先住民(indigenous peoples)に関して次のような疑問をもっていませんか?
- 「先住民とは誰のことを指すの?」
- 「先住民はどこでどんな生活をしているの?」
自然の中で文明社会から隔離されて暮らす先住民のイメージは簡単にうかびますよね。
しかし、そもそも先住民とは誰を指すのか?先住民を巡る国際的な動向はいかなるものか?を詳しく知らない人が多いと思います。
21世紀に入りさらに活発になる先住民の文化的・政治的活動は、日本だけでなく世界的に起きている動きです。つまり、世界情勢を理解するための必須テーマになっています。
そこで、この記事では先住民の定義や先住民に関する国際的な動向とともに、日本のアイヌ民族に関して解説します。
読み終えるころには、先住民に関するさまざまな疑問は払拭されるでしょう。日本社会のアイヌ民族に関しても、より理解が深まるはずです。
特定地域の先住民に関心ある方は、2章から読んでください。
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目次
1章 先住民とは?
それでは、先住民とは誰か、先住民を巡る国際的な流れ、世界の先住民の人口・言語・部族数について紹介していきたいと思います。
それぞれ順番に解説してきます。
1-1: 先住民とは誰か?
ではさっそく、先住民とは誰かを解説していきます。
出発点として、世界の先住民を伝統的に研究してきた文化人類学の定義を確認しましょう。
文化人類学では「先住民」を次のように定義しています。
先住民族とは別の地域からやって来た異文化・異民族的起源をもつ人びとが形成し、運営している国家によって支配・抑圧されている民族とその子孫(『文化人類学キーワード』(2012)を参照)
つまり、先住民とは他民族が運営する国家によって支配・抑圧された人びとを指します。「文明から離れて生活を営む民族=先住民」ではないです。
この定義で重要な点は、今ある国家とその国家が成立する前から住んでいた民族との関係です。日本の場合だと、日本と国家成立前に住んでいたアイヌ民族の関係が定義の鍵になります。
そのため、「アイヌ民族が本当に北海道の最初の住民かどうか」という議論は必要ありません。アイヌ民族の「移動の歴史」は先住民の定義に意味をもたないからです。
1-2:「先住民」は英語からの訳語
そもそも、「先住民」は「indigenous peoples」の訳語です。「indigenous」は「固有の」や「現地の」を指す形容詞。「peoples」はこの文脈で「民族」を指します。
問題となるのは、日本語の「民族」という用語の意味です。日本語の「民族」に翻訳された瞬間、「peoples」よりも「ethnic」の意味合いが強くなるからです。
英語の「peoples」は自治権や自己決定権をもつ集団を指す言葉ですが、「ethnic」は国家を形成する一民族集団にすぎません。
たとえば、「多民族国家」は英語の「multi-ethnic nation」を指しますが、この場合の「民族」はあくまでも国家内部に存在する一民族集団を指します。
しかし、「先住民(族)」の場合は、国家内部にある一民族集団ではなく、支配される国家と対等な自治権をもつ民族集団を指します。「Nation 対 Nation」の関係にあります。
つまり、先住民とは、1)他民族が運営する国家によって支配・抑圧された人びとであり、2)国家と対等で自治権をもつ集団を指します。
では、なぜ21世紀の先住民は世界で注目を浴びているのでしょう?それは先住民を巡る国際的な動向を確認することでわかります。
1-3: 先住民を巡る国際的な動向
国連の活動を代表例として、世界における先住民の動向を確認しましょう。
- 1982年 国連の差別防止・少数者保護小委員会のもとに先住民作業部会の設置され、「先住民の権利に関する世界宣言」に向けた議論がされる
- 1993年 「国際先住民年」に定められる
- 1994年 「先住民の国際10年」に定められる
- 2005年 「第二次先住民の国際10年」に定められる
- 2007年 「先住民族の権利に関する宣言」が採択される
