ナレッジマネジメント(knowledge management)とは、企業内外に存在する「知識」を活用することでイノベーションを起こし、新たな価値を創出するための経営手法の1つです。
ナレッジマネジメントを、単に知識を管理する手法と固定的に捉えることは誤りです。ナレッジマネジメントの本質は、人を中心としたシステムを構想することなのです。
この記事では、
- ナレッジマネジメントの意味、手法や必要性
- ナレッジマネジメントの活用例
について解説しますので、関心のあるところから読んでみてください。
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1章:ナレッジマネジメントとは
繰り返しになりますが、ナレッジマネジメントとは、企業内外に存在する「知識」を活用することでイノベーションを起こし、新たな価値を創出するための経営手法の1つです。
まず、第1章ではナレッジマネジメントが実際にどのようなもので、なぜ必要とされているのか説明します。
1-1:ナレッジマネジメントの意味
現在、ナレッジマネジメントが意味するものは、ほとんど野中郁次郎の理論がベースになっています。しかし、野中の理論が提唱される前にも、組織における「ナレッジ」の重要性は注目されていました。
たとえば、1960年代にはドラッカーによって、「基礎的な経済資源」は資本や天然資源、労働力といったものではなく「知識」であり、「知識労働者」が中心的役割を果たすと指摘しています。
そこで、まずはナレッジマネジメントを広い意味で捉え、野中の理論以前の「初期のナレッジマネジメント」から見てみましょう。
簡単に言えば、
- 初期はIT部門における情報システムに関する手法として捉えられていた
- 90年代に経営学者野中郁次郎によって、知識の暗黙的な部分をベースにしたナレッジマネジメントが創出される
というようにナレッジマネジメントは理論化されました。
①情報システムの手法としてのナレッジ
初期のナレッジマネジメントは、IT部門主導で行われる情報システムに関する手法と捉えられていました。(エティエンヌ・ウェンガー、リチャード・マクダーモット、ウィリアム・M・スナイダー著『コミュニティ・オブ・プラクティス』(2002))
しかし、後で詳しく述べますが、知識とは本来、暗黙的な部分も含めてダイナミックに変化するものです。それに対してITで扱うことができるものは、あくまで言語や数値で表出可能な特定の知識に限定されています。
初期のナレッジマネジメントでは知識を情報と混同して、他の資産のように管理できる「モノ」として扱ったため、莫大な資源を費やしてシステムを構築したのに、出来上がったシステムは結局使われないという状況が多発しました。
どんなに優れた技術であっても、インターネットの可能性を引き出すには、オフラインの環境でコミュニティ精神が不可欠です。情報としての知識だけでなく、その文脈、つまり意味情報もセットで共有・内面化されて初めて、ITの本領が発揮される点を踏まえていなかったのです。
②野中郁次郎による理論化
その後、この情報処理としてのナレッジマネジメントの限界を超えて、野中が1996年に『知識創造企業』を発刊して、知識の暗黙的な部分をベースにした知識創造理論を提唱しました。これが現在広く認知されているナレッジマネジメントの原型となっています。
ここから、情報処理ではなく、組織による知識創造の手法としてのナレッジマネジメントに関する研究や取り組みが急速に広がっていきました。ここからは、ナレッジマネジメントは野中の理論をベースにしたものとして扱っていきます。
1-2:ナレッジマネジメントの意義
それでは次に、ナレッジマネジメントがどのような意義を持っているかについて、2つの点を見ていきます(参考:野中『知識創造企業』(1996))。
①変化している状況に対応できる
まず、1つ目は物事が複雑に絡み合い変化している状況にも対応できるということです。
これまでの理論は、ポーターのポジショニング理論に代表されるように、因果関係で物事を合理的・客観的に説明し、トップダウンで企業の競争優位性を達成することが目的とされていました。そこでは知識の主観的な部分はノイズとして排除され、すべての状況が静態的な「モノ」として扱われてしまいます。
