シャーマニズム(shamanism)とは、霊界との交流を通して、シャーマン(占い師・呪医など)がおこなう治療などの実践行為、またはそのような信仰を指します1ジョイ ヘンドリー 『社会人類学入門』法政大学出版局。
シャーマニズムはもともと文化人類学や宗教学の用語・概念ですが、現在では一般的に使われるので、聞き覚えのある方が多いと思います。しかし、シャーマニズムの語源や「脱魂型」「憑依型」といった類型まで知る機会はなかなかないと思います。
加えて、シャーマニズムを単なるスピリチュアルな思想を片づける傾向がありますので、学問的な議論をしっかり理解し、社会的な意義を知ることが大事です。
そこで、この記事では、
- シャーマニズムの意味
- シャーマニズムの古典的な研究
- シャーマニズムと沖縄社会
をそれぞれ解説します。
あなたの関心があるところから、ぜひ読んでみてください。
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1章:シャーマニズムとは
1章では、シャーマニズムを概説します。シャーマニズムの研究に関心のある方は、2章から読んでみてください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注2ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1: シャーマニズムの語源
産業社会に暮らす私たちは、災難や不幸に直面したとき、科学にその説明を求めます。たとえば、病気になれば医者を訪れ、物が盗まれれば指紋等を徹底的に調べます。
しかし、産業社会における科学的な説明は普遍性があるわけではなく、霊的な存在にその説明を求める社会もあります。そのとき、霊的な存在と交流をするのがシャーマンです。
ここでは「シャーマニズム」という用語の語源から世界における具体例まで紹介していきます。そもそも、「シャーマニズム」とは、次のような背景をもつ言葉です3山下晋司 , 船曳建夫 『文化人類学キーワード 改訂版 』(有斐閣双書)。
- 北東シベリアのツングース人が「サマン」と呼ぶ、宗教的職能者を指す言葉
- 「サマン」はツングースの言葉で「興奮し感動する人」を意味する
- サマンは神霊や動物霊などの憑依によって共同体の役に立つこと、治療行為をおこなうことが役割だった
18世紀にヨーロッパ人探検家がシベリア奥地を訪れて以来、サマンのような宗教的職能者の存在は広くヨーロッパで知られていました。
宗教的職能者はさまざまなトリック(腹話術、幹部から病気の原因を取り出すことなど)を用いたため、当初は「ジャグラー(魔術師)」と呼ばれていました。しかし、歴史的偶然によって「サマン」は世界に広がっていきます。
- シベリアの一部族の「サマン」という呼称が、「シャマン」という名前で、北アジア一帯の宗教的職能者を指す言葉として用いられるようになる
- 20世紀に入ると、北米や南米の類似した宗教的職能者を広く意味する専門用語として、人類学で使われるようになる
「シャーマン」という用語が広がりをみせるなかで、いくつかの問題が形成されたことを覚えておくも大事です。
たとえば、「シャーマン」という言葉は、次のようなあ問題をはらみます。
- しばしば厳密な基準を欠くため、アフリカの宗教的職能者は「シャマン」と呼ばれることがないという偏りを生んだ
- 拡大的に「シャーマン」が適応される過程で雑多な意味が入り込んだため、この用語をめぐる定義で多くの議論を巻き起こした
- 根源的な宗教体験や異界との交流をする精神的能力を前提とするとか根拠のないイメージが流通することに繋がった
「シャーマニズム」が狭義の定義と広義のそれで全く異なるものを語っているように感じるのは、上述のような形成過程があったためです。
1-2: シャーマニズムの事例
さて、シャーマンは具体的にどのような実践をおこなうのでしょうか?代表的なものは次のような実践です。
シャーマンの実践
- 預言や託宣をおこない災厄の原因を依頼者に告げる
- 儀礼の執行をとおして治療行為をおこなう
これらの実践において、シャーマンは「トランス状態(trance: 変性意識状態)」に入り、霊界へと飛翔したり、体内に霊を呼び込んだりします。日本では青森のイタコや沖縄のユタが有名です。
また、万物に霊魂が宿るとする信仰の「アニミズム」としっかり区分する必要があります。アニミズムに関して詳しくは次の記事を参照ください。→【アニミズムとは】意味・特徴・具体例をわかりやすく解説
1-3: シャーマニズムの意味
ここではこのような実践の意味を、ガイアナに住むアカワイオ族の事例から紹介します。アカワイオ族の降霊会(séance)は、以下のようなものです。
