「観光」はすべての人間の権利であるという前提のもと、持続可能な観光の実現に向けた活動を進める
- そのような理念は「世界観光倫理規定(Global Codes of Ethics for Tourism)」に示されています
ここまでくると、「結局、オルタナティブツーリズムとサステイナブルツーリズムのどっちを使えばいいの?」と混乱するかもしれません。
この疑問に対して、社会学者の安村は次のように回答しています3安村 克己 「持続可能な観光の模索と実践」『よくわかる観光社会学』27頁。
「オルタナティブツーリズム」と「持続可能な観光」という用語は同一の事象を指示しており、それらの概念の区別についてはあまり意味がない。ふたつの用語はともにマス・ツーリズムに代わる「新しい観光」を表わす。すなわち、ふたつの用語の異同は、同一対象を指示する「呼称」の相違にすぎないのだ。
このように「オルタナティブツーリズム」と「サステイナブルツーリズム」は、両者ともにマスツーリズムの弊害を克服するための新たな観光形態の総称なのです。
しかし同一の対象を指すとはいえ、言葉が生成される歴史が違うわけですから、その歴史を知っておくことは大事でしょう。
ちなみに、「サステイナブルツーリズム」も定義の曖昧さが指摘されています。詳しくは、シャープリーの『発展途上世界の観光と開発』を参照ください。
いったん、これまでの内容をまとめます。
- オルタナティブツーリズムとは、観光地におけるマスツーリズムの弊害が顕著になって以降に取り組まれた、新たな観光の形態を指す用語である
- オルタナティブツーリズムは「適合の土台」に位置づけられ、その特徴は、地域中心志向、地域資源の活用、文化や自然の尊重をした観光形態である
- 「オルタナティブツーリズム」と「サステイナブルツーリズム」は、両者ともにマスツーリズムの弊害を克服するための新たな観光形態の総称である
2章:オルタナティブツーリズムの具体例と問題
2章ではオルタナティブツーリズムの具体例として、「エコツーリズム」と「グリーンツーリズム」を紹介します。
それぞれの共通点は、小規模で能動的な活動、既存の施設を利用した計画的な観光、自然・文化財、伝統との共存を目指した新しい時代の観光形態であることです。
2-1: エコツーリズム
初めに、「エコツーリズム(ecotourism)」とは、
自然や文化といった地域資源を活かしながら、持続的にそれらを利用することを目指した観光のあり方
です。(*詳しくは次の記事を参照ください→【エコツーリズムとはなにか】の記事)
「エコツーリズム」という言葉は、「生態環境(ecology)」と「観光(tourism)」を組み合わせた造語です。日本語ではしばしば「環境観光」や「環境に優しい観光」と訳されます。
少し長いですが、国内観光促進協議会のエコツーリズムワーキンググループの報告書から、エコツーリズムの定義をみてみましょう4国内観光促進協議会 『エコツーリズム WG 報告書』運輸省。
観光による文化や自然環境に関する教養の向上、観光による地域の文化や自然環境の保全に対する貢献面に重点を置きつつ、文化や自然環境等の観光資源が良く保存された地域において、受け入れ地域と観光産業が相互に連携して、観光と環境がバランスよく調和した新しい旅行形態
20世紀末にエコツーリズムが注目され始めたのは、観光開発や観光公害といった問題で観光が取り上げられるようになったためです。
そのため、エコツーリズムの理念は「環境保全」「観光振興」「地域振興」から構成されています。それぞれの理念は以下の意味を指します。
- 環境保全…自然環境を保全するような観光のかたちをエコツーリズムが目指していること
- 観光振興…環境保全のための観光ではなく、観光として魅力的であること
- 地域振興…地域経済の活性化や地域交流の促進など、ツアーによるポジティブな影響をエコツーリズムが与えること
1998年にはエコツーリズムを推進することを目的とした「エコツーリズム推進協議会」が日本で発足しています。また、国連は2002年を「エコツーリズム年」としており、ますますエコツーリズムの活動が注目されています。
2-2: グリーンツーリズム
グリーンツーリズム(green tourism)とは、
農山漁といった田舎を舞台とした、自然・文化・人びととの触れあい等を楽しむ新たな観光形態
です。(*詳しくは次の記事を参照ください→【グリーンツーリズムとはなにか】の記事)