これまで蓄積された知識が急速に陳腐化する時代において、グランドセオリーに基づき、あらゆる物事を正しく論理的に情報処理しようとすると、企業の差別化要因がなくなったり、常に変化する状況に対応できなくなったりするのです。
これに対して、ナレッジマネジメントは現場の実践に焦点を当てて、「ゆらぎ」や「カオス」といった従来の理論では排除されてきた部分を原動力にしながら、新しい価値を創出するための理論です。知識の暗黙的な部分を起点にしながら、どのように組織として、常に変化する個別の状況に対応してイノベーションを起こすのかということを示しています。
②ミクロな個の協業を重視
次に、2つ目はミクロな「個」の協働を重視しているということです。
これまでの経営理論は、トップによる効率的な「管理」が主に目標とされてきました。このトップダウンの理論では、効率的な情報伝達と生産に「最適」な階層構造で、トップのみが知識を扱い、トップ以外のメンバーは業務をただこなすことが求められます。けれども、現実の複雑な変化は実際の現場で起きているものです。このトップダウンのモデルでは、変化に柔軟かつスピーディに対応して新しい価値を創造することが困難になりつつあるのです。
これに対して、ナレッジマネジメントはメンバー同士のコミュニケーションなどの相互作用に焦点を当て、トップに限定されずメンバー全員が知識の担い手として位置付ける理論です。これまで「ムダ」と排除されてきた与えられた業務に関係のない部分、つまり公式の組織図には現れない関係性やコミュニケーション、個人の知識などを価値に転換することで、組織的な学習や知識創造のプロセスを継続的に促進することができるのです。
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1-3:ナレッジマネジメントのモデル
それでは、ナレッジマネジメントが概念で成り立っているのかについて簡単に見ていきましょう。詳しい説明は、次の記事でも説明しています(→知識創造理論とは)
知識
野中は知識が暗黙知と形式知の2種類で成り立っていることを前提にしています。ここで、形式知とは数字や図表、言葉で表現することが可能な知識、暗黙知とは言語化が困難で個人に身体化された技能や知識のことを表します。そして、この形式知と暗黙知が相互に変換されることで、次に説明するSECIモデルのスパイラルが循環するのです。
SECIモデル
野中は暗黙知と形式知が相互に作用し変換されていくダイナミックなプロセスを、以下の4つの知識変換モードで説明しました。
- 共同化:個人の暗黙知が共有されることで、グループの暗黙知になるプロセス。
- 表出化:共有された暗黙知が対話によって形式知に変換されるプロセス。
- 連結化:個別の形式知が体系化された形式知に再構成されるプロセス。
- 内面化:体系化された形式知が実践の中で個人の暗黙知に落とし込まれるプロセス。
ミドル・アップダウン・マネジメント
野中はこのSECIモデルによる知識創造プロセスの重要な担い手として、ミドル・マネジャーに注目しています。ミドル・マネジャーをトップと現場の社員をつなぐ架け橋として位置付け、トップが描いたビジョンを現場の社員が理解し実践できるような具体的なコンセプトに落とし込む役割にあるとしました。
場
また、野中はSECIモデルを促進するための時空間として「場」を提唱しています。「場」は「常に変化する、共有された文脈」と定義されています。公式な階層的な組織図と必ずしも同じではなく、個々人による相互的な対話と内省が行われ、暗黙知と形式知が活発に相互変換する場所のことです。
ここまでナレッジマネジメントにおける基礎知識を解説しましたので、2章、3章ではナレッジマネジメントが具体的にどのように行われているのか解説します。
- ナレッジマネジメントとは、企業内外に存在する「知識」を活用することで新たな価値を創出するための経営手法
- ナレッジマネジメントは、当初情報システムにおける形式知中心のものと考えられていたが、野中は暗黙知をベースにしたものとして理論化した
2章:ナレッジマネジメントの具体的手法
それでは、前述のそれぞれの概念が実際にどのように関連しているのか、SECIモデルを中心にITの活用法も含めて説明します。
2-1:共同化
共同化というプロセスでは、相手と経験を共有することで、個人の暗黙知が伝授・移転されてグループの暗黙知になります。