- 思い思いに参加した会衆によって、降霊会は熱気に満ちたものとなる
- 会衆は部族を訪れた霊に、災難や不幸の説明を求める
- たとえば、盗難が起きれば犯人の特定を求め、病気ならばその原因や治療法を教えてもらおうとする
- 会衆は思いのままに発言をするが、シャーマンやその霊は会衆の「世論」を反映するように決定を下す
「この実践に本当に意味があるのか?」と思う方もいるかもしれませんが、社会人類学の研究の成果をみるとさまざまな意味があることがわかります。
結論からいえば、アカワイオ族の降霊会は、次のような意味があります4ジョイ ヘンドリー 『社会人類学入門』法政大学出版局。
- 社会の鬱憤を合法的に発散する機会を提供する
- たとえば、災難や不幸をもたらしたとされる人間に、被害者側が文句を公共的にぶちまける機会を提供する
- 病気の場合は、その怒りの矛先が霊に向けられることがしばしばある
- 会衆は罪人の名前を霊に報告することで、反社会的な行動を抑止する効果をもつ
- つまり、社会的な規範をもたらす効果がある
他の社会では奇妙にみえるかもしれませんが、日本社会の場合は「占い師」が近い役割を担っています。私たちが医者にかかりながら占い師にみてもらうことに、大きな矛盾を感じないのはそのためです。
このような宇宙論(cosmology)は、社会・文化人類学の専門分野です。妖術や呪術の意味をわかりやすくまとめた、次の入門書は初学者に特におすすめです。
ちなみに、トーテミズムとシャーマニズムは全く異なる宗教的実践ですから注意してください。トーテミズムに関しては、次の記事から学ぶことができます。
いったんこれまでの内容をまとめます。
- 「シャーマニズム」の語源は北東シベリアのツングース人が「サマン」と呼ぶ、宗教的職能者を指す言葉にある
- シャーマンは「トランス状態(trance: 変性意識状態)」に入り、霊界へと飛翔したり、体内に霊を呼び込んだりする
- アカワイオ族の降霊会には、社会の鬱憤を合法的に発散する機会を提供したり、社会的な規範をもたらす効果がある
2章:シャーマニズムの研究
さて、2章では「シャーマニズムに関する代表的な研究」と「沖縄の事例」を紹介していきます。
2-1: エリアーデのシャーマニズム研究
ルーマニア人宗教学者のミルチャ・エリアーデ(Mircea Eliade 1907年 – 1986年)はシャーマニズムの代表的な研究者です。彼の研究を簡潔に紹介しながら、「脱魂型」「憑依型」の違いを説明します。
「脱魂型」「憑依型」の説明はすぐにしますが、両者の違いはシャーマンの魂の所在にあることを覚えておいてください。
2-1-1: 脱魂型
エリアーデの研究が有名なのは、脱魂型が最も古い宗教形態と主張したからです。
脱魂型とは、
- シャーマン自身がその身体を離れことができるとされる交信タイプ
- 魂のほうが天界に飛び立ち、そこで霊的存在と交流する
ものです。
シンプルでわかりやすいと思いますが、シャーマンの魂は身体から離れることを「脱魂型」といいます。
2-1-2: 憑依型
一方で、「憑依型」は、
- 霊的存在のほうが地上界にやってきて、シャーマンに「憑依」するタイプ
- 神々や精霊は「メディウム(medium)」という職能者の身体に乗り移り、その身体をとおして表現をする
という特徴があります。
日本社会の場合、恐山のイタコがその例です。死者の口寄せをするイタコのようなタイプは、世界中の社会で報告がされています。
2-2: ルイスのシャーマニズム研究
少し話しはズレましたが、イギリス人人類学者のヨアン・ルイス(Ioan Lewis 1930年 – 2014年)はエリアーデの主張(シャーマニズムを宗教形態の最も古いかたち)を、否定しています。
世界中の宗教の比較研究をおこなったルイスによると、シャーマニズムはチベット仏教の影響を受けて誕生した、比較的新しい宗教形態であると主張しています。この主張を詳しく解説します。
2-2-1: 宗教と憑依
ルイスが上のように主張するのは、
- 世界的にみて憑依型が圧倒的に多いこと
- 社会が変化する過程で憑依現象が増加することが多くの社会から報告されていること
を理由としています。
では一体、なぜ社会変化とともに憑依現象が増加するのでしょか?人類学者の竹沢尚一郎は「憑依を中心とする宗教体系」と「憑依をもたない宗教体系」を比較し説明をしています。
その際、以下の図を用いて、次のように説明がされます5竹沢「憑依とシャーマニズム」『よくわかる文化人類学』p.133。
- 左の体系…たとえば、祖先崇拝。神々と精霊に祈願するためには、祖先や祭司などの仲介者が必要となる
- 中央の体系…憑依があらわれる宗教体系では、神々と精霊の増加にともない、憑依者も増加する。憑依型の場合、祭司になれるのは特定の人ではなく、技術があれば誰でもなれる。そのため、変化に対応しやすい