先住民の権利回復運動は、1980年代から世界的に展開されました。そして、国連は先住民運動に答えるかたちでさまざまな活動をおこなってきました。
国連のさまざまな活動のなかでも、2007年に国連で採択された「先住民族の権利に関する宣言(Declaration on the Rights of Indigenous Peoples)」は画期的なものでした。
「先住民族の権利に関する宣言」は先住民に対する過去の不正義を認めて、先住民の権利を保障・促進する、といった宣言だからです。この宣言を詳しく解説していきます。
「先住民族の権利に関する宣言」は文化、アイデンティティ、言語、健康の権利を含めた、先住民族の個々人、集団として最低限保証されるべき権利を示したものです。
国連は「先住民の権利宣言」を採択した理由として、次のような主張をします。
先住民族が、特に植民地化並びにその土地、領域及び資源の奪取の結果として歴史的に不正に扱われてきたこと、それによって特に自己のニーズ及び利益に合致する発展の権利を行使することを妨げられていることを懸念(「先住民族の権利に関する宣言」(2007)を参照)
つまり、過去の植民地の結果、先住民は社会的・経済的に不利な生活を今でも送っていることを認識する必要がある、ということです。
そして、先住民の社会・経済的に不利な状況を改善するために、社会的・文化的・経済的権利を保障することが重要だという宣言をしています。
先住民族の政治的、経済的及び社会的構造並びに先住民族の文化、精神的伝統、歴史及び哲学から生ずる先住民族の固有の権利(特に、土地、領域及び資源についての権利)を尊重し、及び促進することが緊急に必要である(「先住民族の権利に関する宣言」(2007)を参照)
先住民の権利を巡る国際的な流れを理解できましたか?先住民に対する過去の不正義を認めて、先住民の権利を保障・促進することをもはや否定することはできません。
言い換えると、現代は未だに過去の不正義に苦しむ先住民の声を無視できない時代です。
日本でも同様です。2019年には「アイヌ新法」が通常国会に成立する予定ですが、それはこのような国際的な流れの影響を受けたためでもあります。
私たちは先住民を無視できない時代に住んでいます。
1-4: 先住民の人口、言語、部族数
それでは、世界の先住民の人口・言語・部族数についてみていきましょう(国際連合広報センターHPを参照)。
先住民人口
国連によると、世界のおよそ70カ国に3億7000万人以上の先住民が住んでいます。先住民はほかの呼称で呼ばれる場合もあります。
- 部族民
- アボリジニー
- ファースト・ネイショ
- オートクトン
多くの先住民は社会的不利な状況に直面しています。公共政策からの排除や経済的な搾取、支配社会への同化政策は、先住民の歴史であり、日常的な現実です。
先住民を従来の土地から追い出したり、迫害したのは間違いなく近代の植民地主義です。オーストラリアのアボリジニーや北米の先住民の多くは殺害され、辺境の地へ追いやられました。
ヨーロッパ人の定住が比較的小規模であったアジアやアフリカでは、人為的な国境線が先住民を分断しました。その歴史は現代の国境をみれば、明らかです。
先住民言語
2019年現在、世界には7000以上の言語がありますが、2000以上の言語は消滅の危機に面しているそうです。消滅の危機にある言語の多くは先住民言語です。
2019年に国連が開始した「国際先住民族言語年(International Year of Indigenous Languages)」プロジェクトでは、消滅しゆく先住民言語を保護する試みをしています。
先住民の部族数
国連のよると、先住民は少なくとも5000以上います。先住民は部族として、当該政府から部族承認される必要があります。そのような制度がない発展途上国の部族数を正確に計ることは極めて難しいです。
そこで、今回は参考までに、アメリカ、カナダ、オーストラリアの先住民部族を示します。それぞれの先進国における部族数は以下の通りです。
- アメリカ: 562部族
- カナダ: 630部族
- オーストラリア: 120部族
植民者の入植によって成立したアメリカやオーストラリアなどの国家に、これほど多くの先住民がいることを知っていましたか?