グリーンツーリズムは広い意味で、「農村型観光」「田園観光」と捉えられており、その目的として、観光をとおした自然環境や社会環境の保護が追求されています。
そもそも、グリーンツーリズムは、次のような歴史をもちます。
- 都会の生活をそのまま持ち込む大規模型観光への批判から、自然環境を生かそうとするなかでヨーロッパから生まれたもの
- 具体的に、ゴルフ場やスキー場などの大規模開発を改めて、農・山・漁村型の小規模観光が整備されることで発展していったもの
日本では1995年に「農山漁村滞在型余暇活動促進法」(通称グリーンツーリズム法)が施行されて、グリーンツーリズムが後押しされています。
ここでは、グリーンツーリズムの一事例をみてみましょう。
大分県宇佐市安心院町の事例
- 日本のグリーンツーリズムの始まりとして、有名な「会員制農泊」の事例
- 日本は法律上有料宿泊が難しいため、農家が会員による農村体験(農泊)という名目で受け入れる方法を考案し始まったもの
- 農泊型のグリーンツーリズムは、旅館業法簡易宿所として認められるようになった
- それ以降、「安心院式」と呼ばれて、日本国内のグリーンツーリズムの普及に大きな役割を果たした
日本社会の場合は、長期休暇が取りづらいという事情があるため、日帰りや短期滞在のグリーンツーリズムが多いです。そのため、農村に長期滞在するヨーロッパと区別をつけるため、「日本型グリーンツーリズム」と呼ばれることもあります。
- 「エコツーリズム(ecotourism)」とは、自然や文化といった地域資源を活かしながら、持続的にそれらを利用することを目指した観光のあり方
- 「グリーンツーリズム(green tourism)」とは、農山漁といった田舎を舞台とした、自然・文化・人びととの触れあい等を楽しむ新たな観光形態
3章:オルタナティブツーリズムのオススメ本
オルタナティブツーリズムについて理解を深めることができましたか?
オルタナティブツーリズムは新たな観光の総称と説明したように、その名に含まれるさまざまな観光形態があります。
そのため、オルタナティブツーリズムそれ自体というよりも、エコツーリズムやグリーンツーリズムの具体的な事例に触れることが大事です。それらを学べる書籍をここでは紹介します。
安村 克己/遠藤 英樹/寺岡 伸悟/堀野 正人(著)『よくわかる観光社会学』(ミネルヴァ書房)
観光学に関する基礎をさまざまな事例とともに学べるため、前提知識ゼロから学びたい方に大変おすすめです。
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敷田 麻実/森重 昌之/高木 晴光/宮本 英樹 (著)『地域からのエコツーリズム―観光・交流による持続可能な地域づくり』(学芸出版社)
地域づくりとしてのエコツーリズムのあり方が紹介されています。多様な読者を想定してるため、文章はわかりやすいです。
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宮崎 猛 (編)『農村コミュニティビジネスとグリーン・ツーリズム―日本とアジアの村づくりと水田農法』 (昭和堂)
アジア諸国における農村と観光ビジネスを、「コミュニティビジネス」という枠組みで紹介しています。グリーンツーリズムに関心のある方におすすめです。
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一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
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まとめ
この記事の内容をまとめます。
- オルタナティブツーリズムとは、観光地におけるマスツーリズムの弊害が顕著になって以降に取り組まれた、新たな観光の形態を指す用語である
- 「オルタナティブツーリズム」と「サステイナブルツーリズム」は、両者ともにマスツーリズムの弊害を克服するための新たな観光形態の総称である
- 「エコツーリズム(ecotourism)」とは、自然や文化といった地域資源を活かしながら、持続的にそれらを利用することを目指した観光のあり方
- 「グリーンツーリズム(green tourism)」とは、農山漁といった田舎を舞台とした、自然・文化・人びととの触れあい等を楽しむ新たな観光形態
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