- 右の体系…神との直接的な交信能力をもつ預言者は、社会変化が起きたときに生まれやすい(キリスト教のイエス、イスラムのムハンマド)。彼らは神との回路を独占して、宗教を作り出していった
どうでしょう?ルイスの主張を理解できましたか?彼の主張詳しく知りたい場合は、『エクスタシーの人類学』(1985)をぜひ参照ください。
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ちなみに、エリアーデの主張は『シャーマニズム』(1974)から知ることができます。
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2-3: 沖縄におけるシャーマニズム
最後に日本社会におけるシャーマニズムの事例として、沖縄のユタを紹介します。
2-3-1: ユタとは
沖縄のユタとは、次のような成巫(せいふ)過程によって認められる宗教的職能者です。
- 「カミダーリィ」と呼ばれる心身の不調を経験する
- カミダーリィに苦しめられるのは憑依されたためであり、どの霊に憑依されたのかを突きとめる必要がある
- 正しく祀り自分の守護神と昇華させることで、カミダーリィの苦しみから解放される
- そして、自らはシャーマンとしての技術を獲得し、「ユタ」という宗教的職能者になる
通常、霊の憑依は神からユタになることを命じられたと考えられ、出自による世襲は認められていません。つまり、なんらかの出来事が契機となる「召命型」のシャーマンです。
そして、ユタの特徴は、
- 多くは女性であること
- 相談しに来た人の運勢や災難の原因を占うこと
- 基本的には、先祖からの系統をたどること(系譜遡及)がされて、先祖供養の重要性が説かれる(「シジタダシ」と呼ばれるもの)
このように、ユタの実践には先祖とのあり方や生死をめぐる沖縄の世界観があらわれています。
2-3-2: 現代における沖縄のシャーマニズム
近年は、癒しや一種の心理的治療として沖縄のシャーマニズムが注目されています。
これは「ネオ・シャーマニズム(neo-shamanism)」と呼ばれる動きです。この動きを促進するハーナーは、
- シャーマニズムの本質を学ぶこで、シャーマン的な意識を身につけることができる
- つまり、「知識」を得ることで、シャーマニズムの世界観を獲得することができる
と考えています。
沖縄のシャーマニズムには従来から仏教やキリスト教との混交がみられると指摘されており、現在ではその宗教的要素の混交が一層進んだ状況となっているといえるでしょう。
これまでの内容をまとめます。
- 「脱魂型」「憑依型」の違いははシャーマンの魂の所在にある
- ルイスはエリアーデの主張(シャーマニズムを宗教形態の最も古いかたち)を、①世界的にみて憑依型が圧倒的に多いこと、②社会が変化する過程で憑依現象が増加することから否定した
- 現在の沖縄のユタ・シャーマニズムは、宗教的要素の混交が一層進んだ状況となっている
3章:シャーマニズムを学ぶための本
シャーマニズムについて理解を深めることはできたでしょうか?
まず、何よりも文化人類学という学問自体に興味をもった場合は、こちら記事を参照ください。さまざまな書籍の良い点と悪い点を解説しながら、紹介しています。
佐々木宏幹『憑霊とシャーマン―宗教人類学ノート』(東京大学出版会)
佐々木はシャーマニズム研究の第一人者です。数々の書籍がありますが、学術的にはこの書物がおすすめです。
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佐々木宏幹『シャーマニズムの世界』(講談社学術文庫)
こちらも佐々木の著作です。世界中のシャーマニズムの実践と宗教の関連をわかりやすく議論しています。初学者はまず読みたい本です。
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まとめ
この記事の内容をまとめます。
- 「シャーマニズム」の語源は北東シベリアのツングース人が「サマン」と呼ぶ、宗教的職能者を指す言葉にある
- シャーマンは「トランス状態(trance: 変性意識状態)」に入り、霊界へと飛翔したり、体内に霊を呼び込んだりする
- 「脱魂型」「憑依型」の違いははシャーマンの魂の所在にある
- ルイスはエリアーデの主張(シャーマニズムを宗教形態の最も古いかたち)を、①世界的にみて憑依型が圧倒的に多いこと、②社会が変化する過程で憑依現象が増加することから否定した
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