アメリカ、カナダ、オーストラリアは移民国家ではなく、先住民の土地にヨーロッパ人が入植した植民国家だということをもう一度思い出すことは重要かもしれません。
さて世界には、まだまだ多くの先住民がいます。
2章では世界の先住民を地域別に解説します。
これまでのまとめをします。
先住民とは、
- 他民族が運営する国家によって支配・抑圧された人びとであり、
- 国家と対等で自治権をもつ集団
- 国際的な流れは先住民に対する過去の不正義を認めて、先住民の権利を保障・促進するもの
2章 世界の先住民を地域別に解説
それではさっそく、世界の先住民を地域別に解説したいと思います(『図説 世界の先住民族』(1995)を参照)。
2-1: 北極圏とヨーロッパの先住民について
イヌイットとサーミは厳しい気候のおかげで、比較的、植民地化から守られてきました。過去には毛皮商人がカナダとアラスカへ、材木業者はスカンディナビアのサーミの土地へ向かいました。今日では石油会社や鉱山会社、軍事基地がある地域になっています。
イヌイット
- 10万人(アメリカに3万人、カナダに2万人、グリーンランドに4万人、ロシアに2千人)
- 狩猟、漁労に依存する人びとは10%以下
サーミ
- 6万人(フィンランドに4千人、ノルウェーに2万人、スウェーデンに2万人)
- トナカイ飼育に依存するのは10%以下
2-2: カナダと北アメリカの先住民について
カナダとアメリカ合衆国における先住民の状況は、発展途上国の貧困層と同じです。何百年にわたる抑圧と同化は、インディアンの多くを殺害しました。今日、先住民が結んだ条約に基づいて、土地の返還と管理を要求しています。
カナダ
- 非承認部族を含めると、約130万人
- 主要な民族は、ベラ・クーラ、ブラックフット、カユーガなど
アメリカ合衆国
- アラスカを含むと、約150万人
- 主要な民族は、アッパチ、アラパホ、チェロキーなど
2-3: 中央アメリカと南アメリカの先住民について
中央アメリカの先住民は独裁制、抑圧、不正に苦しめられています。最初はスペイン入植者に、次は地主上流階級にです。しかし、先住民の伝統的生活は残っており、自らの権利を守ろうと団結しています。
中央アメリカ
- この地域の先住民人口は1300万人
- グアテマラでは政府による厳しい抑圧に直面しています
- メキシコでは人種差別、土地の喪失などが問題です
南アメリカの先住民の多くは高地民族です。そのほかはアマゾン地域に生活する森林居住民族です。
南アメリカ
- この地域の先住民人口は1100万人
- ブラジルでは、地域全体が森林破壊やダム建設などの問題に直面しています
- ボリビアでは、先住民労働力の搾取が問題です
2-4: アフリカの先住民について
アフリカでは内戦や中央集権的な国家によって、先住民の生活や文化が抑圧されています。東アフリカの遊牧民、カラハリ砂漠の森林にいる採集民族が脅かされています。
アフリカ
- この地域の先住民人口は、2500万人
- 多くの先住民が内戦や定住政策の対象となり、被害を被っています
2-5: オセアニアの先住民について
オーストラリア
- 25万のアボリジニー
- 都市のアボリジニーは人種差別に直面、農村部では多くの人が土地をもたない
太平洋諸島
- 核兵器の実験や外部からの経済的搾取をうける地域です
- 一部の先住民は政治的独立を要求しています
2-6: 南アジアと東アジアの先住民について
南アジアでは大量の民族移動がおこなわれてきました。植民地時代も解放後も、先住民の土地は開拓されて、資源は搾取されてきました。東アジアでも同様に、森林山岳地帯に住む先住民が、戦争被害にあってくるなど、国家の支配に従属してきました。
南アジア
- インドネシアには、300の民族集団と240の言語が存在
- 先住民はジャワから入植者によって、資源を搾取される
東アジア
- 中国には8600万の少数民族が55のグループに分かれています
- 日本には約5万人のアイヌ民族がいます
世界中には本当に多くの先住民がいます。この記事で紹介できる民族はごく一部です。
そして、私たちが住む国にも先住民はいます。アイヌ民族です。日本人はアイヌ民族の現在について知り、彼らの権利を保障する義務があります。
そのため、3章ではアイヌ民族は現在日本社会でどのような状況に置かれているのかを解説します。
3章 日本の先住民: アイヌ民族の現在と未来
日本の先住民、アイヌ民族について解説しています。
これまでの内容に沿って、アイヌ民族を定義すると次のようになると思います。
アイヌ民族とは、日本が近代国家を成立する過程で抑圧を受けた人びとであり、国家と対等で自治権をもつ集団