例えば、観察・模倣・練習・OJTなどを通じて、技能やメンタルモデルといった暗黙知が創造されます。
暗黙知は特定の文脈や背景に依存するため、相互作用の「場」においてface-to-faceの対話をして、互いに共感し合うことが必要になってくるのです。そして、ここでミドルマネジャーが相互作用を活性化させる働きをすることで、この共同化プロセスが促進されるのです。
また、ITに関しては、後述する日立製作所のビジネス顕微鏡のように、メンバーの関係性をネットワーク図として可視化することで、適切なコミュニケーションを促すことができます。
2-2:表出化
表出化においては、共同化で創造された集団の暗黙知が「場」における対話によってその本質が言語化され、メタファーなどを通じて、明確な概念や図像、仮説といった形式知に変換されます。
共同化においては、直接体験を共有する人々による知識の生成に限定されていましたが、表出化により集団で共有した暗黙知を形式知化することで、集団の知として発展することができるのです。また、形式知に変換されることで、ITによる効果的な管理が可能になります。
2-3:連結化
連結化においては、異なった形式知を関連づけて組み合わせることで、新たな体系化された形式知が創り出されます。
このプロセスではネットワークやデータベースを活用することで、より効率的に既存の形式知を整理・分類して組み替えることができ、知識創造を促進することができます。
例えば、ミドルマネジャーが企業ビジョンや事業コンセプトを製品などに落とし込む際にITを活用することで、組織内外の多様な知に容易にアクセスできるようになったり、AIを活用することで見えない情報の意味を解釈できるようになったりします。
2-4:内面化
内面化においては、連結化で得られた体系的な形式知を個々人が絶えず内省と実践を繰り返すことで、自分の知識として暗黙知ベースで内面化していきます。
この時、「場」の相互作用の中で他者からフィードバックを受けることで、そこから新しい知を創り出していくことができるのです。
また、ITを活用して、データベースから瞬時に問題解決の形式知を獲得・更新することで、内面化のプロセスを促進させることができます。
3章:ナレッジマネジメントの事例
それでは次に、ナレッジマネジメントが具体的にどのように企業で活用されているのかを見ていきましょう。ここでは、JFEスチールと日立製作所を取り上げます。
3-1:JFEスチール
JFEスチールは2002年に川崎製鉄と日本鋼管の経営統合で誕生しました。この両者はそれ以前から情報システムが複雑化して拡張できない状況にあり、この経営統合を機にITを活用した業務変革活動を推進するためにIT改革推進部が設置されることになりました。
この一連の改革において、旧2社の社員はあるべき姿や本質を語り合うことで、基盤からシステムを再構築したのです。
それまでシステムエンジニアは専門家として目先の障害を自分だけで処理していました。しかし、実はその背後に他の障害要因が潜んでいることが多いことから、IT部門自体も業務改革の対象として位置付け、システムの品質・信頼性向上を達成するために、個人ではなくチームの力を最大限発揮できるような環境を目指しました。
こうして問題の背後にある要因を包括して捉えて対処できるような組織になるために、IT改革推進部はSECIモデルを活用して、IT部門の役割をより鉄鋼ビジネスの実践に近づけていったのです。
具体的には以下のように実践されました。
- 共同化:社員個人に埋もれている障害情報を個人間で共有する。
- 表出化:共有された情報をチームで明確にして原因を追究する。
- 連結化:その原因に対する障害対策のノウハウやツールを提供する。
- 内面化:それをチームで習得して次の実践に備える。
このような知識創造プロセスを繰り返し実践できるような場を設計することに焦点が置かれました。そして、そのシステムが「J-Smile」という統合システムになります。
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引用:「「統合と変革」を同時に実現する新統合システム(J-Smile)の構築」
具体的には、下記のようなことが行われました。
- 基本コンセプトとして、⑴ビジネスプロセスとマネジメントの統合と変革⑵変化に迅速に対応できるシステムの実現を掲げる