2019年の現在、「アイヌ民族などもういない論」を唱える保守的論者は少なくなりました。そもそも、日本政府はアイヌ民族を先住民と認めています。2019年の「アイヌ新法」に「先住民」が明記されるからです。
しかし、先住民に対する日本政府と国連の立場は大きく異なります。今日の日本社会におけるアイヌ民族を理解するために、まず二つの立場について解説します。
3-1: 先住民族に対する日本政府と国連の違い
簡潔に、日本政府と国連の先住民に対する異なった立場を確認してみましょう。
日本政府
|
国連
|
自治権なし
|
自治権あり
|
自己決定権なし
|
自己決定権あり
|
集団的権利なし
|
集団的権利あり
|
両者の違いは明らかです。日本政府は主権や自己決定権を認めていません。これが意味するのは、アイヌ民族が主張する土地に対する決定権がないことです。
先ほど言ったように、2019年に通常国会に提出された「アイヌ新法」は、アイヌ民族を先住民として認める画期的な法律です。
しかし、すべてのアイヌ民族から歓迎を受けなかったのは、国際的認められている自己決定権がないからでした。北海道の土地はもちろん、漁業権に関する権利は認められていません。
日本政府の立場は一貫しています。1997年のアイヌ新法でも民族自決や土地・生業の権利には触れていません。あくまでも「北海道旧土人保護法」(1899)を廃止したのみでした。
つまり、日本政府のアイヌ民族に対する対応は、先住民的文化の承認だけです。文化的権利を与える代わりに、政治的な自治権や自己決定権には目を塞げということです。
現在はこの対応でいいかもしれませんが、アイヌ民族が将来的に自治権や自己決定権を求めて来た場合、私たちマジョリティはどうすればいいのでしょうか?
3-2: 21世紀のアイヌ民族
今日の、そして将来的なアイヌ民族の主張は、私たちマジョリティが潜在的に恐れる挑戦なのでしょうか?私は「基本的な人権の要求」だと考えています。
かつて、日本は帝国に向かう過程で、単一民族起源を正当な理由として同化政策を推進してきました。歴史に「もしも」は存在しませんが、強制的な日本人化がなければあり得たかも知れない、アイヌ民族の文化的に豊かな社会を思い浮かべることは可能です。
歴史家のジェームズ・クリフォードは21世紀に入り活発化する先住民運動を次のように説明しました。
先住民運動において、過去にさかのぼって失われた伝統を回復し、危機に瀕している言語の復権を求め、奪われた土地を取り戻すための法的請求をし、残された成員や芸術品を元の場所に奪還することは未来に向いた運動である。(『文化の窮状』(2003)を参照)
未来を向いたアイヌ民族の声を、私たちマジョリティは聞くことができるでしょうか?
4章:先住民に関する書籍リスト
最後に、初学者用に向けて楽しく学べる書籍を紹介します。
ジュリアン・バージャー 1995『図説 世界の先住民族』明石書店
世界の先住民について、地図や写真を利用してわかりやく解説しています。先住民に興味がある人は「まずこれ」的な書物!
一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
最初の1冊は無料でもらえますので、まずは1度試してみてください。
また、書籍を電子版で読むこともオススメします。
Amazonプライムは、1ヶ月無料で利用することができますので非常に有益です。学生なら6ヶ月無料です。
数百冊の書物に加えて、
- 「映画見放題」
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- 「書籍のポイント還元最大10%(学生の場合)」
などの特典もあります。学術的感性は読書や映画鑑賞などの幅広い経験から鍛えられますので、ぜひお試しください。
まとめ
最後に、本記事の内容をまとめます。
1章 先住民とは?
- 先住民とは、1)他民族が運営する国家によって支配・抑圧された人びとであり、2)国家と対等で自治権をもつ集団
- 現代は未だに過去の不正義に苦しむ先住民の声を無視できない時代
2章 世界の先住民を地域別に解説
- 地域的な特徴はあるものの、往々にして先住民は抑圧や差別の対象に
- しかし、先住民の権利を回復する運動や政治的独立を求める運動も活発
3章 日本の先住民:アイヌ民族の現在と未来
- 日本政府はアイヌ民族を先住民として認定している
- しかし、日本政府はアイヌ民族の主権や自己決定権を認めていない
- アイヌ民族の運動は「未来に向けた運動」。日本人は支持する必要あるのではないか?
先住民についての理解を深めるための、参考になれば幸いです。