- 上の図のように、2系列ブリッジ体系から1系列体系にシフト
- また、「経営管理」「人事」「購買」「販売・生産・物流」の4分野のアプリケーションを「新システム基盤」で支え、「コーポレートDB」で一貫した情報共有を実現
(参考:野中・紺野『知識創造経営のプリンシプル』(2014))
3-2:日立製作所
日立製作所は、ピープルアナリティクとしても位置付けられる「ビジネス顕微鏡」というツールを開発し、すでに多くの企業に提供しています。
これはスタッフ全員に小型のIDバッジを持たせることで、誰と誰が接触したのかなどリアルな職場での関係性、仕事の進め方などを「見える」ようにするものです。
これによって、社員の関係性や活動に関する大量のリアルタイムデータが継続的に収集し、ネットワーク図に落とし込み、生産性や仕事の満足度などとの関係性を明らかにすることができるのです。
職場において、誰がコミュニケーション・ネットワークの中心にいるのか、信頼や協調性につながる要因は何があるのかなどを客観的に測定することで、ナレッジマネジメントにおいて重要な社員同士の相互交流や情報の共有を促すような施策を打つことができます。
たとえば、実際にビジネス顕微鏡をコールセンターで活用する実験では、交流の場となるウォーターサーバーを設置したり、チームの休憩時間を一緒にしたりするといったちょっとした工夫で職場の生産性を大きく向上させることができることが示されています。
(参考:野中・紺野『知識創造経営のプリンシプル』(2014)、矢野和男『データの見えざる手』(2014)、ベン・ウェイバー『職場の人間科学』(2014))
- JFEスチール経営統合を機にIT改革推進部が設立され、SECIモデルを活用して統合システムが作られた
- 日立製作所は、ナレッジマネジメントを推進できる「ビジネス顕微鏡」というツールを開発、提供している
4章:ナレッジマネジメント関するおすすめ本
ナレッジマネジメントについて、理解を深めることができたでしょうか?
ナレッジマネジメントはITと親和性が高い一方、文字通り知識をマネジメント(=管理)するものとして捉えてしまうと初期のナレッジマネジメントのように使えないシステムが積み上がるだけになってしまいます。
知識を「創造」するために、人を中心としたシステムを構想できるかどうかが重要であり、そのためには理論をしっかり踏まえておく必要があります。ぜひ以下の文献で理解を深めてみてください。
オススメ度★★★野中郁次郎・紺野登『知識創造経営のプリンシプル』(東洋経済新報社)
野中の知識創造理論が近年の理論の進化も踏まえて、よくまとめられています。ITとの関係性や実際の事例も豊富に記載されているので、最初に野中の理論を把握する上でオススメの一冊です。
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オススメ度★★エティエンヌ・ウェンガー、リチャード・マクダーモット、ウィリアム・M・スナイダー『コミュニティ・オブ・プラクティス』(翔泳社)
ナレッジマネジメントは実践コミュニティと非常に親和性が高い経営手法です。この本はコミュニティのあり方に関する金字塔的な一冊で、ナレッジマネジメントを学習する上でもオススメです。
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オススメ度★Rosabeth Moss Kanter『企業文化のe改革』(翔泳社)
少々古い文献ですが、インターネットによるデジタルカルチャーが企業、組織、人に与える影響を豊富な事例から明らかにし、経営改革の方向性を提示している一冊です。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- ナレッジマネジメントとは、企業内外に存在する「知識」を活用することで新たな価値を創出するための経営手法
- ナレッジマネジメントは当初IT部門における形式知の活用として取られられていたが、野中は暗黙知をベースとした理論として創出
- JFEスチールや日立製作所に代表されるように、ナレッジマネジメントの手法は多くの企業で活用されている
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